【第八章・連合軍 ―終― 】第四九話 『彼方の仲間達のために』
普段、この日本において、軍隊や自衛隊がニュースの話題をかっさらうなんてことはあまりない。
確かにどこかの国で戦争や紛争が起こっても、それはあくまで戦争や紛争が話題になるのであって、軍隊が話題になっているわけではない。
特に特定の新兵器が世に登場した……というニュースともなると、まあそんな物に関心を抱く人は、所謂マニアかフリークか反戦団体ぐらいなもので、殆どの人は無関心である。
一〇年余前に、当時の日本の最先端工業技術で製造された『10式戦車』や、『護衛艦いずも』に『かが』はては次期主力戦闘機F-35やX-2計画にしても、ほんの一時期話題にはなったが、少し日が経てばあとはもう専門誌か専門動画チャンネルの世界行きの話題である。
ヤルバーンがやってきて、異星人オーバーテクノロジー技術の旭光Ⅱに旭龍ができたときでも、それは物凄い大騒ぎにはなったが、やはり時間が経つと専門雑誌か専門チャンネル行きの話題となった。
ま、所謂『一般人』のその手の認識の範疇とは、そんなものだ、といったところである。
だが二〇二云年のとある日、即ち今。
相模湾上のヤルバーンタワーは、これまたいつも以上の賑わいを見せ、やいのやいのとタワーの旧ヤルバーン母艦部の屋上、即ち地上と表現される部分に出て、観光客みんな上見てポカーンと口を開けているような情景。
もしくは……
その『物体』をもっと近くで見ようと、クルーズ船やヨットに遊覧船がヤルバーンタワー近くまでやってきたり、マスコミヘリがブンブン飛んできたりと、なんだかまた大変な騒ぎになってたりするわけだが、そんな渦中の事象と言うヤツが……
ティ連防衛総省登録名、
『人型中規模機動攻撃戦艦ヤマト級ヤマト型』
特危自衛隊呼称、
『人型特重機動護衛艦やまと』
と呼ばれる新型装備なのであった! ……バーンとか、どんでんどんでんとか、そんなのよりは、なんか重厚なBGMが流れていたほうがいいっつーか、そんなところ。
……ちなみに特危自衛隊は、陸海空自衛隊同様にとっても大人な日本の組織なので、その装備呼称も色々とひねくれて……大人な呼称となっている。
すなわちぶっちゃけていうと、『戦艦』とか、『巡洋艦』とか、『空母』なんて呼称が使えないので、例えば……
ティ連軍呼称 特危呼称
○航宙駆逐艦 = 航宙護衛艦
○航宙巡洋艦 = 航宙重護衛艦
○航宙戦艦 = 航宙特重護衛艦
○航宙母艦 = 航宙護衛母艦
とこんな呼称になる。そこに、『大型』『中型』や、『機動』『人型』といった大きさや種別、兵科用兵の言葉がいろいろと付く。
従って、この『やまと型』もどういう立ち位置の艦か、呼称でわかるだろう。
但し、人型攻撃艦のように、『攻撃艦』なんて艦種は日本にはない呼称なので、ティ連側の艦種呼称を翻訳したものを日本側がそのまま流用している例もある。だが関係者の間では、ティ連所属のフリンゼ・サーミッサ型は『人型攻撃艦』と向こうさんの呼称で呼ぶが、特危の、同級さくら型の場合は、『人型支援護衛艦』と非公式に呼称する関係者もいる。そのあたりは現場で臨機応変といったところ。
なんせ日本の自衛隊は、こういった『戦争戦闘』に関する言葉遣いにいちいちウルサイ輩が多いのでメンドクサイ話なのだ。
例えば、一般的に『攻撃機』と言われる航空兵器にしても、自衛隊は『攻撃』なんてしないので、『支援戦闘機』という呼び方をしてみたり、いまでこそ『10式“戦車”』なんて呼び方をしているが、その昔は戦車を『特車』と呼んでいた時期もあった。
現在でも『砲兵部隊』を、お笑い芸人で有名な『特科群』と言ってみたり、海兵部隊を『水陸機動団』や、一般歩兵部隊を『普通科』などと、まあ所謂大人の呼び方がこれまた趣のある、ある意味カッコイイ呼称で決めている軍た……ゲホゲホ……防衛組織が、自衛隊なのである。
……とまあそんな話も意識しーので、
最近のニュースは、国際連邦主要各国が初めて所有する事になる航宙艦艇の話でもちきりになるかと思いきや……確かにその話も賑やかではあるのだが、君島重工と、設計担当をした『ヤル研』の連中としては、やはり宇宙時代の主導権は日本にアリと主張するかのごとく、このタイミングに合わせて『やまと』の情報公開に踏み切ったのであった。
* *
ということで情報公開後、それはもう話題沸騰で、某つぶやきSNSでも#タグついたり、一〇年後の現在でもまだ生きている某掲示板でも、久々にスレネタ豊富でお祭りだったりと、賑やかなことこの上ない。
このあたりの掲示板ネタは、どこかの並行世界では二次創作で募集中であったりする。
だが、これに対応しなきゃいけない日本政府も大変で、現官房長官の寺川由美も記者会見で……
「官房長官、あの非常に見た目にインパクトのある巨大な人型戦闘艦ですが、あの兵器を運用する管轄は、どこになるのでしょうか?」
「運用管轄というご質問ですが、まず、あの『やまと級やまと型』は、所謂一番艦のネームシップと言われるものでありまして、今後君島重工ドック、及び、月面のゼスタール合議体プラントや、ティ連本部にて、今期の予定では計一〇隻が生産される予定になっておりまして、それらの運用管轄は、我が国の特危自衛隊及び、ティ連防衛総省軍が運用する予定になっております」
その一〇隻という言葉に記者会見場は少々ざわつく。まず『隻』という単位で話しているということは、つまりアレは誰がなんと言おうと、『艦』すなわちお船なのである。
それと、一〇隻という数字である。どこの物好k……どの国が運用するのかという話であって……
「どの国が運用するか、お答えできますか?」
と記者が質問するワケだが、まあいづれはわかることでもあるし、別段機密事項でもないので、
「はい、今後建艦が予定されている本級についてですが……」
寺川は、まず予定されている艦名をあげていく。
二番艦『むさし』三番艦『しなの』
「……これらは、特危自衛隊海上宙間科が運用することになっており、君島重工が建艦を担当致しております……」
そして続くは、四番艦『コウヅシマ』五番艦『ニイジマ』六番艦『06号ミヤケジマ・カルバレータ艦』
「……これらは、ヤルバーン自治国軍と月面ゼスタール軍が運用する事になっております……」
そして、残りの四艦は、ティ連防衛総省軍で運用される事になっており、二艦がイゼイラ軍籍、一艦がディスカール軍籍、最期の一艦はダストール軍籍になるという話……実は二艦がダストール軍籍になる予定だったのだが、偉大なるパウル提督が職権使って無理やり一隻をディスカール軍籍にゲホゲホゲホ……
という話もあったとかなかったとか……
イゼイラ軍籍の二艦の名称は七番艦が『ヤルマルティア』八番艦が『ファバール』……なんと、イゼイラで、ヤルマルティアの名前を船に付けてくれるとは、なんとも嬉しい話だ。でもよくよく考えたら意味的には『やまと』とかぶってしまうが、そこは意図して狙って付けたのだろう。
