【序章・二〇二云年】   第一話 『総諜対』

 ~ 序章・二〇二云年 ~



 地球という惑星の歴史において、いろんな人種に民族や国があり、それぞれが歴史物語を紡ぎつつ、人類は現在まで発展を遂げてきたわけであるが、やはりその中でも人類にとって例外なく、最もセンセーショナルに歴史を動かすシーンとなるのが、見知らぬ人種、民族との遭遇・出会いである。

 だが、その会遇のほとんどは、良きものとは言い難いのがこの人類という種族の歴史というやつだ。

 知恵をもった生命体である人類は、自己の利益を守るための集団を作る社会性を、高度に発達させた生物として進化を遂げた。だが結果、小さなものでは家族や一族といった単位から、集落と集落。宗教と宗教などといったそんなもののぶつかり合いに始まり、人種同士、階層同士、イデオロギー同士、最終的には、国家同士と、まあこれ飽きもせずに見事なほどこういった未知の集団との会遇は、必ず会敵となり、争いになって歴史に刻まれていくというのが常道であった。

 こんな歴史を未来の人間が過去を振り返って省みるとき、なんとも命を掛けたコントではないかと思えるぐらいに同じことを形を変え、品を変えては繰り返し、今の地球世界がある。


 だが、二〇一云年のある日。地球世界はそれまでの常識を覆すような、フィクション世界がそのまま顕現したような現実を目の当たりにした。

 人類は初めて、自らとは違った生態と知性を持つ『種』と会遇したのである。

 宇宙から飛来したその『種』との接触は、また新たな会敵となるかと世は戦慄したが……


 彼らの向かった先は、この地球という惑星の中でもとりわけ変わった民が生きる国……『日本国』であった。

 無論、この国の国民が、何か特別で特殊な能力を他の人類と比べて持っているというわけではない。

 戦争もすれば侵略もしたことあるし、年がら年中戦に明け暮れていた時期もあり、そこんところはそんなに他の民族と変わりはしないのだが……唯一他の民族と比較し突出して違う点、それは『物事、事象に馴染み、融合する』という事に対し、異常に長けた国民であるという点だった。


 二〇一云年、遥か久遠の彼方、地球から約五〇〇〇万光年先からやってきたティエルクマスカ銀河星間共和連合-イゼイラ星間共和国の超大型宇宙船ヤルバーン。

 彼ら異性知的生命体と日本人との遭遇は、それまで『お約束の前例』と言われるほど、まずは挨拶代わりでビームとミサイルの名刺交換……というものではなく、アニメに花火という大歓迎のもと、平和裏に彼らと交流を持つことが出来た。

 日本国と日本人は、彼らを遠路はるばるやてきた客人として労い持て成し、更には友として歓迎し、拒まなかったのだ……

 

 そして最初に生まれた男女の深い絆。これがこの地球世界におけるパラダイムシフトの始まりであり、後に細胞が活発に分裂するかの如く、その絆が二つになり、三つになり、物語を紡ぎ紡がれ広がっていった……

 結果、馴染み、融合し、それが新たな常道、常識、秩序となる。

 日本は地球における他の国とは違う……いや、これはティ連の各国とも何かが違う、独特な世界へシフトしていく……それはこの国が彼の者達が切望、希求した希望と悠久の『聖地』故か? そんな概念も取り込みながら物語を悠久に紡ぐこの世界。

 一つの時の流れが区切りを迎えた時、新たな因果がこの世界に繋がれ、またそこに因果の糸を繰る新たな物語が始まる……

 その物語を紡ぐ場所、そして国。その名は……


















 



 《 銀河連合日本 第二部 The Next Era 【序・二〇二云年】 》




















 で……結局この次元世界におけるパラダイムシフトの核心とは、所謂一人の『突撃バカ』『銀河級アサルトバカ』なる異名を持った有名な男が異星人の別嬪さんを手篭……まあそんな健全な関係を持ち、更には宇宙で対物ライフル一発ぶちかまして銀河の晒し者になったとかいう、そんな経緯もありーので、結果、もしかしたら普通にニトベミクスで経済三本の矢とか、南沙諸島で領有権あるだのないだのでモメてみたりとか、尖閣で中国とやりあったりとか、フィリピンでヤク中殺しまくってる大統領が就任したとか、そんな時代と世界で恙無く推移していこうとしていたこの星を、そりゃぁもうハチャメチャな流れへ持っていって、世界の不文律ともいえるパワーバランスを見事にぶち壊し、結果……あくまで結果論で、日本国を地球にいながら別の世界へ転移させてしまったような、そんなレベルにまでやらかしてしまった人物がいたせいで、この世界独特の『世界観』が形作られ、そして固定化させてしまったという、そんな因果の物語を紡いでしまった『男』というのがこれ……


【柏木真人(47)】というオッサンであったりするわけで、そのパラダイムシフト的化学反応のクソバカでっかい触媒となったのが、彼の奥方様である異星人【フェルフェリア・ヤーマ・カシワギ・ナァカァラ】こと日本名【柏木迦具夜(56)】であったりする。ちなみにこの年齢は地球時間年齢であり、イゼイラ的な容姿肉体年齢は、フェルさんまだまだお若く美しく28歳ぐらい。柏木も42歳ぐらいの肉体であったりするわけである。

 柏木はフェルとムフフしたせいでそんなイゼイラ人と同等の寿命となったわけで、この年になるとやはり地球人主観としての『経齢格差』などというものもヒシヒシと感じてきたりするわけなのだが、実際の話、この経齢格差問題は社会問題として、ここにきて色々と世に話題として登る事にもなっていたりする。

 実際問題、柏木の友人である白木や大見、麗子に美里は、正味あれから一〇年経った年齢そのまんまであるからして、やはりそこは柏木と比べると、まだそんなに変わらないものの、若干見た目に差異は出てくるものなのであろう。そこは詮無き事と言うしかない。

 あの麗子嬢ですら、もう三六歳で、六年前に白木と結婚し、麗子によく似た(性格も)女の子が一人いる立派なご婦人であるからして、彼女を見ればその時代の変節も、やはりわかろうものというものである……ちなみにこの夫婦は相も変わらず柏木夫妻に負けじ劣らずで仲の良い夫婦であるらしい。んでもってお金持ちはやっぱり美魔女という奴である。見た目は案外お若いそうで。結構な事である……


 という事で、とりあえずそれはさておき……

 

 今、このかの時より一〇年後の地球世界では、大なり小なり国としては当たり前の揉め事やらなんやらと良くも悪くも国家間における相応の関係というものは恙無く存在していいるわけで、それはそれでまたヤルバーンがこの地球世界の一国家民族種族としての仲間入りを果たしたその時から相応の所謂、時事というものもできてくるわけで、そんな感じでの月日を百代の過客にして、行かふ年も又旅人の如く、人々は過ごしていたわけであった。

 まあそれまでにも、良い方向性としては、地球での難題であった国際的テロ組織なんぞを潰せたりとか、そこで変な巨大ロボ娘……人型機動兵器形状の新型艦船がお披露目されたりとか……そんなこともあったのではあるが、今後の世界において大きな大きな問題の種となるのが……


日本国、横田基地で発生した……

『ロボット型機動兵器原因不明暴走事件』


 であった。この事件、日本勢はその結果が何であるかはもう既に知っている。

 そう、かのポルに化けた新型『ヒトガタドーラ』が日本に潜伏した際、そいつがいくつか製造したと思われるネイティブ的なドーラがさらに自らのデッドコピーを作ったと思われ、その地球産ドーラ・コアが米軍兵器M4A2機動戦車に寄生、変容し、顕現した姿であったわけだが……無論米国はそんなこと知らないわけではあるからして、そこが彼の国の痛し痒しでもある。

 というのも、米国が大っぴらに動けば、このメックばりの機動兵器でもある謎の暴走兵器の秘密を独占できなくなるわけで、彼の国でも情報管制を敷き、この事件に関しては、『「米軍が調査した結果」によると、米国官民合同企業である、ユナイテッド・ギャラクシー社がテストしていた無人機動戦車が暴走した事件である』ということで公表し、日本にもこれで大きな貸しを一つ作って、かの国の国益へとする事案、即ち外交カードにしたという次第なわけである。

 

