【序章・二〇二云年 ―終― 】 第五話 『New Worldorder』
アメリカ合衆国というのは建国から現在に至るまで、その国是は『自由・平等・博愛』である。
平等と博愛という国是、これだけを見れば、それは社会主義国家にも一応体裁上はあるため、近代国家イデオロギーとして、この国是はそんなに珍しいものではない。だが、『自由』という国是に関して言えば、この米国は群を抜いて、世界で最もその言葉のままを実行している国であろう。
で、自由であるが故に、まれにこの国では、他国では想像すらしえないトンでもない事件に事故が発生する。
例えば、一九九五年、五月に起こった事件。所謂『サンディエゴ戦車暴走事件』である。
カリフォルニア州サンディエゴで発生した事件。失業した配管工が、州軍の兵器庫から、M60パットン戦車を盗んで街を暴走し、戦車のパワーありのままの威力を発揮させて破壊の限りを尽くした事件である。
その事件の結末は、最終的に犯人の射殺で終焉するが、まあ事件の経緯は置いといて恐ろしいのは、この事件、『戦車』という兵器本来の能力をあますところなく発揮させてしまった事件だということである。
駐車してある路上の数多(あまた)自動車を容赦なく踏み潰し、電柱に消火栓をなぎ倒し、戦車暴走中は警察官も指をくわえて追跡するだけしか手がない状況だった。
現在の戦場において、とかく戦車という存在は、かつての『戦車不要論』が再燃し、装甲車有望論に取って代わられたり、攻撃ヘリや航空兵器、更には歩兵の携帯火器にまで脅かされるような不遇を受けているが、このサンディエゴで起こった事件での戦車の姿が、本来の姿であって、そこに数が揃えば恐るべき威力を発揮するのがこの兵器の本質である。
そして、そこに機動力において従来のシステムを遥かに凌駕するようなものが現れれば、それは既存の概念が通用しない新たな陸戦兵器として世に君臨するということになる。
第二次大戦のきっかけとなったドイツの電撃作戦(ブリッツクリーク)や、この二〇二云年の時代における特危自衛隊の兵器がその良い見本である。
だが、まあ確かに特危自衛隊の保有する兵器は、この地球世界において若干飛び抜けているところはあるにはある。それでも現在米露が保有する……といっても、これも元はイゼさん達の発明品ではあるが……リニアクローラー式のマニュピレーター式兵装搭載型機動戦車などは、やはり地球世界におけるソレであり、新たな陸戦兵器の指針として、この地球世界にて拡散していくであろう構図を見せていた……のであるが、とある事件が安定したその図式を崩壊させようとしていたのであった……
* *
米国、デトロイト郊外のとある場所。ドイツ資本の重機械工業メーカー『ブンデス・インダストリー』工場施設内。
今ここは、突然鳴り響く緊急警報に工場施設内のスタッフは大混乱に陥っていた。
「おい! なんだこの警報はっ!」「西区画の格納庫からだ!」「なに? あの特別区画か!」
スタッフ達は大声に怒声を張り上げて、何事かと施設内を駆け回る。
「なっ!! あ、あの倉庫見てみろ!」
作業着を着たプエルトリコ系の男が、ヘルメットを手で押さえてその『西区画』の格納庫を指差し皆に叫ぶ。
その状況、平屋造りの堅牢な倉庫の屋根がへし折れるように崩れていく。
鉄骨がむき出しになり、もうもうと黒煙あげて、金属が歪み、擦れ、叩きつけられるような嫌な音を響かせながら、何かがその中で大暴れしているような現状であった。
「さっきの銃声は!」「ああ、なんでも警備会社が侵入者を発見して、銃撃戦になったって話だが……」「警察には連絡したのか?」「いや、お上が警備会社に任せろって……」
月丘達がクロード達とやりあっていたことは、かすかに漏れ聞こえる月丘の銃声で社内のスタッフもわかってはいたが、内々に処理しようとしていたのだろう。だが、今の状況、そんな銃声程度で済まない状態に発展している。『さすがにこれは連絡しないとと』という話に当然なる。だが、それを上層部に報告へいくも、
「おい、大変だ!」
「どうした!」
「ボ、ボスが……何者かに襲われた!」
「へ?」
ボス、即ちこのブンデス・アメリカ法人の社長だ。『誰がそんなことを!』と当然なるが、今の状況それはそれでこれはこれの話。格納庫の騒動もなんとかしないとと。すると混乱は混乱に拍車をかける状況がこれまた発生する。
「で、ボスの様態は!?」
「わからん! とにかくレスキューと警察に連絡し……」
とスタッフの男達が言った瞬間!
格納庫の大きな鋼鉄製の扉が、ドガン! という音と同時に大きく、それこそ文字通り『吹き』飛び、その刹那、革を叩くようなパンパンという音と、機械音と爆音が断続的にダダダと轟き、重機関砲の音が交錯し始める。
「な、なんだ!?」
すると格納庫から必死の形相で逃げてきたという感じの男性従業員が、
「か、かかか格納庫の機動戦車が、かかか勝手に動いてるぞ!」
「なんだって!?」
「それだけじゃない、なんだかよくわからんが、妙な女連れの東洋人がそいつと銃撃戦をやってる! とと、とにかく警察、あ、いや軍隊だ、軍隊を呼べ!」
逃げてきた男の説明を聞いても、普通の感覚の人間であれば、なんのこっちゃわかろうはずもない。警察はいいとして、911番に電話をかけても軍隊何ぞ来てくれるはずもない。だが、その男の話を聞いた他の従業員スタッフは間もなくその言葉を理解する。
「あ、ありゃあ……」
彼らが見た物は、あの格納庫に置かれていた、例の新型機動戦車であった!
