【第一章・GUJドクトリン】 第六話 『世界が知る時』


 二〇二云年のある日……



 月丘達が活躍した『ブンデス製機動戦車暴走事件』から一ヶ月後。

 それは恐らく世界中の教科書に載るであろう日となったに違いない……

 昨日、米国大統領ルイス・スチュアートは自身のSNSに一言、『私は明日、歴史的な発表をしなければならない』と書き込み、以降のレスがしばらく中断した。

 この御仁、とにかくSNSに何でも思ったことを書き込んでは、側近を慌てさせることで有名な『いらんこと言い』の人物で有名だったのだが、昨日のその一言は、彼らしくないという評価に当然なるので、かえって彼を良かれ悪しかれウォッチする人々や、またそれ以外の人々からも注視されることになる。

 従って今日の発表。即ちテレビ演説を米国民のみならず、世界中が固唾を飲んで見守る状況になっていたりする。


 実はこのスチュアートのテレビ演説の内容は、連合日本国とヤルバーン州にもその内容は知らされており、日・米・ヤ連携で行われる予定になっていた。即ち、米国のテレビ演説に続いて、日本においても現内閣総理大臣である春日功と、ヤルバーン州においてはヴェルデオ州知事の記者会見が行われる予定になっているのである。

 特にヤルバーン州では、現在普通に知られているティ連のマスコミ禁止法も、日本が重大事案であるということで要請してきた場合に限って規制が緩和され、ヤルバーン州内でも記者会見を行えるように協定を結んでおり、それに伴って州法も改正されているため、そのあたりはティ連―イゼイラ本国よりは柔軟な対応が可能となっていた。



『……親愛なるアメリカ合衆国国民の皆さん、そして、この映像をご覧になっている世界各国のみなさん。アメリカ合衆国大統領のルイス・スチュアートです』


 日本時間の午前二時。米国時間で午後一二時。ホワイトハウス大統領執務室からのテレビ演説である。もちろん十数分ほど時間差のあるライブ映像である。


『今日、私は国民の皆様に、非常に重大な事態を公表しなければなりません。そのお話する内容は、まさに人類の有史始まって以来の、前例のない恐るべき事態になるであろう事実を含んでいる内容だからです……』


 スチュアートは、落ち着いた表情で冷静を装う。表情を曇らせもせず、また楽観的な表情でもなく、そんな顔で淡々と状況を説明していた。


『……先日の、日本国にある我が国のヨコタ空軍基地において、最新の機動兵器が暴走した事故は、皆さんの記憶にあたらしいところであると思います。そして、「ブンデス・インダストリー」での機動兵器暴走事件。これもつい先日の事でありました……さてこの二つの事故事件には全て共通する原因があるのです。それは、率直に言えば「テロ」と言えるものなのでしょう。我が国を二〇〇一年に襲った9.11テロ事件がありました。あの事件はもう二〇年以上経つ事件ですが、まだ我々国民の脳裏に鮮烈に残る事件でした……ですが、今回のテロは全く質の違う、異質なものであることを、我々は認識しなくてはなりません。そして、ヨコタベースとブンデス社の事件。この二つに共通するテロの内容も、今後の我が国のみならず、世界を巻き込む可能性のある恐るべき事態の前兆であることを、みなさんにお知らせしなければならないのです』


 スチュアートは、自らの弁を強調する時にする独特の仕草、指にOKマークの輪っかを作る仕草を多々行いながら、独特の節回しで説明をする……


『……この恐るべき情報を公開してくれたのは、我が国と最も強力な同盟関係にある日本国、いや、現在は連合日本国であり、その連合日本国が加盟するティエルクマスカ連合、そしてそのティエルクマスカ連合における、我が国とも国交を持つ、異星の友邦サマルカ国が、此度の事態に対し、最大級の憂慮をもって、事件の当事国でもあるわが国への情報公開に踏み切ってくれたのです。もちろん私がこうやって、今このホワイトハウスで皆様へお話できるわけですから、その情報は全て公開できるものであるという事でもあり、今からお話する情報を、合衆国国民の皆様と、世界の皆様全てで共に考えてみたいと思うのです』

 

    *    *


「やあ、フェル」

『あ、マサトサン、いらっしゃいでス』


 日本時間で夜中の二時過ぎ。総理大臣官邸五階の副総理執務室にやってくるは、フェルフェリア外相兼副総理の愛する旦那様、柏木長官であった。無論二人はハグしてチューである。夫婦睦まじき事は素晴らしき哉。

 この場所、彼も長い間働いていた場所であるからして、もう見知った所でもある。フェルは本日の記者会見に備えて、外務省からこちらへ移動してきていた。

 

「今日は家に帰れそうにないな……姫ちゃんどうする?」

『心配ご無用サンですよ。今日は、エルディラ奥様が一緒ですから安心ですよ。有り難い事です』

「そうか。本当みんなに見守られてるな、姫ちゃんは……有り難い話だ」


 ヴェルデオの妻、かの着物の似合うイゼイラ人フリュ、『エルディラ・バウルーサ・ティル』が、本日の姫ちゃんお迎えとお守り担当を引き受けてくれたという話。彼女も自分の孫のように可愛がってくれているという。姫迦もエルディラが大好きだ。

 このエルディラもそうであるが、真男夫妻に多川夫妻、大見夫妻に白木夫妻と、いろんな人達に面倒かけてる柏木とフェル。その恩計り知れず。


「総理はもう?」

『イエ、まだ少し会見の打ち合わせがあるそうでス』

「フェルは総理と打ち合わせしなくていいの?」

『私は先程済ませましたから。私も記者会見に出るですヨ』

「そっか……頑張ってな」


 スチュアートの国民向け演説は、今も続いている。今回米国では、記者会見は大統領報道官が行う予定なのだそうだ。

 スチュアートの演説を、フェルの執務室で共に見る彼女と柏木。

 スチュアートは、ヤルバーンがこの地球へ飛来し、ヤルバーン、いや、ティ連が何故に日本としか国交を持たなかったのか、そして日本がティ連に加盟し、地球社会の国家とは一つ抜けた地位にいる状況になったこの一〇年の経緯を、米国史観で簡単に説明し、その話の流れで、彼は話の本質へと入っていく。


『……そしてこの度、私は連合日本のカスガ内閣総理大臣と、横田ベースでの件で真摯に話し合いました。更に言えば連合日本国はブンデス社の事件、その本質も知り得る立場にありました。私達ホワイトハウスのスタッフは、連合日本政府のスタッフの説明を聞き、大いに戦慄しました。特に日本政府の外務大臣兼副総理のイゼイラ人、フェルフェリア・カシワギ・ナァカァラ大臣の説明は、我が国における今後の国際的安全保障政策の根本的軌道修正を思案させるに十分な恐るべき内容でありました』


 スチュアートは、なんとなく『此度の事件は日本のせい』みたいな言い方で、一連の事件を説明するが、そのあたりは米国視点での、どちらかというと国内向けの説明演説であるからして、許容できうる範囲ではある。ただこのオモシロ御仁、米国批判論や、大統領批判論を躱す時は、第三者第三国の責任論にすり替えて話をすることが多々あるので、ちょっと始末が悪い。ここが彼のよく批判される点ではあるのだが。


『さて……私、そして我々が聞いたその恐るべき内容。それは、ティエルクマスカ連合が、明確に「敵性体」と認知する存在が、この宇宙世界に存在し、又、この地球社会に侵入しているという情報でありました。ヨコタ・ベースでの騒動に、今回のブンデス社における事件。これもすべてそのティ連が敵性体と認識する存在の犯行であったことが、はっきりしたのです。これは我が国のCIA、DIA、そして連合日本国のJIAと、ヤルバーン州調査局の合同調査でもはっきりしたことであります』


 実際はCIAにDIAは、言うほど関与はしていないのだが、まあ米国向けなのでそういうことにしておく。


『そして、ティ連が敵性とするその存在は、ティ連の技術を以てしても謎の多い存在であるという話らしいのです。彼らはその存在をこう呼称しています。その名を……【GARG・DEELA】と』


 ガーグ・デーラ。だが。彼ら英語圏の発音で聞くと、『ガルグ・ディーラ』と聞こえる。なんとなくこちらの方が、悪役っぽいイメージだ。

 この悪役っぽいイメージの発音。これがスチュアートの持つ独特のキャラクター性で、ジェスチャーされ、語られた。



……つまり、この時この瞬間、具体的な時間で言えば、日本時間夜中の三時頃、世界に、かのティ連においても正体不明の存在、『ガーグ・デーラ』の存在が、公表されたのである……



