【序章・二〇二云年】   第二話 『柏木とフェル』

 ……どこかの記憶にある街。


 近代的ではあるが、かといって先進的ではない。

 少し離れた郊外は、黄土色の大地に薄い緑が膜のように覆う平原。その彼方には緑多き山岳。

 ただ、今聞こえるは、乾いたような音……タタタ、タタタと木霊する。

 そのストーリーは、どこから始まったのかわからない。ただ、それが何の物語かは無意識に理解できる。

 一人称で見るその映像は、確かにかつての自身に刻まれた、自分が自分であるがために意識しなければならない映像であった。


 下を向けば、自らの手に何かを持つ状況……銃である。その名は『FN-P90』

 まるで他人のFPSゲームでも見ているかのような映像。

 その視点はP90を構え、何かに対して発砲している状況……だが、世界が何かどことなく残像残すような世界観……


『カズキぃ! 撤退だ! こっちの目論見がバレた! あのムスリム野郎の本隊がやってくるぞ!』


 振り向くと、知った顔の白人男性が『自分』にそう叫ぶ。なんとなくエコーがかかっているように聞こえなくもない。『自分』はその呼びかけに頷いているようだ。視点が上下に軽く揺れる。

 その場から離れようとする『自分』……だがその視点は撤退する方向には向かず、視界に入った何かを凝視する……


 ハっとして気づくモノ……子供だ……倒れた誰かの横で泣き叫ぶ子供。この地に住む民間人の子供だろうか。

 銃弾飛び交う場所で、何もできない子供がただひたすら倒れた大人の横で泣き叫ぶ。倒れている大人はその子の親か何かか? 大人もまだ息はあるようだ。 

 少なくとも現状このままにしておけば、その子供も親も銃弾に貫かれるだけの運命をたどるかもしれない……

 そう感じた『自分』は反射的にその親子の元へダッシュする。


『何やっているカズキ! そんなガキほっとけ! 戻れ!』


 仲間の白人に黒人、プエルトリコが自分にそう叫ぶ。その外国人の格好は、なぜが全員アラブ系の衣装に身を包む。そしてマスクで顔を隠す。


 『自分』は仲間達に何か叫んでいる。だがそれがなにか聞き取れない……ただ状況的にマズイ感じだ。彼はその子供を小脇に抱え、親の襟元を無造作に引っ張り、何かの建物の壁に身を隠し、片手でP90を撃ち、どこかに向かって反撃している。

 しばしそんな銃撃戦が続いた後、近くで大きな爆煙が立ち上り、『自分』は親子を庇うように覆いかぶさって、そして同時に激痛伴う感覚が体を突き抜けて………………


 


「うぁあああああああっ! ……あ? あれ? ……ハァ……ハァ〜 またあの夢か………」


 フゥと吐息を一つつき、今でもたまに見るその夢を瞑目して反芻する男……月丘和輝であった。

 毎日毎晩というわけではないが、疲れた時に眠ると、たまに見るその夢。同じシチェーションでストーリーも見るたびに微妙に違うが、帰結するその物語はそんな感じ。

 もう慣れたものだが、正直寝覚めはあんまりよろしくはない。

 時計を見る……まだ朝の四時半だ。首筋をポリポリかいて、どうにも二度寝できそうにないのでそのまま起床することにする。

 カーテンを開けるが、まだ外は夜中だ。だが、薄明るい幻想的な夜である……月丘はこの夜が好きだ。窓の外に見えるはセタール恒星系第四番惑星ボダールである……壮大な蒼きガス惑星の淡い輝きは、この地に居住を許可された日本人に最も人気のあるロケーションである。


 ということで、ここはどこかというと、勿論イゼイラ本星……なんて、そんな訳はなく、東京都ヤルバーン区、通称『リトル・ヤルマルティア』と呼ばれる区画のとある場所である。

 月丘は情報省で働く都合上、機密保持に身辺安全確保のために、このヤルバーン区に居住することを認められている。ちなみに相棒のプリルは日本本土。東京秋葉原の近くに住んでいるそうな……という事で機密云々で住んでいるというのは資格に体裁上そういうわけであって、月丘は純粋にこのヤルバーン区が気に入っているので住んでいるだけの話である。ちなみに家は集合住宅区画に一つ部屋を購入した。とりあえずは持ち家である。


 彼はとりあえず、にぎやかしにテレビを付ける。別に何か見るものがあるというわけではないが、シンと静まり返った部屋よりはマシだろうというところ。

 そういえば昨日、プリルが自宅の近くにできたパン屋のパンが美味いからということで、買ってきてくれた惣菜パンがあったのを思い出す。それを口に咥えコーヒーをハイクァーンで造成し、テレビを眺めながら一息入れる。


「お、うまいな、このパン……」


 テレビは眺めているだけ。ただあの夢を見ると思うのは、今の自分の立場である。それを思うといつも少し噴き出してしまうわけで、何の因果か、面白いものだと思ってしまう。

 それも彼のちょっと普通ではない過去ゆえの話か……

 プリルからもらった惣菜パンを頬張りながら、コーヒーを流し込む月丘。Tシャツにパンツ一丁で眺めるテレビの政治報道では、短く『彼』の帰国予定について流していた……


    *    *


 さて、ここは太古の昔、戦いの星と言われた地球人に最も馴染みの深い惑星『火星』である。

 この一〇年後の現在。火星のテラフォーミング化もかなり進んでおり、流石にまだこの赤い火星、地球の如き美しく輝く青い星……という訳にはいかないが、ティ連、その中でもとりわけイゼイラ共和国の誇る人工空中大陸を中心にした緑化計画は、特に問題もなくこの一〇年間推移しており、空中大陸を中心に半径数十キロメートル単位で植物の植生も見られるなどの、そんな感じで恙無く火星の開拓も順調に行われていた。

 そんな火星圏において、かつて冥王星で稼働していた太陽系ディルフィルドゲートも、現在は火星軌道上に移設されて、火星自体もティ連と太陽系―地球圏の交易中継基地として活発に稼働しており、火星圏宙域には例の見事な『空間都市群』も建造されて、かつてのヤルバーンが飛来する以前の『火星』というイメージからはもう相当乖離したような感じになっているのがこの場所であった。


 そんな火星宙域ディルフィルドゲートは、シャボンの膜のごとき空間境界面を形成し、唸りを上げる。

 すると、かの今ではもう有名な光景となった、水面に岩をぶっこむような、ドーーン! という感じの、あの映像を伴って、イゼイラからの航宙旅客船『アマノガワ』を顕現させる。


 アマノガワ号は、そのまま火星軌道を周回して、毎度の事ながらそのまま太陽系の惑星周遊コースを取り、ディルフィルドジャンプを行いながら、地球・ヤルバーン軌道ステーションに到着する。