数日後の内覧会で初お目見え、連合日本以外の地球国家で初めて『脚移動式機動戦車』として華々しくデビューするはずであった企業秘密クラスの『商品』だ。
それが……格納庫を半壊させて暴れまわっている。しかも彼らが知る機動戦車、レーヴェⅡの動きを遥かに凌駕した、異質な生物のような、それでいて機械的な動きで何かに狙いを定めるように地上へ砲を向け発砲し、機関砲を斉射している。
そう、その目標とは、間一髪ゼル端子から免れた『月丘和輝』と、『プリル・リズ・シャー』であった……
「うぉおああああっ!」
「うひゃぁぁぁああ!」
頭部両側面に装備されている機関砲を、逃げ惑う二人に向け斉射するレーヴェⅡ機動戦車。
その着弾線をかわし、プリルの手を引いて厚みのある建造物の影へ飛び込み隠れ躱す二人。
月丘はインフィニティM1911を通常弾倉にして反撃するが、そんな豆鉄砲にもならない銃ごときが通用するわけもなし、だが彼もそんな事は承知の上だ。なぜそんな無駄な攻撃をするか? それは他に被害を拡大させないため、要するに囮になって人気のない方へ誘導しているのである。
とにかく工場・格納庫区画から離さないと、もし仮にソッチへ行かれたらその向こうには研究開発、営業などの社屋がある区画になる。それこそ怪獣映画ばりの破壊行為に至るのは目に見えている。
月丘とプリルは、ドーラコアがティ連のハイクァーン系技術や、ゼル系技術へ過敏に反応する事を知っていたので、彼は銃撃してレーヴェⅡの気を逸らすこともさることながら、ゼル弾倉全開、ゼル造成ブラスターも全開で自らをエサにしてレーヴェⅡを誘導していた。
「クソっ! これがドーラか!」
月丘はレーヴェⅡもさることながら、ゼル端子に侵食されたHDガードの兵士達、その姿に戦慄していた。
体の自由がきかない苦しみの嗚咽を発しながら、ホラー映画のゾンビの如く、硬い動きながらも確実な行動で二人を襲うゼル奴隷化したHDガード兵士。
スタンモードの弾丸で応戦し命中させるものの、ゼル奴隷のシステムは、気を失おうとも基本生体であればドーラコアが無理から操ってくる。なのでスタン弾は通用しない。つまり現状でHDガードの攻撃を阻止するには……
「殺すしかないってのか?」
『ハイ、しかも徹底的に息の根を止めるぐらいでないと!』
物陰に隠れながら、シーと歯で一息吸う月丘。彼とて素人ではない。状況によっては殺人も厭わない覚悟はある。プリルを守るためにもそれが最終手段ならそうするが、相手はクロードの部下だ。さっきは『殺せ』とか言われはしたが、月丘や異星人プリルだとわかると状況をまとめようとしてもくれた。それに基本彼らは雇われ兵士だ。仕事でやってるだけである。何も悪人というわけではない。
『カズキサン、危ないっ!』
月丘の襟を引っ張り、自分へ引き寄せるプリル。勢い余ってプリルに抱きかかえられる構図になる月丘だが、いかんせん月丘の方が質量あるので、プリルを下敷きにしてしまう。
刹那、月丘が様子を伺っていた場所の頭上から、レーヴェⅡの脚部が振り降ろされ、障害物が粉砕される。
「うわ、あぶなっ!」
『モー、なにボーっとしてるんですかっ! って、重いですっ!』
「あ、ごめんプリちゃん! で、あんがと。助かった!」
そういうと月丘は辺りを見回す……屋根が吹き飛び、粉砕された格納庫の端の方。地下へ降りる階段を見つける。
「プリちゃん、取り敢えずあそこへ逃げ込もう」
『機動戦車はどうするんですかっ?』
「うーん、状況を見るに、現状メチャクチャまずい。で、アマアマな考えかもしれないけど、HDの兵士もできれば助けたい。勿論クロードもだ」
確かに甘い考えだが、友人とも師匠ともいえる人間が敵に囚われている現状、そうした気持ちはプリルにも理解できる。
「……で、ちょっとあの地下室で作戦会議といこう。ま、この社の連中も、警察やらなんやらを呼んだだろう。とりあえずの時間は稼げると思う……って思うだけだけど……で、私も昔あの配線だらけのサイバーゾンビみたいなのとは戦った事もあるし、自分があんな風になった事もある。まぁかつての相手は、SISのクズどもが相手だったから、容赦なくブッ殺せもしたけど今回ばかりは流石にね……で、ティ連技術士官プリちゃんのお知恵を拝借したいんだけど……ぶっちゃけ……なんとかなんないかなぁ~?」
と、お願いする語尾の抑揚がちょっと情けなくなる月丘。
その言葉をドヤ顔で腕組んでウンウン聞くプリル。今のプリちゃんの脳内では『やっぱ私ですよね〜』とか思ってるのだろう。
とにかくこのまま逃げ回るにも限界がある。そして彼方から警察のサイレンも聞こえてきた。
「今だ!」
と、一瞬レーヴェⅡの気がパトカーのサイレン音へ向いたスキに月丘はプリルの手を取って地下室へめがけてダッシュする……とそれに気づいたレーヴェⅡが機関砲を発砲してくるが、間一髪で地下室に飛び込む事に成功。だがレーヴェⅡは執拗に地下室扉へ機関砲撃、更には一二〇ミリ砲をぶっ放してくる。相当二人のPVMCGに反応しているようだ。
地下室奥へ奥へ逃げる月丘とプリル。扉付近では、機関砲の着弾に砲撃の着弾でコンクリート片が飛び散り爆音あげるとんでもない状況になっている。
「うわわわっ!」『うひゃぁぁああ!』
相当に広い地下室。ボイラー室や電源室などが入る施設。奥に逃げればなんとかこの場はしのげる。
「はあ、はあ……で、どう? プリちゃん。さっきの話」
『マア、ゼル奴隷化した人を殺さずに無力化できる方法、ないことはないですけどっ』
語尾を上げて口尖らせて言うプリル。彼女も顔面ススだらけだ。
『……教えるのに一つ条件がありますっ!』
「え? 条件? なにそれ」
すると、プリルが月丘の腕を両手で掴んで、上目遣いで彼をジッと見つめると、
『こんな状況だから言いますけど、そろそろいいでしょ? お返事くださいよう』
「い、いやプリちゃん。その話はこの状況を脱してからで……」