 ただ、これはあくまで表向きの話。政府間レベルの内幕では、それはもう侃侃諤諤とやっているわけであったりする。

 基本、現在の銀河連合日本国と米国は良好な同盟関係を保ってはいるが、現在の日本も今やなんだかんだで地球世界最大の超大国である。その条約に協定内容も、もう色々と違うわけであって、そうなればやはり一〇年前の日米同盟関係と全く同じというわけにはいかないところもあるという次第。


    *    *


「フェルフェリア外務大臣閣下……あー、こういう言い方も何なのですが、先日の事件についてですな、日本国の外務大臣として貴方がここにいらっしゃる時点で、『何のことかわからない』と仰られましても……地球人の立場で言えば……お解りいただけますよね?」

『ファーダ・ウィリアム・ジョスター国務長官。ソウは言われましてもデスね。我々連合日本国としましても、正直ドウイウ状況か、こちらが知りたいぐらいでございまして……もしヤルバーンかティ連がなにがしらで関係があるのでしたら、連合主権体の国家として、我が国からヤルバーンやティ連に事の詳細のお伺いを立ててもみますし、連合本部から明確な回答を出して貰えるよう通達も行われマス。デスので貴国が引き上げた証拠品の調査をもっと詳しく行わせていただかなければ、我が国としましてもドウしようもないワケでありまして』


 今、日本のとある高級ホテルで行われているのは、日米外相会談。勿論議題は先日の『ロボット型機動兵器暴走事件』である。

 この外相会談、表向きは昨今また一九八〇年台ばりに復活してきた日米の貿易摩擦解消についての会談である。日本の企業がヤルバーン原器を解析した、政府・企業間協定内での地球技術オンリーな家電製品を武器に、世界へ日本家電復活の狼煙とばかりに大攻勢をかけ、それに脅威を感じた米国や欧州アジアといった国々と、昨今日本はスッタモンダと貿易問題関係の会談を連日行っている状況であった。

 ……と、あくまでこれは表向きの話……

 実際の内容は極秘状況で、かの事件の話である。なんせ米国は話す相手が『イゼイラ系日本人』のフェル大臣であるからして、そりゃもう先の事を突き詰めようと突っ込んだ話をバンバンと繰り出してくる。

 テーブルの上に米側が用意した写真等々証拠資料をたくさん敷き詰めて、やりあっている状態。

 制服組の軍人も出席していた。


「……ですが、あのような兵器、いや、ロボットですか? あの手の物は、申し訳ないがどう見ても地球の産物ではない。トンデモ兵器を年がら年中作って失敗しては博物館の所蔵品にするロシアですらやらかさないでしょう……まぁ? 確かに我が国にも技術供与されたobject(オブイェークト)コードの機動戦車の例もありますが、あれでも先日のバカげたメックよりは幾分マシだ。更に言わせてもらえば……確かキョッコウでしたか? あとキョクリュウ。それとパズラー……」

『ヴァズラーですね』

「あぁ、それです……あのジャパニメーションウェポンまがいの兵器でもまだ今では理解できますが……あのこの間のメックは、あーー、まるでマーベルか何かに出てきそうな感じのものです。到底人類が発想できるような容姿じゃなかった……」


 ジョスター国務長官は、身振り手振りを交えて西洋人らしい感じでフェルに問いかける……糾弾というような感じではないが、かれこれ会談が始まって小一時間。容姿年齢二七。八歳のフェルさん大臣が放つホエホエ感は今も健在で、その雰囲気がジョスター長官に熱弁を強要させる。

 ……実はフェル大臣。このホエホエ感が、世界各国宰相の間で有名で、のらりくらりと躱す名人で結構知られている。外務大臣、米国では国務長官という役職で、こののらりくらり戦法に長けた人物は歴史的にも名宰相で知られている人物が多いのだが、フェルさん大臣の場合は別に意図しているわけではなく『地』なので如何ともしがたい。

 今でもジョスター長官の話を聞きながら、両手で湯呑み持ってズズズと茶を一服すすっていたり。 


 そのホエホエオーラを放つフェルを見て、「あ~」と熱弁をやめる長官閣下。で、パンと手を叩き、少々考えて……


「フェルフェリア閣下……我が国もサマルカと国交を持ち、制限はありますが、相応の協定関係にある国家です。それに一〇年前とは違って、現在ではヤルバーン州の方々へも、我が国へのビザ無し渡航を認めさせていただいている関係にまでなりました……もしあの正体不明のメックに関して、あなた方が何か言えない事があるのであれば……その秘密は国家機密レベルで厳守いたします。正直言って、あれの正体をはっきりさせないことには今後の日米、ヤ米関係も色々と……お解りになりますよね?」

『ト、仰られましても……いかんせんそちらに物的証拠の全てがあるだけに、それを詳しく見聞させていただかないことには、何とも申し上げようがございませンデス……ズズズ』


 フェルも大したもんである。旧皇終生議員(休職中)は伊達ではない。なんせこんな風に言ってはいるが、あのM4ドーラに関してはもう既に解析済みで、別に今更調べなくても良いわけであって、フェルは米国が頭下げてくる頃合いを見計らっているのであったりする。

 彼女も彼女なりに米国外交というものを調査研究しているわけで、この国の所謂『損得外交』を理解しての交渉という次第であるわけだ。こういうところは交渉のプロで、夫でもある柏木の影響も受けていたりするわけで、まあ結構ヤリ手の日本政治家にフェルもなってたりするという話。


 ジョスター長官は、少々表情を苦虫噛んだような感じにする。実際彼は、各国外務関係者からフェルに関して相当なやり手外相という話を聞いてはいた。表向きのホエホエオーラと違って、のらりくらりと躱しつつ話の分からないネーチャンを演じてみたり、脅しでもかけようものなら、三倍返しでやんわり熨斗付けて返されたり、一部では『戦後日本憲政史上もっともやりにくい女』とも言われているだけの事はあると感じるジョスター長官。


「……わかりました。先の残骸を保管してあるユナイテッド・ギャラクシー社へ貴国調査スタッフも出入りできるよう取り計らいましょう。これで条件は対等です。ですから、この……」とジョスターは机に広げたある写真のいち箇所をトントンと突きながら、「……パーツを我々にも調査させていただきたい。あなた方が隠匿している事はもうわかっていますよ。どうせアレでしょう、転送装置か何かで他のこのパーツらとともに隠匿したのではないのですか? この部分がないのは絶対におかしい。この部分は我が国が本来優先的に確保できうる証拠物件です……如何ですか!?」


 ジョスターはもうわかっているぞといわんばかりにフェルへ詰め寄る。考えても見れば当たり前の話だ。米国とて今ではもう日本以外の地球世界で言えば、諸国に先んじて本格的な宇宙艦艇を持つ国家になっているわけである。ドーラコア部分がなくなって見つからない理由なんてのは、簡単に想像つくわけであるからして……

 ズズズと湯呑み持ち、両目つむってすするフェルの片目がピコンと開く……そろそろ頃合いかというところだ。

 米国政府が出資したUG社へ日本の技術スタッフを送り込める。つまりヤル研の猛者を送り込める……でもって、地位協定における調査権限の証拠取扱も今回は対等にするという言質が取れた。で、その条件がドーラコアの情報開示……(もうイイかな?)と思うフェルさん外務大臣。


 ……実は今回、ティエルクマスカ連合本部から、地域国家アメリカ国へドーラコアの情報開示を認可してもらっていたのだ。

 その理由は、現在地球から火星までの往還とはいえ、立派に航宙船舶を持った米国である。更に、今回のヒトガタドーラ事件に端を発する一連のドーラ関係事件。当然この太陽系にもガーグ・デーラの部隊規模単位での侵入も予想されるわけで、現在では『地球各国の盟主』と事実上なっている米国には、流石に教えておいた方が良いだろうという事で、そういう判断を本部からもらっていた。

 仮に米国籍の宇宙船舶が、火星-地球間で連中と接触し、被害を受けたとした場合、その後に連中の情報を開示しても遅いというわけである。事が起こってから『実は知っていました』では相手は普通納得しない。なぜもっと早く情報開示しないのだと騒ぎ立て、怒るだろう。考えても見れば当たり前の話である。

 なので……


『ファーダ・ジョスター?』

「何でしょう」

『分かりました……但し、その件についてお話するには少々条件がありマスです』

「条件?」

『ハイです。今から申し上げる条件を、ファーダ・ダイトウリョウのお名前でお約束できるという事であれば、貴国がお望みの情報を開示させていただきましょウ……実はコノ件につきましては、ティ連本部にも既に了解はとっておりますので……』