 地球の軌道上も、以前に増して賑やかになったが、それもまだまだヤルバーンタワー周辺だけの事で、それ以外の場所では火星ほどの発展を見せてはいない。

 それもこの地球世界では致し方のないところで、日本以外の各国上空数百キロ以上の場所に空間都市をつくろうものなら、そりゃもう世界各国はやんややんやの喧々囂々で大非難であろう。

 そりゃそうである。ヤルバーンやティ連に悪気がなかったとしても、自国の真上にティ連技術の宇宙構造物がおっ建つなんてのは、正直他国からすれば気持ちのいい話ではない。疑い深い国になれば、軌道上から広域破壊兵器なんぞをブチ落としてくるのではないか? なんて妄想もするだろう。

 当然ティ連としても、そういうところで配慮なんてところもあって然るべきであるので、この地球圏軌道上は、日本上空以外そんなに発展していないというのが実情であった。


 そんなところでの現在の地球といったところだが、もう十年前から既に普通となったこの光景。

 航宙旅客船『アマノガワ』号は、その巨体をヤルバーンステーション宇宙港に接舷させる。

 下船は転送装置でワイワイと降りてくるのが通常である。だが一人ある人物のみ特別出口から下船してくるわけだが、その男はボディガードかSPらしき男達を日本人異星人織り交ぜて引き連れ、下船してきた。

 入国時はPVMCGのチェックであったり、それを持たない人はパスポートのチェックをするのだが、彼の場合は顔パスである。偉ぶる事もなく、宇宙港スタッフに笑顔で頭を下げながら港ロビーへ行く男。

 すると、彼を待つイゼイラ人女性とお子様一人。


「ふぁるんぱぱぁ〜!」


 トテトテと小さく走る子供。ふぁるんぱぱなる者の足元にピトと抱きつく。でもって男はそのお子様……娘さんの両脇持って


「うりゃぁ〜」とかいながら、抱きかかえてブインと振り回す。

「うきゃー」と喜ぶその娘、それを微笑んで見るは、


『オカエリナサイ、マサトサン』


 フェルであった。


「やあ、ただいまフェル」


 とハグしてチュー。毎度の風景……

 そう、この男、一部、あ、いや今では政府関係者全員からほぼ『公式』扱いで『銀河突撃某』の字で呼称されている男、そしてティ連ではもう英雄として知られるファーストコンタクターで、人類初の異星人惑星に赴いた外交官の称号を持つ男、


 そう、『柏木真人』であった。現在の役職はもうものすごいもので、『ティエルクマスカ星間共和連合・防衛総括統合幕僚省長官』の肩書を持つ男となっている。

 とはいえ、基本地球人年齢四七歳で、肉体年齢四二歳程のおっちゃんは、相も変わらずといったところであったりする。何か偉そうぶるわけでもなく、SPに地球にいる部下の役人なんかにも、お土産渡して談笑してたり。でもって家族手をつないで宇宙港を後にする。


 そのまま柏木一家はヤルバーン州の用意した公用トランスポーターで家まで送ってもらう。

 まあここで今彼が日本の政治家なら『公用車を家族で使った』だのなんだのと、どっかの政党が鬼の首取ったかのごとくといったところなのであろうが、残念なことに彼は今、ティ連の政治家であるからして。

 ……ということで、一ヶ月半ぶりの地球-日本への帰国となる柏木長官。ヤルバーンタワーから飛び立ったトランスポーター。相模湾から見える関東の町並みを見ると、やれやれと思う……腕組んで吐息を一つつく。

 横で姫迦も柏木のマネして腕組んで吐息をついてたり。ハハと笑う柏木にフェル。


「……ところでフェル、向こう……本部でも一応委員会から報告は受けたけど……中国で出たのか……」

『ハイです。しかもコアそのものではなく、設計データという形で世界中に流されているようですネ』

「ということは……ヒトガタはこの地球でベースコアとも言うべき自律システムを、どこかのネットワークインフラに寄生させた可能性が高いというわけか……」


 つまり、当初はドーラ・コアがどこかの製造インフラにでも寄生して、地球製のドーラコアを作って増殖させるという行為を日本政府は予想していた訳である。勿論柏木もそうだ。

 だが、その方法だと若干無理のある部分がなきにしもあらずな訳で、そんなドーラコアが生産施設に寄生して、妙なもの作りでもすれば普通はその施設、例えば企業の工場などではすぐに発覚するわけで、よくよく考えれば、そんなもの即行でバレる話である。

 では、それをバレないようにするにはどうすれば良いかと言う話だが、正体を見た奴に対して片っ端からドーラ・コアがゼル端子を放ち、奴隷化すれば良いわけなのだが、それでもそんなことすれば、奴隷化の相手が『人』である限り、いずれはバレる。行方不明者を放っておく人間などいないからだ。

 そこの矛盾をコイツらはどうするのかと推理していたのだが、先の月丘達が活躍した件で、連中の手法がある程度見えてきたという次第なのである。


「……まさか、ドーラコアの設計データを地球のネットワークに乗せて流し、まるで……そうだなぁ、どこかの企業秘密か国家機密の如く偽装して、その設計データ通り作らせて……って方法か……なるほど、考えやがったなぁ……」

『ハイです。まさかここまで練った「作戦」レベルで行動を起こしていたとは……もう確実に何らかの意思をもっているか、もしくは相当に学習能力の高い高度な自律性を持ったマシンか……どっちにしても、ティ連が所有しているワーキングロボットなどよりもかなり高度な自律型マシンが、かの「ヒトガタ」なのでしょウ』

「ああ、で、奴が持ってきたかコッチで組み立てたかのベースコアも相当な処理能力を持ったもの……という訳だな」


 コクリと頷くフェル。

 『ガーグ・デーラ・ドーラ』という存在。一時期はその仮想造成機能の能力。つまり造成リソースの不完全さから、ティ連の科学力と比較しても恐らく遅れた存在と、ずっと思われていたのだが、先の『ヒトガタ』の登場で一気にそれまでの通説が否定されようとしていた。即ち、確かにVMC系技術はティ連ほどではないが、他の部分でティ連と比較しても未知の技術を発達させている可能性のある存在かもしれないということだ。実際次元溝などというところに潜む能力があったり、亜空間回廊をシールド無しで、しかも回廊外でも活動できる存在という時点で、この予測はされていたのだが、ヒトガタの存在がはっきりした今、その予想はほぼ間違いないものだろうと理解されてきていた。そのような今までのドーラにはなかった行為を数々見せたヒトガタドーラ。そこから派生した事件の数々。


「フェル、日本政府はその……何ていうか、例えばドーラネイティブのベースコアがそういったネットワークインフラに寄生させられたかもしれない経緯を考えるとさ……当然かのヒトガタは日本国内でも隠密裏に地球のネットワーク網を調べ上げて、そこにコアを寄生させるような、まあ言ってみればアナログな方法を行わないといけないわけじゃない?」

