第37話 カーティスの真実 ② sideアルフレート
エメットからの話を聞き終わると、僅かに目を伏せ口元に手をあてると思考の波に潜った。
内容を聞く限り、正直カーティス家が取り潰しになってもおかしくないような大事件だ。
それが、何の処分もなく事件も表沙汰にならないまま終わっているという。
そこになんとも言えない史実の闇を垣間見た気がした。
「アルフレート様のお気持ちは分かります。真実が何だったのか、今となっては知るよしもありません。ただ、その事件がきっかけで、王家はますますカーティス家を遠ざけるようになり、いつしか結界の維持に必要な『闇』までも遠ざけていくようになったのです」
当時の王家の馬鹿さ加減に呆れてものも言えなくなり、顔を伏せて大きく息を吐いた。
どうしても憂いが漂ってしまうのを止める事が出来なかった。
「……王家は、随分と愚かだな……」
ふと、僕たちに『結界調査』を依頼した今の国王陛下の顔が浮かび上がり、眉を
案外、今も昔も変わらないかもしれない──そんな言葉を心の中でこぼす。
「……アルフレート様は、本当に素晴らしい方ですね。ルーナリア様の伴侶になっていただいて、私としても非常に嬉しく思います。そもそも、
「僕は今まで一度も、ルゥナのその血筋を気にした事などないですよ。ルゥナは、ルゥナだ」
真っ直ぐエメットを見つめて言い切ると、包み込む両手が震えたのが分かった。
隣を見ると、ルゥナの目から涙が溢れ落ちていた。
若干慌てながら、両手で彼女の小さい手を包み込むとその顔を覗き込む。
「ルゥナ? 大丈夫?」
「……アル兄様……ありがとうございます……」
泣き顔のまま僕に微笑むルゥナの笑顔は、とてもとても美しくて暫く見惚れてしまった。
その涙を優しく拭っていると、エメットの笑い声が聞こえてきた。
「ははは……本当に、本当に良かった……ルーナリア様が、健やかでお幸せでいてくださって、本当に……良かった……」
エメットは目に溜まった涙をひと拭いすると、今までになく真剣な表情になった。
隣のルゥナも一口お茶を飲んで気持ちを落ち着けると、再びエメットへと向き合った。
「さて。ここからがいよいよ本題となります。王家との対立により、結界の維持に欠かせないはずの『闇』が使用されなくなってきました。初めの頃は全く問題がありませんでしたが、徐々にその綻びが出始めてきたのです。私がお仕えしていたイントゥネリー様は、カーティスの
エメットが、どこか懐かしむような目でルゥナを見つめた。
「ルーナリア様も大変お美しいのですが、イントゥネリー様はある意味恐ろしいぐらいの美しさをお持ちでした。何人もの貴公子が、
その頃を思い出しているであろうエメットが、フッと宙を見つめると辛そうな表情を浮かべた。
「イントゥネリー様はお美しいだけでなく、大変聡明な方でした。彼の方はこの結界の状態を非常に憂いていました。そして、王家との関係性にも悩んでおりました。一昨年の冬ごろ、月蝕がありましたでしょう? あのように完全に姿を隠しその光が王国中から消える月蝕は、大変珍しいものです。そして、イントゥネリー様はその月蝕を予想されていました」
『
あの時王城へ急遽魔物が湧いた事件は、結局王家と上層部では理由が判別出来ないまま、『結界の揺らぎ』として処理された。
事件に巻き込まれたルゥナも、固唾を呑んでエメットの話の続きを待っていた。
「あの月蝕は結界の力を最大限に弱め、そして結界の破綻を招く……特に結界の維持を行なっていない状態では、結界を
エメットは、泣きそうなほどの悲痛な面持ちをすると俯いた。
暫くすると顔を上げ、何かを覚悟したような眼差しで僕たちを見つめた。
「結界の破綻を回避するため、イントゥネリー様は闇魔法を行使して全世界の全属性へと
隣にいるルゥナが、息を呑む音が聞こえた。
一昨年の月蝕を契機に魔物の侵入が増えたのは、やはり結界が破綻しかけていた為だったのだ。
結界の維持には、
特に
王家との溝が深まっている中、カーティスの人間が結界維持のために王家の人間と一緒に結界へ赴くことは、不可能に近いだろう。
王国の誰もが、結界の維持には王族の
そんな状態では、下手をすれば妄言を吐いたとしてカーティス家は最悪取り潰しになる。
全てが上手く回っていない状態に、大きく息を吐いてしまった。
そして、『カーティスの惨劇』最大の災厄である、
「……なんて事だ……最悪の状況だ。詰んでいる。……魔族の召喚と言うのも、
「はい。さすがアルフレート様ですね……そう、全世界の全属性に
エメットは、今にも倒れそうなほど顔面を蒼白にさせ小刻みに身を震わせていた。
召喚された魔族は、魔物なんかの比ではない程の強さだったと聞いている。
その魔族を止めるため、非常に多くの貴族が犠牲になった。
「結局、『結界の再構築』も
気落ちしているエメットに、それは
「結界再構築の魔法行使によりその魔力の殆どを喪ったイントゥネリー様は、自分達の犯した罪を償うべく召喚した魔族を
魔族討伐と言うが、戦死するであろう事は目に見えて分かっていただろう。
自らが招いた事とはいえ、自分の夫と息子をそんな死地へと追いやる覚悟は如何程だったのか──
己の感情を制御してきたカーティスの血筋を持つ、イントゥネリー夫人の胸の内を考えると、やりきれない想いに切なくなってくる。
「1番下のアウローラ様は当時5歳で、魔族討伐時にカーティスの息子であると認識され王家側に捕縛されました。そしてイントゥネリー様も捕縛され、お二人は処刑される事になりました」
イントゥネリー夫人を捕縛したのは母上だ。
その話を聞いたルゥナの身体が、大きくビクリと跳ね上がった。
「私は、そこにいた当時赤児だったルーナリア様も、一緒に処刑されたと聞いておりました。結界修復の闇魔法行使を行う前に、イントゥネリー様は私をこっそりと逃したのです。万が一に備え私だけは累が及ばぬようにと、新たな名前と身分を与えられました。ですが……まさか、死んでいたと思っていた、ルーナリア様にお会いできるとは……私は……私は……託されていたのに……」
そこまで言うと、エメットは顔を俯かせて大きく身体を震わせた。
ポタポタと大粒の雫が、彼の膝の上へと次から次に落ちていくのが見えた。
隣に座るルゥナを窺うと、彼女は綺麗なまでに澄んだ瞳で僕を見つめてきた。
そして心配かけまいとするように、にこりと優しく微笑んだ後、僅かにその瞳を揺らすと何かを思うようにスッと遠くに視線を彷徨わせた。
固く握り込んでいた拳を開き、包み込む僕の手をその小さくて柔らかい手で、ぎゅっと握りしめながら──
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