『ダメです! いまお返事くれないと、またあとでになるでしょっ! もうカズキさんも、情報省に入って、ニホン国民の為に活躍して、まっとーなお仕事ついたんですから、あの時ディスカールの医療施設でした約束、今度こそ守ってもらいますからねっ! でないと、お姉ちゃんに言いつけますよっ!』
「いや、そんなね、人命と交換条件でそんなお話を今……」
『だぁめぇでぇすぅ! 人命と交換条件です! あの連中なんか、私達を殺そうとしてたじゃないですかっ! さぁ! どうですかっ? お返事次第では……』
可愛いギロ眼ビームを月丘に浴びせるプリル。
「あー、わかった! わかりましたっ! あの時の約束履行させていただきます! ね!」
『ハイ、よろしい。ではお約束成立ということで……ム~』
唇尖らせて、目を瞑り、月丘に顔を突き出すプリル。ティ連全域ですっかりこの地球式情緒表現も定着した。
月丘も何か年貢の納め時みたいな顔して、微笑し、その唇へチューしてやる。その後、『ヘヘ~』と照れるプリル……どうやらここらへんの月丘とプリルが交わしたディスカール滞在時の約束が、この二人の仲に関係しているようではあるが……
『では……話をもどしてっと……カズキサン、あのHDナントカさんの人達をすぐに元へ戻すには、あの機動戦車を破壊しない限り難しいんですかが、暫くの間無力化する方法はあります』
プリルが言うには、現在ナヨ・ヘイル・カセリア。即ちナヨクァラグヤ帝の遺志であるナヨさんの仮想生命構成機能の研究と、それまでの鹵獲したドーラの研究が進み、ゼル端子の効果を無効化する機器の開発なども進んできている。
実際、『ヒトガタドーラ事件』の時にもその医療技術でその効果を治療できたのだが、この治療方法の場合、正味『治療』なので相応の設備装備があって、治療時間が用意されて効果が出る話で、即効性のある対応方法ではないところが軍事作戦に使えないところなのである。
結局はドーラコアを破壊するのが一番手っ取り早いのだが、現状『レーヴェⅡ』という兵器自体がドーラコアと同等のポテンシャルを持っている状態であるわけで、月丘とプリル二人だけでは破壊自体も難しい。今やってくる警察部隊。恐らくSWATか何かだろうが、それでもまず破壊対応は無理だろう。その次に州軍を展開させてくるかもしれないが、そうなったらHDガードの連中を助けるのは極めて困難になる。恐らく射殺対応される可能性が高いからだ。で、更に最終手段でUSSTC、かの『米戦略軍宇宙戦術コマンド』が登場すれば、恐らく殲滅戦必至である。クロードの命も危ないかもしれない。
このレーヴェⅡという恐るべきドーラ化した機動戦車といえど、逆にいえば、所詮は機動戦車ともいえる。ここまでの強力な組織的攻撃を受ければ、相応の抵抗はみせても結局は破壊処理されて終わりである。それまでになんとかしなければという話だ。
『で、このナノマシン剤を使ってください。これは総諜対の私達サポート要員全員に持たされてるお薬ですよ』
「? これは?」
『ゼル端子侵食阻害剤ですよ。このお薬をゼル奴隷化された人に打つと、ゼル端子の神経支配を一時的に阻害させることができます。それでゼル奴隷兵士の活動を一時的に停止させることができますっ』
月丘はプリルから何本かのアンプル剤のようなものを見せられる。
「なるほど……これは使えるな。で、これを打ち込む道具……あ、いや、銃みたいなのは?」
『そんなのないです。直接ブスってやるんですよ』
「は? あのゼルゾンビにですか? 接近格闘で? 御冗談を……」といいつつ、プリ子の目を見る月丘は……「……ハァ、マジみたいですね」
やれやれと。だが月丘は格闘戦はどっちかというと苦手。シエみたいにどっかのロボ犬連れた新造ナントカみたいな体術は使えない。
そんな話をしていると、ガシャガシャと彼らの立てこもる地下室に何者かが侵入してきたようである。
そして、外で銃声が鳴り響き始めた。恐らくSWATか州軍かの攻撃が始まったのだろう。
「チッ、幸か不幸か、この地下室に逃げ込んだ作戦が功を奏しそうだ」
『え? そうなんですか?』
月丘は、恐らく二人が地下室に逃げ込めば、PVMCGなどを奪いにレーヴェⅡは、ゼル奴隷化した兵士をこの地下室に送り込んでくるだろうと予測した。となればレーヴェⅡに邪魔されることなくゼル奴隷化したHDガード兵士と対峙できる。そこで何とかHDガードの連中を拘束できればと踏んでいたわけだ。
「んじゃ、プリちゃんは、ここで待機してて。もし襲われたら、構わず撃って。な」
と言いながら、インフィニティの弾倉を確認し、医療キットの入ったケースを抱えて立ち上がろうとする月丘の裾をプリルは引っ張り、
『あぁ、待って待ってカズキサン。誰も生身でゼル奴隷化兵士に挑めなんて言ってませんよっ』
「え?」
『何のために軍用ゼルクォート渡したと思ってるんですか? それにヤル研装備だって』
「??」
『ほり、えっと、この装備つけてれっつらごーですよっ』
プリルは月丘のPVMCGを勝手に起動させ、ポポポっとVMCモニターをいじると、『ほい』と一声、何かのデータ装備を再生させた。
「うわわわわっ!」と月丘の体がPVMCG服飾機能特有の光に一瞬包まれて、顕現したのは……
「げぇっ! ププププ、プリちゃん! ななな、なんですかこりはっ!」
月丘和輝は……どういうわけか、どこかの宇宙空間で活躍する刑事ドラマの主題歌が聞こえてきそうなL型コマンドローダーを装着していたりする……眼前には、チラチラとシステム文字が行き交い、データが表示されていたり。もうそりゃ銀ピカのメタリック強化服であらせられた。
『おー、カッコイイコマンドローダーですねっ!』とパチパチ手を叩くプリ子。
「はっっずかし……! なぁにこれ、プリちゃん!」月丘も一応知ってはいるデザイン。かつて大学の学園際で見た事がある。
と言ってるところへ、ゼル奴隷化HD兵士に見つかった!