『そうでスね、確かに』

「となると……例えばだよ? あの神戸にあるスパコン施設にコアを潜ませてやろうと考えるなら、あそこの職員を拉致して入れ替わり……って話も出てくると思うんだけど、その手の事件なんて話は……?」

『ウ〜ン、ないデスね。ハイ』

「そうか……では、案外もしかすると……手渡しでって事も……」


 まさかとは思うが、と……ヒトガタが地球人とコミュニケーションをとって、それを渡しているとか。

 もしそんな事がありえるなら、ヒトガタドーラは、あの何かの映画にあった暗殺アンドロイドのように、他者とコミュニケーション的な演技をする能力もあるマシンという話にもなる……まさかそこまで高度な仮想生命兵器では……


 「あ……」『ア……』と思う二人。その前例が彼ら二人の親族としていらっしゃるわけであったりして。

 そう、ナヨ閣下である。彼女はティ連の技術でバージョンアップにパワーアップした仮想生命体だとはいえ、元はドーラの技術である。


「今回のヒトガタ程のポテンシャルがあれば、難しい話ではないか……」


 二人目を合わせて腕組んで納得する。そして座席真ん中に座るちび子を見ると、姫ちゃんも腕組んでパパとママの真似してウンウン頷いている。思わず噴き出してしまう二人。

 ま、ここは姫ちゃんの勝ちだ。せっかくの帰国で家族水入らずなのに、姫ちゃんほったらかして、ガーグの話で考え込むのも如何なものかという彼女の主張も、もっともである。

 という事で姫ちゃんの自慢話を聞いてやるファルンパパにマママルマ。とりあえず姫ちゃんが寝るまでは、娘のお相手である……


    *    *


 翌日。

 柏木はティ連本部の政治家になったとはいえ、政党は日本の自由保守党に籍を置いている。従って現在の自保党総裁である春日へ挨拶にいく。

 それにしても柏木、かつて内閣官房参与時代や政府特命大臣時代には、何かあったらその身で東へ西へ南へ北へ、果ては云万光年彼方までと、その身一つで飛び回っていたものだが、今ではその頃とは違って、デンと落ち着いたものである。何かあれば部下の日本人にイゼイラ人等の異星人の秘書や部下が柏木にお伺いをたてにきて、柏木が何か指示するとすっ飛んでいくといったような、そんな情景。言ってみれば「えろなったのう」という柏木であった。

 当然、昔のようにフェルがついて回ると言うような事もあまりなくなる。なぜならフェルはフェルで、外務大臣で副総理という重要閣僚であって、彼女も彼女でそれは忙しい立場なのである。


「柏木先生、相も変わらずお急がしいようで」

「いえいえ、もうスタッフのみんなに助けられまくってますから。ホント『口だけ長官』みたいになってたりしますので。ははは」

「はは、かつての『突撃某』のようにはいきませんか?』

「流石に四七にもなれば、そこまでは……いやはや」

「でも、多川さんにシエさんは今でも機動兵器乗ってるって話ですよ。多川さんも地球人の年齢で言えば、五〇超えていたと思いますが……」

「あの人らは常人と違いますから、一緒にされてもですね、ハイ」


 シエと結婚して、ダストール版のムフフな儀をやって、多川も恙無く体をダストール化させたわけで、もともと元気な二人だったが、更に磨きがかかったりとか、そんな話。はっきりいってどこの世界に『将補(少将)』になってまで機動兵器のるかなぁとか、そんなところなのである。かの二人は相も変わらず現場主義で夫婦パイロットをやってるのであるからして、これもこれはこれですごいもんである……


 と春日といつものそんな話。彼もこの時代、二藤部の後をついで総理大臣になった。丁度六年前、かの『ヂラール事件』の処理に『SIS・宣教軍一掃作戦=オペレーションWTFC』の都合上で二藤部が自保党の内規にある総裁任期を約一年延長したわけだが、その事がきっかけになり、やはり今や銀河連合日本にあって、総裁任期=総理大臣任期が二期六年前後というのは短いのではないかという話になって、内規を変更。任期を連続三期九年までとすることになったのである。従って現在の春日政権は、七年目に突入ということで、結構な長期政権となっている。もしこのまま順当に行けば、もしかしたら春日内閣は日本国最長内閣になるかもしれなかったり。

 実際問題、現在でもティ連のいろんなインフラに合わせる作業はもうエンドレスで行われており、正に『国家百年の計』を地で行く状況になっているのが現在の日本である。従って本音を言えば総裁任期つまり総理大臣任期は一二年欲しいところなのだが、そこはそうもいかないのがつらいところである。


「で、柏木先生。もうあの件のことは……」

「はい。お聞きしています。情報省から上がってくる報告書も随時拝見させていただいていますので……ですが、現段階ではまだ『恐らく』の域を出ない話とは思いますが、かのドーラのやっていることって、正味寄生生物そのものですね」


 そう、『宿主探して、宿主の力を借りて成長した後に体を乗っ取る』という生物界によくある寄生生物のやり方によくにた策で、奴らはコアを作ろうと画策しているようである。

 どこかのインフラに寄生し、インフラ主に気づかれぬように諸々ドーラ系システムを製造させて、仕込んだドーラシステムをタイミング良く発動させる。

 今回の月丘達が中国で活躍した事件を鑑みた場合、かのヒトガタは、ウィルスプログラムのようなソフトウェア面と、ガーグ版仮想造成系システムを連動させたモノを誰かに渡したか、どこかに潜り込ませたか……そんなイメージの策略が想像できた。


「いかんせん我々日本人、いえ、地球人には与り知れない存在ですから、我々にとっては目的を考える以前の話で、そこが辛いところです。正直言ってパニック映画の、『ナントカからの物体X』みたいなシチュエーションが今の状況ですから、イゼイラやティ連の分析情報を受け身で待つ以外に方策がないのが如何ともしがたいところなのですけどね」


 春日はそのコワモテ顔を上目遣いで、毎度の丁寧な言葉でそう話す。だが実際そのとおりだ。

 柏木が予想するに恐らく、例のヒトガタが地球に現れたのは単純に一〇年前の『カグヤの帰還』作戦がきっかけなんだろうと思っていた。

 実際奴らと、地球ー日本の接点かつ『最初』を考えれば、アレしかない。

 かの時、ティ連軍が使用したディルフィルド魚雷等々の新兵器により惨敗を期した連中は、それ以降大規模な作戦行動を行わなくなった。つまり、かの兵器にて自分達が不可分と思っていた領域にまでティ連軍が攻撃可能であることを知って、相当狼狽したのかもしれない。

