第39話 ルゥナの想い sideアルフレート

ルゥナを照らす暮れゆく夕日の光を感じながら、彼女が落ち着くまで抱きしめ続けた。

涙で濡れた瞳のまま僕を見上げ、日も暮れるのでエメットへ挨拶してこの場を辞そうとルゥナが言ったので、一緒に手を繋ぎ彼の家へと戻った。

エメットは最初に言った通りミルク入りのお茶を淹れてくれた。

ルゥナはミルク入りの甘い甘いお茶をとても喜んで飲んでいて、そんな彼女をエメットは目を細めながら心底嬉しそうに眺めていた。

僕たちはその味を心ゆくまで堪能して、彼に別れを告げた。



「すっかり遅くなってしまいましたね」

「ルゥナ、大丈夫? ……聞きたい事、話したい事が沢山あるな……」

「はい、私もです……アル。また、いっぱいお話ししましょうね!」


繋いだ手の先にいる愛しい人は、どこかすっきりと何かが吹っ切れたような様子でにっこりと微笑んだ。


「とりあえず、今日の夕食のメニューが僕は気になるかなぁ」

「あ! 私も、アル兄様! 今日はどんな料理かなぁ……考えたら、お腹空いてきちゃいましたね」

「うん、分かる。お腹空いてきたね……ははは」


2人でくすくすと笑い合うと、何だか幸せな気持ちになってきた。





「うわ〜、美味しそう〜」


ルゥナは目の前に出された今日の夕食を、瞳をキラキラと輝かせながら見つめた。

大抵ルゥナとの食事の時は隣同士で座るのだが、今日はテーブルの関係上向かい合わせで座っている。

隣にいない事が少しだけ寂しく感じるものの、こうしてルゥナの美味しそうに食べる顔を真正面で眺めながら食事をするのも、たまには悪くないと思った。


今日の夕食のメニューは自家製白ソーセージのポトフと、焼きたての白パンだ。

焼きたてのパンにすぐに溶けてしてしまうバターを、ついついたっぷり目に塗ってしまった。


「自家製のソーセージ美味し過ぎるね。野菜と肉の出汁が染み渡っているし、あたたまるね」

「分かります! すっごく美味しい〜! それにこのパンも、最高ですね〜。ふわふわ……バターと相性抜群〜」


満面の笑みを浮かべるルゥナを見ると、僕もにこにこと笑みを浮かべてしまう。

宿の下にある食堂には、今日は僕たちしかいないのもとても気が楽だった。

食事をしているルゥナはすっかり元気な様子で、食は人の原動力だと改めて実感した。

勿論、愛しい人と楽しく食事する事が、一番食事を美味しくするという事は言うまでもない。


部屋へ戻り入浴を終えると、ゆっくりとベッドに腰を下ろした。

火魔法具ルーチェの灯りがゆらゆらと揺れる中、窓からは優しい月明かりの光が差し込んでいる。


「……さて。じゃあ、色々聞いてもいい? ルゥナとは、何でも話したいから」

「はい。私も、アルに色々聞いて貰いたいです。私たち、夫婦ですもんね」


にこりと微笑むルゥナが可愛くて、その身体を抱きしめてしまった。

身体を離しルゥナのふわふわの髪を一房掬って口付けを落とすと、僅かに染まった頬をした彼女に笑顔を向けた。


「じゃあ、まずは始まりからだね。何であそこに行こうと思ったの?」

「……言葉には、出来ないのですが……何か引っかかるものがある気がして……それが気になったんです……感じたのは闇属性だったのかな……上手く言葉に言えなくて、ごめんなさい」