「…………」


 少し訝しがる顔をするジョスター国務長官。


『それと……もし今からお話する事で、我が国と貴国が連携を取らなければならない場合、我が連合ニホン及び、ティエルクマスカ連合の主導のもとでの対応を了承していただくことになります。これらの条件をお飲み頂けるのであれば、あの機動兵器暴走事故にまつわる全ての情報を開示させていただきます』


 そのフェルの言に、それまでの日本では考えられないような容赦のない条件を突きつけられたと感じるジョスター長官。

 要するに『暴走事故の件で日本の知ってることを教えて欲しければ、今後この件に関しては、完全に日本の軍門に下れ。それを大統領が保証しろ。でないと教えてあげないデスよ~』と言われているようなものである。

 ただ、フェルは一言付け加えることも忘れない。


『ファーダ・ジョスター? 誤解のないように申し上げておきまスが、我々は何も貴国に対して、無理難題を申し上げている訳ではゴザイマセン。要するにそれぐらいの覚悟を持っていただかなければ、私達もお話しできないという、そういった内容なのでございまス……貴方が先ほど申されましたように、あの暴走兵器の見た目と、貴方がたが我々ティエルクマスカを認識することと同じぐらいのものである内容というご推察は、正直申し上げまして、その通りと申し上げておきましょウ。ですので、この件に関して、もし内容をお知りになりたいという事であれば、今から申し上げる条件を、「アメリカガッシュウコク」という単位で……そう、もしお約束を違えるならば、我が連合日本とヤルバーン州、そしてティ連を全て敵に回すぐらいのお覚悟でお飲み頂く事が条件になりマスです……』


 ジョスターはそのフェルのホエホエオーラから覗かせる鋭い眼光に少々たじろぎながら、


「フェルフェリア大臣……ふぅむ……まさか貴方、いえ、貴国がそこまで仰られるとは……本当にその言と同じくするような内容なのでしょうな?」

『ハイです』


 まあ確かに間違ってはいない。恐らく地球規模でいえばそうなのであろう。だが……ちょっと盛ってるところは無きにしも非ずでもある。


「わかりました。ではその条件をお聞かせください。まずはそこからですな。それをお聞きしなければ、大統領にお話もできない」

『そうですね。デハ……』


 フェルは情報開示をする際の厳守条件を話す。

 色々とその条件を彼に伝えるわけであるが、その数ある条件の中でも、最もジョスターを驚かせたのは……


【情報開示された内容を、連合加盟国関係者の許諾なしに利用、応用しようとした場合、それが個人の場合は、その立場関係なく拘束後、記憶の消去処置を行う事もありうる。組織の場合は、壊滅処置もありうる。国家の場合は、その国家を崩壊させる処置を行う事もありうる。これを容認しなければならない】


 即ち、『ガーグ・デーラの情報を、私利私欲、特定国家の勢力拡大に使用したら、ティ連が全力で潰すけど、文句いうなよ』という条件を飲めという話なのである。

 一見聞くと、「ハァ?」ってな内容である。条件というより、『脅し』なわけである。というよりもその通りフェルは単なる脅しで言ってる訳で、もちろんそんな事をするつもりは毛頭ない。ただ、毛頭ないとはいえ、度を越せばありえる事でもあるわけで、嘘を言っている訳ではない。

 これがただの日本国が出した条件であれば、米国も流石に「何いってんの?」って話で一笑に付し、「ハイハイわかりまちた」と適当にあしらって返事だけしてればいいと思うところなのであろうが、現在相手にしているのは『銀河連合・日本国』である……しかもその担当接渉大臣がイゼイラ人で、フリンゼ様のフェルであるからして、そんな対応はさすがにできない訳で……

 ジョスターの思うところはさしずめ『まさか日本と交渉するのに、こんな大事になるとは』と思っているのであろう。同盟国とはいえ、もう今までと同じような同盟関係というわけにはいかないのが現在の日本である。

 実際、現在二〇二云年のこの世界でも、政権は自保党が担当しているのだが、その自保党構成国会議員には、若干数ながらフェル以外の帰化イゼイラ人やダストール人が数名いる。そして今やイゼイラのあるセタール恒星系に惑星一個領土を持ち、火星や一光年先の人工亜惑星に自治体を持つ国が日本である。もうかつての日本ではない訳だ。

 ジョスターは大きく吐息を一つつき、


「わかりました大臣。まあ何にせよ此度の事件において、正確な情報全てをお聞きできるのであれば、その条件も一考できると考えます……とりあえずこの件は大統領に報告しましょう」


 こんな条件、米国側としては、いち国務長官独断の権限で決められるようなものではない。

 当然大統領に話がいき、議会にかける必要もある内容だ。逆にいえば、それを乗り越えられれば、米国もティ連勢に対して新たな何かしらの扉を開く事ができる可能性もあるという事でもある。

 それがしょーもない内容なら国際問題に発展するのだろうが、今回ばかりはそれもないだろう。なんせ当のティ連勢である日本と、ヤルバーン州が危惧するぐらいの、宇宙規模の事案なのであるからして。


 ……と、そういう事でジョスター国務長官は帰国していった訳だが、実際の話フェルとしても今回の件は日本とヤルバーン州だけで事をどうにかするのは難しい問題だなあとは思う。フェルは現在外務大臣であると同時に、副総理でもあるわけで、現総理大臣の春日に此度の件を報告に行く。

 

(それと……マサトサンにも話しておかなくてはいけませんね)


 まだまだスケジュール一杯のフェルフェリア大臣。今日も一日忙しくなりそうな彼女であった……


    *    *


「……シャドウ・アルファよりスペクター・ワン。どうぞ」

『こちらスペクター・ワン。感度良好ですっ! 大丈夫ですかっ!?』

「はは、心配いらないよ、大丈夫大丈夫。ハァ……でもなぁ、専務も何考えてこんなところに私を送り込むかなぁ……」

『そんな愚痴は後回しですよ。お仕事お仕事です!』

「はいはい了解」


 シャドウ・アルファと呼称される男性。年の頃は四〇過ぎ。どこかの配送業者のようなツナギを着用し、その業者のマスコットが描かれたキャップ帽をかぶる。正直男前とは言い難い。所謂そこらへんにいるオッサンである。髪の毛も薄い。黒縁眼鏡のセンスは悪い。

 ただ、その声は容姿に似合わず若く、なかなかに美声である。

 一見鈍そうなその男は、トラックから配送用の荷物を降ろす。容姿に似合わず体力はありそうだ。


 さて、舞台は変わってここは香港である。

 かつて九龍城があった頃の香港とは違い、今ではすっかり普通の大都市と化している香港であったが、それでもいかんせん「とりあえず」一国二制度継続中の香港にあって、その自治体面積が狭いがゆえに相も変わらず雑踏感があるのは現在も変わらない。

 そんな場所で働く日本人。でもシャドウ・アルファなんてコードネーム丸出しで呼びあえば、普通の人達ではないのは当たり前。

 その荷物を降ろしている企業は中国の重機メーカー。何年か前に米国の重機メーカーを買収した企業で、昨今新興国向けの重機受注で大きくなってきているメーカーだ。

 仲間と荷降ろし作業をするその男。その人数は七人ほどで、二台のトラックに分かれてやってきていた。

 何やら周りを気にしながら作業に従事する七人……しばしすると、この企業の社員らしき人物、要するに荷物搬入の監督をやっている人物が、誰かに呼ばれて奥に引っ込む。

 その様子を見ていた仲間の一人が、シャドウ・アルファを名乗る男性に目配せをする。

 シャドウ・アルファはコクと頷いて作業の手を止め、すかさず社員の引っ込んでいった扉に駆け寄り、壁を背に中の様子をうかがう。

 再度仲間と目配せをすると以心伝心、七人がそれまで行っていた作業とは別の行動を取り初め、シャドウ・アルファは袖をまくると……何と男の腕にはPVMCGがはめられており、それにスっと触れた途端、彼の姿はその場の景色に溶け込むように消えていった……そう、PVMCGの光学迷彩機能を発動させたのだ。


 景色に溶け込むシャドウ・アルファ。だが目を凝らすと、なんとなく人形でモヤっとした物体が移動していく様子が見てとれる。まるで、かつてあった『捕食者』の異名を取る異星人とマッチョな米軍人が戦ったSF映画の異星人技術のようである。