ドドドドとアサルトライフルを撃ってくるHD兵士達。キンキンカンと銃弾がそこらへ跳弾する。
「マズっ、仕方ないな、プリちゃんはここにいて。さっき言った通りでね……あーもう、こんな格好見られたくないなぁ……」
ブツクサ言いながら月丘も男の子である、くよくよせずにHD兵士へ立ち向かう。
月丘のキラキラした姿を見たHD兵士。嗚咽をあげて苦しんでいた表情が一変し、その苦しみよりも上手をいく月丘の姿に、「エ?」となりつつも銃を彼にぶっ放す。だが、流石はなんだかんだでL型ローダーの一種である。アサルトライフル程度の弾など通用しない。カンカンと銃弾を余裕で弾き返す。
刹那、すかさず兵士の懐に飛び込む月丘。運動能力が機械的に倍化された機動性はある種の快感であった。
(うぉっ! すごい! 体が軽いよ!)と感じた瞬間、敵兵士の振りかぶる鉄拳を左腕で余裕でかわし、シエ仕込みの内股で相手をねじ伏せて注射器を地肌が見えている部分に打ち込む……
すると、HD兵士はガクガクっと痙攣したかと思うと、気を失うと同時に固まるように挙動を停止させた。
「よっしゃ! プリちゃん、いけるぞ!」
『ハイ! 見てました! どんどん行きましょう!』
地下室に侵入したのは総勢一〇人、分隊規模だ。クロード達の部隊とやりあった時、総勢何人いたのかは確認できていないが、月丘達がスタン弾で気絶させた連中も無理からに操られている状況、恐らく一〇人前後。こんなもんだろう。とりあえずこの地下室の連中を片付けることができれば、最低限この連中は助けられる。外にいるかもしれないHDガードの兵士は、SWATやらなんやらと交戦してしまっていれば、多少の犠牲はでるかもしれないが、それはやむをえないだろう。
そう考えながら、白銀のヤル研どもが作った恥ずかし……画期的なコマンドローダーに身を包み、電光石火でゼル奴隷化HDガードを無力化していく月丘。幸いなことに連中が持っている武器が、M4系列のアサルトカービンだったので、攻撃を受けてもコマンドローダーには蚊ほども効かない。
そうして一通りHDガード兵士を無力化すると……月丘、プリル二人のPVMCGに連絡が入る……
* *
ドドド、カカカ……と銃声に爆音が響くデトロイト郊外。
ブンデス社から周囲半径一キロメートルにわたってデトロイト市長の命で、州軍によって完全に交通は封鎖され、この一帯は隔離された場所になっていた。更にはその半径内に住む住民にも避難命令が出されている。
当初はSWAT対応と思われたのだが、柏木らティ連防衛総省と、日本国情報省にCIA、DIA共闘の今作戦では、こういう事態も織り込み済みではあったため、緊急の一報を受けた時、即座に州軍での対応をスチュアートは命じた。
「月丘君、柏木だ。生きてるか?」
『はい、何とか……長官、今外にいらっしゃるんですか?』
「ああ。ま、こうなるんじゃあないかというのは想定の範囲内でね。でも想像以上の事になってるな」
ブンデス社内の仮設司令部からVMCモニターで音声通話を行うは、柏木真人であった。
事の次第を聞きつけた柏木は急きょニューヨークから駆け付けた。片道六〇〇キロはあろうかという距離を、そんな短時間で来れる手段と言えば……
『ファーダ・カシワギ。状況の分析と対応準備、できましたヨ』
信号のような早口でしゃべる音声に、PVMCGでの日本語翻訳が聞き取れるは、セルカッツ・1070であった。彼女らの宇宙船、『フォーラ』を飛ばしてやってきたという事。
「わかりました……月丘君、そっちはどうだ。カタつきそうか?」
月丘達が現在地下室で戦闘状態であるのはPVMCGを通じて柏木達も把握していた。
『はい。もう大丈夫です。で、長官、ゼル奴隷化された人間、上にもまだいますか?』
「ああ、何人かはな。ま、無関係の人間だろうから無力化措置を行って保護はした。セルカッツさんのおかげだな」
『了解です。長官ならそうしてくれると思いました……で、レーヴェⅡはどうなってます?』
「レーヴェⅡ? ああ、今暴れてるあの機動戦車の名前か? それ」
『はい。実は……』
月丘は彼のHDガード時代の友人がレーヴェⅡに取り込まれていることを説明した。柏木ならこのドーラ系の諸々某は面倒くさい解説をしなくても理解が早い。
「なんだって? あ~、そりゃ面倒だな……だが……」
現状、これ以上の被害拡大を防ぐために、州軍がレーヴェⅡに牽制攻撃を加え、その足を止めさせている。無論レーヴェⅡも反撃を加えてくるが……
幸いな事に、実のところやはり地球製ドーラ特有の完成度の低さがここでも露呈しているようで、仮想造成システムのリソースが全く少なく、更には性能もオリジナルに比べて低いようで、ゼル端子の造成が現状以上できない状況に陥っているようだ。
更には対戦車ミサイルなどを相当食らい、周囲の瓦礫やガラクタと化した装甲車両などを体にくっつけて相も変わらず重装甲化するのはいいが、その行為にリソースを食われて、機関砲や主砲の砲弾を造成できないでいるようである。所謂弾切れに陥っており、今はその脚部や触手状のワイヤーで暴れまわっている状況という次第。
そんなところを月丘に説明する柏木。現地カメラの映像を覗きながらそんなところを説明する。
「で、現在サマルカさんところの連絡機『フォーラ』が上空で待機しててな。準備が整い次第斥力砲で破壊処理する予定だよ。そんな状況だがどうする? 人命優先なのは重々承知だが、ここは米国だ。『この件』での要請があれば、最終手段を実行せにゃならない。時間はないよ」
『長官、一五分下さい。お願いします』
「一五分だね、わかった……セルカッツさん、そういう事ですので、二〇分準備不足ということで」
『ウフフ、了解しましタ』
