【序章・二〇二云年】   第四話 『ドーラ・ハザード』

 ワシントン・ダレス国際空港に到着する君島重工製、日本航空KIMIJIMA-20型リパルションエンジン搭載旅客機。早い話がティ連技術の『斥力発生システム』転用エンジンを搭載した大型旅客機である。

 君島重工が、純日本国産の『デロニカ』を作ろうと目指している航空機で、揚力飛行と斥力飛行を併用した感じの大型旅客機だ。宇宙航行には対応していない。

 見た目のデザインは所謂一般的な大型旅客機のエンジン部に、スリットの入った繭状の機関部が四つ付いたような形状をしている。

 言ってみれば実験機的意味合いの強い機体であるが、この機体をベースに、デロニカ系の純日本製汎用宇宙船を開発しようという意気込みの機体であったりする。

 このKIMIJIMA-20は、そんな製品前試作機の一機であり、現在試験をパスした米国上空を飛べる唯一の日本製ティ連技術転用機である。

 なので、旅客機マニアからはレア物航空機として大変人気がある機体でもある。なんせ航空機特有の『ヒィィ……』という音がしないので、快適な空の旅を約束してくれる。

 というような機体であるからして、それはもうこの時代では非常に人気が高い航空機であるため、航空チケットも発売後即完売覚悟の機体だったりする。


 そんな航空機に乗って米国ワシントンD.C.に降り立つは柏木真人長官閣下と、通訳設定の月丘和輝。ビジネスクラスでゆっくりできたようで、あまり機内での疲れも残っていない様子。

 ティ連防衛総省長官閣下様のお乗りになる航空機ですから、普通はファーストクラスじゃないのん? という疑問は湧くが、そこは柏木長官。『ビジネスクラスで充分至極ってかビジネスクラスでも嬉しいっす』とそんなところであったりする……ティ連旅客船でVIPルームにしょっちゅう乗ってるのに、旅客機でビジネスクラスが嬉しいとは、なんだかんだで柏木大臣様は四七になってもミーハーであるわけで……


 それはともかく、基本此度の渡米はお忍びである。今の柏木は、ティ連本部政府の閣僚、即ち連合主権閣僚なので、米国とは国交のない政府要人になるのだが、日本が連合に加盟しており、日本個別で、当たり前ではあるが国交があるので、米国側は『連合主権の一部である日本』という解釈で、柏木長官に外交官特権を適用した。即ち米国入国は顔パスである。

 で、なぜに月丘が今回『通訳』という立場で柏木に同行したか。これにも理由がきちんとある。

 『通訳』というだけなら、今や日本にゃPVMCGもあるし、いらないんじゃないのかという話もあるが、実は外交官にはいろんな外交官職があり、その中に『通訳官』という職があるのだ。

 この通訳官という職も、一般には外交官として扱われるので、『外交旅券』を有し、公務である場合は外交官特権が適用される。即ち顔パスである。従って月丘は此度『通訳官』として『連合日本政府外交官』として派遣されている。

 プリルは残念ながら外交官特権は適用されないので、後程合流ということになるが、現在米国では国策としてヤルバーン州民の異星人には、ビザ免除政策を取っているので、任務時にはほどなく彼女達とも合流できるだろう。

 勿論柏木はお忍びとは言え米国政府から公式に招待された身である。勝手に乗り込んできたわけではない。マスコミは完全シャットアウトではあるが、国務省の担当者が柏木達をお出向かえするわけで、握手なんぞしながら公用車に乗って、会談場所であるホワイトハウスへと向かう。


「どうだい? 月丘君。こういう雰囲気は」


 非公式とは言え、米国のUSSS、即ちシークレットサービスに守られながら黒塗りセダンの公用車でホワイトハウスに向かうなんてのは、月丘からすれば過ぎた感じのところではある。


「いや……緊張しますね、ハハ……元PMCのゲリラ屋みたいな私がこんな車に乗って、守られながらホワイトハウスなんて……」

「実は俺、ホワイトハウスは二回目なんだよ」

「そうなんですか?」

「うん、前来た時は……一〇年前だったかな? カグヤがこの米国に来た時の事、知ってる?」

「あ、はい。あの時私は学生でしたけど、よく覚えていますよ。物凄い話題になりましたからね」

「そそ。それそれ。あの時に当時大統領の、ジョージ・ハリソン閣下から私的なパーティに招待されてね、フェルやシエさん達と一緒に行ったんだ……懐かしいね」

「そうでしたか」


 そう言いながらワシントンD.C.の町並みを眺める柏木。彼も肉体的な年齢はまだ四二歳ぐらいだが、実年齢は四七歳だ。相応に郷愁を感じる年季の入ったおじさんでもある。


「あ、そうそう月丘君、通訳の件なんだけど」

「はい。何でしょう?」

「君が英語堪能なのはよく知っているけど、ま、ホレ、私もPVMCGで相手の言葉はネイティブ日本語並みに聞き取ることはできるし、喋るのもこれがあればOKなんでね。通訳としての仕事は気にしなくていいよ。今日は大統領閣下へのドーラ・コアに関する説明と、協力体制の話になるから、そのあたりを良く聞いておいて欲しい。軍事の専門家として意見も聞くかもしれないから、よろしく」

「え!? いや、では先方は私の『通訳官』という役職がダミーだって知ってるんですか?」

「おう、そりゃ当たり前だろ、外交官特権与えるためだけの体裁だよ。今日の出席者にはCIA関係の連中も来てるんだぞ」

「あ、なるほど……確かに……」

「で、その後の君の任務でもまたダミーの……な?……」

「はい、その点は……」


 コクコクと頷く柏木。


「俺も、大統領閣下との会談が終わったら、そっちのサポートに付くから、任せてくれ」

「え!!? 長官がですか!? えええ!?」

「なんだよ、俺だって昔はこれでもガーグ・デーラ・ドーラや、かのヂラールとも戦った事あるんだぜ? サポートぐらいさせろよぉ」

「あ、いや、た、確かにそれは資料で拝見させてもらいましたが……長官自らサポートって、私はどうかと……」

「モチロン裏方だからな、まさか最前線でなんて考えてたのかぁ?」

「い、いや、突撃ナントカとか仰られるので、まさか……」

「あ、いや、あのね……」


 その字は別の意味であってですねと柏木長官。んでもって大丈夫だからと柏木は言うが、ってか、んな『長官』という役職の方がそんな事すんなよと思うが、特危じゃ将軍閣下が未だに旭龍に乗って暴れてるんだから、自分の周囲はこんな人ばかりなのかなと納得する事にした月丘。いやはやだと。


 そんな会話をしていると、程なくホワイトハウスへ到着する御一行。正面玄関へ車を着けると、この時代の米国大統領である共和党『ルイス・スチュアート』が出迎える。


 ……ちなみに前職の大統領であったロバート・マッカラムは、一期で退任した。二期目を目指さなかった理由は体調不良という事で、重度の心臓疾患が発覚し、次を譲った形になったわけだが、その更に前職である『激動の大統領』の異名を持つかのジョージ・ハリソンから続くProject Enterprise計画の功労者として、マッカラムも評価を得た大統領であり、特に後のサマルカ外交に尽力した事でも成果を残した人物となっている。

 実はその事もあって、大統領退任後、ヤルバーン州サマルカ人代表の一人、『セルカッツ・1070』の好意で、ヤルバーン州にて心臓治療を受けることが出来たようで、現在は『前大統領』として、公演活動にと元気に色々忙しくやっているそうだ……


