第36話 カーティスの真実 ① sideアルフレート

小さくともきちんと整理が行き渡り埃ひとつない部屋は、清廉な空気に満ちていた。

簡素で最低限の家具しかないものの、それらは丁寧に磨かれており、質素な物なのに上質な物に見えてくる。


「何もありませんが、どうぞおかけになって下さい。今お茶の準備を致しますので」


通された部屋の椅子に腰を下ろすと、招いた僕たちに向かって慇懃いんぎんなお辞儀をした。


「……ありがとう」

「ありがとうございます」


墓場で出会った老人はエメットと名乗った。

青白い顔をしながら立ち尽くす彼に、ルゥナから声をかけたのだ。

彼はルゥナに名乗られると、ハッとした顔をして暫く彼女を凝視していた。

そうして立ち話は何だからと言って、墓場の近くにある彼の家へと案内されたのだ。


エメットは非常に慣れた優雅とも言える手つきで、手早くお茶の準備をし始める。

その様子を目に映しながら、今までの事柄から頭の中で仮説を組み立てていく。


「どうぞ、お待たせいたしました。いい茶葉では無いのですが、美味しく召し上がっていただけると思います」


エメットの淹れてくれたお茶は、花や果実を思わせる香りと爽やかで甘い風味がして、とても美味しかった。


「はぁ〜。とても美味しいです、エメットさん」

「喜んでいただけて何よりです、ルーナリア様。次はミルクとの相性がいいお茶をお淹れしますので、ぜひ召し上がってください」

「わ〜、楽しみです! ミルク入り大好きです。ありがとうございます」


黄金色の瞳を輝かせながら喜ぶルゥナを、エメットは慈愛の眼差しと揺れる瞳でジッと見つめていた。

彼が僕たちに敵意や害意が無いことはすぐに分かった。だが、先ほど彼の口から出たルゥナの実母の名前を聞いてから、ずっと落ち着かない気分のままだ。

ルゥナも同じように、落ち着かない心を抑えているのが分かった。


「あぁ……アルフレート様。そうですね……何からお話いたしましょうか……」


僕の目線に気が付いたエメットは柔らかく微笑むと、僅かに視線を宙に這わせた。


「──私は、カーティス家で執事をしていたのです」


その言葉を聞いてルゥナは驚きで言葉を失ったようだったが、予想していた通りの答えだったためエメットに対して静かに頷いた。


「さすがアルフレート様。切れ者の多いダネシュティ家の血筋をしっかりと受け継がれておいでですね。私の正体もお分かりになられていたようで」

「あくまで予想の範囲内です」

「……アル兄様、すごい……」


隣に座るルゥナが尊敬の眼差しで見つめてくるのがくすぐったくて、淹れてくれたお茶をひと口飲んだ。


「お二人のお話も聞きたいのですが、まずは私の昔話にお付き合いください……ルーナリア様はきっと、『カーティスの惨劇』についても聞きたいでしょう。そう。カーティス家とは何か……今となっては、カーティスの血筋を引くものはルーナリア様、あなたただ1人なのですから……」