セルカッツは準備にあと『三〇分』はかかると州軍担当者へ説明に行った。彼女も現状のレーヴェⅡを見て、サバ読んでそれぐらいなら何とか保たせられると踏んだのだろう。だが前線で牽制する兵士たちはいい迷惑だったりするのだが、まあそこは頑張ってもらうと言う事でと……
『はあ! あと三〇分だぁ!?』とか、そんな怒号が無線機から漏れ聞こえてくる。無論前で戦ってる部隊指揮官さんの声。スンマセンと掌合わせて無線機にお辞儀する柏木長官。
「月丘君、三十分時間をもらった」
『三〇分ですか! ありがとうございます。』
「礼は後でセルカッツさんに言ってくれ。で、作戦内容聞いてる暇なんてないな、後は任せる。何かしてほしい行動はあるか?」
『今から入口の瓦礫吹っ飛ばして外に出ます。牽制お願いします……私の姿みても笑わないでくださいね。では急ぎましょう、行きます!』
「は? 笑わないでくれ? なんだそりゃ」
と柏木が応じた瞬間、砲撃でグチャグチャになった地下室入り口がドガンと吹き飛んだ。もうもうと立ち上る砂煙。その様子を現場カメラの拡大映像で確認する柏木。ミネラルウォーターのペットボトルを一口。
すると……なんかピカピカ光る装甲のコマンドローダーであろう人影が、若さとは何だとばかりに颯爽と登場した! ……中の人は三四歳で微妙な年齢だが……
「ブーーーー!!」
思わず口に含んだ水を吹き出す柏木。
「おいおいおいおいなんだなんだあの装備は! まぁたヤル研の連中かぁ?」
『オー! 素晴らしいロボットスーツですね!』
ぱちぱち手を叩いて見るせるかっちーには罪はない。
柏木は……「まぁいいや、もう……」と諦め顔であった……
* *
『カズキサン! 大腿部の大きく膨らんでいるところにリパルションガン(斥力銃)が装備されています! 音声入力で各種装備が発動しますから、スラスタージャンプする時は、音声で入力してからジャンプしてください。必ず最初にフォネティックコード「まいく・わん」と言ってくださいね!』
フォネティックコード。よく戦闘機アクション映画で、ミサイルを発射する際、友軍に告知するために『フォックスツー』とコールするやつだ。要するに言葉の誤認を防ぐためにこういうコードを使っている。
発射(Fire)の頭、Fは、フォネティックコードではフォックストロットと言い、略してフォックス二番という意味になる。月丘のコマンドローダー音声制御の場合、『発動』を意味するmoveの頭文字Mのフォネティクコードがマイクであるため、こういうコードが設定されている。
「了解。プリちゃんは外の様子わかる?」
『カズキサンの視点で私のモニターにも届いてます!』
「OK。んじゃいくか! マイク・ワン―リパルションガンセット―エンド」
その音声入力と同時に、コマンドローダーの大きく膨らんだ大腿部がガシャと開いて、ちょっとしたサブマシンガン並の大きさをした銃がせり出してくる。それを手に取る月丘。
「この野郎! 喰らえ!」
片手で突き出すように狙いを定め、レーヴェⅡの左右機関砲へ、斥力銃をぶっぱなす! 空気がイオン化した大きな波紋を銃口から放ち、曳航引いて一閃数発。機関砲のフレームを貫通させて、ボン! と吹き飛ばす。
なにくそと思ったかは知らないが、レーヴェⅡも負けじと一二〇ミリ主砲を向けて、数発造成できた主砲弾を月丘に浴びせようと狙いを定めるが……瞬間ドガンと大きく横から殴られるように爆発が走り、主砲の機能が麻痺した。
爆発の正体は、州軍歩兵部隊の対戦車ミサイルによる援護射撃だ。どうやら柏木長官閣下が州軍指揮官に援護を頼んだようだ。
「よし、今がチャンスって奴だな。『マイク・ワン―ジャンプスラスターセット―エンド』
の言葉と同時に、彼は大きくジャンプ。このあたりは特危自衛官の大見達が使用するL型ローダーも、長距離ジャンプや高高度ジャンプする時はこんな感じ。
目標地点に照準を合わせて飛び上がると、背中の斥力スラスターユニットが明るく光って最適なパワーで月丘のジャンプをサポートする。
ガンッと砲塔型頭部の搭乗口へ着地する彼。クロードが飲み込まれた場所だ。
ハッチのロックを銃で吹き飛ばして強引に引き剥がし、コクピット内部をむき出しにすると……
「クロード!」
大体予想はついていたが、配線ゾンビと化したクロードが、このレーヴェⅡを黙々と操縦していた。
だが、彼自身は気を失っているようだ。恐らくこの機体をすぐに動かすため、人間を奴隷化し、コクピットに座らせて操作させていたのだろう。実際此度のドーラシステムは、かのM4ドーラよりも機体順応のロスタイムがなかった。かの時のM4ドーラの場合は、機体システムを把握するためだろうか、初期の段階で相応の時間がかかっていた。
コクピットハッチを吹き飛ばされたレーヴェⅡは、砲塔型頭部を振り回して、月丘を振り下ろそうとするが、「ぬおお!」と踏ん張り、手すりを握りしめて耐える。コマンドローダーの握力が強いためか、装甲材質でできた手すりといえど一瞬にしてへしゃげてしまう。
『カズキサン! すぐにケラー・クロードへナノマシン剤をぶち込んでください! それで操作している彼を麻痺させて、一時的に機動戦車の動きを止めることができます!』
「なるほど! でも一時的って? うぉぉぉ! この野郎、暴れるな!」
『奴もそうなればM4ドーラの時と同じように、自分で動かそうと学習しますから、次に動き出すまでに始末しないと! ケラー・クロードを救出した瞬間がチャンスですよっ!』
「はいはい。んじゃっ!」
クロードの地肌が見える部分に、ナノマシン剤を打ち込む月丘。まるでロボットのように気を失いながらも黙々とコクピットシステムを操作していたクロードの動きが、マネキンのように静止する。
「今だ!」とクロードの襟元を持って、強引にコクピットからクロードを引きずり出す月丘。肩にクロード担いで再度スラスタージャンプ。刹那、コクピットの操縦桿や制御機器が勝手に動き出し、ドーラシステムが直接自律的にレーヴェⅡを制御にかかる……本当、誠にもって恐ろしいマシンである。不則の事態が起きても、相応に即時対応できる自立制御兵器。ドーラはそういう側面をもった兵器でもあるので、そこが恐ろしいところなのだ。