ディスカール軍籍の名称は、九番艦が『レドラート』、これはディスカール建国の英雄の名前だそうである。
最後の一〇番艦の名称は、『ガッシュ・ジェイド・ロッショ』……なんと、シエパパさんのお名前がつけられたという話……この話を聞いて、シエママさんは、ごっつい鼻高々だったとかなかったとか。
……実はこの艦名付与に尽力したのは、かの多川氏のライバル、フェット―さんだったり。でもこれは内緒な話。
とま、そんな説明を寺川官房長官は記者の質問に対して答えていく。
国民はこの中型人型艦艇……っと、中型とはいっても、人型兵器としては超大型になり、実際ゼスタールではそういった呼称なのだが、そこはとりあえず置いといて……まあそれに対し、思っていたより多くの艦が造られるのだなと思ったり。
その質問に対して寺川は、
「はい、その点ですが、やはり先般の『グロウム帝国』関連の事案からもわかります通り、仮想敵として、件のヂラールを想定しなければなりません。ヂラールは生体兵器……すなわち、生物の形態を取った戦闘兵器と目されるがゆえに、既存の『知的生命体』同士の戦争とは根本的にその戦闘の本質が異なる為、我が国の、防衛装備庁に所属する研究機関が、ティ連防衛総省にそれら研究結果の報告を行った際に、こういった兵器の開発も視野に入れて、という事でこれからはこのような形態の装備を増やしていくことが肝要であると、そういった意見で合意した結果でございます」
こういう武器兵器類の専門用語に噛みそうになりながら説明する寺川。んでもって『防衛装備庁の研究機関』なんて、それらしいこと言っているが、ぶっちゃけていえば『ヤル研』連中の妄そ……この事態を見据えた上の思慮深い将来用兵技術を駆使した結果であると、そういう意義を記者たちに話す。
だが、実のところヤル研連中の考え方は間違っていないわけで、そもそもヤル研がこういった兵装を開発しようと意気込んだ理由は、あの『惑星サルカスーヂラール戦争』においての、柏木達の報告が元であり、それらをティ連や、日本のヤル研が研究した結果が、このような人型艦艇、即ち『巨大ロボットという姿を借りた、宇宙艦艇』というものを創るファクターとなったわけである。そして完成したのが、この世界での人型艦艇第一号となる、『フリンゼ・サーミッサ』なわけである。
ヂラールという生体兵器は、所謂『凶暴な猛獣に武器兵器がくっついたようなもの』と簡単にいえば、形容できる。
知的生命体が戦争を覚え、それを効率よく成し遂げるために武器兵器を作っていく過程において、その進化の骨子はというと……
『味方になるべく被害が出ずに、多くの敵を効率よく排除する』
という事になる。つまり、素手で殴りあっていたものが、棒きれに変わり、石器になって、青銅で剣を作り、その剣が長くなって槍になり、更に同時に弓が発明され、弩弓ができて、鉄砲が発明され、それが大砲になり、機関銃ができてミサイルができ、レーザー兵器に粒子兵器……と、なるべく相手と距離をおいて、距離をおいてと、そういう具合に戦えるように兵器は進歩していった。
それは兎にも角にも武器兵器というものは、人の命を殺す道具であると同時に、使う人間を守る道具でもあるためである……ここ重要。
だが、ヂラールの場合は半知性体としての『殺戮行為』が相手を殲滅する純粋な行動原理なので、そもそも論として『命の価値』を考えていない。従ってある意味、すべてのヂラールが『特攻兵器』のような位置づけにあるのである。従ってそういった普通の知的生命体が持つ戦闘イデオロギーを持っていない、ティ連生命科学用語で言うところの、『半知的生命体』相手には、改めてそんな連中に対応する装備をこれまた開発しなければならんという事になるわけで、この人型艦艇を提唱したヤル研はその点を重視した『対ヂラール用兵兵器』として、これらを開発したわけである……なにも趣味に走って、というわけではない(と思う)
* *
東京都市谷、特殊危機対策自衛隊幕僚監部。所謂、特危幕僚監部。
特危防衛総省統括幕僚長(幕僚長たる特将)である加藤幸一。久々の登場である。年齢的にはもうとっくに退官して孫と遊んでてもいい年齢なのだが、ティ連防衛総省本部と日本政府からのたっての願いで、定年退職を伸ばしてもらって、今でも現役で幕僚長をやっている。しかも所謂、自衛隊幕僚長よりも管轄が上の、ティ連太陽系方面軍火星司令部管轄のお偉いさんとして、活躍中。
いかんせん毎度の話だが、万年人材不足の特危にあって後進の育成もあと少しなので、その間もう少し頑張ってもらおうというところである。
という訳で執務中の加藤。彼の部屋をノックする音。
「藤堂です」
「おお、入ってくれ」
帽を取り、ピシとお辞儀敬礼の藤堂。まあまあと加藤が知った仲間を椅子へ誘う。
「で、どうだ藤堂君。アレの世間の反応は」
「はは、まあ加藤さんが思ってらっしゃるようなところですよ。それは今までにない反応ですね。あの“かぐや”を柏木さんが持ってきた時以来というところでしょうか」
「なるほどね……ふ~む、海自の友人連中が、『あれは特危さん、卑怯だ』とかなんとかいってるみたいで、大和と武蔵の名前が取られたのを、えらい悔しがっていたけど」
「そらそうでしょう。我が国で最も偉大な船の名前ですからね。それが見た目超大型ロボット兵器で艦を名乗る物体がそれを称するわけですから……まあでも国民には概ね……あいや、非常にといってもいいですかな、ハハ、まあそんな感じで好感を持って受け入れられているようですが」
とお茶でもすすりながらそんな雑談なんぞ。あちゃら方面では、アッチ連中の趣向がどうのとかが話題の中心だが、さすがにこの年寄二人にはそこんところは理解の範疇外である。
「で、月の話だけど、藤堂君。引き渡しは順調にいっているようだな」
「はい、久留米君から何か聞きましたか?」
「いや、彼も各国の幹部や政治家相手で忙しいようでね。情報省経由でいまのところこっちにも話が回ってきているよ」
「なるほど。情報省といえば、有名なあの三人ですか……で加藤さん、引き渡しの方はどういう手順でというのか、そのあたりも?」
「うん、まずは各国の指定基地までドーラシステムを使って無人で曳航するらしい。で、その指定された基地で各国の該当部署に引き渡して終了だそうだ。まあ相手がゼスさんだからな。彼らはあまり興味がないみたいだけど、引渡式みたいな豪勢なイベントもやるという話だが、そうなれば今後は各国も『かぐや』が日本に来た時みたいなお祭り騒ぎになるんだろうな」
「そうですね……我々もあのカグヤを見た時は腰を抜かしたものです」
ただ加藤は、これで日本だけ特別だったものが、今後世界が共有することになるわけだから、そこあたりは少し気持ちが複雑だと話す。
それもそうだ。ヂラール騒動が勃発しなければ、恐らくまだ世界はUSSTC以外、こういう形で航宙戦力を保有することはなかったであろうと考えられるわけであるからして。