 そして世界中のネットで会話が始まる。

 その内容は……


『半信半疑』

『アメリカがいつもやるブラフ』

『SDIという前科がある』

『でも日本や、ヤルバンも記者会見するぞ』

『それを見てからだな』


 と、おおよそ予想される発言が世界を飛び交う。いかんせん米国が重大発表だというから、なんだと耳を傾ければ、『宇宙の悪党が地球にやってきている』という話。超簡潔に言えばそういうことだ。だが、現状の米国はこれ以上の解説を行うことができない。なのでスチュアートは『大統領記者会見』という方法を取らずに、『大統領緊急テレビ演説』という方法をとった。即ちこれ、この説明以外の事に答えられないからである。つまるところ結局、この後に日本とヤルバーン州が行う記者会見にタッチ交代という話になるのだが、スチュアート独特のキャラクターが放った説明の後となると、これまたゴシップ的な期待感も含めてマスコミもしなくていい妄想抱えながら、総理官邸や、ヤルバーン州で待ち構えるという、そういう話になってしまうという次第なのだが、これが事実なのであるからどうにもこうにも……


 で、その中継を見る柏木とフェル。夜中ではあるが、さしもの寝不足大敵フェルさんも今日ここに至ってはさすがにそんなことは言っていられないわけで、今はイゼイラ版の眠気覚まし効果のある地球人で言うところのカフェイン系の飲み物なんぞを片手に頑張っているわけである。なんせこの次に、日本政府の会見が待っているからして…… 


「ふむ……ま、これで当初の予定通りか」

『ハイですね。ファーダ・スチュアートが取りあえず打ち合わせ通り先陣を切ってくれましたでス』

「はは、さすが、かの御仁というかなんというか……一発目はやはりあの方のキャラクターだとインパクトはある」

『ソウですね。それになんだかんだで、一応地球世界の盟主的な国家のトップさんですから。そこは我が国との同盟関係も考えれば、最適であるのは間違いないカト』


 なんだかんだで腐っても米国ということだ。だがあのオッサンが喋ると、少々フィクション臭がしてしまわないわけではないが、日本とヤルバーンがフォローすれば、逆に効果を増しもするだろう。


「じゃフェル。頑張ってな、春日総理と、二藤部大臣に挨拶してからヤルバーン州に戻るよ」

『ハイ。マサトサンも頑張ってくださいね。ヴェルデオ知事のサポート、よろしくお願いしますです』

「ああ、わかってる」


 柏木も昔はこの官邸で記者会見を何回もやったものだが、今の彼は連合本部の人間だ。今日は本来春日と二藤部への挨拶に寄ったまでであって、彼もヤルバーンでヴェルデオと共に連合防衛総省長官としての立場で記者会見が待っている。皆、相応の場所での仕事である。これが、あれから一〇年後以降の皆の立場なのである……


    *    *


 日本時間午前一〇時。日本国でも米国スチュアート大統領の弁に確実性を持たせるかの如く、記者会見が始まった……本来なら、スチュアートの後即やればいいではないかという話もあるのだろうが、いかんせんワシントンと日本は時差が一四時間もある。即ち向こうで例のテレビ演説が行われたのが日本から見て米国時間で昨日のお昼頃。即ち日本時間で翌日夜中の二時からというわけで、終わったのが夜中の三時半頃。流石にそんな時間にテレビ見てる人も多くはなかろうというワケなので、日本時間の朝方一〇時ぐらいが落ち着いて見聞きできる丁度良い時間だろうということで、さて首相官邸で、という具合である。

 此度は今日の記者会見を既に告知しているので、マスコミ側もさほどの混乱はない。

 かつては、ティ連関係の首相記者会見となれば、記者たちもワクワクで臨んだモノだったが、かの時より一〇年後のこの世界。もうティ連との関係などは、『普通』である。確かに科学技術や文化文明、それ以前に『異星人サン』という存在は、まだまだ驚きの対象ではあれど、『異星人がそこにいる事実』という面では、もうサプライズの対象では無くなりつつあった。

 だが、米国から公表された驚くべきティ連の敵性体がこの地球に侵入し、ヤルバーン州を含む地球人全体に仇をなすかもしれない事実。そんなテレビ演説の後に続く連合日本の会見である。更に言えば、その後には間髪入れずヤルバーン州の記者会見も控えている。となればマスコミも、これ話が違ってくる。


 ランドマークの巨大なテレビ。最近は空中投影型テレビの国内メーカー間における開発競争も凄まじく、新宿のランドマークテレビも、今や空中にポカンと浮かぶ巨大な16:9の画像が目印となっている。

 その空中映像に映るは官邸記者会見室。登壇するは、現内閣総理大臣『春日功』。現在改定された自保党規約で連続三期の総裁就任が可能になったため、下馬評では彼が自保党初となる緊急措置でない正規の三期目総裁となる感じでもある。

 そんな彼が日本国旗と連合日本旗に一礼すると、演壇の前へ立ち、進行係へ目配せをする。


「それではただ今から、春日内閣総理大臣の記者会見を行います。本日は、事前にマスコミ各社へ告知致しました通り、政府からの重要な発表がございますので、その点を特段によろしくお願い申し上げます……冒頭、総理から発言がございます。質疑応答は総理のお話が全て終わったあとになりますので、よろしくお願い致します……では総理、お願いいたします」


「はい。みなさんおはようございます、内閣総理大臣の春日でございます……さて、本日は、昨夜未明ですか、米国のルイス・スチュアート大統領閣下が特段に言及したですね、かの横田基地で発生したM4機動戦車暴走事故での一件、そして一ケ月前の、まだ記憶に新しいブンデス・インダストリー米国法人施設内で発生した、これまた新型機動戦車暴走事件の一件、そしてここに関連する『ガーグ・デーラ』……スチュアート大統領は『ガルグ・ディーラ』という感じの発音をしていたようですが、正確にはこの『ガーグ・デーラ』が正しいですね。このティエルクマスカ連合の敵性体とされる存在の公表をなさりましたが……ま、この件に関しましては、大統領閣下も仰っていた通り、我が国と、ヤルバーン州が米国に対してこの件に関して言及させていただきました……即ち、我々日本国政府は以前より『知っていた情報』という事を申し添えておきたいと思います……お分かりの通り、いまここで『知っていた情報』というわけでありますから、本日お話する内容は現在に至るまで、日・ヤ協定内での【特定機密】に指定されていた情報と考えてくださって結構という次第でございます」


 まず冒頭、春日の話すこの内容に、マスコミ勢も久々に驚愕の表情を見せた。

 そりゃそうだ。スチュアートの嘘くさいあのオモシロオヤジの姿とは裏腹に、日本では人気の閣僚で、実績もある春日の弁だ。いつものコワモテ顔からにじみ出る淡々とした口調で、なんかえらいトンデモないことを話す今現在の状況において、スチュアートの嘘くさかった内容の弁に、春日が裏付け実証を行っていく。

 

「……私は昭和三二年生まれでございまして、ケネディ大統領の暗殺も、初めての衛星生中継で見た世代でもあります。その他、ロッキード事件もそう、いろんなこの日本の、そして世界が大きく震える事件、事故、事象を見てきました。もちろん今でも忘れはしません十数年前の東日本大震災もそう。そんな世代の私が、やはりその人生において、いろんな事件をすべて差し置いても、第一番の衝撃的な出来事が、かのヤルバーン飛来事件でした……実はこのティ連が憂慮するという、『ガーグ・デーラ』という敵性体の存在は、この頃より、私達、当時のヤルバーン事件に深く関わった関係者が知る、特級の特定機密情報でございました……本日、この記者会見では、昨今発生した異常な事件に鑑みまして、米国と、ヤルバーン州と、我が国が連携して、それら事件に関連する情報、そして、その経緯などをお話して、今後の連合日本政府と、国際的安全保障……この『国際的』という言葉には、もちろんティエルクマスカ連合各国も入るのは当たり前の話ですが……そういった点も踏まえて、本日は、報道各社の皆さまに、色々お話をさせていただきたいと思っている所存でございます……」


 春日独特の淡々とした口調は、何か劇的かつ、感情的表現をするわけでもなく、少々上目遣いの独特な表情で、その事実情報を話していく。

 だが、確実かつ正確に論理立てて話すその説得力と目力には、やはり彼をよく知る記者達は、驚愕の表情を隠すことができないのだ。

 そんな記者達を横目に、春日は少し上目遣いで表情を変えず、独特の口調で、ガーグ・デーラの概要を語る。

 