「対象施設潜入成功。光学迷彩発動中だ……ヤルバーン州の中央システムでネガティブ反応が出たってのは、この企業のメインサーバー室だって話だな」

『はいです! 公安さんの確保した人物のひゅーみんとから、確実だという話ですので』

「で、ブツ自体があるわけじゃないんだな?」

『はい! データだけです。とにかく明日その企業に入るチャイナ国軍幹部が、その情報を入手する前にコピーされたメディアを抹消しないと』

「ではサーバーデータの方は?」

『ヤルバーンのメインシステムが介入して、既に消去済みです。代わりにダミーデータを放り込みましたので、こちらの介入は気づかれていないと思います……ですが、チキュウ製の記録媒体に保管されてしまっては流石にどうしようもないので、コレに関しては物理的に奪取するしかないというわけですね』


 コクコクと頷くシャドウ・アルファ


「こんな泥棒みたいな真似するの、会社勤めしてた時以来だな」

『カーシェル・メイラが最初「私がやるー!」って言ってましたよ』

「あのお姉サンは、あの映画の見すぎなんですよっと……よし、ここだな……」


 男は小さなVMCモニターに示された光点をたどり、到着したのはこの企業の重役室のようである。


「ここにあるんだな?」

『ハイ、公安サンのお話では、その部屋の奥にある金庫に、赤色のチキュウ製大容量チップがあるそうです。そこに入れたという事を確保したその企業の技術者から聞き出してイマス』

「わかった……では……」


 PVMCGを操作すると、その部屋の鍵が簡単にカチャリと開く。

 重役室のような扉であるからして、電子ロックに網膜認証といった物々しいシステムに守られているのではあるが、それでもPVMCGの機能を駆使すれば、こんなロック程度簡単に解錠できるという次第。

 半透明の物体がその部屋に入る。すぐに予め調査済みの金庫がある場所へ小走りに走る。無論事前に収集した情報通り、金庫もあった。金庫自体はセキュリティ的にそんなめんどくさそうなものではない。普通の典型的なダイアル式金庫である。

 だか、こういったアナログ金庫の方が解錠するのに手間がかかる。なぜなら物理的な操作が必要だからだ。

 なので、PVMCGで解錠するにも、少々手間がかかる。

 PVMCGで金庫の透過内部構造データをヤルバーンシステムに送る。するとヤルバーンシステムは、すぐさま、ものの数秒でその金庫の構造を解析する。次に男のPVMCGを金庫にかざすと、トラクターフィールドが金庫のダイアルに照射されてカラカラとダイヤルがトラクターフィールドの力で回転し、これもすぐさま……


「……こちらシャドウ・アルファ。解錠した……えっと?……あ、あった」


 彼は金庫の奥から、赤い色をしたこの時代の最新メモリー媒体を取り出し、PVMCGをかざしてスペクター・ワンに確認を取る。


『そうです! その記憶媒体ですねっ!』


 ちなみにこの時代のメモリー……一〇年前のあの時代、世はSSDが一テラとか騒いでた時代。あれから一〇年後の現在では、日本企業がティ連技術を応用した製品を世に送り出し、それはもうものすごい容量を持つメディア時代が到来していたりする。


「OK、んじゃさっさとトンズラするか……って、誰か来る!」


 扉のロックを強制的に解除しているので、この部屋への侵入がばれてしまうわけで、即座にPVMCGでロックをかけ直すシャドウ・アルファ。こういうことが可能だからPVMCGは便利だ。

 金庫も閉めて、部屋の隅に立つ彼。光学迷彩は動かない限り景色と完全に同化して正体がバレる心配はない。


 ピーと電子音が鳴り、ガチャと扉が開く。するとスーツ着た中国人らしき男と……なんと人民解放軍の軍服を着た幹部軍人らしき人物らが数人ゾロゾロと入室してきた。

 

(うわっちゃぁ~たまんねーな……)


 そりゃそうだ。透明人間になっているとはいえ、目の前でこんなおっかない中国軍人さんらが一同に介してるわけであるからして……

 だが彼が思うは、


(米国からM&Aしたばかりの企業になんでこんなに軍人が?……) 

 

 彼らの会話に聞き耳を立てるシャドウ・アルファ。勿論PVMCGの翻訳機能を通しての話。

 すると……話の内容は、『画期的な制御機器の設計図がある。日本から奪取した情報だ。これを提供するから共産党幹部へ推薦して欲しい』とかナントカ。

 まま、ありがちな話なので噴きそうになるのをこらえる彼。

 だが、その設計図とやらは今彼の懐の中。これだけは外へ出す訳にはいかない。しかも彼の言う『奪取』というのとは状況が大いに違う。日本人の何処かの誰かが故意に漏らしたデータというわけではない。


 ニコニコの得意顔で金庫を開け始めるその役員風体な男。部屋の隅っこでは口に手を当ててニヤニヤするシャドウ・アルファ。

 カチャリと金庫を開けると……勿論彼の思うところの物が無い。あせる役員。

 金庫の中身を全部取り出して、探し回るがない……軍の幹部も『どういうことだ?』と訝しがり、役員に詰め寄る。

 すると役員は、ハっと何かに気づき、机の引き出しを開ける。すると、液晶モニターが出てきた。

 スイッチを押し、何かを映し出す役員。

 シャドウ・アルファもそれを覗き込むと……何と、どうもこの部屋に隠しカメラでもあったようだ。数分前の映像が写っていた。


(うわ、マズ……この部屋隠しカメラなんて仕込んでたのかよ。事前調査でそんなのなかったぞ……)


 やはり物事というものはそう簡単になんでもうまくいくというものではない。必ず予期せぬイレギュラーが発生する。

 その液晶モニターには、勝手に役員室の扉が開き、何やらモヤモヤとした物体が、動き、金庫が勝手に開いて、勝手に閉まり、部屋の扉も勝手に閉まる様子が映し出されていた……そのモヤっとしたものは、部屋の隅で消えている。


 役員と軍人たちは、深刻な顔で顔を見合わせ、腰の銃を取り出して一気に警戒をしだす。

 役員も机から銃を取り出し部屋をキョロキョロさせて警戒する。


『日本のスパイが侵入したのか!?』『あんな芸当できるのは日本人か外星人だけだ!』とかそんな言葉を交わすこの連中。勿論即座に何処かへ内線をかけ、この施設全体に警報が鳴る。

 ちょっとマズイと思うシャドウ・アルファ。なぜなら、外で待っている仲間は基本外部委託業者を装っているわけで、彼らも警備員か何かに止められて外部へ脱出できなくなるからだ。

 だが、シャドウ・アルファは焦ることはない。丁度警備員がこの部屋へ慌てて入ってきたところを見計らって、その開けた扉に便乗してスっと部屋と抜け出すが……先程とは打って変わって外ではやんやの大さわぎになっており、この企業の社員からなにからが行ったり来たりしている様相になっていた。


 シャドウ・アルファは壁伝いに早歩きで抜け出そうと人気のないところで通信をする。


「(こちらシャドウ・アルファ。スペクター・ワン、まずい。盗んだのバレた)」

『わかってますぅ! 大丈夫ですかぁ!』

「(ああ、そこんところは問題ないが、あんな役員室に監視カメラなんて聞いてないぞ。普通一番秘密の話しなきゃなんない役員室に、監視カメラなんてないだろぅ……まぁ中国だからなぁ……)」


 何かの証拠映像でも捉えて、それをネタにしていけないことやらかそうとでも思ったか? かの軍人達に使おうとしたか? ……そんなところか。


『で、どうします?』

「(他のみんなは? それが心配だ)」

『バレた直後に撤退させましタ!』

「(OK、さすがだなプリちゃん)」

『あ~! コードで呼んで下さイ!』

「(いいじゃんか。で、転送回収してもらえる?)」

『すみません、無理ですぅ。例の阻害波動が張り巡らされています』

「なんだって! ちっ……中国もあの技術を会得してたのか……ロシアから流れたか? ってことは……」


 転送信号阻害装置である。この時代、ロシアが独自にティ連技術を研究中に偶然発見した特殊な電磁波である。これがティ連の使う転送エネルギーの正確な照射を妨げる機能があることがわかり、この時代軍事転用されていた。ヤルバーン州-ティ連内でも問題視されている技術である。

 同様の技術はティ連にも勿論あるが、地球独自の技術で、全く別のアプローチからのモノらしく、ロシアでも最重要極秘技術に指定されていたが、近年軍事関係者の間では、『匿名』を名乗るハッカー集団が流出させたのではないかと噂されている技術であった。

