【第八章・連合軍】第四八話 『宇宙艦隊』
二〇二云年のある日。世界が『国際連合』から『国際連邦』へと移行したあの日……
世界は何やら大きな世界大戦、さしずめ第三次世界大戦終結を祝うような事後の雰囲気を漂わせていた。
勿論そんな戦争をやったわけではないのだが、ある特定の国、ぶっちゃけて言えば日本とヤルバーン自治国以外の国は、何かに『勝った』ような雰囲気であり、さしずめそれは何かと考えれば、勿論、連合日本国や、ヤルバーン州にということになるのだろう、というようなところだった。
でもまあよくよく考えてみればそうもなろう。そしてさもありなんといったところは理解できなくはなく、あの当時のヤルバーン都市型探査艦がこの地球に飛来して、日本へ直行し、某突撃バカとフリンゼ様がデキてしまって、更にはティ連と日本が国交を結び……というようなモノを外野から見せつけられた日本以外の地球諸外国各国は、それはもうある意味『戦争』を強いられているのと同じようなもので、動的な所謂『実戦』のような戦争状態ではなく、かといってかつての米ソのような『冷戦』というようなものでもこれまたなく、どっちかというと外交に諜報プロパガンダ合戦のような様相を呈し、更には魚釣島事件のような『仮想紛争』もやらかしーのといったような、未知の『奇妙な戦時状態』下にあったと認識せざるをえなかったのが当時の諸外国であり……ま、確かにそういう視点で物事を考えれば、あの時は別の意味での『不思議な世界大戦』であったのかなぁとも思える時代であったわけで、そう考えると、この『国際連邦』の成立は、日本とヤルバーン以外の地球世界各国国民の意識からすれば、何か『勝った』という思いを持たずにはいられないその瞬間ではあったのである……
さて、そういう見方に言い方をされると、日本とヤルバーンだけ何か国際社会からハブられているような、そんなイメージになる現在の地球世界の国家関係なのだが、確かに日本とヤルバーンはこの国際連邦にオブザーバー参加しているとはいえ、基本、別主権の国家である。しかもその本部が五〇〇〇万光年先にある連合国家主権だ。ある意味『地球人類の裏切り者』的な立ち位置にあるのが現在の連合日本国であって、今後の国際連邦、即ちそれを運営する中枢機関『UFMSCC』との関係もこれまでとは違ってくるのかと思っている最中なのであったが……
その年……
ある地球社会にとっての不幸な出来事が、日本国とヤルバーン自治国に幸運をもたらす事になるとは、この二国もゆめゆめおもわなかったのであった……
* *
「ゴホゴホ……へーくしょい! って、おーさぶ……あーこりゃ、俺もあの風邪にかかったかも」
ブルブル震えて、咳き込んで大熱出す柏木真人長官閣下殿。現在の体温は三八度九分也。
『もー、マサトサン。ちゃあ~んとナノマシンのオチューシャを打たないからこんな風になるですよ』
「ふぁるんぱぱ、はなみずきちゃなーい」
「おいおい、姫迦を俺に近づけて感染っちゃったらマズイだろう」
『大丈夫デスよ、ヒメチャンにはちゃあ~んとナノマシンを打ってますから無敵です。忙しさにかまけてキチンとやってないマサトサンは、お仕置きとしてもう少しそのままでいるがいいデす』
「勘弁してくれよぉ……これからはキチンとフェルの言うこと聞きますから」
『それだけじゃダメでスね~。今度のお休みにチヨダ区のあの高級カレー屋さんのカレーをおごってくれたら、許してあげるデす』
「あげるです!」
『ヒメチャンもこう言ってるけど、どうしますかっ?』
「はいはいわがりまじた。奢って差し上げますので、どうかこの愚かなパパさんを救っていただけるよう、よろしくおねがいしますデス」
『うむ、よろしいでスね。ウフフ、ではでは』
「あ、ヒメカがうつ~!」
と、なんだかよくわからない状況の柏木家。どうやら柏木は風邪らしきものをひいているようなのだが、様子がおかしいのが、そもそも柏木は本来風邪などひかない体である。というのも、その体に防衛総省軍規定のナノマシンを体に常駐させているからであるが、実はこのナノマシン、一定期間活性化状態を切っていると、無効化して排泄物と一緒に外へ放出されてしまうのである。
で、柏木先生は地球に帰ってきてから以降、まあ接待を受けたりなんやらかんやらと飲みにいったりもしなければならない事も多々あるので、常駐ナノマシンを切ってほったらかしにしていたのであった。で、そこである日、世界をある病気が襲った。
それは後に『中国四川風邪』と言われる、新型のインフルエンザ疾患であったのだが、その疾患いつになく強力で、所謂世界が恐れていた純正の新型インフルエンザという奴であった。
無論、瞬く間に世界を席巻し、パンデミックを引き起こした。
で、柏木先生もちゃんとナノマシンを常駐させときゃいいのに、前日にこのインフルエンザに対応するため、連日忙しく動き回っており、その間ナノマシンを切っていたのをすっかり失念していたのが災いして見事にこれを患ってしまい、フェルママに姫迦ちゃんから説教をくらっていたのであった。
『ハイ、んじゃ首筋をみせるです……ヒメチャン、ここにプチュっと打つですよ』
「ぷちゅー」
姫ちゃんにプシュンとティ連式注射器で首筋にナノマシンを打たれる柏木。このティ連式お注射は、ティ連では誰でも使えるポピュラーなお薬の形態なので、子供でも打てるので簡単なモノなのである。
『これで一時間後には段々と楽になるですからね。これに懲りたら防衛総省規定のお薬を定期でちゃんとうつのですよ、マサトサン』
「わかりましたねっ、ふぁるんぱぱ。ぷんぷん」
「はい、ずんません……ズズ」
この四川風邪、もしあるファクターがなかったら、世界で数十万人の感染者を出し、数千人単位の死者を出しかねない代物だったのだが、そのとあるファクターのおかげで、瞬間的にパンデミックになりかけたものの、即座に沈静化に向かっていった。
そのファクターとは、勿論ヤルバーン自治国の事である。
この疾患が世界に蔓延しはじめた時、当時の国際連合WHOはすぐさま連合日本国に援助を申し立ててきた。
日本でも実はこのインフルエンザは流行しており、当時の日本は既に連合へ加盟していたので、日本人なら誰でもティ連のナノマシンを打っていて、こんな病気関係ないものと思われがちだったが、実際はそんなに都合良くはない。
なんでも作れて量産化も速いティ連技術だが、流石にヤルバーンだけで日本国民全てのナノマシンをカバーするのは、流石に無理である。なので、当時日本でナノマシンを体に投与していた人々というのは、ヤルバーンやティ連系医療技術を持つ病院に通ったことがある命の危険を持った患者ぐらいだったのである。例を上げれば、瀬戸智子の父親である瀬戸譲治もその一人だ。