「まず、このガーグ・デーラと呼称されるティエルクマスカ連合の敵性体を、日本政府が確認したのは、みなさまも御存知の通り、当時の『柏木真人特派大使』がイゼイラへ向かった際、かの方の乗った宇宙船が、偶然このガーグ某の奇襲を受けている宇宙旅客船と遭遇し、その撃退と救助に当たったという事実がございました。この出来事がその原点となるところでございます。これらは、現在に至るまで、この地球世界における混乱を避けるために、日本政府とティエルクマスカ連合、もちろんこれにはイゼイラ共和国政府も関与しますが、共に了承の上、我々日本人、そして地球人が、これらの事象を認知、そして理解できるまで秘匿しておこう。そして、その敵性体が何らかの形で、この太陽系世界に関与した際は、ティ連が責任を持って対処するという協定のものとで、今日まで扱われてきたものであります」


 春日は更に、当時柏木がイゼイラより帰国する際にも同様のガーグ・デーラの襲撃があったことを話す。だがあのセルゼントゲートから太陽系外縁部の戦闘は、規模が大きく、また当時多川がやらかしてしまった事もあって、集団的自衛権の諸々を蒸し返すのも何なので、詳細は語らなかった。が、まあ語らなかったところでどうせマスコミは色々とせっついてくるのはわかっているので、その時はその時の対応である。

 ちなみに、月丘が体験した中東での「ドーラ・ヴァズラー」の対処に関しては、言及を避けた。


 マスコミは春日の語る理路整然とした話に呆気にとられていた……もちろんこれは海外のマスコミも同じくである。まさか日本は一〇年前に、スペースオペラか、二四世紀かの世界を経験してしまっていたとはと。

 勿論柏木がイゼイラに行ってのと、そんな話はあるにせよ、ティ連ほどの国家連合体にも相応に手を焼く敵がいるのかと。そしてそこまでの世界観を地球世界各国へ一〇年も公開せずに隠しおおしていたとはと。

 確かに世界には、後の世にならないと知りえることのできない情報というものは沢山存在する。よく言われるケネディ大統領暗殺事件の真相やら、エリア51ベースの真相などなど言われてきたものである。ちなみにエリア51の真相は、サマルカ人の件もあっての話で、もう世界各国国民のすでに知るところではあるが。

 だが、此度のガーグ・デーラの一件は流石にマスコミもどう扱ったらよいか困惑するところだ。その内容がいかんせんエイプリールフールネタに匹敵する内容だからである。だがこればっかりは事実だ。そして今更驚いてどうするという話でもある。もうこの地球という惑星は、ホモサピエンスのみが知的生命体として暮らす社会ではないのであるからして…… 


「それでは、質疑応答に移らせていただきます。ご質問のある方は……」


 そりゃもう全員挙手状態だ。もう大体聞かれる内容は分かっている。


1:横田基地とブンデス社の件は、そのガーグ某の組織的犯行か?

2:そのガーグという存在は、どういうものなのか?テロリストのようなものか? それとも国家のようなものか?

3:我々が生活する上で、警戒しなければならない存在なのか?

4:地球のどこかの国家とつるんでいないのか?

5:対話は可能な存在なのか?


 大体、初っ端はこんなところだろう。というよりも、これでも記者達はまず最初の質問として結構ひねり出してきた方なのだ。なぜなら、こんな状況は初めてなので、何を聞いたら良いかわからないというところもある。従って、上記5つの質問以上にトンチンカンな質問も多々出てきたのは確かである。


「……さて、正直申し上げまして、今のご質問におけます……大体この五つの項目。私は今ざっと概要のみお答えさせていただきましたが、この件に関する専門的かつ詳細なご回答も必要かと思いますので、それをお答えできる方とこの場を交代させていただきたいと思います……以降は、当のティ連、イゼイラご出身の、皆様もよくご存知の、柏木迦具夜ことフェルフェリア外務大臣に質問に対する詳細な回答をいただきたいと思いますので……えっと、フェルフェリア大臣? よろしくお願いできますか?」


 と、春日がそういうと、フェルが会見場の袖幕にあたる場所から姿を現す。

 そのタイミングを見て、春日が引っ込む。すれ違う際、お互い頭を垂れ合う。そしてフェルが登壇。

 国旗にティ連式敬礼を捧げて、壇上へ……テレビ画面には、【柏木迦具夜(フェルフェリア・カシワギ・ナァカァラ)外務大臣兼副総理】とテロップが映し出される。

 彼女は壇上に立つと、プロンプターのようにVMCモニターを一つ起ち上げて空中に浮かばせる。この光景も、もう日本では見慣れたものになった。


「ハイ、みなさまオハヨウございますデス。ファーダ・カスガと交代しまして、今回の事態に関する専門的なご質問の回答は、私こと柏木迦具夜がお答えいたしますです」


 毎度のフェルさん語は、一〇年後も健在である。こればっかりは直しようがないので、今後もこんなのであろう。いつもならフェルが何らかの記者会見で登壇することがあったりする場合、なんだかんだでフェルのホエホエオーラに当てられて記者たちもなんとなく和気藹々となってしまうところなのだが、今日ばかりはそういうわけにはいかないようだ。だがそれ故にフェルがこの場で答えることに意義がある。なぜなら、興奮した場を抑えるオーラをフェルは出してくれるからである。なので皆、冷静になれる。ただ一つ、それまでのフェルと違う点は、彼女ももう一〇年地球に住んでる身であるからして、こういった公の場所ではネイティブの日本語で話すよう心掛けていた。


「まず、ファーダがワタクシに詳細を託しました記者サマの五つのご質問に一つづつお答えいたしてまいりますですネ、えっと、では……横田基地の件と、ブンデス社の件についてでデスが、現在各方面、えっと、モチロンこれにはヤルバーン州やマサトサ……じゃなかった、ティ連防衛総省の分析も含んだ意味での回答ですけれども……」


 フェルは、この横田基地にブンデス社の件は、組織的犯行というものではなく、横田の件は、何らかの形でガーグ・デーラ・ドーラが取りついたものであり、ブンデス社の件は、ガーグ・デーラの工作活動の一環だろうと話した。

 すると、記者は当然の質問をフェルに問う。


「フェルフェリア大臣、その……『ドーラ』と仰ったもの、それは一体何でしょうか?」

「アラ? お話ししてませんでしたっけ?」

「はい……初めて聞く名称です」


 ありゃしまったと思うフェル。もう彼女達にとっては知った存在なので説明し忘れていたようだ。詫び入れてかいつまみ説明するフェル。要するにガーグ・デーラという敵性組織の自立型ロボット兵器だと。機械に寄生するのが得意で、ヒトガタと呼ばれるものは、他人とすり替わる事を得意とする連中であると。

 すると記者たちはにわかにザワつく……


「おいおいなんだよそれ……まるであの映画の液体金属アンドロイドじゃないか」

「横田やブンデスの方は、昔はやった、あの変形する機械生命体みたいだな」


 当然誰しも思う疑問。だが、この話で一気に現状への緊張感が高まる。


「……ミナサマ、ですが、そんなに警戒なさらずとも結構ですよ。日本の情報省や、特危自衛隊。ヤルバーン州に連合防衛総省では、チキュウにそやつらが侵入した場合、彼らを確実に探知する術をもっておりますです。ですから、国民皆様におかれましては、普段通りの生活をしていただければいいです」


 とりあえずフェルの言葉なら信用できる。なぜならフェルだからである。イゼイラ人だからだ。春日に二藤部に、柏木でも今ここで「心配ない」といっても信じられない人は多いだろう。その理由は「日本人」だからである……ここが何とも日本人らしいところというかなんというかであるが、そんなところはヤルバーンが来ても一〇年程度ではそうそう変わらないらしい。

 ただ、地球のネットワーク空間に、彼奴等の製造設計図が流されている状況までは公表しなかった。

 勿論、スチュアートやドイツを初めとする欧州各国に、中国は張を介してもう知っているだろうし、ロシアは二藤部情報大臣が電話会談を行い、話している。

 つまり各国の中央はもう知っている情報なのである。従って横田やブンデスに香港の件にもあるとおり、極めて危険なトラップデータであるため、発見した場合は即デリートするように言ってはいるが……まあ、多分、こっそりと研究する国もあるのだろう。そこは素直に「はい! わかりました! 地球の将来のために消去します!」などど、殊勝なことを言うやつの方が少ないだろう。