 で、この『ルイス・スチュアート』だが、この大統領はそれまでのハリソンやマッカラムと違い、極端なタカ派大統領として、米国民の所謂『ヤルバーン外交強行派』と呼ばれる人々から熱狂的な支持を受けて大統領になった人物である。

 かつての『宇宙空母カグヤ』が米国へ訪問し、米国人が初めてティ連異星人の諸氏と生身の交流をすることになった、あの出来事。

 ちょうどその頃から、ティ連外交が日本独占状態で、なおかつ日本がティ連に加盟したことへ不満……というかブーたれて文句を言う人々も出始めるのは、ある意味当然の事でもあるわけで、『米国の国益』という点から、ヤルバーン外交を日本以上に促進することを強行的に進めよう、よしんば米国主導でティ連と独自外交を展開させようと、そういう考え方も出てくるのはある意味必然でもある。そんな人々から熱狂的な支持を受けて当選したのが、このスチュアート大統領である。

 なので日本に対しては、やいのやいのとあの手この手使って、ヤルバーン州へのアプローチを噛ましてくるわけで、まあこの人物、日本に対して強硬派……というわけではないのだが、一九八〇年台のロナルド・レーガン大統領時代を彷彿させる対日外交対策的な保護貿易を盾にするなどの施策を色々と打ってくるという、共和党らしい大統領であったりする……が、別段反日大統領というわけでもないので、そこは安心できる点ではあるのだが……


 と、そんな大統領から出迎えを受ける柏木長官閣下。基本明るい人物ではあるので、両手を広げて、ハグして握手とそんなところ。月丘も握手し、他大統領周辺のスタッフとも挨拶。

 月丘君は英語ペラペラなので、これなかなかサマになっている。横で見る柏木は(お、カッコエー)と思ったりしたとかしないとか。


 月丘に柏木、そして柏木を取り巻くスタッフは、スチュアートに会議室へ誘われる。

 此度柏木訪問は非公式である。従ってスタッフも日本人の連合政務関係者ばかりである。月丘も現在の設定として、日本政府派遣要員としてその中に入っていると言う次第。

 非公式とはいえ、これだけの人物が米国入りすれば当然マスコミも嗅ぎつけるワケで、なんだかんだと柏木達の後を追いかけるわけだが、それでも基本完全にマスコミもシャットアウト。大統領側の記者会見も行わないそうだ

 

『お久しぶりですスチュアート大統領閣下』

「お久しぶりですな、カシワギ長官閣下……まあどうぞおかけください」


 今日は昼食会議である。そんな畏まった形式ではない、という体裁で会談を進める。

 柏木とスチュアートはこれで何回目かの会談である……スチュアートが大統領に就任して始めて日本を訪問した時に、ヤルバーン州にある東京都ヤルバーン区の『ヤルマルティア島』、所謂リトルヤルマルティアで、米国のティ連に対する外交拡大要求で顔を合わせたのが最初。

 その後柏木が日本に帰国した際は、サマルカの仲介で電話会談も含めると数回ほど顔を合わしており、これでも両者、もう見知った者同士なのである。で、米国側はいつものメンバー。大統領周辺のスタッフに軍の制服組である。

 諸氏食事を取りながら、最初は取りとめのない雑談なんぞ。ヤンキースに日本のあのスゴイ選手が入団してくるから興奮しているだの、ネット動画で妙な日本人のリズムネタが流行って、自分の娘が真似してるだのと、そんなところ。柏木もかつては『ビジネス。ネゴシエイター』を自称していただけあって、歳食ってもそのあたりのスキルが衰えることはない。ってか年季が入ってむしろパワーアップしてたり。

 そんな柏木のスキルと人柄もあって、このスチュアートとはもう名前で呼び合う仲になってたりする。

 スチュアートはナプキンで口を拭きつつ……


「ところでマサト、なんでも先日、中国のチャン元主席と話をしたという話を耳にしましたが……」

『ありゃ、知っていましたか。流石ですねルイス』

「はっは。そりゃこちらも色々とね……で、何を話したのですか? 差し支えなければ……」

『ええ……その事なのですがルイス大統領閣下……実は……』


 ここが外交である。本題への流れはさり気なく。流石は皆年季の入った政治家だ。うまいもんである。


『……張元主席は、どうも現、盧国家首席の使節として、私……というよりも、妻のフェル外務大臣と接触をしてきたようなのですよ。まあ私はたまたま会う時間があったので、誘われただけですのでね。私に会いに来たというわけではありません』

「ほう……ではフェルフェリア外相と会談することが本来の目的ということは、使節としては、正式な身分ということになりますな……う〜む、張派と盧派は、和解でもするつもりなのか?」

『いやいやいや、仲が悪いのはそれまで通りみたいですよ。張先生はなんでも妻、あ、いやフェル外相や私に会うのが懐かしいからとかで引き受けたそうで、盧首席の事など知るかとか言ってましたから』

「ははは! なるほど。かつてのライバルの顔を見にという奴ですか。それは面白い……ですが、彼も一応仕事でしょうから、『仕事』としての話の内容は……やはり?」

『ええ、まあそれです。横田の件ですね』

「なるほどね……マサト、私もジョスター長官から話は聞いていますが……本当なのでしょうな……あ、いや、申し訳ない……ですが私も、かの話を聞いた時、議会にどう話をしようか、流石に躊躇しましたよ……今更ですが、再度確認させていただきたい……その『ガーグ・デーラ・ドーラ?』とかいうティエルクマスカ連合と相対する敵性組織の話、間違いないのでしょうな? 後で実は『ブラフでした』では、今回ばっかりは済まされませんぞ」


 柏木はコクコク頷くと、水を一口含んで飲み干し……


『……その点は間違いありません大統領閣下……ですが現在我がティ連中央政府と貴国は連合日本国を通しての交渉が本来筋ですので、直接閣下と何かを決定するということは出来ませんので、そこはお察しください。あくまで私が今回この国へ参ったのは、そのガーグ・デーラなる組織の説明をさせていただくためでして……そしてあとは……』


 というと月丘のほうに視線を送る柏木。月丘は小さくコクと頷くと、ただの通訳官である月丘が何者か、スチュアートも察したようである。そりゃ通訳官なのに全然通訳しないんだから普通はそう思う。

 するとスチュアートも横に控える背広組に制服組へ、柏木同様視線を送ると、その白人に黒人の背広、制服組も頷いて月丘の方に視線を送ったり。


 月丘も、なるほど此度はどのような体制で仕事をするかを大体察した。

 

(CIAが主体と思っていたが……DIAも噛んできてるか……こりゃアメさんもかなり本腰入れてるな……)


 DIAとは、アメリカ国防情報局という、かの有名なロバート・マクナマラ国防長官が設置した、軍情報機関である。基本大統領直轄の政府機関であるCIAよりも下位組織の扱いではあるが、軍事関係の情報は、このDIAが一括して収集するため、まあこういった諜報戦において軍事情報が主たる意味を持つのだとすれば、このDIAという組織は非常に重要な情報機関である……ちなみに、このDIAをお手本にした日本の情報機関が、『防衛省情報本部(DIH)』である。


 それはさておき、柏木とスチュアート大統領の話は続く。

 

「では……我が国が議会でそのガーグ・デーラとかいう組織への対抗的対応を決定すれば、日本政府は先の横田ベースでのメック資料なども全て公開していただけると言うのですな? それは確約していただけると?」