「いや、いいよ、全然気にしなくていいから。そういう所もルゥナらしいからね」


あっさりと納得して頷いている僕に、彼女は目を瞬きながら少しばかり首を傾げた。


ルゥナは、とにかくだ。


彼女は僕のことを魔法の才があると思っているが、実際のところ、本当のはルゥナだと認識している。

東の砦で見事に結界をルゥナだったが、彼女が闇属性の理論展開なんて知るはずが無い。

魔法の行使においては、血筋による属性との相性とある程度のセンスが必要となってくるが、大前提としてその属性理論や魔法理論が必要となってくる。

ルゥナは昔からこの理論展開が非常に苦手で、結果火魔法のみを得意としていた。


火魔法も理論展開なんてなくて、でしているのだろうとは、予想はついていた。

彼女は闇魔法ですら、理論展開をで行使したのだ。

これが天才と言わずにおけるだろうか。


全ての理論を頭に叩き込み、結果、血筋を持っていない闇属性以外行使出来るようになった僕は、案外努力家だと言えると思う。

そんなルゥナが何か引っ掛かったと言うのだから、それこそイントゥネリー夫人に応えたとしか言いようがないだろう。


──そんな事を思いながら、昔から予想もしない変則的な行動をする愛おしい人をじっと見つめると、彼女はキョトンとした顔で僕を見上げた。


「ふふふ。ルゥナは、昔からちっとも変わらないよ……ルゥナのお願いは、やっぱり何でも聞かないとね」


くすくすと笑ってしまった僕を、不思議そうな顔をしながら見つめてくるルゥナが可愛くて、ふわふわしている頭を慈しみを込めて撫でた。


「……ルゥナは、今日の話聞いてどう思ったの? 『カーティスの惨劇』の真実が、あんな話だったなんて……」


ルゥナの様子を慎重に窺いながら、少しだけ恐る恐る尋ねた。

カーティス家の事実を知った今、遺児として無念を晴らしたいと思わないのだろうか。

そして、僕たち親子の事をどう思っているのだろうか。

本当の親子兄妹の繋がりというものは、どうなのだろうか。──浮かんでくるそんな言葉を飲み込んだ。


「何て言うか……どっちが悪くてどっちが悪くないとかじゃなくて……まるで掛け違ったボタンみたいに、歯車がどんどん噛み合わなくなっていって…… どこか一つでも違ったら、こんな事にはならなかったのかなぁって……」


切なそうな表情を浮かべたルゥナは、フッと遠くを見つめた。


「……カーティス家が、この世界を守るためにあんな事をしたんだって、それはとてもとても大切な事だったのかも知れません。……でも、やっぱり私は、結界の再構築のために何も知らない100人の民を犠牲にしてまでっていう考えは……理解出来ません……」


寂しそうな、どこか辛そうな顔をしながら僕に戻したその瞳は、僅かに揺れていた。


「……もっと素直にお互い話し合って分かり合えたら、とってもいいのになぁって思います」

「ルゥナらしいよ」


微かに微笑む愛しい人のその頬を、そっと撫でた。

彼女はいつも、強くて弱くて、でもつよくて、そしてとことん優しい。


「でも、そうしたら……私…アル兄様と、出逢えていなかったかもしれないんです……そう思うと、なんだか不思議で……」


彼女はふと、ぽつりとそう溢した。

ルゥナのその手を、決して離さないと決意を込めてぎゅっと握りしめる。


「例えルゥナが僕の元へ来てくれなかったとしても、僕は絶対にルゥナと出逢っていたし、絶対に愛していたよ」

「ふふふ、ありがとうございます。……私も、アルとどんな形で出逢ったとしても、絶対に恋していました。アルはとても目立つし……ふふふ」


柔らかく微笑むルゥナを見て、運命の歯車の悪戯とも言うべきこの出逢いにどこか切なくなってくる。


「……アウローラ様は、アル兄様と同じ歳、だったんですよね……生きていたら、どんな感じだったんだろう……知識では知っていたけど、識る事とは違い、ますね……」


苦笑したルゥナはきゅっと固く瞼を閉じた。睫毛がふるふると震え、その顔には僅かに憂いが含まれているのが分かった。

パチリと目を開けたと思ったら、ぼんやりとした眼差しで宙を見つめた。


「……皆が生きていたら、どんな人生だったんだろう……」


それは、絞り出すような呟きだった。


「……ルゥナはやっぱり、血の繋がりのある本当の家族が、良かった……?」


自分が悲痛そうな顔をしているのは、自覚している。

本当はルゥナを傷付けるような質問をしたくはなかったけど、夫婦だからこそ、言いたくない事も、素直に知りたいと思う事を聞いてみようと思い問いかけた。


僕の言葉を耳にしハッとしたルゥナは、ひたむきな眼差しを向けるとゆるゆると首を振った。


「以前、お母様…アナベラお母様とお話しした時にもお答えしたんですが、私の『お母さん』はやっぱり今でもアナベラお母様なんです。もちろん、ヘリオスお父様が『お父さん』です……でも、イントゥネリーお母様も、私のお母様なんです。私には、2人もお母様がいて、2人もお父様がいて、それって、何だか素敵な事ですよね」