 生物・化学兵器禁止条約なんてのを結んでいるその陰で、世界中のヤバい細菌やウイルスに化学兵器を研究しまくっているのが現実の世界であるからして、まあ日本政府やヤルバーン州に防衛総省にしても、そこはもう織り込み済の話ではある。


 ……と、そういう感じでとりあえず1:と、3:の質問を説明した形になるフェル。


 次に、


【2:そのガーグという存在は、どういうものなのか?テロリストのようなものか? それとも国家のようなものか?】


 という問いに答える彼女。といってもこれに関してはその回答は簡単明瞭である


「……この件に関しては、ティ連でもよくわかっていないのでス……ティ連が、この『ガーグ・デーラ』と初めて接触したのは、チキュウ時間で約百数十周期ほど前になり、そんなに大昔の話でもないのですヨ……」


 記者達が注視したのは、ティ連ほどの科学力を誇る国家群が、このガーグ・デーラを一〇〇年間正確に捕捉できないという点。即ちティ連の科学に対抗できる技術的なものがあるということになるわけで、そんな連中が地球圏に到達しているとなれば、そりゃ普通に心配にもなる。だが、


「……一応、兵器ナドの対抗力は、我々の方が上位にあるので、ここに至るまで特に大きな、所謂国家的危機存亡の事態に陥ったような事由はないのですが、それでも我々が知りえない科学技術を有しているのも確かでして、その詳細は今、お話しする訳にはまいりませんが、そういった諸々の点で、我々でも警戒を厳に要する存在であるのは確かのなのですヨ」


 だが、それもティ連での話だ。そのティ連ですら、まだ彼奴らが何者か把握できていない以上、これ以上の話はできないのが実情である。そこがつらいところではあるが……

 そこで考えなければならないのが4:の質問である。


 【地球世界の何処かの国と、ガーグ・デーラがつるんでいないのか?】


 フェルは、きっぱりと「それはない」と話す。これはその次の『5:』の項目にもかかってくる質問だ。

 なぜなら、もし話して『つるめる』ような相手であれば、もっとそれ以前に、対話が出来ているはずであるからだ。むしろ、そうやって『つるめる』だけのスキルがあって欲しいと話すフェル大臣。

 だが、気をつけなければならないのは、先のブンデス社の社長襲撃事件でもあったとおり、ガーグ・デーラは人と対話するような演技ができるだけの『スキル』はあるようなのだ。こっちのほうがむしろ恐ろしい事であると……即ち浸透作戦を連中はできるという話になるし、実際ニセポル事件でもあったとおり、それをやっている。ニセポル事件の時は、器用にできなかったようだが、見てくれだけで言えば完璧なものができる能力はあるのだ。

 この『なりすまし能力』ともいえるガーグ・デーラのスキルについて、フェルは詳しく言及しない。なぜならば、これを具体的に言ってしまい、疑心暗鬼な社会になっても困るからである。


 ……と、そんな感じで記者の質問に答え終わるフェル。そして記者会見は終了する。

 記者達も、スチュアートの演説に始まる今回の話題は、どう扱えば良いものかと頭を抱える。

 フェルが妙に余裕を持って話すので、危機迫ったような事態ではないと認識できるのが幸いと記者も思っているようであるが、実際はそんな簡単な話ではないのが実情。だが、それをパニックにせず、ココまで抑え込んだ会見ができるフェルのホエホエオーラも、大したものである。ここまでくると、このオーラもフェルの立派な『ワザ』と言ってもいいものだろう……本人は納得しないだろうが……


    *    *


 さて、次はヤルバーン州でのヴェルデオと柏木の記者会見である。

 ヤルバーン州における、ティ連法制の特殊取り扱い既定にあるマスコミ関係の法律も、一〇年も経てばヤルバーン州ヴェルデオ知事達の対応も慣れたもので……


『ホラ、あなた。襟元ちゃんとしないと』


 エルディラ夫人に身だしなみを整えてもらってたりするヴェルデオ。相も変わらずエルディラはイゼイラ人ながらにして、このヤルバーンではいつも和装姿である。これがよく似合ってるからすごいものだ。


「ふぁるんぱぱ……まままるまは?」


 エルディラが連れてきていたのは、今日彼女のお世話になっている姫ちゃん。エルディラにリトルヤルマルティアで買ってもらったぬいぐるみを抱えて、ママの事を尋ねるはもちろん、


「ああ、今春日のおじさんところでママはお仕事中だ。今日はママといっしょに、お外で晩御飯を食べようか。姫ちゃんはピザがいいかな?」


 柏木ふぁるんぱぱであった。彼がそういうと「うん!」とニコニコで喜ぶ姫ちゃん。ピザにパスタは姫ちゃんの大好物である。晩御飯が楽しみな彼女。エルディラも『よかったですね~』とか言っている。


 ちなみに姫ちゃんは地球年齢で言えば一〇歳であるが、イゼイラ人の遺伝子が強いので、新陳代謝はイゼイラ人系である。なので、見た目の年齢は、まだ四~五歳ぐらいだ。

 だが、地球人の四~五歳というのとはちょっと違うのがイゼイラ人やダストール人らその他、寿命が地球年齢で二〇〇歳を超える種属の特徴で、やはり学習能力となると、見た目幼くても立派に所謂一〇歳の学習能力や、一〇年間の人生相応の思考を持っているのがこのティ連の種族なのである。だが、精神年齢がやはり容姿の通りなので、地球人から見ると、見た目の年齢不相応の人生観と思考を持っているガキンチョに見えてしまうのがティ連種族系の子供達だ。

 実際、一〇年前のニーラ・ダーズ・メムル(当時の容姿年齢一六歳前後)でも、見た目はJKだが、天才的な頭の良さと、地球人で言えば二〇歳以上の思考を持っていた。実際彼女は地球人年齢で言えば、三二歳前後であるからして。

 なので、やはりそこは地球人と同じ環境で学習させられないという難しい問題があったりするのである。

 

 ということで、そんなところもあってので、記者会見の準備が整うヴェルデオと柏木。

 今の柏木は、日本政府ではなく、ティ連本部側の人間である。そりゃ連合防衛総省長官閣下サマであるからして。

 そんなところもあって、此度の記者会見は、ヴェルデオ知事と柏木長官二人が出て、同時記者会見という段取りになるという次第だ。

 記者会見場は、ヤルバーン行政区である。即ちイゼイラ領内での記者会見という事である。無論マスコミに関する協定で、この行政区にも条件付きながらマスコミも通常の取材活動が可能となっていた。


『ミナサマ、只今より、ティエルクマスカ銀河星間共和連合ーイゼイラ星間共和国、ヤルバーン特別自治州知事・ファーダ・ヴェルデオ・バウルーサ・ヴェマ及び、ティエルクマスカ連合防衛総省長官・ファーダ・カシワギ・マサトの記者会見を行いまス。今回の記者会見は、ニホン国政府が先程公表した、「ガーグ・デーラ」と呼ばれる、我がティエルクマスカ連合国家全体が、敵性と判断する存在についての説明をさせて頂く会見となっております。その点を宜しくお願い申し上げます』


 つまり、質問タイムの時、それ以外のしょうもない質問をするなよと。

 これがヤルバーン州でマスコミが記者会見等々を行う時の一番守らなくてはならないルールなのである。

 ここで『柏木の不倫疑惑』なんていう関係のないアホな質問をしようものなら、永久追放されて次からはヤルバーンで取材ができなくなるという次第。なのでマスコミ陣は結構緊張感を持って会見に挑んでいる。

 ということで、ヤルバーン州の記者会見では、各国の記者に翻訳専用のPVMCGバッジが貸与されているので、言葉にも困らない。このあたりは流石といったところ。

 ヴェルデオと柏木が会場に姿を見せる。地球式に連合イゼイラ旗と、連合日本旗が掲げられている。ヴェルデオ、柏木二人して敬礼。ヴェルデオはティ連―イゼイラ式敬礼で、柏木はお辞儀敬礼。するとヴェルデオは平手で柏木に先へ演壇へ行くように笑顔で促す。