『私は今何かここで決定する権限は持ち合わせておりません。ですが、フェルフェリア外相から言付かっている話ですと、そういう事です。もちろんペナルティー等々も含めてと彼女は言っていましたが……もし議会を説き伏せるのに、何か映像資料が必要であれば、それ等も提供しましょうと、そう言っておりました』


 ティ連防衛総省長官の言質であれば、恐らくそんな映像資料などいらないだろう。言ってみれば柏木長官自身が、信用保障の塊みたいな存在であるからして。

 だがスチュアートもここで『わかりました』と素直に納得するのは少々芸がない。なので、そこは言葉だけでも柏木自身の体験も含めたドーラに関する情報を色々と聞き出そうとするが、質問の内容はありきたりのものだ。『大きさはどれぐらいだ』『何か感染する可能性のある生物化学兵器も装備しているのか?』『どういったイデオロギーの組織が運用しているのか?』等々。

 いかんせん不明物体。それこそUFOかUMAに近い連中で、ティ連諸国諸氏がまだ何かわかってないのであるからして、それを柏木達に聞かれたところで正直答えようがないのも事実。


『……ルイス閣下、まあそれに関しても、貴国の議会承認次第ではあるのですが……その点だけでお答えしますと、はっきり申し上げて、「謎」としか言いようがないのが現状でして……』

「は? ……まさか、ティ連の皆さんも一体どういう存在か、わからないと言うのですか? ティ連がですか?」

『そうです閣下。ま、その話はここまでです。あとの話は先ほどの段取りで、ということで……何と言いますか、「ティ連がわからない」存在が作ったものが今、この地球のどこかにあるのです……そして日本の情報省や、ヤルバーン州軍にティ連防衛総省が貴国のCIAやDIAと共に共闘するのも……お分かりいただけますね?』


 特に現在の日本情報省には、ティ連人も多数参画している。それがどういう意味を持つかわからぬわけはあるまい。そんな情報組織と共闘するのであるから、相応の対価は期待できるかもしれないという事でもある。

 このスチュアートという大統領は、そういうところ基本ギブ・アンド・テイクの精神は徹底している人物だと自保党の外交関係者から聞いていたので、交渉屋の柏木真人さんとしても、そっちのほうがやりやすくはある。なので躊躇することなく互いのフェアな条件で話を進めることができる。スチュアートも柏木のそういう点を気に入っており、超タカ派保守系大統領ではあるが、案外ウマが合っていたりする。

 現内閣総理大臣の春日も、二人の関係でそういったところ、助かってたりするところもあるのだ……


 ……時間にして約一時間半といったところだろうか。スチュアートも忙しい身であるにもかかわらず、非公式の会談をこれぐらいの時間行うということは、議会に対して相当な意気込みであるということでもある。

 どうも米国は公聴会を開いて柏木に出席してもらって……といった事を考えていたようだが、連合日本政府、即ちティ連は、兎にも角にも『情報の公開は米国が議会を通して責任ある人物のもとに統制された情報の取扱ができない限り、連合ないしはティ連外交国並の公開はしない』という事を徹底しているのでそんなところ。

 スチュアートもこれからが米国内で正念場である……ま、頑張っていただきたいといったところか。


    *    *


「さて、付き合わせて申し訳なかったね月丘君。で、どうだった? 俺とスチュアート大統領閣下との会談は」


 ワシントンD.C.のとあるホテルまで黒塗りセダンで送られる柏木達。車を降りるとその足でロビーのカフェへ向かい、二人はコーヒーでも飲みながら一息つく。お忍びの非公式外遊旅行は自由が利くので柏木はこの仕事がはっきりいって『好き』である……逆にいえば『公式』外遊は自由が全然利かないスケジュール魔王と化すので、勘弁してくれと思うときも多々あったり。


「は、いや、もう何といいますか、まさか私の目の前で米国のトップがいるだけでも緊張しましたが……会談にも出席させていただけるなんて……」

「でも、その分出席した価値はあったろ。で、君を同席させた理由は、わかるよね?」

「はい。それは勿論」


 CIAやDIAの連中がいたからである。月丘は言ってみればPMCあがりのゲリラ屋だ。こんな立場の人物が、日本の宰相もやったことがある柏木と同席するのだ。更にそこへ相手方はCIAにDIAのような諜報部の幹部が出席してくる。どんな雰囲気で、更には連中がどんな情報を欲しがるか、または流してくるか。柏木はそこを見てほしいと事前に彼へ言っていた。なるほどと思う月丘。彼には良い経験になったようだ。これでまた月丘のスキルコレクションが増えた感じ……別に好き好んでコレクションしているわけではないが……


「ああいうのが、ま言ってみれば表の世界の交渉事だよ。一見真っ当に見えるんだろうけど、話四割は『表向きは……』ってところが多い。確かに今回はこれで話はついたけど、次ああしてやろうこうしてやろうとどうせ考えてくる。で、前哨戦で特ダネスクープ合戦だ。

「は? スクープ?」

「はは、いやモノの喩えだよ。国家間の謀(はかりごと)で腹の探り合いなんて、マスコミ同士のスクープ合戦みたいなもんさ。で、イニシアティブを取るために、ま、色々手を変え品を変え、所謂『やらかしてくる』わけだよ」

「では、その『やらかし役』が言ってみれば私ということですか」

「そそ。で、月丘君の場合は、元PMCでゲリラ屋のスキルが有利に働く……ま、言い方変えれば自由度が高い人材ということですな」

「なるほど、そこはわかります。自覚はありますので……」


 確かに『PMCの正規兵あがり』ではなく、『民間の何でも屋あがり』だ。表裏の世界に顔が広く、多国語を操り、武器も一通り扱える。更には世界的に信用のあるパスポートを持つ『日本人』というスキルの人間もそうそういないだろう。まさに白木・山本・新見・二藤部らがトップになる情報省が一番欲しいタイプの人材が彼であった。それは間違いのないことである……


「では月丘君、俺はサマルカさんところの連絡事務所へ行くからあとは……(よろしく頼んだよ、シャドウ・アルファさん)」

「はは、了解です。ではこれからはお互い別行動という事で……」


 目で頷く柏木、コクと頷く月丘。

 これから柏木の赴くサマルカ国連絡事務所とは何か? ……ティ連中央政府と国交のない米国にはティ連の大使館を置くことができない。だが唯一サマルカとは制限付きながら国交を持つことは認められたので、米国にはサマルカ国の事実上の大使館となる連絡事務所がある。連絡事務所とはいっても、かなりの規模だ。

 柏木先生は、今日本の閣僚ではないのでこのサマルカ連絡事務所の方から場合によっては次の月丘達の任務を支援するという話。ちなみにこのサマルカ連絡事務所、かのかっちー氏のようなサマルカ人ばかり沢山いるわけではなく、基本日本人も含めたいろんな種族のティ連人が常駐している。


    *    *


 さて、月丘は柏木と別れたその足で向かうは、ワシントンD.C.から北東に二〇〇キロメートルほど離れたニューヨーク。その郊外にある、典型的な米国風の平屋で敷地面積がだだっぴろい建造物。そこは米国でも有数の保険会社、そう、イツツジ・ハスマイヤー保険の米国法人本社であった。

 日本有数の商社イツツジグループが米国のハスマイヤー保険を買収した企業である。かの白木麗子夫人は現在、イツツジグループの専務取締役であると同時に、このイツツジ・ハスマイヤー保険株式会社の代表取締役社長でもある……ちなみにイツツジグループは、本業が商社のグループ企業であるため、所謂OGHのような持株会社系の所謂ホールディング企業(財閥企業)ではない。ここ注意点。