従って、そういう意味でも『差別化』というわけではないが、主導権云々の話が出てきたときの対応のためにも、此度の『人型特重護衛艦やまと』即ち、『人型攻撃戦艦やまと』の価値は重要なのだと加藤は語る。
「確かに。理解できます。一見……まぁ、ヤル研某が作ったというから、という話もありますが、それを差っ引いても、今の特危には、ああいうシンボルがあったほうがいいのは確かですね」
まあ……手段はどうあれ、という事である……
* *
ということで、世界は航宙戦力を手にすることができ、やっとのことで……まあティ連や現在の連合日本までは及ばないものの、最初のきっかけさえ掴めれば、あとは各国自国の科学技術力で……なんて考えてるところへ、諸国に『やまと級』の一報が入ったのか、ゼスタール月面基地ではそんなことも話題になってたりする。
で、そこは各国軍事関係者も、『ヤルバーン・ラボラトリーが関係しているらしいぞ』という話になって、なんだか妙に納得顔であったりする。
月丘諜報員は、
(いや、そこでヤル研の名前が出てきて、なぜにみなさん納得するんですか……)
と、心の中で平手を上下に振ってオイオイと突っ込んで見る。
ここで四方山話を語れば、元来西欧では『人型のロボット』という物自体が、ここ数十年前まで興味をもたれなかったのは事実である。というか禁忌に近い代物であったという話もある。
というのも、一説によると西欧では、キリスト教の影響もあってか、『人の形を成して動くものを作る事は神にのみ許される行為』という考え方が根底にあって、人型ロボットというものが随分長い間研究されてこなかった。逆にいえば、非人間型、所謂動物型や、人の一部パーツ型なら西欧諸国も割と色々な研究成果を上げていた。
更に『ロボット=労働者リストラの象徴』というイメージもあって、今でも西欧諸国ではロボットに対するネガティブなイメージを持つ風土も少なからずある。
実際、SF作品など日本では有名な少年型ロボットに代表される作品では、『ロボットは友達』『ロボットは正義の味方』というイメージの肯定的作品が多いが、西欧の作品で、ロボット自体が親愛なる表現を持って描かれた作品は、実は少ない。そういう表現の作品はここ最近の話と言ってもいい。
欧米で有名なマスコット的イメージを持つロボットといえば、有名な『星の戦争』に登場する凸凹コンビのロボットが有名だが、あれでも完全な人型というには遠く、『サイレント・ランニング(1972)』というSF映画に出てきた愛嬌のあるロボット達も、決してポジティブな表現で描かれてはいない。
西洋での『ロボット』とは、そんな認識なのである。
だが、この世界の日本における『本間工業』が一九九六年に、世界初の完全な二足歩行ロボットを開発し、世界へセンセーショナルな発表を行ったと同時に、世界で人型ロボットの研究開発が爆発的に進み、西欧の研究者も、もうなりふり構わずに日本の技術を解析してパクり、人型ロボットフィーバーが、日本にくらべて随分遅れて西欧にもやってきた。と、そんな歴史がある。
従って、彼ら西欧人にとっては、『日本といえば人型ロボット』というイメージがどうしてもあるようで、やまとの話を聞いても、
「ジャパニーズが宇宙戦艦までロボットにしちまったってよ」
「まああいつらのやることだから今更驚かねーけどな」
「なんでもヤルラボだってさ」
「 ┐(‘~`;)┌ 」
とか、こんな陰口叩かれていたりするのである……でもその本音を言えば、そんなものを作り技術を持ってしまった日本が羨ましかったり、妬んだり……というのもある。
ということで、また久留米や鈴木、柏木の周りに各国軍関係者の人だかりができてしまったり。
でも各国も負けてはいない。
そこは航宙艦艇群とセットで運用する各種兵科の機動兵器で彼らも独自色を出そうとしていた。
まずは、米国ーLNIF系の航宙・航空機動兵器として、LNIF各国は米国製の『ユナイテッド・ギャラクシーFAHM-50“サラマンダー”』を採用する事が決定している。
機体だけで言えば所謂西側各国にはすでに配備が始まっており、それまでの航空兵器とは一線を画す兵器として、元来の航空兵器は完全に旧式化している状況であった。
で、旧CJSCA諸国は、ゼスタールが供与してくれた技術をベースに、サラマンダーと同クラスの航宙・航空機動兵器『スホーイ・ラヴォーチキンSuLaー01“メテオール”』を開発し、中国やインドへライセンス供与している。
次に今後、国際連邦軍の陸上機動兵器の雛形として、かねてよりロシアと米国で共同開発を進めていた今後の陸戦の要になる機動戦車(マニューバータンク)所謂MT兵器も、ゼスタールの技術を用いて更なる進化を遂げた新型の開発に成功しており、このゼスタールプラントへ量産の委託を行っていた。
地球では、先の“メテオール”と、“サラマンダー”の生産ラインで手がいっぱい。
本来は関係のない自動車メーカーにまで一部のパーツを外注しているので、現在の米国兵器産業は、もっぱらこのサラマンダーの増産専業で稼働している。
ロシアも似たようなものだ。そもそもロシアの戦闘機メーカーで著名なスホーイと、かつての第二次世界大戦では戦闘機、現在では、宇宙船にロケット開発で有名な、S・Aラヴォーチキン記念科学製造合同企業が手を組んでいる事からも力の入れようが大体想像できるだろう。
なので、このMT兵器量産に関しては、ゼスさんに有償でお手伝い頂いたといったところ。
ゼスタールもかつては貨幣経済国家だったので、お金の有用性は理解していることもあり、まあそういうことならと外部委託を受けた次第。っていっても、金額的には恐らく格安価格になるのだろうが。
さて、この機動戦車(MT)の新型を称する兵器の詳細だが、米国ではGM社にクライスラー。ロシアでは、戦車開発で著名な『ウラルヴァゴンザヴォート社』が共同で開発にあたっている。
此度はロシアのPOT-116型や、米国のM4リッジウェイのような、戦車の車体に砲塔型の胴体と、側面にマニピュレーターがくっついたような、『戦車の延長』といった意匠とは異なり、『疑似二足歩行型の戦車』といったような趣向のデザインに進化している。
まず、複合装甲砲塔のような胴体と、本来砲身が伸びる箇所に、頭部のようなセンサーユニットが載っかっている。
その胴体旋回部が、M4や、POT-106のようにリニアクローラーのついた車体にも見えるものに載っかっているようにも見えるのだが……
なんと! このクローラー部分は変形するようで、実は正座をするように大腿部にあたる部分が内側に折り込まれて格納されていたのだ。
それが正座から立ち上がるように直立すると、戦車でいう、クローラーの後部駆動輪部を地面に付けて……かつて米国で流行した『バランス横二輪電動スクーター』のような機能で、すり足走行をするかの如く移動する、『疑似二足歩行』型直立ロボット兵器に変形するのであった!