 彼らがその原因を探った結果、この地球世界の某、ヤルバーンの某、日本の某といった状況を探り当て、ヒトガタを送り込んだのではないか? ……と単純に考えれば、そういうところなのではないかと推測できる……


「ですが、その推測をしたところで、だから何なのだというのが現状ですからね」と柏木。

「その通りです柏木先生。ハイクァーンを狙ってくるのがどうのとか、そういった彼らの特性を考えれば、この地球世界であればまだやりやすいからという理由も想像できますが、それが彼らの最終目的かといえば

恐らくソレは彼らが目的を遂行するための障害か、はたまた入手したい手段か、そんなところなわけであって、それ以上の何かがあって然るべきと考えるのが普通です」

「そうですね総理……」


 だが、その後の話は今現在はナントモカントモなところが辛い話であった……


「ところで総理。フェルから聞いたのですが、この件は米国に公開する方向性で進んでいるのですよね?」

「はい。あくまで米国政府関係者内の極秘事項案件として、という事でですが……」

「なるほど……」


 これもやむなしかと思う柏木。今後の米国宇宙政策の事も考えれば、話さないわけにはいかないだろう。

 だが……


「柏木先生、この後の時間なのですが……」

「あ、はい。ご要望のあった形で時間は空けておりますが」

「同じ件で、実は先生に会って欲しい人物がいましてね……」

「はぁ……」

「現在の日本では、公にというわけにはいかない関係の人物でして……今からスタッフにその方の待つ場所へ送らせますので、お会いしていただけますでしょうか? 先方はたっての要望ということですので」

「? そうですか……今誰かお聞きするわけにはいかないのでしょうか?」

「まあ先方もビックリさせたいと言うのもあるのでしょうな。そのあたりはお楽しみということで。はは、大丈夫ですよ、先方は基本現在は『一般人』の方です」

「? ふむ……了解しました」


 なんだかよくわからないが、春日が少々悪戯小僧のような含みで話すので、それ以上聞くのも野暮だと言うことで、その指定された人物と合う事にする柏木長官閣下であった。


    *    *


 柏木は春日とのミーティングの後、彼に言われて件の人物と会うために千代田区にある『東京大日本ホテル』に向かう。一般人の方で、春日が会ってほしいという人物。しかもちょっと策を弄するような表情で……となると一体誰なんだろうと思いつつ、公用車に乗ってホテルへ到着。

 当然柏木には番記者のような連中もついて回るので、マスコミも引き連れてきてしまうわけで、当然記者連中の間では、『誰と会うのだろう』とかそんな話にもなっているのだろう。

 すると、ホテル玄関にはもう一台立派な公用車が停まっていた。そこから姿を現わすのは、


『マサトサン』

「あれ? フェルじゃないか。どうしたの?」

『ウフフ、ファーダ・カスガに言われて来たでスね』

「あ、ああ……って、じゃあフェルもその人物とかいう人と会うのかい?」

『ハイですよ』

「ふうん。で、誰なのそれ。春日総理はおしえてくれなかったけど、ニヤついて。はは」

『ウフフ、私もナイショです。マサトサンもよく知っている方ですよ』

「良く知ってるねぇ……ハイハイ。んじゃ楽しみにしておきますよ」


 首を傾げて苦笑いな柏木。まあいいかと。

 で、柏木がホテルの扉をくぐると、すかさずSPやホテルのガードマンが出てきて記者達マスコミ人を制する。なにか大層だなぁと訝しがりつつ、スタッフに案内されて特別室のような場所へと案内される。

 すると、その部屋にはかなり年配の、所謂御老体と言われる人物が背を向けて誰かと話しているようである。するとその相手が柏木を見つけ、老人に平手で彼の方を促している。

 振り向いたその顔は……


 なんと! 元中華人民共和国国家主席『張徳懐』であった。

 かの『魚釣島事件』で柏木と戦った男でもある。結果、柏木の『日本国ティ連加盟』を現実にさせた形になり、彼は柏木を利用して中国共産党内部に蔓延っていた地球世界のコードネーム呼称『ガーグ組織』を壊滅させることができ、共産党政治部は軍部の実権を取り戻す事が出来た。

 あくまで結果論の話ではあるが、お互いwin-winではあった結果が魚釣島事件であった。だが、流石に時の張も、日本がティ連に加盟するとはゆめゆめ思っていなかったようで、その点この柏木のナントカ馬鹿さ加減を侮っていたところはあったようではあるが、まあそれも一〇年前の話である。


「え? え? ち、張主席閣下?」


 すると張は満面の笑みで、


「你好、柏木先生、迦具夜先生」


 と席を立って手を差し伸ばし、握手を求めてくる。

 柏木は「おっと」とPVMCGの翻訳機能をすかさずオンにする。


『これは……張元主席閣下。お久しぶりぶりです。って、え? でも……』

「はは、驚かせましたかな? 柏木先生。それと、私はもう国家主席ではありません。市井の人間です故、閣下はナシにしましょう先生……フェルフェリア先生も相変わらずお美しく」

『コレハ、恐れ入りますファーダ……じゃなかった、チャンセンセイ』


 ウンウンと頷く張。


『あー、びっくりした……まさか張しゅせ、じゃなくて会わせたい人が彼だなんて……フェルも総理も人が悪いよ……』

「ウフフ、でも私も最初チャイナ国外交部からお話が来た時は、少々訝しがりましたけど……」


 するとその二人の話に張が入り、


「そうです先生方。まあ私も、もう随分前に引退した身です故、今では政治にほとんど関わっておりません。隠居して好きな事して生活していたのですが、現政権の『盧港生(ロ・コンサン)』国家主席の要請を受けましてな。現在ご存知の通り一〇年前の、かの事件以降日本国がティエルクマスカ連合に加盟し、国交が停滞しています。公に首脳同士の会見もままならない状況ですので、私が民間大使という身分で、先生方にお会いさせていただいたという次第ですよ」

『そうでしたか……』

「積もる話もあります。ま、とりあえずお茶でも飲みながら……」


 そういうと張はホテルスタッフに合図して、軽食などを持ってこさせる。所謂飲茶というやつだ。

 柏木もあまりに意外な人物に流石面食らったようであるが……


 柏木と張。かの事件以降も、お互い反目しあっていたのか? というとそういう訳ではなく、張の方から非公式に使節を秘密裏に柏木へ派遣してたりしていたのである。

 無論こんなスパイまがいなことをしてまで柏木にコンタクトをとろうというのであるから、当時のSPや公安警察も相当目を光らせていたのは事実である。

 柏木も流石にこの件、当時の二藤部にも報告しておかないと、という事で結果、閣僚級会談も持てない当時の日中関係において、このパイプが重要な役割を果たしていたのは事実で、この張から柏木への非公式接触も黙認されていたという実情があったのである。