 柏木は一礼してその言葉に甘え、先に向かって右の演壇へ。後からヴェルデオが左の演壇へ立つ。

 二人してVMCモニターを宙に浮かばせると、まず最初にヴェルデオが……


『ミナサマ、本日はヤルバーン州にお集まりいただき、誠にアリガトウございます。この度は、アメリカ国と、先程のニホン国、ファーダ・カスガ内閣総理大臣がオハナシになりました、連合が脅威とする敵性体「ガーグ・デーラ」と呼称される組織について、連合の防衛機密保持に関する法の許す範囲でご説明させていただくために、アメリカ国と連合ニホン国が協議の上、このような会見の場を設けさせていただきました。その点を中心に、まず少々色々とお話させていただきますので、宜しくお願い申し上げまス』


 とりあえず最初はそんなとこだ。これはどんな事件事由でも同じだろう。宣戦布告するのなら、布告するに足る説明がいる。どこかにガサイレするのであれば、正当な説明があって発効する捜査令状がいる。そんなのと同じことだ……概要はフェルが先程少し話してはいるが、詳細は話していない。フェルは現在日本政府の人間であるからして、休職中のイゼイラ高官であるとはいえ、そこは本家本元に話してもらった方がいいに決まっている。なので先の会見からヴェルデオ達へバトンタッチといったところ。


 ということでヴェルデオは、最初にまずこの話の大前提である『ティ連にも、実のところ、このガーグ・デーラの事はよくわかっていない』という事を話す。これはブラフでもなんでもない。事実なのだから仕方のない所だ。


    *    *


 ……さて、このティ連とガーグ・デーラとの初接触は、地球時間にして現在より約百数十年程前に遡る。そう、実はそんなに昔の話ではないのである。実際ナヨさんは知らない存在であったワケなので一〇〇〇年前以前にはティ連とは縁のない存在だったことは確実である。

 で、ガーグ・デーラとの初接触はファーストコンタクト云々以前の話で、まず連中が最初にやらかしたのは、超大型のイゼイラ船籍航宙貨物船の襲撃であった……何の警告も会話もナシに、いきなり襲撃されたわけで、当時の貨物船団はティ連勢力下の安全な航路を航行していただけにそういった本格的襲撃の対応策を施していなかったため、それはティ連史上に記されるほどの大被害を出し、船団は壊滅寸前にまでなり、一時的にはハイクァーンジェネレーターやゼルリアクターなどを奪われたという大きな事件になった。

 後にガーグ・デーラの使用する兵器が『ドーラ型仮想生命体』であると判明したわけで、当然ティ連の最新ハイクァーン機器やゼル機器が仮想生命技術に転用されたらエライことになると分析したティ連は、徹底的にこのガーグ・デーラを捜索追跡し、強奪されたハイクァーン機器とゼル機器の破壊抹消に成功したわけであるが、このいきなりの正体不明な存在に当時のティ連各国は動揺したのも事実である。

 ティ連は、一応トーラル文明譲りの強力な科学力を保有している自覚はあったので、そんなティ連にテロまがいの攻撃を仕掛けてくるこの存在に戦慄したのは確かなのだ。

 特にその脅威の源泉となっていたのが、例の『次元溝潜行能力』と、ティ連ではその破壊力と恐ろしさ故に製造使用が禁止されている『仮想生命兵器』の存在であった。

 特に仮想生命兵器を主力とし、ゼル端子を放ち、あたりかまわず動くものすべてをゼル奴隷化するガーグ・デーラの戦術は、脅威であったのは間違いない。

 まあ、ただそれでもその事件以降大規模な戦略作戦に基づくような攻撃を受けたという事は特になく、どちらかといえばテロまがいのゲリラ戦闘がほとんどであり、規模が大きい戦闘であってもやはりゲリラ的攻撃の域を出ないものが殆どであったので、ティ連としてはこの連中はどこかの主権がバックにつく、私掠的テロ組織ではないかというのが大方の見方であり、その存在を現在まで捜索しているのが現状なのであった。

 実際ティエルクマスカ銀河は広いわけであって、ティ連各国が接触したことのない主権国家らしきものは多く存在するだろうと予想されてはいたので、そういう観点からも、彼らは未知の国家との外交的接触を常に図っていたのである。

 だが、そんな調査でもこのガーグ・デーラの正体を掴むものではなく、これまでティ連でもずっと謎とされていた敵性体であったわけだ。特にこの連中がティ連の所有するハイクァーン技術を必ず執拗に狙ってくることはよく知られていた。

 仮にこのハイクァーンを奪って仮想生命兵器を『仮想』でなくしてしまうような恐ろしい使い方を考えているのであれば、それはかなりマズいわけで、そういう観点からも相当に警戒を要する存在であることは明白であったわけだが……


 ヤルバーンが地球に飛来してからの一〇年後、かの『ニセポル事件』に、横田基地での事件、ブンデス社での事件。この三つの事件が、連中が何者かという謎を掴むことができるきっかけとなった事件である事も事実であった。

 そう、まずは柏木がティ連本部で見た、ガーグ・デーラの新しい『仮想生命兵器ではない』人型機動兵器の存在に、『ヒトガタドーラ』という存在。そしてあの言葉……


【……意思と現実を提供せよ。さすれば、永遠の存在を供与する。拒否は抹消】


 この言葉からわかるガーグ・デーラの思考やイデオロギー。

 実際、此度一連の事件が起こるまで、ティ連の力を以てしても、ガーグ・デーラのこんな事もわからなかったのが現実だったのである。つまり、それほどまでに底の知れない連中なのだということであった……


    *    *


 ……ヴェルデオは、ガーグ・デーラとティ連との歴史をそういった感じで記者たちに解説した。

 ちょっとしたティ連近代史のお勉強といったところである。ただ、それでも現行関係各所以外に機密となっている【……意思と現実を提供せよ。さすれば、永遠の存在を供与する。拒否は抹消】の言葉や、ブンデス社の副社長がヒトガタであった事。そのコアをヤルバーンが回収している事などは特定機密に該当するので伏せてはいた。だがそれ以外のヴェルデオが語る、どっかのスペースオペラじみたストーリーだけでも脅威驚愕の事実であり、この場にやってきた記者達がその紙面に尺を埋めるに十分すぎる情報開示なのは確かであった……


 ヴェルデオが話し終える。気が付けばシンと静まり返る会見場。そりゃそうだ。こんな話ヤルバーンが来る以前であればエイプリルフールのネタ話である。それでなくても今現在ヤルバーンが州化して特別自治国となり、高度四〇〇キロメートルを超える軌道タワー状の領土を持つ主権となってこの地球に在る事自体、フィクションのネタみたいな状況であるのに、そこへ正統派のヤバイ系のお話を持ってきたとなれば、記者達もいよいよどうしたらいいのかという話になるのは当然である。

 とはいえ、ヴェルデオもそんな記者達の唖然と呆けた顔にいつまでも付き合っているわけにもいかないので、柏木に視線向けて話をバトンタッチする。

 彼は記者たちの様子を見て、ヴェルデオに首を少し傾げ微笑すると、ヴェルデオもちょっと苦笑い。

 で、柏木は一つコホンと咳払いをすると、会場に視線を向けて話を始める……


「ヴェルデオ知事、ありがとうございます……マスコミ各社の皆様、おはようございます。ティエルクマスカ銀河星間連合・連合防衛総省長官を務めさせていただいております柏木真人でございます。本日は、未明のルイス・スチュアート米国大統領閣下のブンデス・インダストリー社におけます件の事件に関するテレビ演説に始まりました……フゥ……ま、なんといいますか、ヴェルデオ知事の今仰られましたガーグ・デーラ云々の件にありまして、私も現在ティ連の軍事部門を総括させていただいている身の上であります以上、この件におきまして少々私からも追加説明をさせていただいてから、皆様の質問にお答えさせていただきたいと思う所存で、進行させていただきたいと思います……さて……」


 一〇年後の偉いさんになった柏木長官閣下のプレゼン能力は衰える所なし。

 それどころか年齢相応の落ち着きも見せているといったところで、相も変わらず大したものであるといったところ。

 柏木が説明したのは、自分が一〇年前にイゼイラへ赴いた際のシレイラ号事件での出来事。その経験談を公開した。


 これを聞く記者達が驚くのは、柏木とはいえ、言ってみれば民間人に毛の生えたような人間が、地球人類で初のこんな目に遭っていたという事実である。当時の日本人は言うに及ばず、世界各国の人々は、傍から見れば平和裏に、何事もなくウフフな関係でティ連―ヤルバーンと日本政府が親密な関係になっていたと思っていたわけだが、その裏で、そんなスペオペまがいの出来事が進行していたとはと、まあ普通誰しもそんなことは思いもしないだろう。