「柏木長官! 今です! 何か策あるんなら早く!」
『了解だ、月丘君! セルカッツさん、頼みます!』
コクと頷くかっちー。仲間を呼び出し、信号音声のような早口言葉で何か指示をすると……
柏木達が陣取るあたり直上の高度に、サマルカ製の、灰皿を上下合わせたよな円盤型宇宙船フォーラが光学迷彩を解除して顕現した……幸いなことに転送阻害装置の影響は、フォーラの光学迷彩には影響を与えていなかったようだ。
フォーラ下部から火砲がせり出してくる。形状からリパルションカノン、所謂斥力砲であった。
斥力砲は下に見えるレーヴェⅡを照準に捉えた。操縦用の部品であったクロードを失ったその機動戦車はまだ再稼働できないようだ。この機を見逃す訳にはいかない。
刹那、フォーラの砲が、電磁パルスとイオン化された大気の波紋を砲口から発し、レーヴェⅡに高質量弾頭を浴びせかける。速射性能の高いその砲は、機関砲ほど早くはないが、絶え間なくレーヴェⅡに砲弾を命中させていく。
その機体は、上から下へ貫く高質量の連続した一閃に大きく翻弄させられながら……後部エンジン部が火を吹き、爆発を起こし、その火災は砲塔型頭部まで達し、首から上を切断されたかの如く火柱を吹いて大きく吹き飛んだ。
そして六つの脚部は力を失い、炎を纏いながら本体を地に着け崩れ落ちていく……
その情景を背後に、ローダー姿の月丘はクロードを担いで味方州軍の方へ歩いて来る。即座に彼へ駆け寄る衛生兵達。クロードは配線まみれのゼル奴隷状態から脱したようで、その状況からレーヴェⅡの完全機能停止、と言うよりも、完全破壊が確認された……
月丘はクロードを衛生兵に託すと……
「プリちゃんは!? 彼女を助けないと!」
地下室に取り残されている彼女を心配するが、
『カズキサン!』
どうやら州兵に助けられていたようだ。HDガードの兵士達もゼル奴隷化から脱し、担架で運ばれていた。
月丘もその恥ずかしい白銀色のコマンドローダーの装着を霧散させて解除する。と同時に、ビッタリ彼に抱きついてくるプリル。とはいえ、別にワーワーと泣いたりするようなシュチエーションではない。その顔はニコニコ顔だ。
『やりましたね、カズキサン。ちょっと理想とは違いますけド、とりあえずは任務完了ですっ』
「はは、そうですねプリちゃん。いや〜今回はキツかった。クロードは出てくるわ、お相手がバケモノ戦車だわ、おまけに……」
そういうと月丘はプリルの頭を撫でて、
「……プリちゃんの要求を飲まされるわ、むはは」
『ア、なんか私のせいみたいな事言ってますねっ。これはちょっと反省会ですよっ』
「いえいえ、誰もそんなこと言ってませんよ。保留してた約束を守ったまでです」
『ならいいです。ムフフ〜』
月丘にぎゅうと抱きついて、頬をスリスリするプリル。その二人の約束とは何か、ま、今はとりあえず置いといて良い話なのだろうが、その内わかる時も来るだろう。わからないとシエやフェルに麗子あたりの野次馬が納得しない。
で、その一人であるちきう人―異星人カップル第一号である柏木もその様子を観察して、クククと笑っていたり。ま、このままその様子を眺めるのも悪くはないが、そうもいかないわけで、
「やあ、ご苦労さん二人共」
「あ、長官……どうも」
柏木の姿を見て、バッと月丘から離れて、ビシっとディスカール式のティ連敬礼をするプリル。
『カカカ、カシワギ長官!』と、ディスカール式の敬礼は、耳の横に平手をかざすような格好になる。
柏木は「んな敬礼いいよ」ってな感じで掌をヒラヒラさせて気楽にいこうとプリルに言う。そして傍らにいる此度の功労者を紹介。
「紹介するよ、彼女がヤルバーン州サマルカ国種族リーダーのセルカッツ・1070さんだ。この米国じゃ超人気の有名人だ。彼女も安保調査委員会のメンバーだ」
『ハジメマシテ。私のことは『かっちー』で結構ですよ、ここではそう呼ばれていますので。ウフフ』
なんかちょっとフランクになったセルカッツ。
なんだかんだで有名人ではあるので、その姿と名前は月丘とプリルも十分承知していた。握手する二人。
まま、とにかく任務完了で一段落といったところか。
……その後、月丘は調査報告書を作成して総諜対班長白木へ報告。その報告書は関係各所へ配布され、此度の地球製ドーラ事案の全容が知らされることになった。
勿論今回の一件は包み隠さず月丘とプリルが経験体験した内偵の全てをスチュアート達大統領府にCIA、DIAにも配布した。
プリルの撮った映像資料はもちろんの事、レーヴェ2の残骸は全て米国へ引き渡した。というか、これは米国内での事件である。その証拠取扱は米国に権限があるからそこは当然の処置だ。
ブンデスの米国法人も、FBIの捜査を大々的に受け、本国ドイツでもかなりの騒動になっているという話。スチュアートも議会を説き伏せる材料は揃ったというところであろうか……
ただ、後に『ブンデス製機動戦車暴走事件』と呼ばれるこの事件、そしてかの時最後に出てきた事件となる『ブンデス米国法人社長殺害未遂事件』。そう、ブ社、米国法人社長が何者かによって襲われた事件だが、この事件もその犯人が誰かというのはすぐに判明した……ブ社社長を襲った様子が、警備室のセキュリティカメラにバッチリ写っていたのである。というか、犯人はまるでセキュリティカメラのことなど気にすることもなく堂々と社長を襲っていた……そして犯人はすぐに見つかり、そやつへの対応策も取られることなった。というか、見つかったというよりは、馬脚を現したと言ったほうが正確かもしれない。そして、その犯人は、正確に言えば犯『人』ではない。こいつが原因であるのは確かではある。さて、一体そいつは何者なのか?