 ただ、システムがかなり巨大なモノらしく、そうそうどこでも使える代物ではないらしいが…… 


『ですです! シャドウ・アルファも早く脱出してくださいイ! 擬態効果が解けちゃいまスよ!』


 そう、この転送信号阻害装置の副次効果で何故か光学迷彩だけにノイズの走ることが判明しているのだ。

 外から入る光を屈折させる機能に、この転送信号阻害装置の何がしらかが干渉していると思われている。

 但し服飾機能や、キグルミシステム、仮想造成機能には影響がない事は判明している。

 という訳で案の定、ビシビシと彼の体に嫌な音がする。自分の体を見ると、透明な状態に何か電子的なノイズが走り出していた。

 当然そうなると第三者から見れば、今この企業の社屋に、何やら妙な半透明でありつつも、電気的なノイズを纒ったわけのわからない人形物体が直立しているという感じになるわけで、当然……


『あれはなんだ!』『あれだ!』『あいつだ!』


 そいう次第になるわけで、アサルトライフル構えた警備員……って……


「はぁ!? アサルトライフルって、人民解放軍じゃないか! なんであんなのがこの企業にいるんだよっ!」


 つまりこの企業、米国からM&Aしたわけであるが、その買収した企業は軍閥だったという話だ。

 これ、バレたら米国内でも相当問題になるような代物だ。思わぬ副産物な情報が入手できたシャドウ・アルファ。


『とにかく撤退してくだサイッ! えっとえっとこの場所に車を回しますから、そこまで逃げて!』

「ハイハイ了解!」


 逃走するその半透明状でノイズ纒った異様な人形物体。警報鳴り響くその施設からの脱出なるか! 

 頭のなかに叩き込んだ施設内部情報は正確だ。確実な足取りで疾走するシャドウ・アルファ。

 だが、敵も多数の軍人を投入し、彼に発砲してきた! 手に持つライフルは、95式自動歩槍。銃後部に弾倉を持つ『ブルパップ型』と呼ばれるライフルが唸り、薬莢を撒き散らす。


 シャドウアルファは、すかさずパーソナルシールドを展開。と同時に例の阻害波動の影響で、擬態効果が消え、冴えない黒縁メガネで薄毛のナントカサンみたいな配送業者のオッサンが顕現する。だがその動きは鍛えられた者の挙動で機敏である。

 手にすかさずディスカール製ブラスターガンを造成し、応戦。行く手を阻む兵士を二人昏倒させた。

 出口のシャッターが閉まりかけ、『マズイ!』と思った刹那、背後から兵士を攻撃するブラスターの閃光があった!

 中途半端に空いたシャッターから顔を覗かすは……女性の顔であった。


『お~い! こっちこっち! 早く早く!』


 手を上げて応答する、見た目冴えないオッサン。だが機敏に疾走し、シャッターの隙間を擦りぬけ外に脱出。なんとか施設外に出ることが出来た。

 するとそこには一台の『トヨハラ・エスパーダⅢ』が停めてあったり。


「って、プリちゃん、コレに乗ってきたの!」

『お姉ちゃんの造った自慢のジドーシャですよっ! これでウミまで逃げ切るんです! 早く早く!』


 そう、早くしないと銃声まで轟いたこの企業施設。当然香港警察もわんさとサイレン鳴らして押し寄せてくる。


「俺が運転する! プリちゃんは横乗って」

『ハイ!』


 自動車の扉に手をかけ、運転席に腰を沈めたと同時にその冴えないオッサン姿に電子的なノイズが走り……

 なんと、さっきのオッサンとは月とスッポンの、イケメンお兄さんが姿を表した! ままそれでも歳の頃は三〇過ぎか。だが、先程の運送業者のツナギ姿も冴えない薄毛頭も綺麗さっぱり変化して、濃紺のスリーピース・スーツ姿のカッコイイ、オッサンと若者のちょうど狭間な人物が顕現する。


「コードネーム、SHα(シャドウ・アルファ)三等諜報正 『月丘和輝』だ。ロック解除せよ」

【エスパーダⅢ・スペシャル。声紋認識。ロック解除します】


 プリちゃんなる人物と目で頷きあい、シフトレバーを入れて車をキキとタイヤから煙を迸らせ、ハンドルを華麗に切って車を疾走させるシャドウ・アルファ、いや、月丘なる人物。

 その強烈な車のターンに、隣りに座るプリちゃんは頭に深く被った帽子を遠心力で吹き飛ばされて、彼女も本当の姿を顕現させる……ピコンと横に飛び出すは特徴的な笹穂耳。一目瞭然。彼女は何と、ディスカール人だ。しかもこの車、『お姉ちゃん』なる人物が造ったという話。


 月丘はアクセル全開の見事なハンドルさばきで香港の街を疾走する。当然後方からは香港警察の車に、人民解放軍の高機動車『BJ2022』が追跡してくる。

 さて、カーチェイスの始まりだ。


 BGMは、香港より愛をこめて、ジョン・バリーで、Takes The Lektorといったところか。そんな音楽がほしい所。


 そんな音楽にでも乗るかのように疾走するエスパーダⅢ。流石香港の街である。自動車の数は流石に多いが、なんとか抜けて走れないこともない。そして流石のティ連技術投入改造車両である。各種補正装置が起動して、月丘のハンドリングをサポートする。

 横ではその乱暴な運転にキャーキャーいってるプリル嬢。でも月丘のサポートはしっかりと。

 

『カズキさん! 交差点右から高速動体。追跡者ですね!』

「あいよっ!」


 キキとハンドルを切る月丘。BJ2022に乗った兵士が発砲してきた!


「おわっ! 撃ってきたか! って、まぁそうなるわな!」

『こ、このスイッチ押しますねッ!』

「任せる! こっちゃ運転で精一杯だ!」


 ポチとシフトレバー付近のスイッチを押すプリル……すると、後部トランクの左右端がクインと開き、ティ連意匠の発射装置のようなものが顔を覗かせる。

 自動追尾でプリルがモニターで指定した熱源体を追うその発射装置。刹那、バババっと一閃ブラスター光弾が速射されて、BJ2022に見事命中。青白い電気を纏いながらスピンしつつ、近くの停車していた大型トラックに突っ込んでいく。

 だが、その突っ込んだBJ2022をさらりと躱し、更に追跡してくる別のBJ2022。その後方からは香港警察のパトカーも。

 ブラスターは続けて速射され、パトカー二台は急にエンストを起こしてその足を止める。

 急停止したもんだから、後続のパトカーが玉突き追突し、エライことになったり。

 

「プリちゃん、このエスパーダ。光学迷彩かけられないの!?」

『こんなところで光学迷彩かけても同じですよっ! 埃に土煙で結局見えちゃいます! それにこんなジドーシャの多い場所で透明のジドーシャが走ったら危ないじゃないですカ!』

「ま、それもそうか……んじゃとにかく海まで走るしかないな。で、船は迎えにきてるの?」

『ハイ、ホンコンウトウ東一〇キロ沖の海中で待機しています』

「うわ、モロ中国領海内じゃないか。よっくやるなぁ」


 交差点にT字路を左に右に躱すエスパーダⅢ。その間光学迷彩は無駄ということなので、敵を撹乱するために車体色を頻繁に黒から赤へ、赤から青へと変化させる。

 そうこうしているうちに、なんとか敵の追跡も落ちついてきたようだ。香港島東端まであと数十分といったところ。


「でもプリちゃんさぁ……今回出来た部署の初任務がこんなヤバイのって、どうなのよ実際」

『知りませんよぉ。私だっテ最初お姉チャンのお手伝いってことで、防衛総省から派遣されてきたんでスからぁ……そしたらヤルバーンに赴任するなりいきなり「ニホンコクの情報省へ出向シナサイ」なんて、聞いてませんよぉ……まあお仕事ですから文句は言いませんけど』

「あらあら、そりゃ災難だねぇ。って、私も似たようなもんか」



 ……さてこの男、なかなかに出来そうな男ではるが、一体何者か? という事だが……

 彼の名は『月丘和輝(ツキオカ・カズキ)三等諜報正』日本国情報省総合諜報対応班。略して『総諜対』。英名では一般的にJIA(Japan intelligence agency)と呼ばれているその中の諜報員で、実働部隊の一員であるのがこの男である。