これは、米国で開発されていたロボット技術の一部を転用し、ゼスタールから供与を受けたドーラ・バランス制御機能や、サマルカから供与を受けた高速演算機能を転用して完成させた機動戦車である。
所謂、米国やロシア的発想の技術概念が融合されたマシンで……
日本には、旭光Ⅱや、旭龍のような、正規の二足歩行ロボット技術を用いた機動兵器が、ティ連国家の技術として普通にあるが、残念ながら米国やロシアはこの大型車両系兵器に転用できる完全二足歩行技術を開発できなかった。
なので、リニアクローラの走破性と、あのバランス横二輪電動スクーターの技術と、ゼスタールやサマルカの技術を融合させて、『疑似二足歩行ロボット型兵器』として完成させたのが、この……
米国名【M5A1コリン・パウエル】
露名 【POT-117ヴェリカーン】
であった。
諸元は……
複合砲塔にも似た胴体部の両側面部に兵装マニピュレータを持ち、右マニピュレータには、対戦車レールガンを三本指状の固定器具で所持し、左マニピュレータには、M4リッジウェイにも搭載されていた球体状の戦術レーザーが装備されている。
胴体には、中央頭部にあたる箇所の少し離れた右側の個所に、同軸開閉型低高度対空・対戦車兼用ミサイル発射口と、左側に、7.62ミリ同軸機銃を装備する。
更に中央頭部状のセンサーユニット後方に、リモート制御の12.7ミリ機関砲を装備する。
直立時の腰部後ろ側には、簡易斥力推進ユニットも搭載されており、三次元立体障害物をジャンプで飛び越える一時的な滞空機能も有している。
そもそも、このような、所謂ハタからみたら中途半端な疑似二足歩行を何故に採用したかというと、そもそも米露の技術者は、どうも『わざわざ二足で足を上げて歩く必要はない』と考えていたようである。それよりも、クローラー駆動の高速走行性能と、二脚によるバランスで、ローラースケーターのように滑走し、走破する事に主眼を置いた陸戦兵器に開発の主眼を置いたようだ。
ここは欧米人ならではの発想の割り切りといったところであろうか。だが、割り切るところは割り切ったおかげで、POT-106や、M4リッジウェイを凌ぐ性能の機動戦車にはなったようである。
……ちなみに、共同開発とはいえ、兵装技術の基礎が違うため、米露の形状には若干の差があったりする。
米国のコリン・パウエル型は、西側にみられる典型的な複合砲塔型胴体に対して、ロシア版は、T-90MS戦車にみられるような、楔形の形状をしている。
ここにも、各国の兵器資産を活用する努力が見られたりするのが面白い。
* *
さて、月面ゼスタールプラント基地。
各国の代表団は、『世界各国新型航宙艦見本市』のような様相を呈してしまった月軌道上からこの基地へと移動した。
「ここに来るのはこれで二度目ですが、随分あれから変わりましたね」
と月丘。数年ぶりとかそんな時間ではないが、随分久しぶりにも感じるゼスタール基地再訪問。
「だよなぁ……またこんなところ来るなんて思わなかったが、以前来たときよりも無茶苦茶デッカくなってないか? ここ」
と、なんだか別の場所に来たようだとボヤくのはクロード。
「そうですわねぇ……」と久方ぶりに来訪した施設をあんぐり顔で見回す麗子社長。で、「……ところでシビアさん、アイスナーさんはご壮健なのですの?」
『(レイコ生体……)』とシビアは小声になり、『(我々はアイスナー・スールの存在が、お前達の宗教上倫理観から何かと問題があると聞いて、諸般の理由を鑑み、外部への情報公開を秘匿している状況だが、そのような音量で会話を行っても良い状況になったのか?)』
「(あ、そうでした。これは失礼をば……オホホホ)』
なんともシビアさんに注意されてしまう麗子社長。口に手を当ててちょっと迂闊だったと反省しきり。
それでなくても件の四川風邪で死にかけていた方々も片っ端からスール化して、今やゼスタール合議体国民になっている人々もいるわけで、ここでは地球的事情で、色々と会話には注意しないといけないことが多々あるのだ。
『(アイスナー・スールは、特に問題なく、お前達の状況表現用語で言えば、「壮健」である。現在、先の疾病で我々が保護したチキュウ人達のリーダー的スールとして、指導的立場にいる。他の異星種族スールらとも問題なく交流できている)』
「(そうですか、それは重畳ですことね。結構結構)」
それでも麗子の質問にはしっかり答えてくれるシビア。で、アイスナーは、そういう立場でもあり此度は皆の前に出られないのが残念だと。よろしく伝えてほしいと伝言があったとシビアは語る。
まあここんところは仕方がない。もし今アイスナーが彼らの目の前に現れれば、死んだ人間が復活したとして大騒ぎだ。機動兵器受け渡しどころではなくなってしまう。ま、このあたりは時間をかけてというところだろう。
と、そんな雑談もしばし。諸氏は基地内トランスポーターで、大きな大きな工場らしき場所に連れてこられる。
そこには対人ドーラの亜流型や、対艦ドーラの亜流型のようなロボット工作機械がひしめきあって動いて……というよりは、働いていた。
それはものすごい『大工場』である。
そこで次々に形作られて出来上がっているものは、先の『POT-117』と、『M5A1』であった。
その流れ作業で製造されていく戦車工場の超スゴイ版をみせられた月丘は、
「はりゃー、ものすごい数のMTですね……」
と驚嘆の言葉を漏らすと、
『これは、ハルマの地域国家すべてのMT兵器を全部作っちゃう勢いじゃないですかっ』
と、プリルもティ連人ながら驚きを隠さない。
「確かに……こうまでシステム化された工場となると、ハイクァーン工場で作られるよりも、生産効率はかえって良いのかもしれませんわね」
と麗子もその状況に圧倒されたり。で、クロードが、
「このMTは、アメリカやロシアの分だけを作ってるってワケじゃないんだろ? どうなんだいシビアチャン」
『肯定。アメリカ政体とロシア政体の発注分は、既に生産を完了している。現在稼働させているのは、チキュウのエウロパ政体群と、チャイナ、インディア、他政体から発注を受けけている分、そしてニホン政体と、ティエルクマスカ防衛総省、及び我々ゼスタールが運用する分を生産している』
そのシビアの説明を聞いて、「は?」となる月丘とプリルに麗子。
「日本とティ連にゼスタール? どういうことですか?」