 だけどその接触の内容が、「フェルとシエのサイン色紙を孫にやるから写真付きでくれ」とかそんなんばっかりだったので、あんまり政治的な接触はなかったという事なのだが……

 要するに張の方も、柏木のことをなんだかんだで認めていたというワケだったのである。


 柏木はソファーに座ると、差し出された福建茶を飲む。独特の風味のお茶である。お茶コレクターのフェルも、その匂いを嗅いて、ウンウン頷き、一口いただいていたり。


『私とフェルの式以来ですから、一〇年振りになりますか、こうやって面と向かってお話するのも』

「ですなぁ。かれこれ思えば、あの事件も私にとってはいろんな思いがある事件でした」


 ソレに関しては柏木やフェルも同意だ。まあ色々あった事件だ。今思えばあの事件をきっかけに全てがガラリとパラダイムシフトしたと言い換えてもいいだろう。もしかすると遅かれこういう流れにはなっていったのではあろうが、それを加速させた因果を持つ事件であったのは疑いようがない。


『で、センセイ。私もチャイナ国外交部からお話は伺っていますガ、今日は盧主席閣下の使節という形で、私とカシワギ長官とオハナシがしたいとお伺いしていたのですが……』


 ま、民間使節とはいえ、彼の国の事だ。基本政治が絡んでくる。ナニも懐かしい顔を見に日本まで来て茶を飲んで帰るというわけではあるまい。柏木もサプライズでこんな目に遭っているが、そこんところはそうだろうと思っていた。それに今回は本来のところ日本の外相フェルと張の会談であって、柏木はティ連関係者であるからして、外野である。本来は関係ない立場なのではあるが、そこのところは春日が張に話してこういう形で会合を持てるようにしたのだろう。なんせ言ってみれば柏木の、時のライバルでもあった男である。


「ええ、そういうことなのですが……まあ……あの『盧』の事はあまり気にしなくても結構ですよ……」というと、張は少々前かがみになって「私はあの盧という男が正直好きじゃない、フフフ。ですので、あんなヤツの考えてる事などどうでも構いません。今回はこうしてお二方に会えるということで、あのいけ好かない盧のヤツの話に乗ったまでですので……」


 クククとそんな顔で話す張。

 実はこれ世界でも噂されている話で、中国共産党内部の張派と盧派はソリが合わないモノ同士という事で有名であった。張は政治部主導派で、言ってみればあの魚釣島事件に柏木を巻き込んだという経緯もあるのだが、盧という男は、これ軍部主導派の共産党員なのである。なのでかなり張の一派とは反目しあっているそうなのだが、張も引退した身で昔ほど党に対する影響力もない。下手に現政権に睨まれて汚職でもでっち上げられたらかなわないということで、大人しく隠居していたそうなのだが、盧の方から使節の命を半ば命令で依頼されたので、張も久しぶりにライバルの顔を見るのもいいだろうということでこの話を受けて。ここにいるという次第だという事。

 この話にフェルと柏木も苦笑い。この雑談は流石に国家機密だろうと……ということで聞かなかった事にする二人。


『デスが、そうであったとしてもセンセイほどの方が「ロ・コンサン閣下」の使節でこの国にいらっしゃったという事デスから、そのオハナシも相応の内容であるとはお察し出来ますが?』

「まあ確かにそれはその通りです。私も引退した身とはいえ、国の行末を案じる立場であるのは変わりません……当然、盧に言われた同じことをお尋ねしたいと思うのは道理なワケでして、そのあたりをざっくばらんに、この年寄りとお話して頂けたらということでしてな」


 コクと頷く柏木とフェル。確かに張相手とは言え、民間の使節という形での会談だ。二人も肩肘張らずに話はできる、ただ、それでも一応話の内容が最終的に行くところ、これは北京であるらからして。


 で、本題に入る張。柏木とフェルも、大体何を聞かれるのかは予想はついている。

 


「フェルフェリア先生。そういう訳で一応盧からの命ということにはなりますが、実のところ私個人としましても興味ある件と言いましょうか……先日の香港での出来事ですが、あの『上海工程作業車輛工業公司』での騒ぎ。あれは貴国諜報機関の仕業ですな? ……ここはもう単刀直入にお伺いしましょう」


 なぜに単刀直入かといえば、何も難しい話ではなく、あんなワケのわからん日本製の車にのって香港の街中をドチャマカしやがった訳であるから、まず真っ先にどこを疑うかといえば、お隣の日本国しかないわけである……まあ当たり前の話だ。

 実際今回の件、先の盧港生政権下の中国において、また『日本が我が国をスパイした〜』だの一〇年後版の嫌味な広報ババアが出てきて、ネチネチまたこれやらかすのかと思うところだが、実は中国の公式報道では、この騒ぎはなんと、SIS系列のウィグル・イスラム系テロリストの仕業という事になってしまっている。完全な情報統制が敷かれているわけで、つまるところ……


「……ここは大人しくしてやるから……という感じの貸しを一つ。という事ですか? 張先生」


 とフェルをフォローするように話に入る柏木。今のところ日中という点で言えば、柏木は外野であるからだ。だが張もそこのところは気にする事もなく、柏木の方を向いて、


「まあ盧の奴からすれば、そういう意思表示なのでしょうな。仮に私が今現在、国家主席でもそうしますよ。なんせ今の日本はかつての日本ではない。正直申し上げてメンツに拘って舐めてかかれるような相手ではない。超大国だ。市井の人々はどうかしらないが、我々のレベルであれば、それぐらいの分別はつきます」


 即ち、連合加盟前の日本とはもう違うことぐらい中国でもわかっているという話である。やはりかの一〇年前の『夢魔作戦』で相当懲りたのだろう。おまけに世界へ公開した『ヂラール事件』の事もある。さらに言えば旭龍に旭光Ⅱのような機動兵器を普通に擁する今の日本にあって、昔のような対応はもうできないと流石の中国も理解しているという話なのだ。

 なんせこの一〇年間。中国とはろくな交渉をしていない。あの夢魔作戦時から、実質中国と連合日本は国交を閉ざしてしまっているような感じで、経済的なものや、観光などの民間レベルでの行き来はあるものの、政府間レベルでは、各省庁の折衝レベルで首脳クラスの交渉はまったくない状態だった。実際春日政権になってからも、盧主席とはAPECなどの国際会議で顔を合わす程度で、二国間ではまったく交流がない状態であった。


「で、率直なところどうなのです?」


 普通なら「はいそうです日本が騒ぎを起こしました」というところだが、ホエホエ外相のフェルさんの場合は……


『チャンセンセイ。ハテ? なんの事かサッパリわかんないでス。ニホンコクは他国にそんなすぱいエイガみたいな事してご迷惑をおかけするようなことはしないデスよ〜』


 と、いうわけで思わず隣の柏木は、口に含んだ福建茶をブーと吹いた……しらばっくれるにしても、ちょっとピ〜プ〜♪レベルなので「おいおい」と思わずフェルの肩を叩く。とはいえ、柏木もフェルがなぜにこんな受け答えをするかは理解してはいるのだが。