* *
月丘や柏木達が、デトロイトのブンデス社でレーヴェⅡの始末をした直後ぐらいの頃、ブンデス社から少し離れた場所で、自動車が路肩の岩に突っ込み、大破していた。
何かの事故というわけではなさそうだ。なぜなら、その大破した車両に近づく女性……いや、フリュが一人。肩に『M82バレット対物狙撃ライフル』を担いでいる。
『フン、コンナモノ一発食ラッタトコロデ、クタバリハシナイダロウ。出テコイ!』
なんと、キャプテン・ウィッチのシエ・カモル・タガワであった。
彼女は柏木に請われて、転送でサマルカ連絡事務所で待機していた。そして月丘達の事件終了後、ブンデス米国法人社長を襲った賊を追っていた。いや、追うと言うほどの追跡劇でもなかった。なんせ手際が悪い。いや、悪いというよりは無神経というところか。隠密理に事を運ばせようという感覚がない。
だが、そやつを見れば、それもそうかとティ連人や、シエのような特危隊員なら誰しも思うだろう。
大破した自動車から、グワンと鈍い音させてドアを蹴破り、のっそりと降車してくる男。全身傷だらけではあるが、出血が一滴もない。
その男は、ブンデス米国法人副社長であった……その容姿だけは……
『チッ、「ヒトガタ」ハ、アノ時ノ一体ダケト思ッテイタガ、モウ一匹イタトハナ。イヤ、オマエハ日本ノ、アノ場所デ組ミタテラレタカ?』
そう、信じられないことに何とそのブンデス副社長は、ヒトガタドーラだったのだ。
つまり……何時、何処で、どういう経緯でかは不明だが……そのオリジナルの副社長は、もう時間的に考えても、残念だがこの世にはいない故人という事になる。この事件での犠牲者第一号だ。この騒動が終われば、彼も探索しなければならないというわけだ。
そして、レーヴェⅡのドーラシステムをブンデスにもたらしたのはこいつという事になり、ブンデス副社長は、何らかの形で『ヒトガタ』と接触していたという事になる。
あの事件から一年足らずでブンデス社が、脚型移動システムを持った立派な機動戦車を開発できた理由は、こういう事だったのかと。
確かに『ヒトガタ』が直接絡めば、そんな超短期間でこんな機動戦車を完成させられもするかと。
恐らく、元々ブンデスは以前からこういった形式の機動戦車を開発していたのだろう。だがイマイチうまくいかなかったところへ、この副社長と入れ替わったコイツがやってきた。そこで画期的なドーラコアシステムを元のレーヴェⅡに移植したのだろう。恐らくそんなところだ。
『マ、話ヲシテモ無駄カ……逮捕トイウワケニモイカンシナ』
そりゃそうだ。言ってみれば、殺人アンドロイドに話をしたところで仕方がない。だが……
『……意思と現実を提供せよ。さすれば、永遠の存在を供与する。拒否は抹消』
『!!?』
その言葉、沢渡の報告書で読んだ事がある言葉だ。しかもその続きがあったとは! だが刹那。シエの訝しがる表情に反応したのか、ヒトガタはすさまじい速度でシエめがけて突っ込んできた!