まあそんな話もあって、ヤルバーンの医学といえども、トリアージがきちんとできていないと医療崩壊を起こしかねない。それは地球世界に限らず宇宙でも共通の方程式なのである。
だが、ヤルバーン自治国も手をこまねいて見ていたわけではなく、WHOの要請に対して快く快諾し、パンデミック状態が恒常化する前に手を打つことに成功した。
その際に活躍したのが特危自衛隊だった。
特危自衛隊は、ヤルバーン医療局が開発した『抗ウィルス型自己増殖ナノマシン』を大量に搭載した海上宙間科所有の『宇宙空母カグヤ』『航宙重護衛艦ふそう』『機動重戦闘護衛母艦やましろ』『人型機動攻撃艦さくら』に、ヤルバーン自治国所属の『中型機動母艦オオシマ』『ガーグデーラ母艦各号』を総動員し、地球の各大陸に派遣。さらに海上自衛隊、航空自衛隊、国内では陸上自衛隊に、米国USSTCと、世界各国軍にも協力してもらい、ティ連が開発したこのナノマシンを主要都市の空中から大規模に散布したのである。
更には、各国の飲料用貯水源にも投与し、世界各国の飲料メーカに依頼して、一時的に各国の販売用清涼飲料水にこのナノマシンを混入させて販売した。つまりあまねく世界の隅々にまでこのナノマシンが行き渡るようにしたのだ。
とはいっても、そんなに大量のナノマシンを散布したわけではない。このナノマシンは、『疑似細菌型増殖性』という構造を持ったナノマシンで、自己増殖をするのである。
更には自己増殖後、飛沫感染するように機能を設定している。
そして一定期間を経過すると、分解して無力化するという性質をもったナノマシンである。
即ち、病気がパンデミックを起こす原理を逆手に取ってこの自己増殖型ナノマシンを世界中の人々にうつす構造を持ったナノマシンなのだ。
これの投入で、この『四川風邪』は、慢性的なパンデミック一歩手前のところで、神がかり的と言ってもよい速度で、一気に収束していくことになった……
そう、この事件が、現在の地球世界において、連合日本とヤルバーン自治国がなくてはならない存在であることを世界に印象づけ、国際連邦内の、オブザーバー国とはいえ発言力を持つきっかけとなった出来事なのであった……ちなみに、毎度小うるさい中国が、という話も今回はなく、このパンデミック事件は、かの中国クーデター直後ぐらいの出来事でもあったので、第二次暫定張政権下の中国では、日中間のいがみ合いもなく、事はスムーズに運んだのは幸いであった。
また、この事態に意外な活躍を見せた存在が、パイドパイパー社であった。
パイドパイパー、いや『インベスター』であるこの組織。つまり利益を追求することが至上の彼らにとっては当たり前の行動だったのかもしれないが、彼らのコネクションを総動員してこの騒動で麻痺状態に陥りかけていた市場に天文学的な資金を投与し、市場の安定を維持させたという功績を作った。
これによって、インベスターは、某スパイ映画に出てくるような、単純な『犯罪組織』ではないことがはっきりしたが、『利益の追求』という彼らの命題が、どういう相関性によって変化するかは未知数なので、日本国情報省はもとより、世界各国のインテリジェンスも彼らを注視していた……
* *
国際連邦が成立した直後に起こったこのインフルエンザ事件は、国際連邦の結束がどの程度のものかを試される良い試金石になった事件であったのは確かであった。
一節では、盧政権時代の中国が開発していたインフルエンザウイルスを利用した生物兵器じゃないのかとか、そんな話も出たが実際どうなのかはもう機密情報書類の仲間入りである。つまり歴史の闇の中という話。
世間は、改めてティ連の医療技術に驚嘆するとともに、この時代の国際社会においてヤルバーン自治国の存在と、日本がティ連に加盟した事実とその意義に対し、幸運であった事を思い知らされる。
『……このペストというビョーキで、チキュウジンサンの人口1億人が亡くなったデすか』
「そうだよ。特にヨーロッパでは大流行して、国家人口の三分の二が死んだ国があったりで、そういう歴史があるから、ヨーロッパは感染症には敏感なんだ。だから、アジア人が差別されたとかいう話もあるけど、そこんところは少々大目に見てあげないとね」
『でも、調査局の資料では、ニホンにはあんまりこの病気の影響がなかったみたいデスけど』
「全然なかったわけではないけど、国家存亡の危機ってほどの大流行はなかったね。島国だったのが幸いしたことと、元々日本は多湿の国だから、衛生面では世界に例を見ないほどキレイ好きの国民性もあってね。それに国民の病気に対する意識も高いから、そんなに感染症の大流行の歴史って日本ではないんだよ。そうだなぁ、日本で感染症の大流行というのは、安政時代に起こったコレラぐらいかなぁ」
某、未来からやってきた脳外科医と、目からビームの出そうな女優の名演技でこの世界の日本でもヒットとなったドラマで有名な『コロリでございますね!』のコレラ、所謂『安政コレラ』である。だが、これでも日本で五六〇〇〇〇人が感染したが、ペストの例に比べれば、時代背景も考えると、まだまだたいした数字ではない……ちなみにシャルリがこのドラマの大ファンだったという話。
『ニホンジンサンは、オフロ大好きだからカナ?』
とフェルがそんな事を言うが、
「はは、案外そうかもね。日本人ほど風呂はいる国民もいないからね」
と、案外日本が感染症に強いのは、そこなのではないかと、そんな事も思ったり。
……と、そんな雑談してる場所は、外務省にあるフェルさん大臣の執務室。今日は柏木閣下も一緒である。
実は柏木、そろそろ防衛総省本部に戻らないといけない時期なのだが、国際連合が国際連邦となった今の地球で、今後の事もあるので少し地球での滞在日程を伸ばして、ヤルバーン自治国で執務をこなしていた。
で、事は国連の事だけではなく、件のエドウィン・スタインベックの放った、現在『ペルロード人案件』と安保調査委員会では命名されている事件の事もある。
丁度、月丘達がドイツでその諜報任務に付いていた頃、柏木とフェルは中国のクーデター事件とバッティングしてしまったため、今後の態勢の事もあるという話で、月丘から先日の情報省で行われたスタインベックとの会談の話を聞こうと、ここで待っているというところであったりする。
フェルは外務大臣兼副総理なので、この両方の立場として。そして柏木は、ティ連防衛総省情報部も統括する立場なので、そういう事でというところ。
しばし後、プーとインターフォンが鳴るとフェルの部下が、
『大臣、情報省の月丘様と、プリル様がお見えです』
『ア、はい。お通ししてください』
フェルの部下サンに付き添われて執務室に入室するは、月丘とプリル。
「お邪魔します、フェルフェリア大臣」と会釈する月丘。
『お疲れさまですっ!』と、ディスカール敬礼のプリ子