 で、月丘も元々はここの社員でもあったわけで、この場所にも何回か来たことはあるが、今は国家公務員の身であるのに、なぜにこんなとろにやってきたか……それはイツツジグループと政府が秘密協定を結んだある組織が、この社屋地下に存在していたからである。それは……


 ……IDカードを通して社屋に入る月丘。すると正面ロビーに耳を隠した可愛い系の女性が待っていた。

 月丘を見つけると……


『あ、カズキさぁ~ん』


 と、んなデカイ声のディスカール語とPVMCG翻訳で月丘呼んだら、耳隠してる意味ないじゃんと……

 まぁでもこの社屋は基本そういうところなので、ティ連人さんも何人かいたりするワケなので、別段誰かしら違和感を抱く事もない。


「やぁ、プリちゃん!」

『オツカレサマです。待ってましたよっ!』

「はい、ありがとうです……って、しかし懐かしいな~。ここにまた来ることになるなんてね」

 

 感慨深そうに社内を見回す月丘。だが、この米国は人の入れ替わりが激しい国である。彼の見知った社員は今やもうほとんどいない。

 だが、そんな郷愁に浸る為にここへ来たわけではない。


『んじゃ、早速ですけど行きましょうか』

「うん……って、まさかこんな場所にねぇ……いいのかな?」

『バレたらバレた時ですよっ。って、ニホン政府が作ったんですから、まあいいんじゃないですか?』


 首かしげて、なんだかねとジェスチャーする月丘……で、早速彼はエレベーターに乗る。ここの男性社員が便乗しようと慌てて走ってくるが、プリルは容赦なくその社員を締め出すようにエレベーターの扉を締める。

 次に、階層ボタンの並ぶパネルにPVMCGをかざすと、エレベーターは下に向かって降りだした……


「お、お、お? この社屋は地下ってなかったと思ったんだけど……」

『ヌフフ、秘密基地ですよ~』

「はは、なるほどね。そういう仕掛けですか」


 そう、この『イツツジ・ハスマイヤー保険アメリカ』の地下は……


『はい、到着です。どぞどぞ、カズキさん』

「!! うわ、これは……スゴイ……っていいのかなぁ、ははは!」


 そう、『防衛省防衛装備庁ヤルバーン研究所、情報省協力部米国支局』だったのである!


「いやはや……こんなのアメさんにバレたらえらいこっちゃないですか……大丈夫かよぅ」

『うふふ、いざという時はディスラプター自爆して、分子に還元です、えへへ~』

「おいおいおいプリちゃん、物騒なこというなぁ、はは……」


 地下とはいえ、かなり広大なその施設。そこでは日本の誇るマッd……ティ連の高度な科学と、発達過程文明の哲学を身に着けた優秀な技術者、科学者が情報省実働部隊用の装備開発して遊ん……装備開発に励んでいた。


「これはすごいね。まさかこのイツツジ・ハスマイヤーの地下にこんな施設があったなんて……」


 月丘も元ここの社員だった時期があるわけで、まさかこんなどっかの映画会社の地下にある秘密基地まがいなものが本当に存在するとはと、驚きを隠さなかった……とはいえ、後から聞くに、月丘がこの会社の社員だった頃は、まだこのヤル研部署は存在しなかったそうだが。つまりこの研究施設はつい最近できたということでもある……


(確か……この子会社の社長って……麗子専務だったよな……)


 政府に働きかけてこんなん作ったの、絶対麗子の趣味六割だと思う月丘……的中であったりなかったり……

 とまあそれはさておき、そんな施設なわけで、本来防衛省の管轄であるヤル研ではあるが、情報省の装備開発にも協力しているのである。それが『ヤル研情報省協力部』だ。

 プリルはウキウキしながら施設内を月丘に説明する……なんかペン型の火炎放射器を実験してるアブナイオッサンやら、アタッシュケースにブラスターライフル仕込んでるニーチャンやら、三〇倍の望遠カメラ型狙撃斥力ライフル作ってるジジイとか、そんなんが沢山いた……月丘さんは、何かトンデモナイ所に来てしまったのではと狼狽する……ってか、コイツもPMCでアラブ民兵なんざやってたのに偉そうな事言うなと思うが、彼はこれでも一応真っ当な『ゲリラ屋』であるからして……


「ああ、どもども月丘さん。お話はプリルさんから伺っていますよ」

「あ、これははじめまして、私は情報省の……」


 この施設の責任者と引き合わせるプリル。名刺交換でペコペコと。


「で、早速ですが、明日の月丘さんのお仕事に使う装備ですが……」

「はぁ……って、まさか、あのペン型火炎放射器みたいなのですかぁ? 流石にあんなのはいりませんよ」

「はは、まさか。でもあいつらはあれで結構真剣なんですけどね。っと、はいどうぞ。これ記念に差し上げます」


 その火炎放射機能付き万年筆をもらう月丘。汚いものでもつまむようにそれを持つと、どう処理したら良いのかわからないので、結局胸ポケットに刺した。

 さて、ここからは真面目な装備の話。


『ハイこれ、カズキサン』

「ん? これはPVMCG?」

『今のを外してくださイ』

「え? あ、はぁ……はい……どうぞ」


 月丘は今つけてる情報省で支給されたPVMCGを外すと、プリルは箱から別のPVMCGを取り出してデータを移行させる。そしてプリルは彼の腕に付ける。


『ムフフ~ イゼイラでこんな事やったら、即ミィアールですよ~カズキサン』

「んじゃ私がお返ししなかったら、ナシって事ですよプリちゃん」

『あ! シマッタ!』


 わけわかんない事いってないでとっとと付けろと笑う月丘。


「このPVMCGは……?」

『今日からカズキさんのゼルクォート使用レベルが上がりましたよ。なので、今後はそのPVMCGを使ってください。「軍用ゼルクォート」です。すごいでしょ~』

「えっ! ぐ、軍用? まさかこのタイプって、武器レベル6まで造成できる奴じゃぁ……」

『そうですねっ! カズキサンの先日、香港での活躍が、ティ連防衛総省から認められたんですよっ! スゴイスゴイ!』


 このPVMCG武装レベル6まで使えるタイプは、通常特殊部隊系の軍用PVMCGである。宇宙海兵隊や、シエ達特務総括軍団に、シャルリら空挺レベルの兵士にしか使用が許可されないものだ。しかも月丘の物は少々特別仕様なのだという話。そのあたりも後ほど使い方も含めてという事である。


「まあ、ウチの連中も色々やっていますけど、ここでの成果が全部そのPVMCGにデータとして記録されますから、遊んでいる訳ではないですからね」


 このヤル研でできた成果物が、片っ端から仮想造成できるのだそうだ……大丈夫かよと思うカズキサン。

 

『で、カズキサン。このお渡しする「ジュウ」なんですけどっ』

「え? 銃? 銃ならPVMCGでプリちゃん達のブラスターガンなんかを仮想造成できるじゃん」

『いえいえいえ、正規装備品じゃなくてデスね……まぁいいや、とりあえず渡しちゃいます。ハイどうぞ』

「?」

 月丘はプリルから木箱を渡される。それをパカと開けてみると……


「ん? これは……拳銃?」


 その中に入っていたもの。それはインフィニティ・ファイアーアームズ製のインフィニティ6インチIDE・M1911というタイプに指の形状にフィットする『マギーグリップ』というグリップパーツを取り付けたカスタムモデルだった。