と問う月丘。そりゃそうだ。日本やティ連には、ヴァズラーにシルヴェル、そして浮動砲にトランスポーター型兵器、そして何よりも19式コマンドトルーパーに旭龍や、旭光Ⅱがある。なぜに今更このMTを導入しなければならないのかという話だが……
日本の場合は、補助装備として陸上自衛隊で試験的に導入してみようという話で、数十輌ほどM5A1を調達したそうだ。ティ連は、参考資料として導入。で、ゼスタールが導入した理由はさもあらんな話で、
『我々は、この“機動戦車”なる兵器を、ドーラ化して使用したいと考えている』
つまり、無人化して対人ドーラや対艦ドーラの中間を埋める兵器として用兵したいのだという。
なるほどなと……するとその話を聞いていた柏木がやってきて、
「なんでもこの兵器って、あの何年か前にあった『M4ドーラ事件』あったろ、月丘君」
「あ、柏木さん……ええ、その話、資料で見ました」
「確か、あのM4リッジウェイがゼスさんのドーラに乗っ取られたって事件だっけか? カズキ」
「ええそうですクロード。今でこそ情報も開示されてみんな知っている事件ですが、当時は私も一市民でしたから、情報操作された内容の事以上の話は知りませんでしたけどね」
「そうそう、そうだったよな。あの時は確かそんな感じだった」
すると柏木は、それそれと言って、
「あの時の『M4ドーラ』と当時は関係者に言われていたドーラ兵器を参考に設計されたのが、この新型MTだそうだ」
なるほどなと納得する月丘。言われたら確かにアレと雰囲気が似ていると。
このMT兵器を見てわかるのは、一見するとゼスタールやティ連の技術に地球世界の科学が圧倒され、その一部の科学技術を拝借させていただいているようにも見えるが、そう見るのは間違いだということに気付かされる。
これら兵器一つを取ってみても、一〇年余前の地球社会の兵器と比較して格段の進化進歩である。
ゼスタールから技術をもらい、ティ連の技術を貸与されてもやはり地球社会は地球社会で確実にそれをらをモノにして着実に進んでいる。これが知的生命体故の行動である。
理解さえできれば、あとは技術だけの話だ。よくよく考えると、知性の本質とはここだろう。
理解さえすれば、種族が栄えてきた時間の差などは、あっという間に埋まってしまうのである。
フェルが地球人は優秀な知的生命体だといった核心がここなのであろう。地球世界の科学者達は、もう既に一〇年前から『理解』だけは充分にできていたのである。その時間差の跳ね返った反動の結果が、サラマンダーであり、メテオールであり、この機動戦車なのであろう……
* *
ゼスタール工場で今後地球社会に納品される未来の安全保障技術を充分に堪能した代表団は、最後にこのプラント基地司令であるゲルナー・バント司令合議体と面会を行う。
「ん? 確かゲルナー司令は、“艦隊運用合議体”とかいう役職というか、お立場というか……そんなんじゃありませんでしたっけ?」
と月丘がシビアに問うと、ゲルナーの役職が変更になったために、呼称が変わったのだという。つまるところ、艦隊運用の立場から、月の基地司令兼プラントの工場長の役目も仰せつかったので、『司令合議体』という呼称に変更になったそうな。
『……とはいえ、元々の我々の任務が、地球社会に浸透する事と、地球軌道上に基地を設けるためだったので、司令にも予期せぬ出来事が色々遭遇する形になってしまった。興味深い話である』
と、シビアも淡々とした口調ながらも、今の状況に不思議な縁に因果を感じ取っているようである。
と、そんなコソコソ話をしながら身内でたむろしてると、ゲルナーがこちらへやってきた。
『シビア合議体。状況は八七%の良好な形で推移している。これもお前達合議体が評価できる任務を遂行している結果であると我々は判断している。従ってお前と、ネメア・ハモルに後ほど評価徽章を与える。理解したか?』
『シビア・ルーラ了解。ネメアも情報を共有したようだ』
頷くゲルナー。ゼスタール・スールは全ての情報を共有できる能力を持つので、一人の特殊な状態は全てのスールに伝搬する。なのでゲルナーの話も、今地球にいるネメアに既に伝わっているのである。
……ちなみに、ゼスタール人以外の地球人や、他種族のスールにはこの能力はないのだという。即ち、八〇〇年前のゼスタールで起こった、あのヂラール災害を経験し、その時の国策でレ・ゼスタシステムを使用して、現在の形になったゼスタール人しか、この情報連帯能力は持っていないらしい。即ち、シビアが言うには、あの時のレ・ゼスタが出したゼスタール人を救う最善の手段が、この謎の技術でスール化された彼らであって、後のゼスタールが使うスール化の手段とはまた違うものなのだろうという話……
「ゲルナー司令、評価徽章とは?」
と何気に月丘が尋ねると、
『回答。お前達の文化で言う、勲章の受勲である。シビア合議体と、ネメア合議体の此度の活動は顕著であった。然るべき処置である』
「なるほど、そういう事ですか。なら私達も賛成です……おめでとうございます、シビアさん」
月丘がシビアを称えると、シビアも少し鼻が高いのか、しっかりと頷いて、
『我々のこの評価は、ツキオカ生体とプリ子生体との共同活動の成果であると考える。この評価はお前達の評価でもあるとせよ』
「はは、ありがとうございます、シビアさん」
『シビアチャンも益々奮起ですねっ』
月丘とプリルにシビア。言ってみればある意味とんでもない凸凹トリオなこのチームだが、今情報省で一番成果を上げているチームでもある。その絆が一層深まったのは間違いない。
柏木もその様子を見てにこやかに笑っている。何か昔の自分と、フェルと、シエやリアッサにリビリィ、ポル達仲間の事を見ているようであったり。
さて、三人の様子にゲルナーも納得すると、彼は会議室の一つ高い場所に移動する。そして代表団全員へ視線を行き渡らせると、代表団諸氏も、何事かとゲルナーの方へ視線を合わせる。するとゲルナーは、咳払い一つせず、全員の視線が自分に集まった事を確認すると、腕を後ろに組んで、全員に語りかけた。
『国際連邦なる政体組織代表団に対し通告する……』
普通なら、「紳士淑女の皆さん」とか、そんな話の枕があって、少々謙遜も入るのが普通だが、ゼスタールさんにそれを求めても栓のないことである……元々こんなんだし……
代表団諸氏もいきなりの命令調にちょっと面食らったが、「ああ、ゼスさんはこんなのだった」と思い出したのか、冷静に彼の話を聞く事にする。