『ハイ、いらっしゃいですネ。どうぞおかけください。お菓子もあるデスよ』と気さくなフェルさん。
「よっ、大活躍じゃないか、お二人さん」と柏木閣下。
そんな感じで堅苦しいことはナシといったところで諸氏席につく。フェルや柏木が持ってきたお菓子を勧められて、「いやはや」と恐縮する月丘にプリル。って、プリルは案外遠慮なくお菓子いただいてたり。
部下さんがお茶を持ってきてくれると、切り出すはフェル。
『ゲルマン国ではゴクロウ様でしたネお二人とも。ケラー・シラキからお話は伺っていますヨ。報告書も読ませていただきましタ』
「ああ、俺も同じくだ。中国で張先生に呼び出し食らってしまったからアッチに行かざるをえなかったけど、俺の今の立場からすれば、本来この『ペルロード人案件』の方なんだろうけどな、ハハ」
確かにその通りかもしれないが、こればっかりは仕方がない。中国(むこう)はむこうで、かつての政治的ライバルからのお誘いであるからして、こっちはこっちで背を向けるわけにはいかないしー、みたいな。
すると月丘が、
「あのティーガーの砲塔付けた変な機動兵器を見たときは、確かに柏木長官向きかなぁと」
「おいおい、月丘君、どういう意味だよそりゃ、むはは」
月丘にも知れ渡っている柏木の趣味。五〇近い歳になってもこればっかりはそうそう変わるものではない。
『ケラー・プリルも技術面で色々とご苦労さまでしたネ。貴方の収集した技術データは、ヤル研の方へ早々に送っていますから、その機動兵器がどういうものか間を置かずに結果が出ると思いまス』
すると『ヤル研』という言葉にプリルは反応して、
『え? あそこに送ったんですか? あのデータ』
『あ、ハイ。適切だったと思いますけど、何かまずいでしょうか?』
『あ、いえ……なんでもないです。ハイ、エヘヘ』
プリルは、色々『調査』ごときだけでは済まないかもと言いたかったが、言ったところであのようなブツを研究解析できるのは、現在宇宙広しといえどもヤル研しか恐らくないだろうと思うので、ソレ以上は言うのやめた。
なぜにヤルバーン系の研究施設ではダメかというと、異星人系のオーパーツ技術が使われているとはいえ、そのほとんどがドイツ系のデッドコピー技術だ。即ち地球の技術なので、ヤル研で研究したほうが深いところまで突っ込んで調査できるのでソッチのほうがいいだろうと、そういう事であった……だがプリ子が心配するのは、データ見て調査だけで済めばいいが、『データの実用性の実証』とか言い出して、ティーガーの砲塔付けたロボッ……いやまぁ、さすがにそれはないだろう……多分。
と、そんな話の枕な雑談もしばし。柏木が切り出すは……
「で、月丘君。本題だけど、報告書は全部目を通させてもらったし、白木にもスタインベック氏との会談の録画を見せてもらった。正直俺もびっくりした話だったが、現在地球人のスタインベック氏が、なぜにペルロード人の末裔なのか、どういう了見でそんな話になるのか、あれから何か実証できたのかな?」
「はい、あの当時で一番の物証になる、ガルムア人の、ペルロード人の物と思われる『遺骨』の話がありましたでしょ」
フェルに柏木二人して頷く。録画もされていた話である。
「スタインベックさんにもご協力頂いて、彼の体組織を提供いただきまして、その分析を東大のニーラ先生にお願いしたところ、やはり地球人の遺伝情報と、遺骨にみられるペルロード人の物とされる遺伝情報が見つかり、スタインベック氏の話は本当だということが証明されました……というか、ガルムア人の提供してくれた遺骨の遺伝情報が本当にペルロード人の物なのかは証明できませんが、すくなくともスタインベック氏が生粋のゲルマン民族でないのは確実なので、ほぼ間違いないだろうと」
するとフェルさんが、
『フーム、ではなぜにそんなチキュウ人サンと、ペルロード人サンの遺伝情報をもつ人類が出来たのか……というコトですね』
「あ、いえ大臣。そこはもうニーラ先生がすでに結論を出していらっしゃいます」
『エ? どういうコトデスか?』
「あいや、簡単な話ですよ。要するに姫迦ちゃんと同じということです」
ポ……と口を尖らせて、柏木にフェルは、「あぁ、なるほど!」と。手を打つ。
確かにそれなら、そんなオカルトな話ではない……ただ、ニーラが予測するに、地球人に近いペルロード人の一族ができるには、そんなロマンチックな話だけではなかったのかもしれないと話す。
「ということは……地球人女性をアブダクトして卵子を採集し、クローン化で作った地球人とペルロード人のハイブリッドの末裔がスタインベック氏かもしれないと……」
「ニーラ先生はそう仰ってられました。ですが、そのロマンチックな話の可能性も十分あるかもしれないので、一概にはいえないな、とも」
するとプリルが、
『私はやっぱりロマンチックな話がいいですよねっ』
「確かにね。ジャン・バップ氏の話を聞いても、そのペルロード人という人々は、他種族に対してそんなに敵対的な種族でもなかったそうだし」
と、柏木が言うと月丘が、
「ジャン・バップ氏の証言もそうですし、当時のガルムア人の絵画や日記のようなものの記録から見ても、気さくな方々だったようです。そして容姿も六本の腕を除けば、地球人やディスカール人に似ていたと絵で描かれているそうですよ」
するとフェルは腕組んで考え、
『ト、すると……チキュウジンサンと容姿を比較して、ペルロード人が持つ四本分の腕は、このチキュウで生活するにはお荷物でしかないわけデスよね……』
確かにそりゃそうだろう。この地球に六本腕の阿修羅像みたいな人類に近い意匠の生物がいるという事事態が、オカルトである。
『……という事は、この惑星に何らかの方法で秘密裏に入国して、ペルロード人とチキュウジンサンがミィアールして……と好意的に考えても、あの残りの四本の腕は、どうやって視覚的処理をするのだと、普通そう考えマスですよねぇ……』
確かにフェルの言うとおりだ。だが月丘が言うところでは……
何と! 既にジャン・バップ氏の話をもう一度よくよく聞いて、カグヤの艦内システムにも少し手伝ってもらい、ニーラ先生が出す解答は……
「ニーラ先生は、その残り四本の腕を外科手術的に取り除いて地球社会に浸透する方法をとったのではないか? と仰っていました」
すると柏木は驚いて、
「え? そんな強引な方法をか? 自分の体を欠損させてまで地球社会に浸透するって……」
「ニーラ先生は、恐らくそこまでしなければならないほどの切羽詰まった何かがあったからかもしれないと仰っていましたね。なぜなら、それぐらいの覚悟がなければ自然交配するにしても、人工的にするとしても、地球人との同化に近い種の保存なんてしないだろうと」
するとフェルが月丘の話に頷きながら、