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プリルが話すには、


『これはねカズキさん。カシワギ長官からカズキサンへのプレゼントって言ってましたヨ』

「え? 柏木長官の?」


 この拳銃、正直安いものではない。それに元がレースガンメーカーの作った高性能四五口径拳銃である。ただ6インチという大きさが、ちと大きく感じる月丘であるが……


「なんで長官がこんな良い銃知ってるんだ? これって安い銃じゃないよ……でもコンシールドキャリータイプじゃないから、ちょっと携帯性に難があるけどね、はは」


 月丘さんは、ティ連防衛総省長官が、極度のガンマニアであることをまだ知らない……

 確かに情報員まがいな月丘の場合、彼が以前持っていたワルサーP99のようなコンシールドキャリータイプ、所謂、携帯重視型拳銃で大体銃身が3インチ~4インチぐらいまでの銃が普通適しているワケなのだが、こんな6インチ銃身の少々大型の銃をくれてやるとは、偏った知識の柏木らしくはない。それ以前にマガジンもシングルカーラム、つまり7発弾倉で、昨今主流のダブルカーラム、一四発弾倉ではない。

 だが、柏木とて素人ではない。この銃に込めた柏木のメッセージ。デザインが非常に洗練されてエレガントな銃であり、命中精度が滅茶苦茶良く扱いやすい。つまり……


「柏木長官って、銃の事詳しいのかな?」

『サァ? よくしらないですけど……そのジュウがどうかしましたか?』

「いや、ま、いっか?」

『?』


 『スマートにいけ』というメッセージなのかな? と勝手に思ったり。月丘はパンとその銃に向かって手を合わせ、ありがたやと一つ二つ拝んでサクっと背面の腰に付けた革製のホルスターに刺す……彼も身長は一七五はあるので、体格的にこの銃でも携帯性は充分で問題はない。

 普通ならPVMCGで造成したブラスター系兵装で充分すぎる装備なのだが。こんな高級でリアルな銃を月丘に送る柏木長官もなかなかに粋であったりする……っとだけど銃もらったのはいいけど、日本で使えるのかという話になるが、情報省の実働部隊員は、登録すれば現地調達の鹵獲した兵装兵器を特危自衛隊で預かってもらうことができる。中にはヤル研のオモチ……研究材料になるものもあるが、そこは日本の厳しい銃器に関する国内法があるわけで、特に携帯できるような許可や命令がない限り、勿論日本国内では流石に持ち歩けない。そこはそんなものである……


    *    *


 さて、それから数日後のある日……

 ここはアメリカ合衆国、ミシガン州南部にあるデトロイト市。

 かつては米国大手自動車メーカーが街自体を支え、そして米国自動車産業の衰退とともに、街自体も衰退の一途を辿る都市であったが……

 実はここ最近ドイツ資本の『ブンデス・インダストリーグループ』がデトロイト市に米国法人を置き、研究施設に工場も構え、衰退するデトロイト市の産業復活の起爆剤として期待されていた。

 無論この企業グループの生産する商品は、デトロイトというぐらいであるからして『自動車』関連の商品か? というとそうでもなく、所謂主に陸上兵器、即ち戦車や自走砲のような戦闘車両なども生産販売しているという次第……というかメインはそっちであるからして。

 米国ではこういった各種自動車産業のような重工業企業は、兵器メーカーである事と同義なので、こういった西側の外国企業も勿論例外ではない。この米国でドイツ製戦闘車両に兵装の販売拡大を目論むなんてのは普通のことなのである……


 さて、その真新しくもモダンなデザインであるブンデス社の社屋前に停まる車から降りてくるは『イツツジ・ハスマイヤー保険株式会社・米国法人の男性保険調査員である。その助手か部下だろうか、ちょっと可愛らしい美人系の女性社員も同行していた。

 男性社員の方は黒縁メガネにビッチリとキメた七・三分けヘアースタイルの東洋人。濃紺のスリーピーススーツにコート姿と、もう見るからにインテリ社員のようである。

 社屋から出迎えるブンデス社社員の姿。白人のようである……握手なんぞして名刺を渡していたり。


「いやはや初めまして。イツツジ・ハスマイヤーの山田太郎と申します。この度は新規案件に弊社をご選択いただきまして、ありがとうございます」


 この山田という男。ブンデス社からある商品の保険適用条件の調査を依頼され、この企業へ参上仕ったという次第。勿論ブンデス社へ他の社員が幾度も【営業活動】を行って得た此度の調査依頼案件である。

 ちなみに相棒の女性社員はニコニコして山田の言葉に相づち打つだげで何にも喋らない。

 二人は案内役のブンデス社社員の後へ続く。セキュリティチェックも厳しいようで、山田の持つアタッシュケースをX線で調べられる……ごく一般的な内容物がX線写真画像として浮かび上がる。書類に筆記用具、ノートパソコンにタブレット。そんなところだろうか?


 山田はその白人ブンデス社社員に、その保険案件の場所へ案内される。すると……

 通路の対面で、このブンデス社社員とは違った雰囲気の白人男性と顔を合わせる……


「!!」と思う山田。傍の女性は山田の表情へ敏感に反応する。

 山田はその白人男性から目を逸らすように案内してくれるブンデス社社員に話しかける。

 その雰囲気の違う男は、この社の警備担当か何かだろうか? ジャングルブーツのような半長靴にポケットの沢山ついた戦鬪服、その上からボディアーマーを身につけている。そして……肩部には、牙を剥いた猟犬の横顔が刺繍された一目見たら忘れられない意匠のマーク、『ハンティングドッグ警備』のワッペンが……

 そのハンティングドッグの白人男性も、山田の見せた刹那の挙動を見逃さない。通り過ぎる山田の背中を振り返り目で追うその男。山田の背中を凝視する……すこし首を傾げて前を向いて通り過ぎていく……


 山田と女性にブンデス社の社員は、ある部屋に入ると先ほどまでの、にこやかな表情を一変させて眦鋭い表情に変化する。


「……で、あんたがシャドウ・アルファか?」

「ええ、そうです。で、この名刺を拝見するに、あなたがCIAの?」

「ああそうだ。とはいっても、こっちゃ金で買われた犬だけどね、はは」


 そう、この山田太郎という男の正体は月丘和輝であった。まあそれはもうお察しだ。


「そんな自虐なさらなくても。感謝していますよ……で、このセキュリティドアの向こうが?」

「ああ、まあ慌てなさんな。カードキーもある。すぐにご対面させてやるよ……で、こっちのお嬢さんは? 助手か何かか?」 


 すると月丘はその女性に目で合図すると……深くかぶった帽子をポンと脱ぎ、可愛らしい笹穂耳をプリンと顕現させる。


「Oh! ディスカーリアン! 異星人さんだったのか! こりゃ驚いた」


 CIAに雇われた男は思わず笑顔になり、プリルと握手なんぞ。


「じゃあ、このカードは確かに渡したぞ。俺の役目はここまでだ……あとの、そのヤバイ物の処理はまかせるぜ」

「了解です。ご協力感謝します。貴方もすぐにここから離れたほうがいい。さっきの警備員、あれ、HDガードだな?」

「ああそうだ」

「ふむ、ならすぐに私達から離れたほうがいい。あの男はヤリ手だ」


 そういうと、その雇われた男は頷いてその場から立ち去っていく……

 月丘はその男に『部屋から出る時はキョロキョロせずに、普通に出て行け』と助言をする。キョロキョロして出ていくと、壁に耳あり障子に目ありで、案外どこからか誰かに視られて疑われるものなのだと教えた……その言葉通り堂々とその部屋から出ていくブンデス社員の内通者。