 となればさもあらん、日本とティ連がここまで深く繋がる理由も頷ける。

 柏木とヴェルデオが交互に説明解説する話の中には、柏木がなぜにこんな『連合防衛総省長官』などというトンデモナイ地位にいるかという、そのきっかけとなったドーラ型兵器への効果的な対応に歴史的偉業として努めてくれたことへの結果であることをヴェルデオは強調した……


 日本政府における当時の安保委員会メンバーなら誰しも知る周知の事実だが、一〇年越しで当時の機密情報を公開される記者達はどう思ったか。

 以前、当時の外務省国際情報統括官の新見貴一は、『外交とは、水面に浮かぶ水鳥のようなものだ』と柏木に語ったことがある。今、いうなれば正にその状況を二人は記者達に説明しているのである。

 知らない人々が見ていた表の状況のその『裏』で起こっていた話。裏の壮絶な物語の反比例した結果が、皆が享受する表の平和である世界。

 だが、今そこにある危機は、当時の『裏』で柏木や日本政府、そしてティ連各国行政機関が対応してきた事由が、とうとうこの地球の『表』に出てきたという、関係者が最も憂慮していた事態なのであった。


 そんなところを説明して、質問タイムに移る……とはいえ、記者達もスチュアート演説から始まり、春日・フェル会見に続いて、このヴェルデオ・柏木会見である。その内容がステップアップしてトンデモ方向へ話が行くものだから、正直一体何を聞いたら良いかわからないのも事実であって、普通なら記者全員総挙手状態となるところなのだろうが、案外手を挙げる記者はまばらであった。だが、それでも外国記者勢は全員手を上げていた。そこはそうだろうと会見場を見渡していた柏木も思う。

 日本の記者から出た質問は……


1:ティ連と国交が出来てから以降、今回の発表までに、地球で、そのガーグ・デーラと呼ばれる存在の被害はないのか?

2:ガーグ・デーラの存在が今まで隠されていたのは、それを公表するとティ連との国交に不具合が出ると思ったからか?

3:ティ連は、ガーグ・デーラとの対話を試みたことはあるのか?


 と、大きくはこんなところ。


 無論、この質問はもう既に当時の安保委員会内で討議され尽くした問題が、初めて知らされたマスコミから出ただけのことで、一〇年越しに同じ返答をすれば良いだけのことであった。


「現状、国交ができてから以降の話でいえば、地球においてガーグ・デーラの被害はありません。まあ当時はその事件が云千万光年彼方の出来事ですからね。直接地球世界に関係するような事ではなかったのは事実ですから」


 と1:について柏木は回答するが、実はかのドーラ・ヴァズラー事件があって、あの時が地球圏におけるガーグ・デーラとの初会敵第一号であった……が、あの事件は、ヤルバーンの『演習』ということで今でも誤魔化している。無論ネットや動画投稿サイトでは『いや、あの事件が最初だろ!』とかいう話も出ているが……


「先程も申し上げましたとおり、事件の起こっている場所が場所でしたので、言ってみれば我々地球世界のあずかり知らぬ場所でもありますし、そして仮にガーグ・デーラが事を起こしても、ティ連で普通に対応可能である存在ですので、当時の日本政府としては、特に問題視はしていませんでした」


 と2:について答える。これも実際そのとおりだ。地球で例えるなら、どこかの国が、SISが暴れているから。自国でSISがテロしたからと言って、イラクやシリアと外交交渉を停止すると言うことはないだろう。そこは『それはそれ、これはこれ』の話である。


 3:についてはもうヴェルデオが……


『対話はもう百数十年の歴史において、何度も試みてきましたが徒労に終わっております』と答えた。

 だが、かのナヨ様とシエに言った言葉、あれがティ連史上初のガーグ・デーラとのコミュニケーションであるというのであれば、あれが最初ということにはなるが、それでもとても『対話』と呼べる代物ではない。一方的な主張であるからして。


 ……と、そんな具合に日本国内向けのプレスへは回答するわけだが、これも国内の場合は、もうティ連へ加盟して、連合主権となりティ連主権国民となった日本国民であるからして、プレスもこんな感じの質問になるのだろうが、事これが国外のプレスとなると当然、質問内容もガラリと違ってくるわけである。


4:現在、ティ連・ヤルバーン州は、依然制限付きながら技術公開を米国のみに限定しているが、今後、そのガーグ・デーラを追跡探索する技術的なものを世界へ公開する動きはあるのか? または全面的なティ連技術公開はありえるのか?


5:今後安全保障に関して、ティ連・ヤルバーン州は、どの程度の事を世界に対して考えているのか? 特にヤルバーン州は現在地球世界に事実上の国家として成立しているにも関わらず、地球世界の国際協調機関『国際連合』へ加盟していないのは異常ではないか?


 特に現在ティ連・ヤルバーン州が、現在でも距離を置く中国・韓国といった国のプレスからは……


6:ガーグ・デーラのような危険な存在を隠匿した責任と国際的な謝罪を、ティ連やヤルバーン州は行うのか?


7:これを機に、日本以外の世界各国政府関係者のティ連への渡航及び外交が認められるのか?


 と、そんな質問を浴びせかけてくる。

 

 最後の二つの質問は、まあ置いといて、先の4:と5:に関する質問にはヴェルデオが……


『地球世界各国に対しての、我が連合が所有する技術の公開は、今後の事態推移を鑑みて、検討するという方針になっております。従ってそれ以上の判断は行っておりません』

『地球世界の国家間調整機関であります「コクサイレンゴウ」への加盟は、現状我がティ連は、ティ連本部への窓口を連合日本国へ一任しております故、その連合日本国がコクサイレンゴウへ加盟している状況で充分と考えております。従ってヤルバーン州が加盟するという事はありません』


 と回答した。これも日本政府とティ連が調整した従来通りの姿勢である。

 で、6:の質問は……


『今回の大本の事件、その発端となった、我が連合の旅客船に、ガーグ・デーラ工作員の搭乗を許してしまった件に関しましては、地球世界の言葉で言う「イカン」に思うところはあります』


 と、この程度の回答に留めた。中国もよくよく考えたら香港で月丘達にえらい目に合わされているのに、その点を突っ込んでこないということは、柏木、フェルと張元国家主席の秘密会談が功を奏しているというところなのだろう。柏木はそう思うと、この点に関して言えば張にちょっと感謝したり。また何か送ってやらないとと……


 で、7:に関しては、キッパリと『まだその予定はないし、本国からも聞いてはいない』と回答した。

 つまり、ティ連の一極集中外交は依然継続中なのである。

 どういうことか? 簡単な話、ティ連は日本以外の国家をまだ信用していないと言う事なのだ。

 米国にしても、ハリソンとマッカラム時代は、互いの立場を尊重してうまく行っていたが、スチュアートが大統領に当選した経緯、つまり『ティ連外交権を米国独自で』という連合日本国との協調路線から逸脱するような事を言うものだから、やはりティ連としては警戒してしまう。

 更に言えば、ヒトガタ・ドーラの放ったオーバーテクノロジーを、利益のためならリスクを負ってでも使ってしまう、もしくは使ってしまおうという思考が働くような状況を見てしまえば、ティ連の一極集中外交主義をとる理由に正当性を持たせてしまう状況を、世界が自分で作ってしまってるわけであるからして、そんな状況であれば全面的な世界に対するティ連への渡航に外交解禁なんてのはまだまだの話……と考えて普通なのであろう。


 ……と、そんな感じで、記者会見を終えるヴェルデオと柏木。

 疲れたわけではないが、あまり景気のいい話ではなかったため、控室に戻ると、二人して少々ため息の一つもつきたくなる。


「ヴェルデオ知事……会見でああは言いましたが、ガーグ連中のお陰で、今後はヤルバーン州も地球世界の政治政略に巻き込まれていくことになりそうですね」

『ハイ、マアあれから一〇周期も経てば、そうなるのが自然ではあるのでしょうが……そのきっかけが、ガーグ・デーラというのも有難くはない話です……一〇年も知事をやるもんじゃありませんな、ははは』