『……国際連邦の各政体組織に対し、我々は事前締結した各項目の約定に定めた内容を実行し、現状、まずは我々がティエルクマスカ星間連合に加盟する前段階で交流を既に持っていた国家政体分の、航宙艦艇及び、搭載機動兵器の第一次定数分の生産を完了したことを報告する。だが、あの機動戦車と呼ばれる機動兵器は、少々発注数が多かったために我がプラントでもまだ各政体発注数を完成できていない。従って現完成分の納品は、今回引き渡す航宙艦に搭載し、更に我々の母艦で波状輸送して納品し、未完成分も完成次第随時輸送するので我々は各国家政体に対し、これに対応した受け入れ体制を要請する』
淡々と、現状の進捗を報告するゲルナー司令。ここはなんともスタインベック御大のような、カッチョイイプレゼンのようにはいかないようで、せっかくの『機動戦車完成』で、よしんばおひろめでもしたいところを、株式総会の進捗報告みたいな説明をゲルナー司令はするもんだから、拍手喝采の一発でもお見舞いしようかと思ってた代表団は、肩透かしを食らったり。なんかタイミング逸して皆苦笑い。
それでもその報告にご満悦の各国関係者。その表情を見回して一つ間をおいたあと、ゲルナー司令は続けて、
『……今回、我々はこの場に参画する惑星地球上の各政体に対して、約定のプロトコルに基づいた兵器生産、及び開発協力を行ったわけだが、現状の進捗状況と今後の推移を勘案するに、我々は、ゼスタールの宿願であるプロトコルの実行を発動する事を決定した……』
あいも変わらずのゼスタールさん風味な説明である。まあ要するに、地球各国のゼスタールがティ連に加盟する前の条約に基づいて、ゼスタール技術に基づく兵器を開発してあげたわけだが、それらを開発する時に交わした交換条件に協力してもらいますよ、という事なのだが、その内容をゲルナーは語る。
『我々はティエルクマスカ連合本部政体に対し、我々の本来在る所、惑星ゼスタールをヂラール生命体から奪還、解放する作戦を行うことを通達した。これら方針に関する計画書、関連資料の提出も終了している。程なくティエルクマスカ連合本部よりの回答が得られるだろう。我々のこれら方針が連合の認可を得た場合、此度の我がゼスタールとの安全保障協力における約定に基づき、今回の諸装備を納品した各政体にも我々は協力を要請する』
このゲルナー司令の言葉に、会場はざわつく。それはそうだろう、確かにゼスタールとの安保上の条約を基に今回の兵器装備納品が行われているわけなので、この約定は守らなくてはならないものだ。でなければ、もらった装備は返さなきゃいけない。もし約束を違えれば、無理にでも取り上げられてしまうかもしれない……実際そうするかどうかはわからないが。
そして米国以外の国家は、初の本格的な宇宙戦闘を経験するわけである。LNIF国家は、先のグロウム帝国の戦闘にて、少数ながら各国の代表将兵を少なからず載せていたので、『マシ』というレベルにはまだいるわけだが、旧CJSCA陣営は全くの初体験になる。これはどう扱うべきかと母国と相談といったところだろう。
それにLNIF陣営も、米国のUSSTC以外は代表将兵を送ったとはいえ似たようなものである。状況は大して変わらない。
「うーん、そうきましたか……なるほどこの兵器装備引き渡しのタイミングで、ゼスタールさんもこういう形で代金のお支払いを求めるとは……」
と月丘は腕を組んでその各国代表団の様子を眺める。
同じような格好で、少し驚きの表情を隠さないクロードも、外国人の意見として柏木に、
「ムッシュ・カシワギ、ニホン政府はこの話を知っていたのですかい?」
「ああ、それはね。言ってみれば、さっき情報の入った『やまと級』の公表も、今回の件があっての話だよ。それにこの件はゼスさんとティ連本部、つまり俺も含めて、ずっと協議をしていた事なんだ。ま、今回の兵装納品を期に、ゼスさんも本腰を入れたという感じかな」
柏木が語るに、先のグロウム戦争が、今回ゼスタールが計画した作戦の良い教訓であり、訓練にもなったという話。即ち現状のゼスタールが置かれている状況と、グロウム戦争の状況がよく似ているという事なのだそうだ。
『ではでは、ティ連各国も既に了承済みという感じなのですか? 長官』
「うんそうだよ、プリちゃん。まあティ連とゼスタール、即ちガーグデーラとは色々あったけど、彼らのヂラールに対する『時空の防人』的な頑張りは、やはり称賛されるべきだという事でね。ゲルナー司令は『回答待ち』とか言ってるけど、はっきりいやぁ決定事項だよ、うん」
つまりティ連防衛総省も臨戦態勢に移行する準備はもう整っているという事である。即ち、もう既に決定事項だということだ。
……なるほどと頷いて納得する月丘達。だが月丘もちょっと考えて、「となると?」と疑問に思い尋ねるはシビア先生。
「シビアさん、ということは、情報共有の鬼であらせられる貴方がたであれば、もうすでにこの経緯をシビアさんも知っていた、という事になりますが?」
と質問すると、そうではないとシビアは否定する。
『それは否定であるツキオカ生体。我々とて常に毎日、そして常時情報や経験を共有しているわけではない。ゲルナーのような上位合議体であれば、ゼスタール・スール全てに情報共有災害を起こしかねない情報の共有は、制限をかけることもある……が、我々も相応の資格を持った合議体である。従ってこのような計画があることは知ってはいたが……』
「その時はまだ我々に話せるほどの段階ではなかったと」
『肯定』
つまり、シビアや同様の立場であったであろうネメアも、彼女らなりに状況に気を配っていたという事なのである。
そしてそんな彼らの話を聞いていた麗子が、柏木に尋ねる。
「柏木さん、でも一つ大きな疑問がございましてよ」
「はあ、なんでしょう、麗子さん」
「今回の、地球諸外国に渡った異星人技術の装備品ですけど、それでもなんだかんだ言ってゼスタールの軍事力や、ティ連本国の軍事力を合わせれば、正直地球世界各国の此度の装備や、日本とヤルバーン自治国と、火星駐留部隊の戦力をかき集めても、正直あってもなくても同じような戦力だと思うのですけれど、そこんところはどうなのざましょ」
「ああ、そういうですか……」
柏木は少しニヤついて、その質問が出たかと麗子に答える。
「実はですね、この将来的な連合軍とでも言うのでしょうか、この部隊のある部分において、一番期待を持たれているのが、地球の各国軍隊と、日本やヤルバーン自治国なのですよ」