『確かニ、そのお話には一理あると思いまス。なにせワタクシ達がこのニホン国に来た理由が、そもそもその「切羽詰まった」事情でしたし、ニホンジンサンと種の交配をして、種族の多様性を求めるという目的も確かにありましたし』
フェルのこの言を聞くと、確かにそうだと柏木とプリルも頷く。そもそもティ連では出生率の鈍化が社会問題になっているのも確かで、地球人と交配して種の活性化をしようという思惑も、地球に来た目的の一つでもあると、柏木も聞いた事があった。
その話を聞いてフェルが、
『では、そのチキュウにやってきたペルロード人サン達は、純粋なペルロード人でいることを最初から捨てて、このチキュウに定着しようとしてたということでスか?』
「はい、ニーラ先生はその可能性があるかもと」
実はこの推測は、スタインベックから直接聞いたわけではない。というか、スタインベックもこのあたりの事実関係は知らないのだという。それが本当かどうかはわからないが、パイドパイパーが第一次世界大戦前に設立されているところを鑑みると、そのもう少し前、即ち一八世紀後半には既にペルロード人はこの地球にやってきていたという事になる。
スタインベックは、彼らの持つ最古の資料が、最初期のパイドパイパー設立から数年前ぐらいの事象からのモノだという話だそうで、その資料にパイド・パイパー社創設に関わった一族の歴史の秘密と、彼らが持つオーパーツの説明等々が記されており、彼ら一族は自らの存在を認知したのだと言う話。
「なるほどね……ではあのエリア51のグレイとかも」
「ええ長官。ニーラ先生は地球にいるペルロード人となんらかの関係を持つ、何処かから飛来した彼らの仲間の可能性があると仰ってました。つまり、それこそがグロウム帝国からやってきた、地球に永住することを決めた一派であるペルロード人の仲間の使者であり、所謂サマルカ人さんのご先祖というか、旧モデルというか……そんなところの関連性なのではないかと、ニーラ先生は仰ってました」
その柏木と月丘の話を聞くプリルも、技術者としての立場で、
『私もニーラキョウジュの仰っている事に納得できますね。つまり彼らペルロード人には、それぐらいの事をしなければならないような……そうですね。あの寺院の壁画を見て想像すると……大昔にグロウム人へ文明を教えて彼らの創造主になってまでグロウムの歴史に足跡を残すような事をしたり、ガルムア人と交流を持ってたり……』
そのプリルの言葉に柏木が続き、
「地球にまでやってきて、その種を地球人と同化させてまで紡いで行こうとして……か……」
「これは私の分析……というかほとんど想像ですけど、よろしいですか? 長官」
「ああ、月丘君の分析なら是非とも聞きたいね」
「ありがとうございます……スタインベック氏は今回、ドイツでの会談でここまで素性を明かして下さいましたが、あくまでスタインベック氏と、パイドパイパー社関連の話だけで、インベスターに関するお話はあまり出てきませんでした」
「ああ、そうみたいだね。そのあたりの話もしてくれると思ったのだが」
「ええ、ですが逆にそのアタリの話が出なかったのが、むしろ雄弁に物語ってくれているような気もしまして……」
「というと?」
「我々は今までインベスターを、例の地球社会の『ガーグ』の別の形と思っていました……確かにその側面もあるのでしょう。ですが、もしかして、その『インベスター』という連中の構成員の幹部クラスというのは、スタインベック氏と同じようなペルロード人関連の関係者かもしれないような、そんな気がしまして……」
月丘の話を聞いて、「なるほどな」と大きく頷く柏木。横で聞くフェルも同様。プリルはもうその想像は、月丘から聞かされていたので、彼同様にフェルと柏木の表情を伺う。
ただ情報省としては、これでスタインベック達の謎は一層深まるばかりだと。
彼らは所謂インベスター、即ち『投資家』を謳っているわけであるからして、その存在目的は『利益の追求』だと主張する。そしてその利益は『お金』だけの話ではないと、スタインベックは含みをもたせて不敵な笑みも浮かべる。そのあたりは企業秘密と嘯くが、やはりその本意はどこにあるのかはわからない。
ただ、国際連邦には要請さえあれば、協力すると明言はしているし、今後も連合日本とヤルバーン自治国関係者とは密に連絡をとりたいとも話していた。もちろん商売も含んでの話だが。
で、その連絡担当に月丘を指名したいとも。
「ありゃりゃ、えらい気に入られたもんだね、月丘君。むはは」
『エ? モシカシテ、プリ子チャン、ピーンチ! なのデスか?』
『は? 何を仰ってるんですかフェルフェリア大臣! って、マサカカズキサン、そっち方面の趣味があるとか……あー、私との約束をダラダラと今まで引き伸ばしてたのは実は!』
「あ、あのねプリちゃん。何をアホな事いってるんですか。って、フェルフェリア大臣もワケのわからないこと吹聴しないでくださいよっ!」
まあんなこと言いながらもスタインベックとの会談の報告を受けた柏木とフェル。
だが二人が思うに、ペルロード人に関わるグロウムの歴史とそれに関連するかもしれない地球の歴史。更には、何故にペルロード人は、少なくないサマルカ人を広い宇宙に放逐したのかなど、スタインベックという存在が示す色々な謎。そんな話も、今後更にティ連として、そして日本、安保調査委員会として分析していかないといけないと思う二人であった……
* *
スタインベックが明かしたインベスターの謎、その一部。聖ファヌマ・グロウム星間帝国と地球、そしてティ連をも結ぶ大きなファクターとなる事件として、情報省安保調査委員会に一級事案として登録される事になる。
そもそもそういった歴史的事実を証拠付きで開示されても今まで彼らが世界に対して行っていた合法的非合法手段とでも表現できる手法の数々。これをしてやはり犯罪組織なのか、なんらかの謀略なのかはまだ決定的な判断はできないわけで、そこが今まで彼らが対峙してきた組織と違って難しい判断のもとで付き合わなければならない連中であるのは確かであった。
と、それでもとりあえずは月丘達の活躍で、インベスターの姿も表面だけかもしれない、という疑惑付きながらもベーシックデータは得られたわけで、そこは流石の総諜対といったところ。とりあえずは白木も満足できる結果にご満悦ということで、
「月丘、プリ子、シビアさん、休暇もかねたついでの仕事なんだが、ちょっと行ってきてほしい場所がある」
久しぶりの総諜対本部。シャドウユニットと呼ばれる月丘達のチーム。
実働部隊シャドウ・アルファの月丘に、シャドウ・ベータのシビア合議体。で、ユニット後方支援のスペクター・ワンであるプリル。
久々に三人揃って情報省にご出勤である。