にっこりと微笑むその笑顔は、一点の曇りもない清らかなものだった。


「……話してくれてありがとう、ルゥナ」


彼女の心の強さと在り方に胸を打たれた僕は、瞳を揺らしながら愛しい人に笑顔を向けた。


じっと僕を見つめる黄金色の瞳も、ゆらゆらと揺れていた。

白くて滑らかな頬に触れると、ルゥナの優しい暖かさを感じた。

ルゥナも僕の手の温もりを感じているのか、目を閉じると微笑みながら頬を擦り寄せてきた。


窓から差し込む穏やかな月明かりの光が、僕たちを柔らかく照らしていた。


ルゥナがすっと目を開くと、澄んだ瞳は月明かりを反射し美しく輝いた。


「血の繋がった家族が、皆いなくなってしまったのは寂しいけど……皆自分たちの責を負って死んでいってしまったのはとても悲しいけど……でも、誇りにも思います」


微笑みながら、僕をまっすぐ見つめるその瞳から、涙が溢れ落ちた。


「結婚前も今日も、アル兄様が、私の血筋なんて関係ないって言ってくれて、本当に嬉しかった……私は、この身が呪われた血筋であると思っていて、アル兄様を幸せにできるのかと、不安になった時もあった……」


その言葉を否定しようと開きかけた僕の口を、ルゥナがそっと抑えた。


「あ、今ではそんな事全然思っていないから、安心してくださいね。ふふふ。だって、ずっと一緒に生きていこうって私たち、決めてるんだから」

「うん、ずっと一緒に生きていくんだ」

「ふふふ。ありがとう……私は、カーティスの血筋に連なる者として、この身を誇って生きていこうと思えたから……もう、自分を恐れる必要も無くなった……それは、本当に本当に、嬉しい事だから」


頬を濡らしながら幸せそうな笑顔を浮かべるルゥナの身体を、優しく抱きしめた。

ルゥナも細い腕を僕の背中に回してくれる。

温もりを分け合い、お互いが満たされているのだという想いで胸がいっぱいになった。


「今の私の家族は、アナベラお母様と、ヘリオスお父様と、そして、アル兄様……今はもう、私の旦那様、だけです。……呪われた血筋でないから、私……アルの子どもを産めます、よね……?」


僕の腕の中で微かに震えながら、ルゥナはそっと囁いた。


「勿論! ルゥナに、僕の子どもを産んで欲しい……!」


ルゥナは結婚式の前に、その血筋を気にして子どもを作れないと言ってきていた。

カーティスの血筋なんてちっとも気に掛かってない僕だったけど、ルゥナが酷く気に病んでいたので、彼女がそう言うならそうしようと思っていた。


でも、やっと今、ルゥナは自分自身の全てを解放する事が出来たのだ。

この上ない喜びで、胸が大きく震えた。


「ふふふ。男の子と女の子、どちらがいいですか?」


身じろぎするので抱きしめていた腕を緩めると、涙で滲んだままの瞳がすぐそこにあった。


「僕はルゥナが産むのならどちらでも全然構わないよ。きっとルゥナに似てとても可愛らしいだろうから」

「……私は、アルに似た子どもが欲しい……」


顔を赤くしながらはにかむ笑顔を見せるルゥナが、愛おしくて堪らなくなる。


「きっとどちらにしても、僕たちの子どもは、可愛くてしょうがないよ」


ルゥナの小さい顔を両手ですっぽりと包み込むと、優しく優しくキスをした。

唇を離すと、彼女の頬がもっと赤く色付いていた。


「ふふふ……うん、そうだね……亡くなってしまった、カーティスのお母様やお父様や、お兄様の分まで、たくさん生きていきたい……長生きしようね、アル」

「うん、ルゥナ。長生きして、いつまでも一緒に仲良く生きていこう」


黄金色の瞳を揺らし僕をしっかりと見つめるルゥナのその顔は、とてもとても美しく光り輝いていた──

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