「ほう、と、言いますと?」
その心は……ティ連、いや、特にゼスタールが推しているのが、地球世界や日本、そしてヤルバーン自治国の、陸上部隊の戦力なのだと。
特に特殊作戦に従事する部隊の戦力は……なんと、彼ら曰く、ティ連やゼスタールの部隊に、その素養は匹敵するか、それ以上ではないかと分析しているのである。
というのも、シビアやネメア、他、グロウム戦争で戦ったUSSTCを始め、彼ら地球の軍隊に興味を持ったゼスタールが色々と世界各国に浸透させているゼスタール・カルバレータの報告を分析するに、地球の特殊部隊に相当する兵員の戦闘力を極めて高く評価しているというのだそうだ。
つまりそんな連中に、ティ連クラスの装備を与えた連中が、所謂『特危自衛隊』であり、総諜対の銀ピカカズキさんであり、USSTCの連中である。その働きは言わずもがなだろう。
「なぁるほど、ではそのバイタリティを買ってなさると、そういう事ですわね柏木さん」
「ということなのですかね? あのシャルリさんや、ゼルエ司令も認めてましたから」
「ではそう考えると、次にロシアのスペッツナズまがいのUSSTCみたいなのができたとしたら……確かに面白いことになりそうですわね、オホホ」
「はは、そういう事なのかなぁ。ダストールの『特務総括軍団』や、イゼイラの『空間海兵』に、防衛総省の『機兵化空挺戦闘団』なんてのも相当なツワモノだけど、はは」
そんな連中に、ティ連やゼスタールの装備を与えれば、自衛隊の『特殊作戦群』や、米国の『特殊作戦コマンド』や『SEAL』英国の『SAS』にロシアの『スペッツナズ』に『オスナズ』といった部隊も、相当な戦力になるとゼスタールは分析したのであろう。
オマケに、ヤルバーン自治国軍の虎の子特殊部隊、『メルヴェン』に特危の『八千矛』、情報省『総諜対』は、ティ連ではもう凄腕部隊として知れ渡っている存在だ。
「なので、決して小さくないのですよ、我々も」
「ウフフ、そういうことでしたら私達日本人、いえ、地球人も鼻が高いですわね」
まあそうなると、それはそれで大変だと苦笑いな柏木長官。でも評価される分には悪い気はしない。
そして……
「今回のゼスタール奪回作戦でも、恐らく我々特危自衛隊や、ヤルバーン軍、そして国際連邦軍関係の部隊にも、その手の任務が要請されると思います。まだ詳細は決まっていませんが……」
* *
さて、地球においては、世の条約やら協定やらそんな感じのものは、得てしてザル化されたり、有名無実化されたり、無かったことにされたり、ハナから守る気がなかったり、相手を信用させて約定を破ることがそもそもの戦略だったりと、そんな事がパワーゲームの上で平然と成り立っている世界である。
だが、この地球にヤルバーン自治国と、ゼスタールが名目上、国連から租借していることになっている、ゼスタール月面基地ができて以降は、少なくとも地球社会の大国が振りかざすそんな論理も全く通用しない世界になっているのは確かであった。
つまり、連合日本国に遅れること一〇年余、やっと世界も異星のオーバーテクノロジーにありつける状況になり、当然彼らが要求、即ち条約や協定に基づいてのテクノロジーの取得であるからして、約束事を違えれば、簡単に取り上げられるものでもあるため、今の国際連邦加盟国は、戦後、国連のような組織が出来上がって以降、前例がないくらいに『世界が素直』であった。
それもそうだろう、今の世界は月から持ち帰った、ある意味最新鋭の玩具を研究整備する事に余念がないわけであって、そのテクノロジーを提供してくれたゼスタールの要望を世界は検討しはじめているのであった。
基本、ゼスタールもティ連だが、此度の件はゼスタールがティ連に加盟する以前の、地球に浸透作戦として展開していた時期からの項目も含むので、一切はゼスタールに任せていた。
地球での地域国家交渉窓口である日本やヤルバーン自治国は、ゼスタールへのアドバイザーに留めていたワケだが、その現在の国連、即ち国際連邦も、UFMSCCが中心となって、ゼスタール技術を提供された交換条件としての、『ゼスタールが母星奪還作戦を行う際の協力』に関して、連日議論を重ねているのであった。
モチロン、日本とヤルバーン自治国がアドバイザーとしてその議論の中に入るのだが、此度は交渉相手国としてゼスタール合議体も入るワケなので、その仲介も日本とヤル国には期待されていた……
さて、ゼスタールは今回決定した『母星ゼスタール奪還作戦』即ち、現在彼らの母星である惑星ゼスタールが八〇〇余年にも渡ってヂラールに占拠され続けている状態から開放し、奪還する作戦を発動させたわけだが、勿論ティ連各国、即ち、連合防衛総省は、この作戦に全面的に参加協力する意思を表明している。それは惑星ゼスタール奪還以前に、グロウム帝国戦争や、その前の『惑星サルカス戦争』におけるヂラールの脅威に対して、やはりこれは宇宙全体の問題であるという事で、それらからの防衛や殲滅もさることながら、その起源を調査し、ヂラール共の謎を解明し、根本からこの問題を断たなければだめだという理由もあって、積極的にゼスタールへの協力を回答している。
勿論、グロウム帝国や惑星サルカス―ハイラ王国連合からも参戦の意思表示があり、おそらく星間多国籍連合軍になるであろうこの作戦に、復興途上のグロウム帝国や、ハイラ王国連合からも戦力が提供される予定となったようだ……グロウムの方はどういう戦力編成かまだ不明だが、まあハイラの方は、また再びメルフェリア団長の軍団が、機動歩兵部隊として提供されるのだろう。そしてまだ未確認の情報だが、どうもハイラで独自の機動兵器が開発されたらしく、メルフェリア団長がその兵器の訓練も受けているようで、それらも参戦することになっているらしい。内容はまだ『ヒ・ミ・ツ』だそうだが。
* *
という事で数カ月後……地球、UFMSCC安全保障会議。
世界は、あの月面での宇宙艦艇や機動兵器の引き渡し後、此度の作戦概要の資料を配布した。
実は、ゼスタール文明の歴史というものは、柏木が初めてシビアと電脳世界で対話を行った以前より、ゼスタールが水面下で進めていた地球世界各国との交渉時にその資料を渡していた為、世界各国も相応の事情は比較的よく知っていたのであった。その後の月面基地会談やナーシャ・エンデでの会談を通して、その頃からの話と考えれば、日本以外の国家もゼスタールとの付き合いは意外に長い。