 さて、と、そんな言葉を一言呟きながら月丘もPVMCGをスっと撫でて変装を解除する。

 変装とはいっても、その変な七・三分けの髪型を直し、似合わない黒フチ眼鏡を霧散させて肌の色と顔の形を元に戻す。


「よし、プリちゃん。この部屋が隣の大型格納庫に通じる部屋だ……あっちの格納庫からみれば、この部屋は備品倉庫になる感じだな」

『デスね。で、どうします? 私はここで見張りしてましょうカ?』

「いや、プリちゃんも一緒に行こう。さっきのボディアーマー着た男、いただろ?」

『うん』

「あれ……私の知り合いだ……まさかあのオッサンが来てるとはね……」

『アブナイ人なんですか? カズキサン』


 コクコクと頷く月丘。アブナイ人という表現をすると、ちょっと頭の可笑しいナイフを舌で舐めてブヘヘヘとか言いそうな奴をイメージするが、そんなのではないという。正味、腕のいいPMC。即ち傭兵だということだ。

 当然、奴の率いるチームも、このブンデス社を警護しているだろう。即ち現状、月丘とプリルにとっては決して有利な状況であるとは言えないわけだ。だがPVMCGのようなツールがあるおかげで、まだ余裕顔でいれるという次第。


「んじゃ、そっちの入り口見張ってて」

『了解ですっ……大丈夫ですねっ』

「よし、では光学迷彩モード発動……」


 月丘とプリルはPVMCGを作動させて光学迷彩を発動させる。毎度のモヤっとした姿の人影が、ウニウニ動く構図。だが、光学迷彩をかけた同士の月丘とプリルは、左目眼前に小さく浮かばせた視覚センサーのおかげで互いを確認できる。


『カズキサン。大丈夫ですよ、状況クリアでスっ』

「OK、んじゃ……」


 月丘は先の内通者からもらったカードキーをそのまま使わずに、PVMCGへまず最初に取り込んだ。何かトラップでも仕掛けられていたらマズイからだ。CIAに雇われた人物とはいえ、素直に信用はしない。ここで信用していたら諜報員失格である。

 ……そのカードキーは特に問題ないものであった。月丘はPVMCGを格納庫へ抜ける扉にかざして、解錠モードを作動させる。するとセキュリティをスキャンした後、キーの信号を送り込むPVMCG……小さくピーと音がなり、カチャンと扉が開いた。

 それを確認すると、プリルも入ってきた扉にロックをかける。

 それを確認した月丘は、クイクイと指を折り曲げてプリルを誘うと、そこから格納庫内へと侵入する。


『暗くて内部がよく見えないな……って、当たり前か』


 だが、ここは明かりなんぞ付けられないわけであるからして、二人は眼前の視覚センサーを、暗視モードにして部屋を見渡す……すると……


「う、うわっ! なんだこりゃ!」

『へ……? って……う、うひゃぁぁ!! こここ、これはビックリですっ!』


 二人は大いに腰を抜かした……

 呆然と見上げるその目の前にドカンと居座るように鎮座ましますその物体、というか大型兵器。

 その姿は、六本の蜘蛛のような脚部が胴体のようなものから生える大型ロボットのような『兵器』であった!


「な、なんだこりゃ……」


 まるで一瞬重厚な金属の効果音が鳴りそうなその容姿。

 その通り大きさは、全長にして大型トレーラーほどの長さ。全幅は脚部も入れると全長と同じような感じであろうか? 全高は七~八メートルといったところ。特徴的なのは、近代戦闘車両風の車体最前方には、ドイツ戦車レオパルドⅡレボリューション型のようなデザインの『頭部』に見える砲塔が乗る……マニピュレータ―のようなものはないが、頭部両側面に大型機関砲が装備されていた。


 真っ暗な格納庫の中、二人はティ連技術の視覚センサーを通してその不気味な地球技術意匠の兵器をマジマジと見上げ、眺めた……


『コれは……機動戦車デスか……?』

「確かにそうだけど……リニアクローラーじゃない。多脚型だ……というか、現在の地球で機械脚式移動装置の技術を持ってるのって、日本と米国だけだよ。地球技術だけではまだ無理なはずだ」

『デスよね。日本とアメリカ国の技術も、ティ連のものを流用しているモノですから……』

「ああ。という事は……目標のブツってのは……」

『コレって事ですよネ……』


 ブンデス社の戦闘車両兵器は、その性能が高い事で定評があり、西側欧州諸国でも数多く採用する国がある。ただ、先の通り米ロの『機動戦車』の登場に日本の『高機動兵器』の登場で、その地位が揺るがされつつあったのは事実である。ブンデス社としては、その技術格差を埋めるために開発した兵器なのであろうが……

 月丘とプリルは搭乗スタンドを駆け上がり、その兵器の背側に乗る。


「……LöweⅡ、レーヴェⅡ? この兵器の名前か?」

『どういう意味ですか? カズキさん』

「ライオンっていうね、地球にいる猛獣の名前だよ。そのドイツ語。でもこの姿じゃライオンっていうよりは、スペナー(蜘蛛)だろうよって、そんな事言ってる場合じゃないな。プリちゃん、んじゃ宜しく」

『ハイ!』


 というと、プリルは背中に担いだサックから弁当箱状の検査機器らしきものを取り出し、レーヴェⅡと表記されたこの兵器を検査しはじめる。すると……


『!!』


 ホワホワと警報を鳴らすその機器。


『カズキサン! 反応が出ました!』

「! ドーラ・コアか!」

『いえ、ドーラのネガティブ反応ではないですけド、制御機能の構造に、ドーラの仮想生命システム構造に似たものが流用されていまス……とてもではないですけど、検証して使われているようなものではないですね』

「なに? 技術検証してないのか? そんなものをよくこんな完成度の高い兵器の制御に使おうと思ったな……ブンデスはそれだけ切羽詰まってるってか?」


 そんな話をしながらレーヴェⅡを調査する月丘達。どうもCIAの情報には一部事実誤認があった事が、今回の任務で発覚した。

 月丘達は当初、CIAからの情報として、ブンデス社がオーバーテクノロジー的な機械制御システムを作ったという情報を受けていた。当然月丘達は先の香港の時と同様にそれを回収するような任務と思っていたわけであるが……


「どうやら、CIAの情報にあったブツは……」

『この機動戦車自身って事ですヨね~……ハァ……』


 流石にこれは、ちょいと奪って持って帰るというわけにはいかない。確かに……『た・し・か・に』CIAの情報は間違ってはいなかった。だがそのブツがこんなんだとはと……もっとちゃんと調べろよと。


『どうしますかぁ? カズキサン』

「いやぁ~困ったなぁ~……こんな兵器だったら、例のシステムもどういう使われ方してるかわからないし……一つだけで制御してるとは限らないわけだし……どう? プリちゃん」

『カズキサンのご意見、当たってますぅ……姿勢制御、武器管制・攻撃システム……ドーラシステム的な技術の形跡が点在してますねぇ……どうします? この兵器ごと奪っちゃいます?』

「そりゃ無理だろう。そんな事したらそれこそ国際問題だ。日・米・独、いや? 欧州かな? そんな国を巻き込んで大事になるよ」

『デロニカかカグヤ呼んでもらって転送して……って、無理ですよね、モノがでかすぎますしぃ』

「ここは……事故を装って破壊していくしかないのかな……」

『え゛……破壊工作でしゅか?』


 渋い顔してコクコク頷く月丘。まぁ工作活動としては実のところ彼が一番苦手とするミッションだ……


 と、そんな話をしていると、ゴン、ゴンと何かが反応する大きな音がしたかと思うと、格納庫の照明がパパパっと灯る。


「!!」『!?』


 ハっとする月丘とプリル。まさかバレたか? と……思わずプリルを庇うような格好になる月丘。だが、二人は、現在光学迷彩モードなので、第三者からは見えないはずである……が……


『(カ、カズキサン! 光学迷彩が!)』

「(え? あっ……!)」


 月丘とプリルはお互いの姿を見ると、体にノイズが走り、光学迷彩の効果が消えかけようとしていた。


「(チッ! ここにも転送妨害装置が!?)……プリちゃんゴメン!」


 そういうと月丘は自分のPVMCGで対ショックシールドをプリルにかけて、彼女をレーヴェⅡから突き落とした!