で、その当の総諜対。昨今、メイラ少佐の装飾趣味も落ち着いてきて、完全な某スパイ映画のMI-6なお部屋が完璧に完成してしまった……ちなみに美加ちゃんの受付バイトは継続中である。
余談だが、以前に当の英国情報部のホンモノMI-6が総諜対を見学に来て、この事務所をみた時、てっきり本国の映画の撮影でもあるのかと勘違いしたそうな……爛々と目を輝かせていたメイラ少佐がいたのはよい子の秘密だ。
って、んな話はさておき……
「はあ、休暇ついでですか」
「おう、といってもまあ任務は一日だけなんだけどな。五日ほど休みやるから、最後の一日だけちょっと総諜対(ウチ)に譲ってくれよ」
「はあ、それは一向にかまいませんが、でもそれって結局休暇が四日ってことですよね? んじゃ素直にそういえばいいんじゃ」
「言ってみりゃそういうことなんだがな、むはは、でまあ聞いてくれや……実はその五日目の日に、UFMSCC主催の、月面ゼスタール工場の見学会があってな」
白木が言うには、UFMSCC諸国、つまり旧UNMSCC諸国の主要国が、件のゼスタール安全保障体制への協力対価として彼らの月にある超大型プラントで製造されている各国宇宙艦艇の見学会が行われる事になっていたのであった。
これはゼスタールがティ連加盟前に水面下で交渉を持って勧めていた件も含んでの話であったため、ティ連憲章の『独自外交権規定』扱いということになって、ゼスタール技術のみの仕様であれば一部の技術輸出に、ブラックボックス貸与をゼスタール独自に認めるという扱いになっていた。つまり、ティ連技術ではなく、ゼスタール技術をベースにしたUFMSCC各国への航宙艦艇の引き渡し式も兼ねた見学会ということであった。
「……ということだ。シビアさんはもう知っていますよね?」
『肯定。近々我々もお前達に報告しようと思っていたところだが、そこまでの式典形式で話が進んでいるのであれば、我々が説明することはとくにない。続けよ』
「ということだ。で、それに行ってきて欲しいってことだよ」
するとプリルが、
『はあ、わかりましたけど、つまるところその五日目が、その見学会と被るから、五日の休暇が事実上四日ってことなワケですね?』
「ま、そういうこった」
『んじゃ素直にそういえばいいのにケラー』
「それがな、ほんに諜報部の仕事みたいな感じならそれでいいんだが、いってみりゃUFMSCCつまり国際連邦加盟国にとっちゃ、やっとのことで入手できるオーバーテクノロジーと本格的な宇宙艦艇だろ。つまり大々的にお祭り騒ぎやりたいわけで、月面のゼスタール基地を視察したあと、ヤルバーンタワーに戻って、大々的にパーチーなんてのもやってうまいもん食ってってやるそうなんだよ。で、そんなのお役人が仕事でやってたら、また『税金でうまいもん食った』とか、あのニセ日本人のオバハンとか、生コン組合の愛人みたいなのが言い出すだろ。なので民間の関連業者枠で私的に行ってきてほしいんだよ」
つまり、日本のめんどくさい事情を回避するためという次第なわけである。
月丘も少々呆れ顔で笑い、
「はは、わかりました。んじゃその日は仕事ついでにうまいものいただきに行ってきますよ」
『タッパにつめて持って帰っていいのカナ? カズキサン』
「いや、プリちゃん。どこでそんな習慣覚えたんですか」
『我々もプリ子生体の行為を肯定する。ちーずけーきがあれば尚更肯定である』
「シビアサン、真剣な目つきで言われても……」
ま、そんなワケだがもちろんこのスチャラカシャドウ組だけが行くわけでなく、政府要人として日本からは鈴木防衛大臣に、久々の登場、久留米彰特危幕僚副長と、ヤル研幹部研究員。企業からは君島重工関係者にOGH関係者、そして……
「イツツジからは、俺の嫁が行くっつってるから、話し相手になってやってくれよ」
「はは、麗子常務がいらっしゃるなら、楽しくなりますね。あ、社長って言ったほうが良いかな?」
麗子はイツツジ本社では常務だが、子会社のイツツジ。ハスマイヤー保険と、イツツジ。ハンティングドック警備では社長さんである。
「……で、麗子社長がいらっしゃるということは……」
「おう、護衛役でクロードも来るそうだ。あいつもお前に久しぶりに会うのを楽しみにしてたぞ」
「そうですか。ふむ、UFMSCCの航宙艦艇の件もそうですが、色々面白くなりそうな感じですね?」
そしてティ連-ヤルバーン自治国からは柏木とシャルリがやってくるという話。防衛総省長官閣下直々にご登場ということで、UFMSCC関係者の間では、話題になっている。
ということでま、そんな感じなら、確かにこりゃ休暇枠だと思う月丘。要は任務としては調査任務である。敵対する存在がいないだけに楽な任務といえば任務だ。いってみりゃ、仕事で幕張の見本市イベントの壮大版に行くような話である。
ただ、そのゼスタールが関与した兵器群には仕事方面で非常に興味があるのは確かな月丘であった……
* *
ということで、日時は少し進み、その設定された休暇の最終日。
って、そんないきなりせっかくの休暇の中四日のエピソードはどうなっとんじゃいという話になんるのだが、まあサラっと話すと面白くもない話で、プリルと月丘という男女が一つ屋根の下で暮せば、どうなるかというのは、前作第一部で柏木御大とフェルが実践済みのため、特段話すことも明記することもないっちゅー話である。だが、一つ指摘するなら、プリルはカワイイ系のエルフ型異星人である。ここ重要。ままこれ以上は言うまい。
一つオモシロエピソードがあるとするなら、プリルと月丘が普通のカップル的某を東京都ヤルバーン区のご自宅で恙なくお過ごしになっていた際、珍しく、滅多にこんなことはないのだが、シビア合議体様が月丘の家に単独で訪れ……というかヒマであると合議体が結論を出したために、月丘家へちょっかい出しに行くと多数決で決定し、やってきたというワケで、プリ子と月丘が二人してパニックになったというエピソードがあったが、これもいずれ語る時がくるかどうかはわかんないわけだが……
と、シビア合議体さんも、シビアが中心となって最近はそんな個性的な行動もするようになったのは興味深いところだが、実は先の中国四川風邪の時、世界中で死にかけていた人々を治療するためにヤルバーン自治国も見過ごすことはできぬという事で奔走していたワケだが、やはりその中にはティ連医療的にも治療は可能なのだが、手が届かずに所謂『手遅れ』となって死にかけていた人も存在した。
実際、死者数は相応な数いたわけだが……実はティ連の内部資料、即ち日本とゼスタールを含むティ連国家のみを対象にした関係者向けの部外秘資料では、此度の四川風邪死亡者は『ゼロ』ということになっている。その理由は……
なんと! 手遅れの患者をゼスタール人が片っ端からスール化して、そのスールをゼスタール人の本拠地、ナーシャ・エンデに送っていたのであった!