 「はははは!」と大声で笑うは張。彼もその理由は察しているようだ。即ち、フェルも外務大臣で副総理である。チョンバレな事でもそう言うしかないのだ。


「チャイナ国サンの、あのオバチャンはいっつもそう言ってましたデスよ」とフェルさんイヤミも忘れずに。

 逆にいえば、この言葉。日本がやったと張に言ったのと同じようなものだ。


「はは、そうですか。わかりました。そういう事にしておきましょうか。ですが……フェルフェリア先生。色々と隠語を使って話すにも会話がしにくい。それに先もお話したとおり、私は盧とは馬が合いません。それにあまりもう年齢的に政治へ首を突っ込むのも遠慮したいところはあります。ですが、それでも先の香港の件。一連の顛末は知っています。その件では結局『上海工程作業車輛工業公司』の役員に、一部の軍幹部は結局汚職という理由で逮捕もされました……実のところ我が国中央は、あの騒ぎの内容。あの会社の役員どもに軍幹部を逮捕するまで、その件について全然知らなかったのですよ……で、貴国が盗み出したという物品の内容と、あの騒ぎの関係をお教えいただけませんか?」


 要するに、内容の詳細は日本側の希望するような形で、盧主席へはブラフで話しても構わないので、個人的な興味として、あの香港の騒ぎに関連する情報を教えてほしいと張は言う。

 張の立場で考えると、柏木達から聞いた情報を担保に盧政権の政治部主導派への攻撃を躱す狙いもあるのかもしれないと柏木とフェルは思った。

 ただそれでも張は、一応中国共産党に現在も席を置いてはいるが、基本引退政治家だ。元国家主席とはいえ、現在は建前上でもただの年金老人である。流石に米国へ話そうと思っているほどの内容、つまり相当濃い物を彼へ語るのは無理だ。

 だがフェルはこういった中国独特の政治体制も理解しているし、実際今現在の張は盧主席の使節としてここにいるわけなので……


『フム、わかりましたでス……全て、というわけにはまいりませんガ……チャンセンセイ? このお話を聞いてしまうと、センセイも、もう戻ることのできない所へ行く事になりますが、かまいませんネ?』


 柏木は横で聞いていたが、フェルのその脅迫にも近い物言いの噂は聞いてはいたので、思わず苦笑してしまう。ただ、フェルは間違った事は言ってはいない。実際その通りなのであって、米国の場合は更にその上を行く話である訳で、今も大統領府を巻き込んで議会にかけるかどうかスッタモンダの真っ最中なのだ。

 だが張もこんな話はもう慣れたものらしく、


「フェルフェリア先生。私はもう老い先短い身です。今更恐れるようなものはなにもありません。もし決して話すなという内容があるのならば、そこは私も天地に誓って墓まで持っていきましょう。ですが先日の件。やはり香港とは言え我が国の主権と法を犯している行為が含まれる以上、これ以上の事を無き事にするためには、相応の等価な実入りが必要なのも事実です。逆に言えば、それがあれば、先日の事はSISテロリストの犯行としてその事件は確定いたします。盧の奴の代弁をするわけではありませんが、そこはそういうものでしょう」


 つまり、彼が盧主席との仲介役となって、自分が生きているうちは、諸々抑えてやるという話である。

 張としては、残りの余生をシャバで真っ当に暮らすためのカードとしても利用できるわけであるから、彼もなかなかのタヌキという事でもある。

 言ってみれば盧を利用して、張派の共産党員の保全も図ろうという魂胆なのであろう。そこはそんなものなのだろう。だが、張自身も個人的な事で言えば……そんな話がどうにも好きなようではある。

 

 フェルもウンウンと頷いて、納得したようだ。


『マサトサン。ソウいうことなら、差し障りのない程度なら話して構いませんよね』

「まあ、日本の外相で副総理のフェルがそう決めたのならいいんじゃないか? 防衛総省長官としても、張先生がそこまでおっしゃってくれるのなら、こういう言い方もなんだけど、張先生の立場も利用させて貰おうよ」


 フェルもコクコクと頷いて、「では……」と『差し障りのない範囲』で、『ガーグ・デーラ』という存在のことを話した……そしてかのニセポル事件からの顛末と、『上海工程作業車輛工業公司』の役員と軍人の一部が企んでいたその内容も張に話してやった。


 ……その内容を聞いた後の張は、物凄く訝しがる顔をして首を振りその話を聞き、事の重大性を悟ってくれたようだ。そして彼は腕を組んで相当何か考え込んだ跡、『決して悪いようにはしない』と二人に告げて、挨拶もそこそこに急ぎホテルを後にした……

 それを見送るフェルと柏木。


『フウ、あそこまで話せば、流石チャイナ国でも事の重大性を理解してくれるでショウ』

「張元主席はそうだと信じたいが……あの国の軍部っちゃぁそう簡単にはいかないよ、フェル」

『ハイ。そこは折り込み済デスよ、マサトサン。ま、何かアレを軍事利用でもするのであれば、その時はその時デス』

「でも、フェルが見た、あの時の並行世界みたいにならないか?」

『今はもう日本国はティ連加盟国ですから、大丈夫デスよ。ヤルバーン州も自治国権限を持ってますので独自の自治権を持っていますしネ』

「なるほど確かにそうだな……ならばこの調子であとは日本の情報省が片付ける事件に俺たちが骨折ってやればいいって事か」

『ソウですね』


 ホテルのロビーでそんな話をする柏木夫妻。

 フェルはこれから米国の政府関係者に軍関係者と、この件で打ち合わせだ。米国には張に話した以上の事を資料付きで提示しなきゃならないわけだから、こりゃもっとえげつない話になる。

 柏木は愛妻を労って、大日本ホテルで軽くキスなんぞして別れる。


(米軍横田基地の件も、香港の件も、みんな情報省が動いた結果か……流石諜報専門の政府機関ができるとすごいな。まあ、それも情報省の一部の姿にすぎないわけだけど……)