「それはお互い言いっこなしでしょう……どうですか知事、これからナノマシン切って……」


 と柏木は口元でコップをあおるジェスチャーをすると……


『はは、ファーダ、そんなことしたら「ファーダ・ヒメチャン」に怒られるのではないですカ?』

「あ、そうか、そうでした。むはは、ではまたの機会に」


 そう言って、丁度エルディラに連れられてきた姫迦と手を繋いでヤルバーン行政区を後にする柏木。

 姫ちゃんヴェルデオとエルディラにバイバイと……その後、首相官邸に寄ってフェルママと合流して高級イタリア料理店……というわけではなく、行きつけの姫ちゃんお気に入りなファミリーパスタ店『ビリー・パスタ』なんぞへ……ま、副総理も長官も庶民的なママとパパであった……


    *    *


 で、そんな記者会見でドタバタした日の数日後……


 ブンデス社事件での事後処理に追われた月丘は、久しぶりに総諜対メンバーの招集を受け、本部に顔を出す。

 んで、今日はまた誰がマニペニーやってるかなんて、そんなアホな想像しながらのご出勤であるが……


『カズキさぁ〜ん』


 いつもの出勤と違うのは、今の月丘君、人と待ち合わせてのご出勤である。

 

「おはよ、プリちゃん」

『モー、いつになったら「プリル」って呼んでくれんるんですかぁ〜?』

 

 デレデレモードで話すプリル。


「プリちゃんでいーじゃん別にさー、プリちゃんも私の事カズキサンだろ?」

『えー』

「プリ子は?」

『それって私のアダ名じゃないですか!』


 そんなバカ話しながら正式にお付き合いすることになった二人。ブンデス社事件でプリルに人命を人質に取られ、契約履行を強制されたのではという話もあるが、ま、気分は悪くない月丘でもある。なんせディスカール人を伴侶にというは、今の日本、いや、地球世界ではトテモ羨ましがられる状況であるのは間違いのない事実なのである……但し特定の嗜好を持つ人達限定で……


 それはさておき……


「で、プリちゃん、今日何か通達があるんだって? 何か聞いてる?」

『ううん? そこんところは私もカズキさんと同じじゃないですか?』

「ふむ、なんだろね……」


 と、そんな思案をしながら総諜対本部へ。

 情報省の職員さん、お二人見ながらニヨニヨする顔。結局みんなに知れ渡っているという話。

 なんせ『情報省』というぐらいであるからして。

 ある同僚からは、「カズキガール第一号か?」とか、「確か、第何作かで奥さん撃たれて亡くなるんだよなぁ」とか言われておちょくられーの、メイラ少佐の視線が最近ジト目に感じたりーので、なかなか往生しまっせな感じの月丘であるが……


「おはようございます」

『おはよーございまーす』


 と、いつものノブを回して入室。


「おはようございます」とペコリ挨拶するのは、今はもう総諜対の花、受付の大見美加さん。ちなみに時給一五〇〇円。妙な女性が座ってなくて安心する月丘。こないだはシャルリが脚組んで座ってて、ひっくり返りそうになった。


「美加さん、もうみんなは?」

「はい、集まってらっしゃいますよ。今日はお父さんも来てますから」

「え? 大見一佐が? なんだろ?」


 大見が来るということは、特危との某と普通思うわけで……


「麗子さんも来てますよ」

「麗子専務も!?」


 ちょっと妙な組み合わせだ。ま、旧安保委員会メンバーでもあるので、全く可怪しいメンツというわけでもない。


「あ、それと何か外国の方もお一人いらっしゃってましたよ」

「え? 外国人? ナニ人?」

「それは教えてもらえませんでしたけど……まあ私はなんだかんだでアルバイトですし」

「ふーむ」


 プリルと顔を見合わせる月丘。ま、とにかく執務室に入ろうというわけで……

 

「お早うございます……っと、え?」


 執務室の、例の豪華な班長席前にある応接、ミーティング用のソファーに腰掛けてる諸氏。

 班長席には白木が座り、「よっ、おはよーさん」と手を上げて……

 ソファーには大見一佐が「久しぶり」と……んでもって、麗子が「おはようございます月丘さん」と。

 その麗子の横には件の外国人が座っていた。


「お! おまっ! え? なんで?」

『bonjour カズキ、久しぶりだな』


 よっと手を挙げるは、柄でもないスーツに身を包んだ、クロード・イザリであった!

 ……ちなみにクロード、胸に翻訳専用のPVMCGを着けてもらっていたりする。


「ク、クロード! って、え?」

『あ、貴方はっ!』


 とびっくらこく月丘&プリ子を見て、してやったりな顔をするは、麗子婦人と白木班長。


「し、白木さん、どどど、どういうことですか? これは……」


 キョトン顔でクロードを指差す月丘。プリルは月丘の後ろに隠れて警戒モード。そりゃ銃突きつけられた相手だからしてプリルが警戒するのも当たり前。


「あぁあぁ、そんなびっくりせんでもよぉ……プリ子も別に取って食おうってんじゃないんだからさぁ。まあちゃんと説明するからよ、取り敢えず座ってくれや」


 まあまあ落ち着けと白木が手を振る。


「月丘君、クロード氏の件は、今後の特危にも関する事なんでね」

「はあ……大見一佐がそうおっしゃるなら……まさか特危がPMC雇って基地警護の任に着けるとか、そんなのですか?」

「まあ……その可能性もあるにはある。否定はしないよ」

「え゛……」


 大見という特危自衛隊の重鎮がいれば普通はそうも考えるが、なんせこのHDガードは、ブンデス社の件でもわかるように、ちょっと普通ではない系のPMCであるあらして……すると白木が、


「まー、俺から説明するよりも、この件の首謀者であらせられる、俺の愛する嫁さんの、麗子から説明してもらったほうがいいわな……ということで麗子社長、頼んます」

「はい崇雄……月丘さん? 実はですね、一昨日からですが、この方の所属する企業、『ハンティングドック警備株式会社』は、私が社長を務めます『イツツジ・ハスマイヤー保険株式会社』がM&A、つまり買収致しまして、『イツツジ・ハンティングドック警備株式会社』と相成りました。従いまして、このクロード・イザリさんは、現在私の部下となります……今クロードさんは、イツツジ・ハンティングドック……まあ長ったらしいので、IHD警備、実働部門の部長兼、取締役をやってもらっています」


 なんと! 麗子は、かのハンティングドックを買収してしまったのである! あなおそろしや。流石お金持ち、ここまでやるか。

 

「ななな! え? んじゃおま……」

『おうよ、これからは俺もスーツ決めたビジネスマンってことだな、わはは!』


 襟を整えておどけるクロード。だが実のところ、まーこの買収話には色々そこに至るまでの話もあるわけで……クロードは頬をポリポリかきながら、


『いやな、カズキ。実はあのブンデス社の一件で、まーなんつーか、色々損失も出てな……業界で評判も落ちたわけだよ。ただでさえ違法性ギリでやってたところもあっただろ?』


 クロードがいうには、あのブンデス社の一件で結局ブンデスからの入金も無く、ブンデスに請求しても、そんな警備の依頼はしたことがないの一点張りで……確かに違法性ギリギリのリスクが大きい仕事でもあったので、証拠もなく会社は傾き、どうしようかというところへ、麗子がHDガードの買収話を持ちかけてくれたという話。

 

『そりゃもう、レイコボスが天使に見えたぜ。まさか世界のイツツジグループ傘下の企業になれるなんざ、PMC界隈じゃどえらい話題になってな』

「いや、確かにそりゃそうだろう……専務、よくそんな決断をしましたね……日本でPMCを傘下に持つ企業グループなんて聞いたことありませんよ」


 確かにそれもそうである。んじゃイツツジは今後、このありあまる資本を駆使してPMC業界に割って入るのかと。

 だが、そういうわけでなく、きちんとした理由はイツツジなりに持っているらしい。


「ホッホッホ。まー、わたくしの統括するのは保険会社でございますからね。加入していただく保険案件には、不動産関係、船舶関係というのもあります。そこで保険内容に警備サービスも組み込めば、保険料支払いを抑えることができますから、クロードさんぐらいのプロ級警備会社、というか、軍人さん上がりの方々を警備に送り込めば、保険料を支払う『リスク』も抑えられるわけでございますから」