とまぁそんな驚愕の事実もあったりして、今、ナーシャ・エンデのスールは、ティ連人に、ソレ以外の異星人、更にはアイスナーを含む世界中の人種のスールが共存する形となっており、昨今の個性が出てきたゼスタール・スール達の行動は、この状況が影響しているのではないか? というゼスタールさん自身の自己分析も含めた近況であったりする……スールになった地球人以下、ティ連人や他異星人の方々は、情緒を失ったゼスタール人を逆に導いているところもあるわけで、これはこれで結構な事だと、その話を聞いた時、月丘は思った……
さて、そんなエピソードにも少々触れたところで、ゼスタールの月面工場への見学へ向かうために集まる関係者達。
場所は、ヤルバーン自治国最突端部の宇宙港である。
諸氏、ヤルバーン自治国が用意したデロニカに乗って、本日まずはゼスタール月面工場へ向かう。
そこでUNFSCCとして稼働した国際連邦各国がゼスタールとの安全保障協定に基づく軍事供与及び貸与に関する協定で製造を委託した各種兵装の製造過程を見学。完成品は引取る準備をするのである。
なので本日の主要世界各国のVIPは軍事部門関係者ばかりである。だが、なんとなく諸氏ワクワク感をもってこの場に集結してたり。
そりゃそうだろう。此度、進捗を見学、もしくは完成品を引き取る事のできる兵器は、所謂地球社会にはそれまでなかったものばかりである。
その基礎技術を見れば、宇宙艦艇=宇宙船。機動兵器=ロボット技術と。民生品にも活用できれば、自国の科学スキルを大幅に向上できるものばかりだ。
即ち、それまで日本のみに集中していた『オーバーテクノロジー・イノベーション』が、世界各国にも波及するわけで、軍事関係者という極めて専門的な関係者ばかりではあるが、その全員が、各国の国益を体現する状況を体験に行くわけなので、皆責任重大な立場に今日はいるという次第なワケである。
まあそんな状況の中、余裕ぶっこいてるのは、連合日本国の諸氏。
ゼスタール技術よりも事実上進んでいるティ連技術を導入してもうかなり久しい。なので此度日本とヤルバーン自治国は完全なアドバイザーでもあり、UFMSCCを監視する立場でもあるわけである。
そんな連合日本とティ連ーヤルバーン勢がたむろする一角にやってくるは月丘とプリルにシビア。
「お疲れさまです皆さん」とお辞儀する月丘。
『今回はみなさんお世話になりますっ!』と毎度の敬礼のプリ子
『現状の関係者集合状況を評価する』と評するシビア合議体。
「はい。お久しぶりですわね皆さん」
と応じるは、麗子社長。そして……
「五辻常務、この方々はどなたですかな?」
と少々恰幅の良い齢七〇過ぎの御老体。といっても、背筋はのびて至って健康そうなジーさんだが、なんとこの方は、
「ああ、大森会長、会長とも随分お久しぶりになりますわね」
「だよなぁ。昔、安保委員会で皆して楽しくやってたのが懐かしいよ。で、このお三方は?」
OGH(オオモリ・グローバル・ホールディングス)会長、大森諦三(おおもりたいぞう)であった。
「こちらが……」
と月丘達を紹介する麗子。
「では、この方がゼスタールの」
とシビアと握手する大森。実は大森は、ゼスタール人と直接会うのは初めてなのであった。
『オオモリ・タイゾウ生体。ニホン政体における、財閥形式の企業体の長と我々は認識している。相違ないか? 回答せよ』
とシビアの毎度の物言いに、大笑いする大森。
「わはは、話には聞いていましたが、個性的な方ですな……はいその通りです。よろしくおねがいします、シビアさん」
とそんな感じで自己紹介なんぞをしていると、向こうで柏木が大森に向かって手を降っていた。
大森は途端に笑顔になって、「では少し失礼」と柏木の方へ行き、何やら楽しげに話している。
すると月丘が、
「え? あ、あの大森会長と柏木さんって、あんな親しい間柄だったのですか? 常務」
「ええそうですわよ。元々はというと、柏木さんが自営業やってらした頃のパトロンが大森会長ですから」
「そうなのですか。それは初めて知りました」
「それに、大森会長は柏木さんのサバイバルゲーム友達ですし」
「……は?」
これは流石のシャドウ・アルファな月丘さんも初めて知る事実。まさか大森がそんな趣味の持ち主だったとはと。
そんな話で盛り上がっていると、クロードが少し離れたところで手を振っていた。
「すみません、ちょっと」と、月丘は詫びを入れ、麗子から離れるとクロードのもとへ。
「ようカズキ。元気でやってるか」
「クロードも。お久しぶりですね」
「ああ、グロウム帝国の時以来かな」
「なんでも忙しくやっているそうですが、商売繁盛でいいじゃないですか」
「まあな。あのグロウム戦争のおかげで引っ張りだこって奴だ。今はもう護衛や警護の仕事よりも、空間戦闘の教官みたいな仕事ばっかだな」
「はは、なるほど。民間軍事会社でコマンドローダーみたいなのを扱えるのはクロードのところしかありませんものね」
と、諸氏懐かしい顔ぶれに、世界各国の関係者も恙無く集まって式典のようなものも少々行い、皆してデロニカに乗り込む。
今回はマスコミの中継も許可されているので、世界中のマスコミがアナウンサーにカメラを引き連れてやってきていた。
海外のマスコミも、日本での取材に関しては件の『報道法』に準拠した資格を持つ記者を寄越している。
一応体裁上は海外のマスコミに関しては治外法権なので報道法に準拠した資格なんてのはいらないのだが、海外も昨今の『連合日本』としてのマスコミに対する取り扱いを気にして、自社の記者に報道法に基づく試験を受けさせた人物を送り込むようにしているようだ。
ということで、相応彼らなりに気を使っての取材をしているようだが、やはり今日は一種の『お祭り』みたいなものなので、記者達も自国の、もしくは自国陣営のこれから垣間見るオーバーテクノロジー装備がどんなものかを予想し、熱弁したりする。
勿論此度はマスコミの取材は全面的に許可されているので、デロニカにも報道各社の記者達が取材を行っている。
デロニカは乗せる者を乗せるとヤルバーン宇宙港を離れ、一路月の裏側へ。