『うひゃぁぁぁ!』


 突き落とされたプリルは地面に激突寸前にポインと体が浮き、そして跳ねて、トスっと背中から着地する。


『カズ……!』


 見上げてカズキサンと叫ぼうとした瞬間、上で月丘がシーというポーズ。そしてどこかに隠れろとジェスチャーする。その月丘の様子を見て、プリルもすぐさま周囲を見渡し、ハっとして何かの物陰に隠れた。


(ブンデスもロシアから流れたあの装置を持ってるのか! くっそ、結構流出してるんだな……でも待てよ? あの装置を動かすって事は……?)


 まさかここにいるのが日本のエージェントだとバレてるのか? と。でなければ転送妨害装置を稼働させる意味がない。

 だが状況はそんな事を熟考させる暇を月丘に与えない。その直後にボディアーマーに身を固め、銃を構えた集団が十数人、CQBコンバットスタイルで格納庫に侵入してくる。更に上階タラップ先に通じるどこかの入り口からも何人かの兵士。その後ろからは……


(チッ! あいつか……)


 先の月丘が見知った顔。HDガードのリーダー格兵士がM4カービンを肩にトントン当てながら悠々と周囲を見回している。


(プリちゃんが見つかったらマズイ……どうする?)


 と、何か策を考える月丘だが……


「おい!」と大声でHDガードの白人リーダーが叫ぶと、「ここにいるのはわかってる! CIAのスパイかSVRか!? 恐らくさっきの東洋人だな、もしかしてチャイナの公安部か?」


 ……日本の情報省様の名前が出てこない……いや、出てこないのは結構な事なのだが、なんか腹立つ月丘。


(クロードの野郎、JIAはナシかよう……)


 思わずその男の名前をつぶやき、ボヤいてしまう月丘。名前からして、どうやらフランス人のようである。だが、JIAの言葉がでてこないのに転送信号妨害装置かけて光学迷彩を崩す戦法にでているという事は……


(光学迷彩技術も、どこかの国が使ってるのか? いや、CIAかも?)


 CIAならサマルカを通して、初歩の技術が貸与されている可能性はある。


 それはともかく現在の二人、まずい状況にあるのは間違いない。月丘一人ならともかく、プリルはティ連の軍人であるとはいえ、技術将校である。所謂シエ達のような戦闘要員ではないので、そこそこの戦闘能力はあるにせよ、恐らくそのスキルは月丘よりも下だろう。

 そういう月丘もそんなに戦闘能力が高いとは言えない。なぜならそもそも、そのクロードという男が月丘を訓練した教官のような存在であるわけであるからして……


 プリルを見下ろす月丘。彼女を咄嗟に突き落としたのはいいが、どうもうまく身を隠せていないようだ。彼女もブラスターガンを手に持ち正面方向を警戒して構えてはいるが、背後からHDガードのコマンドがプリルと鉢合わせしそうな感じで接近している。


(チッ、ここまでか!)


 そう思うと、月丘は柏木からプレゼントされたというインフィニティM1911を腰から抜き、プリル後方から迫るコマンドめがけて七発斉射する! バババっと大きな銃声が格納庫に木霊する。クロードという男も一瞬腰をかがめて身構え、銃声の方向を覗き見る。


「いたぞ!」「あそこだ」「追い込め!」「射殺しても構わん!」


 そんな声が木霊する。って、『射殺しても構わん』とはどういうことだと……この言葉で月丘はブンデス社が、このレーヴェⅡという兵器が違法性のあるものだと認識している事を悟った。

 すなわち、そんなものを隠し持っているわけであるから、HDガードのような違法スレスレのPMCを雇って警備に付けているという寸法なのであろう。

  

月丘の銃は、七発のシングルカーラム弾倉だ。七発斉射すると、スライドが引かれた状態で固定される。普通なら多弾倉マガジン主流の現代であるからして、弾数少ない拳銃という感じではあるが、そこはティ連技術のPVMCGである。弾倉スイッチを押して、空マガジンを落として廃棄すると、即座に新しい弾倉が銃に造成される。これがあるから地球の『銃』もブラスターガンに負けじ劣らずの活躍ができる。


『カズキサン!』


 レーヴェⅡから飛び降り、プリルに駆け寄る月丘。


「プリちゃん大丈夫? 色々状況が変わってしまったみたいだ。撤退しますよ」

『はいぃ、そうみたいですね……あんな機動戦車があるなんて聞いてませんよぉ』

「映像証拠は?」

『そこはバッチリ確保ですっ!』

「OK。何にしてもクロードの部隊とやりあうのは得策じゃない。パーソナルシールドや仮想造成武器があるから、やってやれないことはないんだろうけど、私達は破壊工作員じゃないからね。


 お互い頷いて脱出路を確保するために行動開始。もう銃撃戦はさけられない模様。月丘の背後をプリルが守り、互いの健在を確認しあいながらその場の脱出を試みる。


『カズキサン! 右!』


 プリルの声に呼応して、インフィニティをマシンガンの如く斉射する月丘。いかんせん相手もボディアーマーを身に着けている。四五口径弾の一~二発では観念しない。敵とはいえ殺したくはないので、弾丸を強化スタン弾モードにしてぶち込む。このタマを食らったら、本日一日は体がマヒして動けないだろう……正直あんまり食らいたい弾ではない。


「プリちゃん上」『ハイ! くらえっ!』

『カズキサン左!』「はいよっ!」


 速くはないが、だが確実に進む月丘とプリル。周囲から襲いかかる敵を、動態反応センサー駆使してなぎ払っていく。

 見事な連携。互いの性格性質をよく知っていないと、こううまくはいかない。これで付き合っていないというのであるから、世の中どうなってんだと。

 だが……月丘にとって、あまり遭遇したくないシチュエーションがやってくる。


「クソっ! 囲まれちまった! やっぱ数が多いか!?」

『こんなエセ情報送ってきた「しーあいえー」の奴、あとでぶん殴ってやります!』

「い、いや、プリちゃん。間違った情報じゃないんだから……ってか、『もっとえげつない状況でした』みたいな……」


 そんな冗談言いあいながらも、悪い状況になんとか対応しようとする二人だが……


「……ハイご苦労さん。そこまでだな……ここが終点だ……」

「……」


 クロードという男がフランス語訛の英語でそんな事を言いながら、M4カービンをポンポンと指揮棒を持つように、ゆっくり二人に近づいてくる。


「一応こっちにも情報網ってのがあってな。この玩具を狙ってる奴がいるってネタは入ってんだ。さっき社員と一緒にいた男……なんか雰囲気が妙だと思ったが……大当たりって奴だな……お前さん、何者だ? どこの組織だ?」