エメットの視線を受けたルゥナは顔色を悪くさせると、デーブルの下でぎゅっと両手を握り締めた。

僅かに震えるその手を、そっと包み込む。


ハッと僕を見つめた愛しい人に優しく微笑むと、彼女は小さく息を吐き肩の力を抜いた。

エメットに先を促すように小さく頷くと、彼も頷き返して真剣な眼差しを僕たちに向けた。


「ここスラティナ王国が、神の奇蹟により魔物の侵入を防ぐ結界を創成された事によって誕生した事は、王国神話でご存じだと思います」


誰もが知っている王国創世の神話がどこまで本当の事かは分からないが、結界の存在によって王国が成り立っているのは間違いのない事実だ。

神話では、魔物が跋扈ばっこ蹂躙じゅうりんされ続ける人々を嘆いた神々が、結界を創成し人が住める国を造ったと言われている。

気が遠くなりそうなくらい悠久なる昔話だけれども、人々は神々への感謝を忘れず、その恵みを受け取る度に今でも心の内で祈りを捧げる。



「そしてカーティスの本来の役目は、代々この王国の『闇』を司り、王国の要となるでした」


ルゥナが息も付けない程の驚きで目を見開いている。

ここも予想がついていた僕は、やはりと1人得心した。


東の砦でルゥナから結界の話を聞いた時にも言ったが、そもそものどちらもが必要なのだと推測していた。

結界の維持のためにはどちらを欠かす事も出来ない。


ただ、何故王家側がそれを知っていないのか、という事が気になっていた。

この事が『カーティスの惨劇』と大きく関わっているのではないかと予想しながら、エメットの話の続きを待つ。


「カーティスのはそれだけではなかったのです。全ての属性にできる『闇』属性の特性から、王国におけるも一手に引き受けていたのです。処刑や取り締まり、人には言えないような汚れ仕事も、王国の秩序を守るために、この国を陰ながら支えるために、行っていたのです。……そもそもは、王家を守る影として存在していたのですから……」


その言葉にはさすがに驚きを隠しきれず、思わず息を呑んだ。

包み込むルゥナの手が、硬く握りしめられたのを感じた。


「こののために、カーティス家の血筋を引くものは幼い頃より己の果たすべく役割を叩き込まれ、そのために己の感情を全て抑える事を学ぶのです。そうでなければ、人に対して苛烈な処刑や取り締まりなど出来ませんからね。常に冷静な判断を下し、最大数の人々を助ける為には、僅かな犠牲をも厭わない。容赦ない判断で汚い事も進んで行う。カーティス家が残忍だと恐れられたのはそのためです。決して本意ではないのです。そして、カーティスの血筋に連なる者は、皆己を抑えることに非常に長けているのです」


ルゥナは呆然とした様子でエメットを見つめていた。

隣に座る愛しい人の頭を優しく撫でると、揺れる瞳のまま僕を見上げた彼女に微笑みかけた。


エメットからの話を聞いて、ルゥナが己の感情を抑えるのが得意なのは、カーティスの血筋によるものだったのだと深く深く納得した。

僕の事をずっと愛していたというルゥナのその想いに、長年気が付かなかった。

ウィルダとの結婚を喜ぶルゥナは、本当に心底嬉しそうだったのだ。


僕が、ルゥナの心の揺れに気が付かないはずがない。

それなのに感じ取る事が出来なかったのは、ルゥナ自身が酷く己を抑えていたからだ。


ルゥナがこれ程までに自身の感情を抑えることが出来る理由を知った今、今後はもっともっと彼女の心の動きに注意しなければ、と心に固く誓った。


「……さて。では、何故『カーティスの惨劇』と呼ばれる事件が起きたのか……そのお話をしましょう」


僕とルゥナは、哀しみを湛えた目をしたエメットに小さく頷いた。


「カーティスはそのにより、徐々に王家との溝が生まれていったのです。その昔は互いに血を交える事もあったのですが、王家側はカーティスの本来の意義を見失い忌避するようになっていった。そんな中、約180年前に起きた事件により、その溝が決定的なものになったのです」


王国の歴史を紐解いてみるが、王家とカーティス家の間にそんな事実があった事は記憶にない。

僅かに首を傾げる僕に、エメットは静かに首を振った。


「これはどこにも記録されず、秘密裏に処理されたのです。カーティス家にも詳細は伝えられておらず、ただが契機であったと今となっては分かる、という程度です。──当時のカーティス家当主が婚約者のいた第二王女に恋慕した挙句、王女とその婚約者、またそこにいた侍女の全てを惨殺したのです。当主はすぐに処刑されたのですが、何故か王女の遺体のみが綺麗なままだった事、またカーティス家自身が当主をした事を考慮され、カーティス家自体にはお咎めがないままこの事件は闇に葬り去られたのです」


歴史の片隅で起こったどこに記されていないその史実について、想いを馳せるように少しだけ遠くを見つめてエメットは滔々とうとうと語った。


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