スイングバイもせずに地球の引力圏を突破するこの宇宙船も、最近は見慣れたものになった。
実は地球世界の所謂『ロケット技術』というものは、このティ連宇宙技術で衰退の一途を辿るのではないかと思われたが、実はむしろ以前より活況を呈するような状況になっている。
それはこのロケット技術が、ハイクァーン工学技術の導入などによって、『お手軽に宇宙へ人やモノをぶっ放す』技術として、見直されたからである。
燃料もティ連由来の安全な腐食性のない液体燃料や、固形燃料をハイクァーンで即ロケットに充填できるため、これが結構役に立つのだ。従ってヤルバーンとブラックボックス技術貸与契約を結んでいるNASAや、欧州宇宙機構にロスコスモスなどは、この時代でも意外にバンバンとロケットでものを打ち上げている。特に現在最も大きな需要は、放射性廃棄物の投棄である。
ティ連技術で安全性の高まったロケット技術で、放射性廃棄物を宇宙へ投棄する事業が軌道に乗り、現在土星や木星、太陽へ放射性廃棄物の計画投棄をおこなっている。
と、そんな四方山話もつかの間、デロニカは間もなく月軌道に達し、ゼスタールが国際連邦から租借されているという体裁になっている、ゼスタール月面基地圏へ到達する。
すると即座に見えるは、月面基地軌道に駐留するゼスタールのガーグデーラ母艦艦隊。
その威容に地球連邦代表団の諸氏は『おお!』と簡単の声を上げる。
まあそれもそうだ。国際連邦の加盟国、即ち日本以外の国は、これからが異星人国家との本格的な国交を迎える時代となる。
ティ連が一〇年前に日本へやってきて、相応に少しづつながらも連合加盟となった日本や、ヤルバーンと交流も持ててきたが、所謂本格的な『全面公式』となるのはこれからである。
総数数百隻がお出迎えといったところだが、シビアが代表団の前に立って無表情で、
『代表団各生体に告げる。あの方向を見よ』
シビアが指差す大きな超超高精細スクリーンの向こうに見える宇宙艦艇。
エイのような毎度のガーグデーラ母艦とはかなり違うデザインの艦艇が見えた。
「Это не способ!」
あれはまさか!と声を真っ先にあげるは、ロシアの軍事代表団。
シビア代表合議体閣下は頷いて、
『ロシア政体との協議で発注を受けた航宙重巡洋艦が完成している。後ほど引き渡す手続きを行いたい』
と言うと、ロシア軍関係者は小躍りしてシビアに握手を求めてくる。
そう、これがロシアとゼスタールが以前より協議の上、ゼスさんに発注をかけていた『ピョートル大帝級航宙重巡洋艦』であった!
その諸元は、全長二三〇メートルクラスの、ロシアの原子力潜水艦タイフーン級にも似た、そんな潜水艦のような形状をした艦艇で、後方にあるブリッジが上下に伸び、艦体側面に翼上に短く生えた部分が、米国からライセンス購入した磁力空間振動波エンジンであり、それをゼスタール技術でブラッシュアップしたものを装備している。それらをゼスタール技術の核融合機関で動作させる。
兵装は、主にミサイル兵器が主で、ティ連から貸与を受けたハイクァーンシステムにゼルシステムはもとより、ゼスタールのドーラプラントシステムを搭載し、艦内工場で各種兵装兵器に装備を製造補給できるシステムを有している。無論、粒子兵器や実体弾火砲も相応数装備している。
「あれが……ロシアの」
と思わず凝視する月丘。
「ほへー、すごいもんだな。タイフーンのお化けが宇宙に浮いてるぜ」
と思わずこぼすクロード。
で、そのタイフーン級の化け物は、合計で三隻あり、一隻は一番艦の『ピョートル大帝型』であり、もう一隻は二番艦の『エカチェリーナ型』である。
船にはロシア航空宇宙軍の徽章が描かれており、その他は、ダークグレイ系の色で統一されている。
で、三隻目はロシアのヤツかというと、どうも違うようで、艦体には中国の☆に八一と書かれた文字が、見える。
この姿に今度は中国軍関係者が大喜びだ。
『なんでもあれは、中国とゼスさんの交渉がなかなかまとまらズに、交渉決裂しかかっていたところへ先日のチャイナ国のクーデターがあってって話で、ファーダ・チャンと、ファーダ・グレヴィチが話し合って、ロシア国の一隻の枠を中国が譲ってもらって製造された艦だそうだよ』
「あ、シャルリ大佐、お疲れさまです」
「Oh、マドモアゼル。いつも野性的でお美しく」
『なんだいクロード。その野性的ってのはぁ』
月丘とクロードが話をする背後から声かけるは、ヤルバーン自治国軍大佐のシャルリであった。
クロードの失礼なジョークで、場を和ます。シャルリは二人の肩へ腕をかけて笑顔だ。なんせあの厳しいグロウム戦を戦った戦友である。
「あれ? シャルリさんは柏木長官とご一緒じゃあ?」
『お客サンの相手はカシワギの旦那にみんな押し付けて逃げてきたってわけさね、ニヒヒヒ』
「はは、相変わらずですねぇ」
ま、いつものシャルリさんであった。柏木はそんなシャルリの事を気にもせす、鈴木と久留米と一緒に諸外国の関係者と立ち話だ。まあ柏木もそこんところはわかってるのだろう。
「……ではマドモアゼル、あの中国軍の艦名は?」
『えっと、なんだっけかな? “すーちゅわん”とかなんとか』
「スーチュワン? えっと……ああ! 『四川』ですか」
中国初の宇宙艦艇は、どうやら四川型というらしい。とはいえ、性能的には一番艦のピョートル大帝型と同じではあるが。命名も割と普通であった。中国軍艦艇は、中国の省の名前を艦名に使う事が多い。中国軍空母の『遼寧』や『山東』も省の名前である。
「どっかの国みたいに、なんちゃら大王とかワケのわからん名前よりはよっぽどマシだな」
とクロードが一言。どこの国かは知らんぷり。
と、そんな地球初の外国籍航宙艦艇初っ端の紹介を受けていると、次は欧州勢、つまりNATO軍関係者がにわかに騒がしい。
クロードも嬉しそうにシビアが指差し、紹介する方向を眺めに、小躍りして走っていった。
シャルリに月丘もそれに付いていくと、
「おい、カズキ、今度は俺達欧州の航宙巡洋艦だぜ。ヒュー、いかすねぇ」