 なるほどと。そりゃゲリラ屋に元特殊部隊と、そんなスキルが集まるPMCを、本当の意味での『警備員』に当てれば、そりゃ最強の警備になる。流石麗子、商売人である。

 で、HDガードの社員も、これで大手を振ってお天道さまの元で働ける『社員』になれるのであるからして、ありがたい話であったりする。


 ……とはいえ、そんな程度の話でクロードが総諜対に顔を出すなんてのもありえないわけなので……


『でもケラー・レイコ。それだけの話で、このケラー・クロードが総諜対に顔を出すなんてのも……』


 とプリルが尋ねると、


「それはもちろんですわね、プリ子さん」


 もうこの「プリ子」というアダ名、浸透してしまってるので、プリルも慣れた。


「そこは私から話そう」


 と割って入るは、大見であった。


「まあ此度のブンデス社事件の件だが、結果はどうあれクロード部長達の組織が、ガーグ・デーラと接触してゼル奴隷化してしまったという状況は貴重なものでもあってな。そのあたりで色々と事情聴取を行ったんだが、それがきっかけで、このHDガードの構成員が相当の腕っこきというのが理解できた」


 そういうと月丘も元自分が所属していた組織であるわけなので、


「はい一佐。その点は私が保証します。そんじょそこらの兵士よりもやりますよ、彼らは」

「ああ。それは君を見てるとわかるよ。で、まあなんつーか、特危も色々人手不足だろ。で、今はもう麗子さんところの会社というのもあるし、恐らく日本人の社員も続々派遣されて、今後は真っ当な組織になっていくとは思うんでな。そして何よりも、ガーグ・デーラとの接触者がいるという点でも貴重だ」


 するとクロードが話に入り、


『まあそういうわけで、カーネル・オオミらニホンのSCMSDFに後方支援で協力する契約を結んだっつーわけだ』


 イツツジ・ハスマイヤーが保険商品として特危に後方支援を商品として売り込んだという次第。これで麗子さんは公共事業で儲けさせていただくという寸法。さすが商売人。


「ま、情報省も色々と使わせてもらうけどな。こんなありがてぇ話はねーよ」


 と白木。実働系の任務で、色々と顔の広いこの会社の人脈は、情報省としても大きな魅力だと白木はいう。


『ということでよろしく頼むわ、カズキ。また一緒にやれるな』


 と手を差し出すクロード。月丘も少し首を振って微笑すると、その手を握り返す。


『エルフのマドモァゼルとも一緒に仕事できるんだから、こんな光栄な事はありませんよ』


 と、プリルにも握手を求める。もちろんプリルとも色々あったが、麗子がバックにつくなら安心もできるという事で、その手を握り返す。


 ……で、麗子もそういうワケでHDガードの社長。即ちボス、もっといえば司令官となった訳だが、モチロンそんな軍事関係のことなどわからない麗子であるからして、ソッチ方面は現在刷新したHDガード経営陣とクロード達実働部隊上がりの幹部社員に任せるという話。麗子達は通常の安保調査委員会としての役目でクロードらを動かすという話で、このHDガードには安保調査委員会参画三大企業であるOGHと君島重工も資本出資しているという話なのである。

 その話を聞かされて、


(あのブンデス社事件がきっかけとはいえ、ハンティングドックもえらい企業になっちまったなぁ……)


 と古巣に感慨深げな思いを抱く月丘であったり。そして今後の仕事も色々あるんだろうなとも思う。

 

 ……と思っているハナからその仕事の話となるわけで、何もクロード達を紹介するためだけにみんなを呼んでいる訳ではないわけで……


「さて月丘。ま、新たな仲間の紹介も済んだというところで、次の仕事だ」

「はあ、って、え? クロードもいて良いんですか? ウチの仕事に」

「おう。今回は特危とも協力する仕事なんでな。麗子の会社とも契約は済んでる」

「了解です……で、仕事の内容は?」


 さて、月丘達の次の任務。それは……


「此度公開したガーグ・デーラの一件だが、まー当たり前っちゃあ当たり前なんだが、相当に大事になってるわけでな」

「それはそうでしょうね」


 横でプリルもウンウンと頷いている。


「はは、まあそういうわけで、来週にニューヨークの国連本部で、緊急の安全保障理事会が開催される事になった……まあ今回はただの安保理事会というワケにはいかなさそうでな……」


 まあそれはそうだろう。当然話し合われるのはガーグ・デーラに対する対応。即ち連合日本とヤルバーン州との軍事技術に関する云々といったところの話も当然出てくると思われる。


「で、そういう訳で各国防衛関係者も色々出席するんだが、月丘には鈴木防衛大臣の秘書という立場で同行して、各国の動きを探ってほしい。ま、言ってみれば中国以下CJSCA諸国の動向だな……」


 中国の場合、彼の国が怖いのは、香港の一件でもある通りガーグ・デーラ技術を取り込もうと躍起になる可能性があるわけだ。なんせ注意しても聞かない国である、特に軍部。

 日本が連合に加わり、極東地域の主導権が握れなくなった現在、ヤルバーンにティ連とも関係が持てない現状で、ガーグ・デーラの流した技術情報に飛びつく状況は想定の範囲内ではあるが、ガーグ・デーラの存在を正式に公開した状況で、今後の国連での日本の立場や、メンドクサイ国の動きなどは正確に把握しておく必要はある。それに……


「ブンデス社の件で、シエさんが倒したヒトガタの話、聞いてるな」

「はい……って、その話は!」


 とクロードの顔を見る月丘。


「いや、かまわねーよ。秘守義務契約も済ませてある。で、概要も大見が話している」

「あ、そうですか……」

「ん。で、そのシエさんが屠ったヒトガタのコアをナヨ閣下が解析したところ、面白い情報を取り出せてな」

「と言いますと?」

「どうやら、地球に侵入したガーグ・デーラの連中は、あと一人らしい」


 ヤルバーンには、ナヨ・ヘイル・カセリアなる人物。所謂旧聖イゼイラ大皇国皇帝ナヨクァラグヤの遺志である、自称『遊び人のナヨさん』がいるわけであるが、彼女がなんと此度鹵獲したヒトガタ・ドーラのコアにハッキングをかけたのだという。

 所謂、ナヨの存在は、時に皆忘れかけるが、イコール、専用トーラルシステム一基分である。その解析能力は並行世界をまたぐほどであって半端ない。

 シエの今回狩ったコアは損傷度が低く、比較的品質良好のブツだったので、色々調べたところ、どうも地球に潜入したヒトガタは三体ということがわかったそうだ。

 で、ニセポル事件での一体目が、ティエルクマスカ銀河からやってきたオリジナルで、後の二体は地球で組み立てられたネイティブ型ヒトガタドーラだといううことがわかった……


「で、しかも厄介なのは、その一体が最も性能がいいというナヨさんの話だ」

「何ですって?」

「うん、彼女の話だと、ニセポル事件での一体目は、ヒトガタとしては標準的なタイプらしい。ナヨさんの素体はそいつの物を改良して使ってる」

「それは私も知っています」


 横で聞くクロードは、月丘と白木の話が理解できないので、大見と麗子に色々解説を受けながら黙って聞いている。


「で、ブンデス社でシエさんが屠ったのが浸透型というタイプで……まーなんというか、あの昔カリフォルニア州の知事がやってた殺人アンドロイドのSF映画あっただろ、あんな感じのタイプだそうだ」

「……」

「で、今回わかった三体目というのが一番厄介な奴だそうでな……浸透型の一番性能の高いタイプだそうだ……」


 ナヨが話すには、もしかすると、見た目だけで言えば自分に匹敵する能力があるかもしれないと話す。


「え? じゃあもしかしたら明確な意思があるかもしれないってことですか? そんなのティ連がほっとかないでしょう!」

「いや、そこまではまだわからんが、ナヨさんの話では、その鹵獲したドーラコアに記録されていたデータではそういう話だということでな、実際はどんなものか想像もつかん。でもま、その性能に関しては今はいい。問題はそいつに記録されていたもう一つのデータでな」

「……」


 どうも、その記録データには……


「どうもそいつは、ある国の要人の資料を色々調べていたようなんだが……」


 その話が出た途端、クロードの顔が「ハァハァ」と頷く表情になる。


「なるほど、ムッシュ・シラキ。それで我々にあの調査依頼を……」

「ああ、お宅らの中国支部。ま、PMCが公式の支社を中国で持てるわけないが……ウチで調べはついてるよ。秘密基地みたいなのがあったんだろ? じゃなきゃ、ウルムチであそこまでの展開はできねーよな」

「参りましたな。おっしゃるとおりで……でその人物の身辺調査って事ですな」




 情報省がPMCに依頼せにゃいけない調査、それに関する調査結果とガーグ・デーラの関係。

 そして舞台は国連安全保障理事会にまで翔ぶ。



 さて、クロード達PMCという新たな仲間を迎えた月丘達の次なる展開は如何に? ……









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