 柏木も公用車に乗って、総理官邸へ向かう。春日と色々話をするためにだが、


「あ、君……」と今運転手やってるイゼイラ人秘書に声をかける柏木。ちょっと思うところができたようで……

『ハイ何でしょう長官』

「すまないが、車を〜そうだな、あそこの公園の前で停めてくれ」

『わかりましタ。ヤルバーンへ転送ですか?』

「うん。情報省に顔を出そうかと思ってね」

『そうですか。では、カスガ総理とのお話はどうなさいますか?』

「私から電話をかけておくよ。まあ、あとの話すことは、明日の会合でも構わないからな。君は今日はもういい。あがってもらってかまわないよ」

『承知いたしまシた。では……』


 柏木は公用車から降りると秘書と別れる。護衛のSPにも転送でヤルバーンへ行くと伝えると、何やら無線で連絡を取っているようだった。

 という事で、彼はPVMCGを作動させて光の柱となり、その場から消えると、瞬時に東京都ヤルバーン区総合転送ステーションへ送られる。

 すると即座にヤルバーンで待ち構えていた交代のSPと合流。いかんせん柏木はこれでも現在一応超VIPであるからして、昔のように彼一人で勝手にプラプラと飛び回れないのがつらいところ。ま、これも仕方がない。

 ヤルバーン区転送ステーションから情報省は近い場所にあるので、そのままSPゾロゾロ引き連れてその場所へ。

 霞が関にあるような官庁イメージの建物とは違い、イゼイラ建築様式の建物がすぐに見える。だが、正門には三島の達筆で書かれた『情報省』の看板がかけられてあったり。

 衛士に軽く挨拶して、省建物へ入る。


「(確か……新しい部署は、もう部屋できてるはずだったな)あ、ゴメン、総諜対の部署が正式に新設されたって聞いたんだけど、何階フロアかわかる?」


 柏木は見知ったいつもの情報省受付お姉さんに尋ねる。


「あ、柏木長官、おひさしぶりです。えっとですね七階の……」

「……お、ありがと。で、白木とかいるのかな?」

「少々お待ち下さい……あ、今日はいらっしゃいますね」

「了解。サンキュね」


 いつも情報省に顔出すときは、まず白木のいる内務局に顔出すのだが、彼は総諜対の班長も掛け持ちだそうなので、そっちにいるかな? と踏んだ次第。案の定アタリであった。

 階層転送機に入ると、即座に七階へ。このフロアは総諜対関連の部局が入ったフロアとなっている。

 で、今度は二藤部の達筆で、『情報省 総合諜報対応班』と書かれた看板の前に立つと、自動ドアだと思っていた扉が、アンティークな欧州風ノブの付いた古風なアナログ扉だったりするので、訝しがる顔をする柏木。


 ノブをクイと回して、中に入ると……


「いらっしゃいませ……って、あら、柏木長官様。お久しぶりでございます」


 帽子掛けのある受付に座るは、なんと田中さんだった!

 田中さんも彼氏のザッシュ君とムフフしたかどうかはわからないが、婚姻薬飲んで柏木同様イゼイラ化し、御容姿年齢三十歳前半。でもお美しいのは変わりなし。

 男の子を出産したそうで、柏木夫妻とちがって、地球人系のお子様がいるという次第。もちろん胎生出産である。でもって出産したぐらいであるからして、ムフフはやっているという次第。


「たた、田中さん?? って何で田中さんが、んなとこ座ってるんですか?」

「何でも総諜対の受付さんが、まだ決まらないという話だそうでして、私が大森の指示で、アルバイトで受付させていただいているのです」


 いやちょっとマテ。田中さんは今OGHじゃ取締役の『秘書室長』さんではないのかと。

 一説では次期OGH女性会長ともお噂されている田中さんであるからして。


「はあ……そうですか、って! それ以前になんですか、その受付は……帽子掛けに何かアナログチックなインターフォンで……」

「ウフフ、柏木様、私の膝へお座りになりまして?」

「いやいや、んな事したらザッシュさんに殺されるでしょう。ははは。って、誰がこんな間取りにしたんだよ。総諜対ってっても凝りすぎでしょ」


 そういうと、奥の扉がガチャリと空いて


「メイラ少佐だよ。こんな風にしたの」

「お、白木。よっ、久しぶり」

「おう、お前の秘書さんから連絡あってな。待ってたぜ大将。ま、入れよ」


 と誘われて執務室に入る柏木…………案の定腰砕け……


「おま、柏木、月丘と同じ反応するな……流石はアッチ系知識豊富なところはあいつと変わらずか?」

「いやいやいやいや。メイラ少佐の、かの英国情報部好きは知ってるけど、ここまでするかぁ? なんだよあのウィリアム三世の絵は。腕時計型のダーツ発射機で馬のケツ刺すか? オイ」

「んなマニアックな……普通の人しらねーぞ」

「自慢じゃないが、俺は全作見たからな。メイラ少佐には負けないつもりだぞ。元TES社員なめんなよ」

「そこでメイラ少佐がジト目で見てるぞ柏木」

「え゛!?」

「ウソだよ。ほら、仕事だ仕事。まあ座れよ……あ、田中さん、すみませんが、コレに茶でも入れてやってください」

「なんだよ白木、コレって……ぞんざいな扱いだなオイぃ」

「いーじゃねーかよ」と言いつつ白木は調度品のような執務机においてあった寿司ネタの漢字がどっさり書いてある湯呑みを取って、柏木のいるソファーに移動する。

 

 十年たっても白木と柏木はこんな感じである。 白木も柏木もお互い相当な偉いサンだが、だからどうしたってな話であるところがいつものコイツらであったりする。

 で、田中さんがお茶を煎れてくれる。流石は田中さんのお茶である。滅茶苦茶うまい。ほっと一息の柏木長官。

 

「で、柏木。会ってきたのか?」

「うん。って、帰国早々ああいうイベント仕込んでどうすんだよ」

「いやいや、イベントってわけでもねぇよ。今政府のティ連窓口は、おめーと会談求める外国要人のキャンセル待ち状態だからな。特に横田の一件以降はよ」

「ああ。それはわかってるけどな……日本政府が窓口っつっても、程々にしておいてくれよ」

「努力はしますよ、で、今日来たのはあの一件か?」

「ああ。張元主席と会ったからというワケじゃないんだけど、よくもまぁあんなスパイ映画じみた事、この総諜対ができたばかりでよーやったなぁってな……俺も一応人事資料は目を通したけど、その新人さんすごいな。どこから拾ってきたんだよ」

「麗子がな、二年前ぐらいだかにな。スカウトしてきた」

「え? 二年前? いや情報省に入ってきたのはこの間だろ? その前はイツツジさんところの保険調査員って……」

「それはコイツの身分をな、工作するためのな……わかるだろ?」


 そう言うと白木は執務机の引き出しを開けて書類を取り出し、ポンと柏木に渡す。


「これが裏の履歴書だ。ま、読んでみてくれ」


 そこには以前柏木が見た『月丘和輝』の履歴書とは、また別の人事データが記されていた。


「…………!! こりゃ!……」

「へへ、驚いたか?」

「ハンティングドッグ警備株式会社……ここって確か、南米かどっかの国の民間軍事会社じゃなかったか?」

「そう。麗子が中東に石油関連の投資話でな、向こうに行った時拾ってきたそうだ。それでイツツジグループの保険屋に入社させて、まあちょっとの間現代日本に慣れさせてな、それからこっちに引っ張ってきた。保険調査員やってたときも、優秀な社員で向こうも手放すの最初渋ってたそうだけどよ、むはは」