シャルリの話では、NATO軍も、ゼスタールに自分達のコンセプトの艦を発注していたそうだ。
「艦名はなんていうんだ? クロード」
「三隻あってな。一番艦は、フランス軍が主導で動かす『ジャンヌ・ダルク級のジャンヌ・ダルク型』だ。二番艦は、英国人が主導で操艦する『マーガレット・サッチャー型』。三番艦がドイツの『ビスマルク型』だな」
その艦影は、最先端部に爆撃機のような形状のブリッジがあり、艦体中央部より後方にドーナツ型の兵装区画と、機関部区画があるような形状をしている。全長は二四五メートル。
主兵装は、これもロシア同様に、ミサイル兵器と、一部粒子兵器に実体弾兵器である。このあたりは皆規格が一部統一されており、エンジン部は米国が技術ライセンスと言う形で提供しているようだ。
最後に見えるは、米国の艦と、日本の艦であった。
「え? 日本もゼスタールさんに発注してたのですか?」
と月丘は疑問に思う。そりゃそうだ。日本は自前の宇宙艦艇建艦施設があるのだ。
『なんでもサ、ゼスさんとの今後の協力も兼ねてってことで、互いの技術協力の意味も含めて、カグヤの資料を提供したそうだヨ』
「そうなのですか」
で、宇宙空間を見るに、まず目に入るは、件のUSSTCが所有する、ニール・アームストロング級の同型艦が二隻ほど。どうも米国はゼスタールにアームストロング型の設計図を渡して、そのままのものを発注していたようだ。なるほどそれ故に他国の機関部が米国製に準拠しているわけである。確かにこうすればゼスタールも無駄なくプラントで建艦できるという寸法である。
米国のニール・アームストロング級二番艦は、『スター・エンタープライズ型』三番艦は『ジョージ・ハリソン型』というそうな。
「ハリソンって、あのハリソン元大統領ですか?」
『ダそうだよ、はは』
で、その三艦の向こう側に見える、見慣れた艦影の一隻。
「おわっ! あれはカグヤ? いやでもちょっと違うな……なんとなくゼスタール風味な……」
『アレが、ゼスさんがティ連技術を応用して作った、カグヤのコピー艦、宇宙空母カグヤの二番艦ってわけじゃないけど、ゼスさんコピー版の船で、ウチュウクウボ・ヒリュウって言うそうだヨ』
「宇宙空母『飛龍』ですか。確か飛龍と言えば……」
「アレだな、カズキ、WWⅡで有名な、中型空母の名前だろ」
「確かそうですね、クロード。なるほど、中型繋がりですか」
第二次世界対戦におけるミッドウェー海戦で最期の活躍をした名艦飛龍。その名を受け継いたゼスタール製の宇宙空母。いかんせん艦色が『黒』で、例の赤いスリットが目立ち、意匠がゼスタール風味なものだから、なんかダーク系の雰囲気も漂うが、これも日本の特危自衛隊艦艇として組み込まれるだろう。
現在、この月軌道では世界主要各国が発注した宇宙艦艇が、まるで見本市の如く空間に停泊している。
この受け渡しと、他別途、ゼスタールに発注していた機動兵器の装備などがこのあと月面基地でお披露目されるわけだが、どんな兵装物品が公開されるのやら。
なんだかんだでもうマスコミが一番張り切っていたりするのだが、この様子はまた後ほど……
* *
さて、そんなわけで今日この日を目指してヤルバーン自治国でも、ある航宙艦艇が一隻、完成を迎えていた。
ゼスタールに負けてはならぬと彼らも昨今ヤルバーン製国産艦艇建艦に力を注いでいるわけだが、ここでヤルバーン自治国と、日本国が共同開発したある艦が、世にお披露目されようとしていた……
ヤルバーン自治国のヤルバーンタワーに配置されている、件の超巨大なロケットランチャーの如き雰囲気で配置されている、君島重工の航宙艦艇建艦ドック。
そのドックが、なんと! 今縦にゆっくりと動いているのであった……
今日、その船のお披露目とあって、相模湾にはマスコミもヘリを飛ばしてその様子を撮影していた。
『現在、相模湾上空です! 本日、ヤルバーン自治国軍と、防衛省から発表のありました、新型の航宙艦の発表ですが、現在、少し変わった様子になっている状況です』
ヘリからヤルバーンタワーにカメラを向け、ヘリのローター音に負けまいと大声でレポートするマスコミの女性アナウンサー。カメラは、普段は横置きになっている君島のドックが、だんだんと縦に移動する様子を訝しげにレポートしながら撮影する。
そして丁度九〇度縦置きになった時点で、なんと! ドックが縦へ二つに割れるように開き、中の物体を顕現させようとしていた。
もし音楽がほしいなら、伊福部さんの例の荘厳なイメージ。
『こ、これは! なんとロボット型でしょうか!? あの人型攻撃艦と呼ばれる艦種でしょうか!? 今、ドックが二つに割れて、中に見えるはそんなシルエットの物体です!』
レポーターが唾飛ばして、その巨大な人型に見える『モノ』の映像を茶の間に写す。
今彼女が言った人型攻撃艦。フリンゼ・サーミッサ型や、さくら型でも全高一五〇メートルである。
この人型は軽くその倍、三〇〇メートルはあろうか。
……ドックが八割ほど開いた状態。ほぼその物体の全容が把握できる情景に、レポーターの興奮も最高潮に達し、その局の視聴率もうなぎのぼりになる。
『すごい! これはあのフリンゼ・サーミッサの倍はあろうかという人型の、いえ、ロボット型の航宙艦艇です。三連装砲塔が左右にアームのようなものに固定され、合計で四基もあります! あ、待って下さい! 艦名が見えますね。胸部に艦名が書かれています……これは、なんと! やまと! やまとです! あの世界最大の日本の戦艦、大和の名前を冠しています!」
二〇二云年のある日。
世界が国際連邦として統一され、それを祝福するように異星文明から世界へ、今後の安全保障体制確立と、宇宙戦争時代到来に対処するために、航宙艦艇技術を送られ、世界の軍事事情に大改革の時代がやってきた。
だが、やはりこの地球世界で先を行くは、連合日本とヤルバーン自治国。
その人型宇宙艦艇、『人型機動攻撃戦艦やまと』と名付けられたその船。
宇宙艦隊時代が世界に訪れる……
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