 三等諜報正とは、あまり聞かない階級だが、かつて自衛隊が『警察予備隊』と言われていた頃に似たような階級呼称があった。その呼称を流用しているわけで、通常の軍隊で言えば、少佐。自衛隊で言えば三佐に相当する階級であるのが彼だ。

 基本表向きは政府諜報機関であって、自衛隊、つまり軍情報部ではないのが情報省である。従って扱いは厚生労働省麻薬取締官と同じく司法警察員の資格が与えられており、しかも連合防衛総省情報部連携機関としての役割も付加されているので、司法警察員よりも高度な武装を行う権限も与えられている。

 で、相棒として隣に座るディスカール人は、名を『プリル・リズ・シャー 二等諜報士』という。そう、かの御大、あのパウル艦長の妹君である。

 容姿年齢は、二三~四歳ぐらい。美人ではあるが、ちょっとカワイイ系のイメージも入ったエルフ型異星人だ。本来は連合防衛総省の技術士官で中尉だった彼女だが、防衛総省から日本国情報部へ出向を命じられ、この総諜対に入ってきた。

 まあプリルの方はままありがちな入省の理由である。かのシエやリアッサも同じような理由で特危自衛隊へ入ってきた経緯もある。

 だが月丘のほうがちょっとこれまた変わった経歴を持ってこの情報省へ入省してきた。

 実は月丘はスカウトでこの情報省へ入省してきたのである。っていうか、ある種命令とでも言う話もあるがという所。

 この男の前職は、かのイツツジグループ系列会社の一つ、『イツツジ・ハスマイヤー保険株式会社』の保険調査員だったのである。入社してきて二年ほどでイツツジグループの専務取締役のお目にかない、旦那様の白木崇雄に話を持ちかけたところ、更に面白い経歴が発覚し、麗子の推薦と、白木のスカウトという形でイツツジ・ハスマイヤー保険を退職し、情報省へ入省。その後ティ連防衛総省情報部で研修訓練を受け、優秀な成績で実働部隊へ配属されるという経歴を持つ訳で……のっけから三等諜報正なる階級を授与されるのであるから、その能力は彼の更なる過去の経歴に関係あるのか? という話にもなるが、まあその話は今はいい。

 先の通り所謂割とイケメンさんで、性格は紳士的な感じではあるが、これも何かの場数をこなしてきたから故の余裕とでも言うのか、そんなところである。


 ということで敵を撒いてしばしの余裕ができた二人。エスパーダⅢは車体色を変えに変え、今はガンメタル色になっていた。ちなみにこの変態エスパーダは、『パウル艦長設計。ヤル研とイ○れた技術者達』の提供でお送りしている。従って某アストンマーチンか、ロータスエスプリみたいな武装程度で済むわけがない。


『カズキサン! はいこれ!』

「え? 何これ……って、春巻?」

『さっき買ってオベントウ代わりに取っといたんです。ハラガヘッテハイクサガデキヌってニホンの諺でいうじゃないですかぁ。ってことで、ハイ、ア~ン』

「はいはい。ありがとね、ア~ン」


 運転中の月丘であるからしてそんな感じで食べさせてもらう彼。


「お、うめ! 流石本場」

『へへ~、おいしいでしょ~』


 そう言いながら笑うプリル。ピコピコ動く笹穂耳が可愛らしい。ちなみに彼女、彼氏ナシ。

 と、そんな話もつかの間、香港島、石澳道を入ってしばし。エスパーダのシステムが警報を鳴らす。


「何だ? プリちゃん、教えて!」

『はい! ……マズイですね、この先で検問やってるみたいです。上空のヴァルメが探知しました』

「チっ、あと少しでそれかよ……かなわんなぁ……」と月丘はしばし考えた後「仕方ないな、突っ込みますか」

『それしかないですねっ!』


 止めるかと思いきや、納得のプリちゃん。脇締めて両手をグーしてガンバポーズ。なかなか姉貴譲りの度胸座った異星人エルフである。

 だが、ただ突っ込むだけでは素人である。流石にこのスペシャルエスパーダⅢも地球製兵器の集中砲火を受ければただではすまない。なので……


「プリちゃん! 光学迷彩オン、耐弾シールドかけて!」

『ハイ、了解ですッ!』


 横でバッチリサポートのプリル。ポチポチとスイッチを押して光学迷彩と防御シールドをオンにする。

 そしてアクセルを踏み込む月丘。エンジン音がひと段階上がり、キキとカーブを曲がり、直線に入った。

 目の前に見えるは香港警察の検問だ。だがそこには軍の姿も見える。

 今、香港警察らの視点では、何かモヤモヤした物体がエンジン音唸らせて爆走してくる構図。何者かと狼狽しつつ目を凝らすと……


『あれだ! 撃て撃て!』と中国語で叫び、軍人の持つ95式小銃に警官の拳銃が火を吹き唸りを上げる。

 だが命中弾はあるものの、バシバシとその半透明の爆走物体に当たりはするが、火花が飛び散るだけで何ら効果がないようで、見る見る間にその物体は検問に近づき……バキっとバリケードをものすごい勢いで吹き飛ばし検問を軽く突破する……と同時にその衝撃で光学迷彩が解け、エスパーダⅢがビシビシと電光纏いながら姿を顕現させ、海の方向へ爆走していった!

 するとその時を待っていたとばかりに、丘の上からバタバタと音をさせてエスパーダⅢの背後上空から姿を見せるは、『WZ-10・霹靂火』攻撃ヘリコプター。中国国産の『昌和飛機工業公司』製戦闘ヘリだ!

 バタバタとローター音を木霊させてエスパーダⅢの背後を追うその機体。パイロットはヘルメット視点追跡型の照準をエスパーダⅢに合わせ、三〇ミリ機関砲を容赦なく発砲してくる。

 流石に三〇ミリ機関砲の直撃は、耐弾シールド張っているとは言えあまり受けたくはないものだ。月丘はハンドルを左右に切ってその射線をなんとか躱す。


「おいおいおい、こんな……映画じゃないんだからさぁ! ここまでするかよ中国サンはっ!」

『ってユーか、こんなに必死なのは奪取したメモリーの中身の意味、知ってるって事ですよね! チャイナ国は!』

「そういう事なんだろうなぁ!」

『でも、えすぱーだの運転、ウマイですね! 流石は昔取ったキヌガサですか!』

「それはスポーツ選手! うまいのは必死だから! 私の前の前の本職はアッチのチャイナさんの方!」


 ドドドと機関砲を絶え間なく放つWZ-10。ロケット弾もぶっ放してくるが、流石にそれは大きく外れた。流石にここまで接近して、高速の移動体相手にはロケット弾は役に立たない。


「(ヘリって奴は、高速に移動しているように見えて、最高速度って実はイタリアのスポーツカーとたいして変わんないんだよな……空飛んでるだけでアドバンテージがあるだけだ……ということは、アレが使えるな……)……プリちゃん? このエスパーダ、あの機能積んでる? ほら、何年か前にヤル研が研究してたヤツ」

『モチロンですよ! じゃないと船まで行けないじゃないですか!』

「ごもっともで。 んじゃちょっと早いけど、横道それるよっ、ちゃんとつかまってね!」


 月丘はハンドル近辺のスイッチを押すと……何やらシフトレバー後方からサイドブレーキのようなレバーがせり出してきた。そしてフロントガラスにポポポっとヘッドアップディスプレイのように計器のグラフィックが浮かび上がり、コクピット周りにも計器類がシュンシュンとゼル造成されていく。

 月丘はそのレバーを握ってトリガーのようなスイッチをクっと引くと、次にエスパーダⅢのタイヤホイールが横にせり出して、青白い光を放ちながらタイヤの回転に同期しつつ車輪直下に光の帯か、光の轍(わだち)のようなものを作り出し、尾を引いて加速する。

 後部トランクも変形し、ティ連機動兵器独特のジェネレーターのようなものがせり出してきた。


 ヘリのパイロットはそのサマに『なんだあれは』というような顔をして攻撃する手をしばし止めて見入ってしまっていた。


『空間障壁踏破機能稼働確認! いけますカズキサン!』

「おっしゃ、飛ぶぞ!」


 道路から飛び出して崖の方へ向かって走るエスパーダⅢ。攻撃ヘリパイロットは月丘達を気でも触れたか、観念したか、自決でもするかと思ったのか、攻撃の手を休めると……

 なんと! エスパーダはタイヤから光の尾を引いて崖を飛び越え、そのまま空中を走り出したではないか!