「え? じゃあ麗子さんもこの、月丘君の素性を知って?」

「ま、そこんところは色々あってな。話すか?」

「ああ、是非聞きたいね……」


 白木は月丘をこっちに引っ張ってきたそのあたりの事情を色々と話した……だが、これはまだ情報省の特定機密である。


    *    *


 翌日。

 月丘の家。即ち集合住宅地区。有り体な話地球風にいえばマンションだが、そこから情報省のある地区まではトランスポーターで二〇分ほどかかる。

 今、東京都ヤルバーン区と呼ばれる場所は、旧『探査母艦ヤルバーン』と呼ばれた部分の一角と、新たにタワーへ建設された螺旋階段のごとく連なる人工大陸部分の一つ、所謂『リトル・ヤルマルティア』の事を言うわけであるが、大使館は旧ヤルバーン探査母艦区画から、このリトル・ヤルマルティアへ移設されている。月丘のマンションはこのリトル・ヤルマルティアにあるわけで、そこからご出勤である。

 徒歩で近くのコンビニにて昼飯を買ってから、転送ステーションで下層のヤルバーン区までひとっ飛びする。即ヤルバーン区行政区画へ到着。情報省で内勤の日はそんな感じ。


『あ、カズキサン!』

「おう、プリちゃん、おはよう」


 と、たまに出勤時間帯が同じプリルと鉢合わせたりもしたり。相棒同士で朝の雑談などしながら一緒に出勤である。

 って、一応この人達諜報員なのに、霞が関にいる普通の役人みたいに出勤とは、まあこれも日本らしいというかなんというか、そんなところである。別に情報省だからといって、何か特別な出勤方法があるわけでなし、等身大の肖像画にもたれかかって、それがひっくりかえって滑り台で滑り落ちるという事もない。一〇年後の日本でも、そこは普通である……まあ、転送装置みたいなものはあるにせよではあるが。


 ということで、毎度の如くセキュリティパスし総諜対のある七階へ。テクノロジーを駆使したこの建物において、なんとも場違いなアナログのノブを回して部屋に入ると……

 

『おはようございますぅ』


 今日は昨日と違う女性が座っていた。イゼイラ人のようである。容姿は二十歳前後の可愛い系の女性。

 昨日の朝は確かOGHの秘書室長さんだったと思ったが、今日は……


「あ、あのどちらさまで?」


 と月丘が尋ねると、プリルがすかさず


『カ、カズキサン! この方は、ヤルバーン州科学局局長さんの、ケラー・ニーラ・ダーズ・メムルですよっ!』

「ニーラ・ダーズ……って、え? あの東大の名誉教授の!?」

『ですです!』

「あ! こ、これはとんだ失礼をば……って、いやいやいや、そんなお方がなぜにまたそんなところでマニペニーしてらっしゃるんでしょうか?」

『え? ケラー・メイラにですね、ここに座っていたら、ネコサンキャラ云十年記念グッズをくれるというのでですね……』


 どうもニーラ教授のネコサングッズ趣味はまだ健在のようである。この記念グッズに応募したが、外してしまったそうで、残念至極で寝れなかったところに、どういうわけかメイラがそのグッズを所有しており、グッズをやるからという話で、それにつられて今日はバイトという次第だそうである。


(なんだかなぁ……)と腰に手を当てて、カクっとなる月丘。いい加減人雇えよと……もしかして、ここにヤルバーン有名女性・フリュを日替わりで据え置いて名所にでもするつもりかと

 そんなこんなでまあ毎度の事という話もありますがと思いつつ、月丘にプリルは執務室へ。すると今日は白木局長兼班長は不在のようである。


「おはようございます。って、あれ? 山本さん? 今日は白木さんいないんですか?」

「おう月丘、おはようさん……ああ、今日はホレ、例の柏木長官様が帰ってきてるだろ。その関係で官邸までな」

「ああ、柏木防衛総省長官ですか。なるほど……ではあの作戦も当然?」

「モチロンその件も含めてな。で、その事だが……」


 と山本は月丘とプリルを部屋の中央にある来賓用ソファーへ誘うと、コーヒーを二人に挿れてやる。


「あ、どもすみません」『すみませんケラー』

「で……なんともな話だけどな。昨日柏木長官、あの張元主席と会談したそうなんだ」

「え? 張元主席? ……張徳懐元国家主席ですか?」

「おうそうだ」


 月丘の表情が少し変わる。プリルは彼の表情の変化を見て「?」と思うが……


「ま、月丘には少々因縁のあるご老体だわな」

「……ええ……まあ……」


 「え?」という表情になるプリル


『確カ……チャンシュセキというのは、この間のホンコン、いえ、チャイナ国の元国家元首デスよね。その方とカズキサンが関係あるって?』


 そう言うと月丘は、


「ああいやいやプリちゃん。張元主席と俺とは何の関係もないよ」と手を横に振り、「ただ……ね……」


 すると横で山本が


「若かりし日の、冒険心か、それとも火遊びか、ってか?」

「はあ、もう、それは言わないでくださいよ……」

『エ? ナンデスカなんですか!?』


 すると流石に山本もこれ以上は可哀想かと思い、


「プリルちゃん。それは内緒~~プリルちゃん憧れカズキさんの、隠された過去……」

「いや、山本さん。それ全然フォローになってないですって」

「お、そうか?」

「いやまぁ、こんな情報省なんてとこ入って別に隠す必要なんてないんですけどね……プリちゃん、また今度、話す機会があれば、ちゃんと話してあげるよ。な、それで勘弁」


 パンと両手で拝む月丘。


『あ、そそそんな……カズキサンが話したくないなら、無理にとは言わないですよぉ、いいですいいです』


 プリルも両手を前で交差させて恐縮する。フっと笑ってプリルの頭をポンポン叩く月丘。別にこの二人は恋人同士というわけではない。だが、いつも兄妹のようにウマが合っている。


(あの時の因縁ってわけじゃないのだろうけど……これも運命の続きってヤツなのかなぁ……)


 どうもこの月丘という男も、かの時、一〇年前の因縁、そして因果を背負った男のようである。しかもかなり日本人離れした世界で生きてきたようにも見える。

 確かに、あの香港での事案を行った時、普通に考えて今の日本人。仮に自衛官や公安警察官を使ったとしても、あそこまでのアクションは起こせないだろう。かの時の彼の動きは、テロリストか工作員か、はたまたそういった特殊な訓練を受けていたプロか。




 さて、この月丘という男、一体何者なのだろうか……?



 


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