さらに瞬間、ゼル端子を放ち、シエを支配下に置こうとする彼奴。
だがシエはパーソナルシールドをすかさず展開し、ゼル端子の攻撃を躱す。そして即座にバレットを腰だめで構え、ヒトガタへ放つが、相手の腕を肩からもぎ取る事に成功すれど、敵は意に介さじ。それがどうしたと、もげた肩部から触手状の配線が伸び、シエを襲う。が、シエはすかさずバレットのストックを地面に立て、まるで棒高跳び選手のように銃身を持ってくるりと宙を舞うと、空中でシエご自慢の鉤爪を展開。十文字に切り裂いて、首と胴体を分離させると、そのままヒトガタ後方へ着地。刹那半回転して背中からヒトガタ中心部に鉤爪をズブリと一突き! ……胴体正面から突き破って飛び出るはドーラコアだった……
しばしの残身の後、砂が崩れ去るように霧散して消えていく、ブンデル副社長の姿をしたヒトガタドーラ。後に残るは、シエの鉤爪に串刺しになったドーラコア。
『フゥ、流石ニ、手コズッタナ』とシエはコアをまじまじと眺めると、やはりドーラ技術ネイティブ型のようで、恐らくあの時、東京の倉庫のような場所で作られたものだろうと見て取れた。
だがシエもすごいものだ。ヒトガタとここまで対等にやりあえるとは。流石キャプテン・ウィッチのシエさんである……多川さん、夫婦喧嘩だけは絶対しない方がいい……
そんなこんなで彼女はPVMCGを起ち上げると、
『カシワギ、応答シロ』
『はい。シエさん申し訳ない、こんなところまで呼び出して、物騒な奴の相手をさせてしまって……』
『ナニ、カマワン。最近ハ、ですくわーくバカリダッタノデナ。丁度イイ訓練ダ。デ、カシワギ。ソチラノ機動戦車事件ヨリモ、コッチガ本命ダナ。我々トシテハ』
『ええ、まったく偶然ですが、あそこでドーラコアの本命が、直接関係者に手を出すとは予想外でした。ある意味めっけもんです……』
『マッタクダ。ダガ……』
『どうしました?』
『イヤ、コノヒトガタ……後デ、私ガ戦ッタ映像資料ヲミレバワカルトオモウガ、チョット色々カンガエナキャナラン相手ダゾ、コレハ……』
『なるほど、こちらも連邦警察がブンデスへ入って色々調べてるみたいですが……やはりこのままじゃ終わりませんね、こりゃ……』
そうか、と頷くシエ。彼女も後ほど報告書は書くが、あの
【……意思と現実を提供せよ。さすれば、永遠の存在を供与する。拒否は抹消】
という言葉。連中がどういう存在か、彼女も色々と考えさせられる物があった……
……というわけで、シエの屠ったドーラコアは、ネイティブ型のコアなわけで、流石にこれを米国へ引き渡すわけにはいかない。ま、当たり前の話だ。このコアは、いつもの通り隠密裏に回収した。
で、ニセブンデス副社長も霧散していなくなっているわけで、状況として副社長は行方不明状態である。
ブンデス副社長が、まさかヒトガタであったなんてのは米国側も予想できないわけで、米国視点で見ると、副社長は社長を殺人未遂で現在逃亡中という形になっている。
極めて残念ではあるが、遺体なりが見つからない限り、社長を殺しかけたのは、この副社長ということになってしまう。だが、彼の名誉を回復させるには少々機密事項も多いのは確かである。
そんな事をシエはサっと考える訳で、副社長に『不憫な話だ』と同情をしてしまうが、どういう形で副社長がヒトガタと接触したのか? それを考えると、結果的にこのような危険な状況を生み出した副社長を同情一辺倒で考える訳にもいかないというところ。難しいものである……
* *
一ケ月後……
なんだかんだでこの事件は動画投稿サイトなどにもアップされ、大いに話題を呼ぶ。
当時は事件現場への規制も激しく、民間人には避難命令が出されてはいたが、当然すべてにおいて完璧にそれが適応されていたかというと、そういうわけではない。
ブンデスの社員や、コッソリ侵入した民間人など、そんな連中がポータブルデバイス片手に記者と化す。
所謂、国民総マスコミ化社会だ。国民市民全員が、優秀な監視カメラと化すわけで、こんなデカい事件であれば、どれだけ規制を張ろうが隠しおおすなどということはもはや不可能な時代である。
で、そんな投稿動画にはレーヴェⅡが暴れまわる映像が、手ぶれ感満載の映像で撮影されているわけで、その素人感が更に臨場感を増大させて、その白銀のパワードスーツと、蜘蛛型ロボット兵器のバトルが全世界のさらし者になるという次第。だが、今ではもうロボット型兵器などは日本の旭光や旭龍などもあるわけで、特に珍しい物でもなくなっているワケだが……
【Wow! なんだあのメックは!】
【白銀のアイアンマンが巨大なメックと戦ってるぞ!】
【ゾンビみたいなのもいる! これどこのTOKUSATSUだよ!】
【いや、なんか本物の映像だそうだぞ。今日大統領がテレビで演説するって】
【またニホンか!】
【いや、ヤルバーンだろ】
と、こんな投稿が動画になされて祭り状態にもなる。
この一〇年後、日本の某ネットは健在なのかどうかはわからないが、それでもSNSや、新たなネットコミニュティではこの話題で持ちきりである。
当然この一ヶ月後に至るまでには、相当な地球社会での国際関係諸々にも大きな動きがあった。
特にドイツは相当狼狽したようで、ドイツの基幹重工業企業のブンデス・インダストリーがあのような大きな事故を起こしたということで、ドイツ首相は急きょ緊急記者会見を迫られる羽目になる。
レーヴェⅡ自体はブンデス社自身が研究していたものであるとはいえ、まだ実用化できるかどうかもわからない代物が、急にあそこまでの完成度をもって事故を起こしたというのは、ブンデスドイツ本社も寝耳に水の話であって、そういう点ブンデス米国法人の社長も、あのニセ副社長と共謀していたところはあるというわけだから、当然処分の対象にもなるのだろう。
まあただ、米国も此度はそのあたりの事情は理解しているので、ドイツ政府やブンデス社への非難声明などは行わなかった。そしてスチュアート大統領も、此度の件で議会を説き伏せる事に成功し、彼も今日、重大な声明を出すと告知していた。
当然日本政府やヤルバーン州も、この動きには同調するわけで、日本政府・ヤルバーン州の共同声明を日本国民向けに発する段取りになっていた。
二〇二云年の地球世界。
この『ブンデス製機動戦車暴走事件』の経緯経過を世界へ公表する決定を下した米国政府。そして日本政府にヤルバーン自治体。
これが、新たな地球世界、そして『連合日本』の歴史と因果を刻む物語となる。
柏木とフェル、シエ達に月丘、プリルという新たな人間のストーリーが、この世界をどう駆け抜けていくのか?
『New Worldorder』即ち、『新世界秩序』の序章となる出来事であった……
銀河連合日本 The Next Era 【序章・二〇二云年 ―終― 】
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