 唖然とするヘリパイロット。思わずその姿を目で追ってしまう。

 その光景、何年か前に見たヂラール戦時に『18式自動甲騎』が見せた低空踏破機能を発展させたような光景だった!


『ウワァ~! 飛んだ飛んだ! 空中をジドーシャが走ってます!』

「何いってんの、お宅らのトランスポーターとたいしてかわんないでしょうよ!」

『え? 空中に道路を仮想造成させてその上を車で走らせるなんて、そんなのチキュウジンサンしか発想しませんよっ!』

「お、なんかそれ遠回しにバカにされてるみたいですよっ! あ、可怪しいのはヤル研の連中か」


 納得する理由ができたので……


「プリちゃん、射撃得意だよねっ!正面の火器は私が担当するから、左側面は窓開けてお願いですよッ!」

『はい、了解です!』


 そういうとプリルはヴィスパー製対物斥力ライフルを造成させ、窓を開け、ズイと構えて月丘の機動を待つ。

 彼はまるで普通に車を運転するかのごとくハンドルを切るが、高度を司るのは、先程せり出してきたサイドブレーキ状のレバーだ。

 このレバーを上へグイと上げると、障壁道路ともいうべきものが上り坂として造成される。

 引く角度が大きければ大きいほど急な上り坂状になる。逆に押し込めば下り坂だ。その角度はHUDに表示される。従って、空間に仮想造成される『障壁状の道路』を車が走っている構図になるので、宙返りという行為だけは出来ない。

 月丘は高度をヘリより上になるようレバーを上げてアクセルを踏む。そして空中でスピンターンをかまして左側をヘリへ向けてプリルの射線を確保する。


「どうだプリちゃん!?」

『ハイ、いただきです。そのままの高度で、あのへりこぷたーの周囲を回ってください!』


 だがヘリのパイロットもさるもの。怪訝で唖然な表情をしつつも三〇ミリ機関砲を右へ旋回させ、ドドドと反撃発砲してくる!

 月丘はレバーを上下させ、アクセルふかして片手でハンドリングしながらその機関砲の射線を躱す。

 空中で上下左右左に右にと光をまとってカーアクションするサマは、何とも不思議な光景で華麗でもあった!


「ごめんプリちゃん! まだいける?」

『大丈夫ですっ! 私におまかせです! よーし今度はこっちの番ですからねッ!』


 そういうとプリルは体をシートに密着させて、ウィンドを半開きにさせ、ライフルを自分に都合の良い体勢で構え………………


 ドンドンドン! っと三発ヘリに向けて発砲! 空間波紋を纏いつつ予測射撃された曳光弾のような光弾がヘリのローターエンジン部に二発命中した!


『チッ! 一発外しましたっ!』 


 口を歪め、目をギラつかせ残念がるプリル。さきほどのカワイイ系美人さんの顔からは一瞬遠のいた表情。それを見てタハハ顔の月丘さん。


「二発命中で上等ですよプリちゃん」


 その通り、WZ-10はエンジンから煙を出しながら眼下へ不時着していく。月丘達の勝ちだ。


「よっしゃ、これで終わりだな……」


 レバーをぐんと下げ、急降下のような挙動を見せるエスパーダⅢ。そのまま海面を自動車が爆走するような構図で、東方向へ全力疾走していく。

 香港警察や軍は、自動車が海面を爆走していくサマを、唖然として見送るしかなかった。


 そしてしばし後、東端一〇キロほど疾走したエスパーダは、海面ギリギリで飛行甲板を見せ、いつでも潜行できる状態で遮蔽シールドを張る『宇宙空母カグヤ』に着艦。エスパーダを収納すると、即座に海中へ没する。

 その付近を偵察するためにスクランブルした中国軍哨戒機は、むなしく海上を眺めるのみであった……


    *    *


 それから数日後……


 日本国情報省の本省はどこにあるかというと……永田町でも霞が関でも市ヶ谷でもなく……

 なんとヤルバーン州日本国治外法権区改め、東京都ヤルバーン区という自治体に存在していた。

 この時代、日本は領土交換条約という協定を結び、この相模湾ヤルバーン州のおっ立つ一帯をイゼイラ共和国に領土として譲渡した形になっていた。

 代わりに、何と! 日本国はイゼイラ共和国セタール星系領内に、快適な地球型惑星一つを日本の行政区として活用してほしいと、イゼイラ共和国から相模湾のあの地と交換という形で譲渡される立場になっており、実のところ日本は現在世界で一番領土面積が大きい国家になってしまっているという状況なのである。

 ただその『大きい』という領土の単位が五〇〇〇万光年彼方と、火星と一光年先の人工亜惑星というのがなんともなところではあるが……

 そんな事もあって、かつて『ヤルバーン州日本治外法権区』と呼ばれた場所もヤルバーン州知事ヴェルデオの配慮で、日本の自治体にしてしまいましょうかという事になり、ヤルバーン区という東京都管轄の自治体になったという次第。だが、法によりこの場所のみ区長は選挙で選出されることはなく、国が第一ヤルバーン州―イゼイラ大使館の大使を任命する際、大使が区長も兼任する事となっていた。つまり選挙でどこかのわけのわからんポっと出の妙な人物が区長になられては困るところがヤルバーン区なので、まだそこはそんなところである。


 とま、それはともかく、所謂、『旧日・ヤ安全保障委員会』という非公式秘密結社的な存在が日本の省庁になってしまったのが現在の情報省であるからして、その本拠地もそれらしいところでという事で、こんな場所にあるという次第。この場所にある限り、情報省の名にふさわしく機密保持もバッチリであるからして……

 そこへ元気に出勤するは、情報省三等諜報正の月丘和輝である。ID代わりのPVMCGが反応して自動ドアがウィンと開く。

 同僚とすれ違うと、おはようございますと声をかけ、ちょっともよおして用を足しにトイレへ入ったり。自販機でお茶のペットボトルを購入して階層転送装置に入り、職場の階層へ……

 別段軍事組織というわけではなく、武器も持てる特殊な省庁ではあるが、基本表向きは一般省庁なので、敬礼なんてのもすることはなく、お辞儀して挨拶である。

 入省したばかりの時は、内務局に配属されたが、すぐに新設の部局へ異動させられたわけで、そこが現在の職場である『総諜対』であった。

 この組織の変わっているところは、その上位部局が何と『情報省安全保障調査委員会』なのである。つまりかつての『旧、日・ヤ安保委員会』直轄の部局ということだ。そしてこの直轄ということはつまるところ総理官邸直轄ということでもあるわけで、実は重要部局なのが総諜対である。


(さて、ここが私の新しい仕事場ですか……やっと正規の部屋ができましたね。こないだまで内務局の一角を間借りしてましたし……)

 

 そう、この『総諜対』は最近できた部署なので、それまでは白木局長んとこの内務局を間借りしていたのだが、今日やっと新しい部屋ができて、引っ越し作業も済んだばかりというところであったり。

 自動ドアではなく、アナログな扉なのが訝しいが、カチャリと開けて


「おはようございます~……って、ブッ!!!」


 なんなんだこの部屋の間取りはと思う月丘。

 なんか帽子掛けがあって、受付のおねーちゃんかおばちゃんが座る場所がある。

 その場所に座っているは……


「せ、専務! んなところでナニやってるんっすか!?」


 何とイツツジグループ専務取締役の白木麗子(旧姓五辻)婦人がお座りになってたり。


「あら、おはようございます月丘さん」

「いや、オハヨウじゃなくてですね。専務ともあろうお方が、受付にって……」

「別に構いませんわ。なんでも受付嬢サンがまだ決まってないらしくて、私にちょっとここに座っててくれってメイラさんに言われましてですね……」

「メ、メイラ少佐……もう、あの人は……いやね、専務。この間取りに構図って専務がマニペニー……」


 月丘が目撃した新たな職場の間取りはメイラ・バウルーサ・ヴェマ少佐の趣味であることが判明した。

 ハァ~と頭抱える月丘。あの人は熱狂的なあの映画のファンだと言う話は耳にしていたが、まさか新たな部署の部屋までこんな風にするとはと……


「専務もそんなとこにチョコンと座ってないで、一言二言言ってくださいよ、メイラ少佐に」

「そんな、わたくしはその映画なんて見た事ありませんので、文句のつけようがないですわよ」

「でも別に受付に座らなくても……」

「人手が足りないならお手伝いもしますわよ……って、あら、メイラさんおかえりなさい」

『あ、スミマセン、ケラー・レイコ。で、おはようケラー・ツキオカ』

「おはようございますメイラ少佐……って、少佐? それ、何ですか?」

『エ? あっちの執務室に飾る絵画ですよ』

「ちょっと見せてください……」と見た瞬間、反省猿のようになる月丘。

 その絵は、黒馬に跨った英国王ウィリアム三世の絵だった……どこから持ってきたんだと。


(ああ、ダメだ。メイラ少佐の趣味をナントカしないと、そのうちこの情報省『総諜対』はMI-6の分局になってしまう……)