従って、今日この日が来るのも十分想定内としていたので、さしての混乱もなかったのである。
それどころかむしろ世界各国は異星テクノロジー兵器受け渡しのその後の準備として、この点はよく研究していたのであった。
だから、あのOGHが作ったゼルシミュレータ施設も、世界中の軍隊が防衛省買取分の施設を毎日のように借りに来ていたのである。即ち、彼らが手にするであろう兵器のゼルシミュレーター訓練を徹底的におこなっていたという次第だった。
そして更に数ヶ月余り、世界各国は更に状況を分析研究し、そこに訓練内容を絡めて今日この会議の日のために準備していたわけである。
そして今……そのUFMSCC安全保障会議にゼスタールの代表として、ゲルナー・バント司令が、側近も伴わずに、一人でUFMSCC諸国と交渉を行っていた。
勿論それを見守るオブザーバー参加国であり、アドバイザー国でもある連合日本代表国際連邦大使の、元国際“連合”大使であった、戸村浩一 と、ヤルバーン自治国副知事のジェグリ・ミル・ザモール。
まあとはいえ、ゲルナー司令も、一人かと言えば厳密にいえばそうではない。なんせ彼らは『合議体』であるからして、見た目一人でも、その意思は複数人数の多数決意思であって、UFMSCC側は、見た目一人に見える『複数人』と交渉しているのであった。
「……では、ゲルナー司令閣下。貴国ゼスタール合議体は、我々に販売頂いたり、ご提供いただいた技術や兵器の見返り、即ち今回のゼスタールの作戦に協力する作戦参加範囲として、各国特殊部隊の提供を求めていらっしゃると?」
『肯定。我々は惑星チキュウにおける国際連邦加盟政体の、各兵力を数々調査してきたが、突出して評価できる兵力というものは、先程回答したお前達特殊部隊兵力である。我々はそれを希望する。回答せよ』
このゲルナーの回答に、UFMSCCの諸氏全員、呆気にとられていた。その理由は勿論の事、あの規模のオーバーテクノロジー戦力を売ってもらった対価が、『その程度のものでいいのか?』という事だからである。
『我々が国際連邦所属政体のそれら特殊部隊を評価する基準を説明する場は、今この場でなくとも良いと考える。それらは後の詳細な各部局で行われる作戦会議で語られると思うが、それで良いか? 回答せよ』
とゲルナーが、あいも変わらずあのゼスタールさんな調子の口調で回答すると、今期議長国である米国の代表が、
「わかりましたゲルナー司令閣下。ではその話はそういう事に致しましょう、では質問を変えます。ゼスタール軍は、わが国際連邦各国が所有する、特殊部隊をなぜにそうまで必要とするのですか?」
この質問の回答は……柏木や、月丘、他、フェルにシエや多川といったゼスタールを知るものにとって、かなり衝撃的な回答であった……というか、ゼスタールに対する考え方がまた一つ進化したような、そんな内容だったのである。
そのゲルナーが語った内容、それは……
『国際連邦政体の特殊部隊には、我々の目標である惑星ゼスタールで現在も生存する、我々の同胞、ゼスタールの民と接触を図り、彼らに協力をしてやってほしい。それが我々にとって危急かつ、最大の要望である』
なんと! あの彼らが一時放棄した惑星ゼスタールに、スール化されていないネイティブのゼスタール人が生き残っていたという話なのであった!
この情報に、流石の『鬼の国連大使』の異名を持つ戸村や、ヴェルデオの右腕、ジェグリも狼狽する。
UFMSCC側も、当初聞いていた話と違うので、どういうことだとそこを問いただした。
するとその回答は、なんとも奇跡的な因果でつながる話だったのであった。
『我々は、現在でも度々、母星惑星ゼスタールの偵察監視活動を、最大限の秘匿技術を持って行っている。だが、ティエルクマスカ連合政体と和解するまで、我々の秘匿技術では、ヂラール敵性体の、極めて厚い防衛網を突破できずにいた。だが、ティエルクマスカ連合政体と和解したことにより、我々も彼らが持つ遮蔽秘匿技術を使用できるようになった。ヂラール敵性体は、幸いなことにティエルクマスカ技術の、これら一連の秘匿技術を認識できないため、我々はこれを好機と考え、惑星ゼスタールへ精鋭のカルバレータを擁し、強行偵察を試みた……』
ゲルナーが語るには、なんとその時、彼ら自身も信じられない光景を目にしたというのであった。
それは、惑星ゼスタールに、ネイティブなゼスタール人が生存しているらしく、その数も一つの街を形成するぐらいの人数で、しかも彼らがナーシャ・エンデに避難して以降であるから、約八〇〇年近い年数を世代を紡ぎながら生きていたと予想できる人々だったそうなのであった。
「なんと……まあ……」
『そんな運命が待ち構えていたなんて……』
思わず言葉を漏らす戸村とジェグリ。
ゲルナーが語るに、おそらく予想されるは、かの時、ゼスタール人皆がスール化した際、その大混乱の中、所謂『行方不明者』と呼ばれる人々が結構な人数いたらしく、その生き残りの末裔なのではないかと、そう考えられると……
当然、そんなネイティブな同胞が生存して、八〇〇年もの年月を世代を紡ぎ生きていたとなれば、同胞として是が非でも助けたいと思うのは同理である。
しかも彼らは常に追い詰められているような生活をしているらしく、日々ヂラールとの戦闘の中で生活をしているような状況にあるらしい。
この事実を知った連合日本とヤルバーン自治国を含むティ連は、その作戦参加意義に大いなる変更が加わらざるを得なくなった。つまりそれは、かの惑星サルカス戦争時の、特危隊員が描いた『正義の定義』である。
そしてUFMSCCも、なぜゼスタールが地球の特殊部隊の参加を切に願うか、これで理解ができた。
それは生の感情を持った戦闘のプロに彼らと接触をして、先陣きって守ってやってほしいという事なのだと。そして戦い方を教えてやってほしいと。
今の彼らゼスタール・スールがそれを行うと、彼らを混乱させるだけなので、日本や国際連邦に彼らとの接触を頼みたいと。
当然この特殊部隊選定には、ティ連の名だたる部隊も加わるのは当然の前提である……
この驚愕の事実を知った連合日本にヤルバーン自治国。そして国際連邦各国。
国際連邦UFMSCC安全保障会議はその日、
『国際連邦軍ゼスタール派遣特務任務部隊』
の創設要項を、緊急可決したのであった……
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