 クロードは二人に近づきながら訝しがる表情を見せるが……


「?? ……なっ!」と、その表情は驚きに変わる……なぜなら……「おまっ! えっ? カ、カズキか!」


 すると月丘も、


「ハァ……久しぶりですね、クロード……」


 インフィニティを構えた状態で対峙する月丘


「おま……あの時、ウルムチで死んだと……敵の砲弾に吹き飛ばされて……」

「色々ありましてね。この通り生きていますよ。話すと長くなりますからそこのところは以下省略ですが」


 ハァ~っと腕を横に上げて首を振るクロード。しばしの沈黙……で、


「生きてたんならなぜ連絡してこなかった!」


 急にキレだすクロード。


「連絡したら助けに来てくれましたか?」

「そりゃわからんよ! だけどなお前! 普通生きてたら電話の一本も寄こすだろ! 契約で助けは期待できないってあったのは確かだが、連絡ぐらい寄こせよっ!」


 髪をクシャクシャにするクロード。どうしたもんかとウロウロする。なぜなら、月丘とクロードはHDガード時代、これで仲が良かったからだ。

 クロード。本名はクロード・イザリ。元フランス陸軍の大尉であった男である。月丘がHDガードへ入社した時、色々と彼にPMCの何某を教えてくれた、いわば教官のような男であった……


「で、今何やってんだ……そっちの相棒さんは女か? オンナ……って……え?」


 険しい顔してブラスターガン構えて、ぴろりんな笹穂耳おったてクロードを睨みつけるプリル。


「い、異星人!? 確かその耳は、ディスカーリアン!? お前、何やってんだよ!」

「クロードぉ、色々話してやるから、とりあえずお互い銃を下げないか? 腕がしんどい。 私も一応発砲はしたが、一人も殺しちゃいないぞ。お前達はなんかさっき私達を射殺するとかなんとか言ってたみたいだが……」


 そういうと、「確かにそうだ」と言って、クロードは手を下に振り、部下に銃を下げさせる。と同時に月丘にプリルも銃を下げた。


「で、お前、誰に雇われてるんだ? って、大体想像はつくが……トッキか? まさか入隊しましたとか言うんじゃないだろうな」

「それに近い……今は日本の情報省。JIAのエージェントだ」


 そういうとプリルが『カズキサン!』と止めに入るが、月丘はプリルの肩を叩いて、「構わないよ」とプリルを落ち着かせる。


「JIAだと……?」


 そういうと彼もしばし考え込む……そして格納庫にあるレーヴェⅡを見上げて視線を戻し……


「ヨコタやホンコンの件か?」

「知ってるのか?」

「まあ一応な……特にホンコンの件は、この業界じゃ結構噂になってる。あれお前か?」


 頷く月丘。


「……ハァ、俺達は今回、この妙な機動戦車に近づく奴らは全員殺してもいいという依頼を受けている……まあ完全な違法操業だな。だがギャラはべらぼうにいい。もしそういう事態になった場合も、事後はブンデスが処理してくれるという話で現在こういう状況だ……PMCはスポンサーに忠実なのがモットーだ……が……こんな状況で殺すというわけにもいかないだろ。おまけに異星人さん殺して、ヤルバーン州を敵に回すのもゴメン被る」

「賢明だな」

「ああ、そういうワケなんで、お前達二人をブンデスに引き渡す。後の事は知らん。そういうことだ…………なぁカズキ」

「何だ?」

「戻って来いよ。俺が話をつけてやる。なんならソッチのディスカーリアンも一緒に面倒見るぞ。そうすればもめなくて済む。昔みたいに一緒にまたやれる……どうだ?」


 そうは言われても、もうそういうわけにはいかない月丘。プリルが無意識に月丘の裾を掴んでいたり。


「そりゃ無理ですよクロード。私は一応これでも国家公務員なのでね。解雇の心配はないし、年金も補償済み。定年後はどこかに天下りなんて夢も見れる。それに色々今に至るところで、恩人も沢山できました」


 そういうとクロードは口元を少しゆがめて首を振り、


「そうか。それは残念だな……」と言うと腕を少し上げて合図すると、彼の部下がまた銃を構えて月丘達に狙いを定める。

 だが、月丘とプリルもパーソナルシールドは展開している。無理すればこの場から逃げられないこともないだろう。二人もクロード達の態度に呼応するように再びインフィニティにブラスターを構える……が……


『!!』


 プリルの背中から急にピーピーと音が鳴り出す。えらく甲高い音である。


「!? なんだカズキ! 妙な真似するなよ! 俺に撃たせるな! 大人しくしてろ!」


 何かわけのワカラン事をするんではと警戒して、M4カービンの構えに力がこもるクロード。


「ち、ちょっと待てクロード! ……プリちゃん、何? その音!」

『え? え? ちょっと待ってください』と言うと、プリルは背中のサックから先程の検知器を取り出す。クロードも何事かと真意を確かめるために、左腕を上げて『撃つな』の体制。


『…………!! これは! え?』


 とプリルが狼狽する。そして眼前のレーヴェⅡを見上げる。


『カズキサン! この機動戦車、活性化していますヨ!』

「何!」

『システム構造が急速に書き換えられて……え? これは……まさかそんな……』

「だからどうしたのプリちゃん!」


 プリルはカタカタと少し震える感じで、まさかという表情をしつつ、こう答えた……


『し、システムが自律的に書き換わって……この機動戦車自体が、ドーラコア化してますよ! マズイです! みんな逃げて!!』


 その言葉に呼応するするかのように月丘はプリルを脇に抱きかかえて横っ飛び。刹那、同時反射的にクロードの部下が引き金を引いてしまうが、二人のパーソナルシールドがそれを弾く。

 だが、さらに同時に、何か妙な羽虫のような物体がクロードの部下に取りつくと……


「う、うわぁぁぁ!」「な、なんだこりゃ!」


 と悲鳴が辺りに木霊し……月丘達が見た物は、クロードの部下が『ゼル奴隷』化していく姿だった!


「何! なんだこれは!」


 クロードがその理解できない状況に叫ぶ。


「クロード! 逃げろ! その機動戦車から離れろ!」

「何! って、うおぁっ!」

「ク、クロードッ!」


 レーヴェⅡは砲塔型頭部から触手状の配線を射出したかと思うと、クロードにそれを巻き付け絡めとる。

 するとみるみるクロードは配線魔人と化して引っ張られ、レーヴェⅡに取り込まれてしまった!

 と同時に、レーヴェⅡは何か求めたものを得たように、完全に起動し、ゴウンゴウンと音を響かせながら稼働する。

 格納庫、レーヴェⅡにくっつく階段や渡り廊下を破壊しながら外に出ようと試みているようにも見える。

 天井から鉄骨やらなにやらが降り注ぐ状況。

 月丘とプリルは必死で外へ脱出を試みる……!



 米国での単純なドーラ・コア技術奪取と思っていたこの任務。

 昔の仲間とドンパチする羽目になるわ、ドーラ化した兵器に襲われる羽目になるわ……


(どうするよ……クロード達をほっとくわけにもいかんだろうさぁ……あーもう!)


 横を見ると月丘の腕にしがみついてレーヴェⅡを見上げるプリ子さん。


 はてさてどうするか? まったく苦労人の月丘であった…… 





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