 という事で、奥の執務室に入る月丘。カチャリと開けると……そこも案の定、そんなんだった。

 腰砕けになる月丘。ここはどっかのテーマパークかと。


「ははは、おはようさん月丘。ナニ腰砕けてんだよ」

「白木局長ぉ~……何とも思わないですかぁ?」


 その立派な調度品のような班長席に座るは白木だった。


「いーじゃねーかよ、楽しくてさ」


 すると隣の席に座るは……


「ははは! まぁメイラ少佐が仲間になるって聞いた瞬間、こうなるって想像できたけどな」


 と、気にするなと言うは情報省外務局局長の山本だった。


 そんなこんなと朝の雑談をしていると、メイラがウィリアム三世の絵の飾り付けが終わったらしく、実に満足げな表情で執務室に戻って来る。

 苦笑いな月丘だが、愉快に笑うは白木と山本。 


 そんなこんなで、続々とこの新たな部署。総諜対へスタッフが続々と出勤してくる。


『おはようございまス!』と元気なのは、香港で月丘の右腕をやっていた先のプリルちゃん。総諜対・技術開発担当。


 同じく「おはようございます」で颯爽とご登場なのは、何と! あの瀬戸智子だった。彼女はこれも白木のスカウトで、連合外務局部長身分の形で、情報省総諜対に出向してきているのだった。無論担当は連合政務折衝である。

 そして次にやってくるは……


『おはようござます。ミナサン、お揃いデスね』とこれまた驚きの人物、今でも変わらずアメリカンヒーローなセマル・ディート・ハルル一等諜報正だった。

 

「ふぅ、そろそろこちらに来てよろしいですかしら?」と部屋に入ってくるは、受付終了の麗子嬢。一般企業折衝担当である。


 そう、この総諜対という組織は、安全保障委員会直轄組織の特徴を活かし、いろんな部局、部署、組織、企業から、掛け持ちで各部局の枠を超えた人材を招聘し、任務を行うための組織なのである。

 従って月丘の正規配属部署は、実のところ情報省内務局。本来は白木の部下だ。


「よし、みんな集まったな……んじゃ残りのメンツの確認と行くか……で、連合防衛総省情報部から掛け持ちしてくれてるのが、メイラ少佐で……」


 情報省外務局から、山本の部下である長谷部と下村が参画する。

 ヤルバーン州調査局から、データ解析担当として、ポル。同じくヤルバーンから実力部隊派遣協力人員として自治局のリビリィ。

 防衛省及び陸海空特危自衛隊連絡係として、大見健。

 装備調達、開発として、ヤル研沢渡に、ヤルバーン技術士官でもあるプリルの姉、パウル艦長。

 そして……


「……んでもって、この総諜対の班長は、二藤部情報大臣と新見次官から、この俺が仰せつかっている。よろしくな」と白木、続けて「副班長は山本さんにやっていただく。お願いします山本さん」

「了解。各官庁組織に企業まで巻き込む、今までになかった縦も横もない組織だ。面白くなりそうだな、白木っつあん」

「ええ。で、面白いといえば……あの三人ですな……」

「そうそう、あの三人ね」


 ニヨニヨする白木と山本。


「え? 何ですかその三人って……」

「おう、月丘。で、その三人のスタッフは、この総諜対の『顧問』って事で入ってもらうんだが……」

「はぁ」

「その顧問さんが、かのフェルフェリア外務大臣兼副総理と、ヤルバーンのナヨ議会進行長閣下に……かの有名な、『突撃銀河バカ』の柏木真人連合防衛総省長官閣下で大先生だ」

「へぇ!! そうなんですか! すごいなそれは……」


 と驚く月丘に、プリル。でも他の諸氏はそれほどでもない。みんなニヤついて頷いている。


「ま、この中じゃ、一番新しい月丘と、プリちゃんはあんまり会った事ないと思うけどよ、この三人、これからはしょっちゅうコッチに顔出すと思うから、よろしくやってくれよ」


 という事で、正式に発足した新たな組織『総諜対』スタッフの紹介も終わり、早速話題は例の件へ……

 この総諜対が当面従事しなければならない最重要任務の話である……諸氏とりあえず思い思いの席へ着き、白木局長兼、班長の話を聞く。


「で、先日の件だが……月丘、プリちゃん、二人共ご苦労さんだったな」

「はい。で、あのメモリーですが、どうでしたか?」


 プリルも頷く。やはり気になると……


「ああ……ヤル研と、ヤル州調査局に解析してもらったが……やはり『あの』設計データだったそうだ……水際で抑えられて良かったぜ……」

「では、あのデータが……私もイゼイラの研修で習いましたが」

「ああ、ガーグ・デーラという組織のドーラって型の自律兵器だ」


 そう、あの香港の事件。その真相は、香港の件の企業が、なにがしかの方法で、ドーラコアの設計図を入手したという情報をヤルバーン州調査局が入手した事に端を発する。

 ヤルバーン州のネガティブデータ検知機能が探知したために、発覚したのだ。

 それで先のような顛末で、月丘やプリル達が活躍した訳だが、その際の経緯を色々調べると、どうもかのベースドーラコアと思わしき存在は、地球のネット空間にアクセスして、何やら色々ハッキングし、何かを画策しているようで、そんな中の一現象として、かの中国重機メーカーのデータサーバーに地球製ドーラ・コアの設計データが紛れ込んだのではないかという推測だった。


「だが、ここで問題なのは、そのドーラコアの設計図もさることながら、中国企業、というか軍が、地球人に解読できるんか? というような、妙ちくりんで暗号化されているも同然の設計データを読み取れたということだ……まぁヤルバーンがコッチに来てもう一〇年だ。あれから色々な形でこの地球世界の技術も進んだが、それが全部か一部かはわからないが、地球人にも理解できる形の設計図にコンバートできていた部分もあったので、そのような副次効果にも警戒しなければと言う話でな」

「なるほど……」 

「この総諜対というチームも、言うなればかのヒトガタドーラ事件に、M4ドーラ事件。それらがあってので出来た組織みたいなもんだ。ま、中国さんにゃ、今回ちょっと色々ちょっかいかけたが、そこは今後総諜対顧問のフェルフェリア外務大臣先生にお骨を折って頂いてだな……あのクソドーラの本隊がどこに紛れ込んでいるか、まずはそいつを探るのが最優先だ……みんな忙しくなる。気張ってくれよ」



 諸氏頷いて了解と改めて身を引き締める……



 二〇二云年の銀河連合日本国。新たな時代の物語が、ここに始まる……  


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銀河連合日本第二部。『銀河連合日本 The Next Era』の開幕です。


 新たな主人公に、第一部の登場人物も織り交ぜて紡ぐ『あの時から』の、この地球世界の物語。

またまた時事ネタもありーの、ヤル研ネタもありーの、あんなこんななネタもありーのって、そっちがメインじゃないだろうという話もありますが、早速ティ連人のメイラさんが発達過程文明探求魂でやらかしてくれたりとか。そんな毎度のノリで突き進んでいきます。


 宜しくご愛読、ご愛好賜りうますよう、宜しくお願い申し上げます!


○第一部はこちらへどうぞ。

(設定・用語・イラスト等の資料もこちらへ)

http://ncode.syosetu.com/n5084bv/





さて、今回のBGMのネタ元は、こちらからぞうぞ!


https://www.youtube.com/watch?v=BKCEiNk198E&list=FL0sf6yuy7cPiH_wMJmg1C-A


 一説ではこの曲、某人型決戦兵器の長距離狙撃作戦で使われた曲のオマージュ元とも言われていますね。どぞこのBGMをバックにお読みくだされば幸いです(笑



 



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