第34話 新たなる旅路 sideアルフレート
「あんなに取り乱したアルフレート様は、初めて見ましたよ」
思わずといった様子でそう溢したフューラー統括のにこにことした笑顔が、朝の爽やかな空気の中に溶け込んでいった。
北の砦に向けて出発する僕たちへの見送りのため出ていた他の隊員たちは、遠慮したのか少しばかり遠巻きに佇んでいた。
隣にいるルゥナが気遣うような眼差しで僕を見つめている。
「昨日はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。僕は妻の事を死ぬほど愛しているので、しょうがないんです」
フューラー統括に向かって微笑むと、何故か彼は僅かに顔を赤くした。
身じろぎする気配を感じて隣のルゥナを見ると、彼女も頬を赤く染めていた。
白い肌が僕の言葉で紅く色付くその姿もとても可愛くて、人前なのも構わずにキスをしたくなってしまった。
「すげぇな、アルフレート。そんな甘ぁい台詞サラッと言うなんて」
「……別にいいだろう、ルシアン」
呆れたような眼差しで僕を見つめるルシアンに、僅かばかり咎めるような目線を送ってしまった。
「……俺には、愛なんて…………ま、絶対、俺には無理だわ! 無理っ! ははは」
一瞬いつもと違った雰囲気になった姿が気になってしまったものの、すぐに調子を戻したルシアンに肩の力も抜けてしまった。
「さ! 早く行くぞ……じゃあなフューラー!」
「ルシアン様、どうぞお気をつけください」
フューラー統括の肩を軽くと叩くと、ひらりと馬に跨ったルシアンに引き続いて、護衛についていた近衛隊のアウルムとプラータが馬に跨っていく。
「フューラー統括、お世話になりました。これからは魔物の侵入も早々ないでしょうから、ご安心下さい」
「ありがとうございます。アルフレート様のお陰でどれだけの騎士が救われた事か……道中お気をつけてください。ルーナリア様もお元気で」
「フューラー様、ありがとうございました。またお会いした時はよろしくお願いします」
フューラー統括に丁寧にお辞儀をするルゥナの顔は、とても晴れ晴れとしていた。
この旅で、彼女は大きく成長した。
以前は初めての人と会う時はどこか緊張した様子が見受けられたのに、今ではそんな事もなく堂々としたものだ。
その立ち振る舞いが益々彼女の美しさに磨きをかけているのだろう。見ればフューラー統括もどこか落ち着きのない様子で、挨拶をしたルゥナを見つめていた。
少しだけ面白くない気分に駆られた自分を戒めながら、東の砦で乗っていた鹿毛の馬にルゥナを乗せると、僕もその後ろに跨った。
前に座る愛しい人の温もりを感じその身体をそっと抱き寄せると、素直に身を委ねてくれる彼女が可愛くて自然と顔がほころんできた。
レーン川の船着場に到着すると、ルシアンたちが僕たちを待っていた。
「よぉ、遅かったな、アルフレート。──あ、船出すように指示しておけよ」
「御意」
僕たちの姿を見るなりにこやかな笑顔で手を上げると、そのままアウルムに手を振って命令を下した。
その眼差しはどこか施政者としての冷たさを感じさせ、有無を言わせないものがあった。
こうした所はステファン殿下とは少し違う。彼はいつも誰に対しても物腰は柔らかいままなのだが、有無を言わせない何かがある。
「じゃ、船旅へと行こうかねぇ。ルーナリアちゃんは、船酔いとかしなかった?」
「あっ、はい! 大丈夫でした!」
ルシアンににこやかに微笑むルゥナだが、一瞬いつもとは違った雰囲気になったのを見逃さなかった。
行きは大雨の影響で僅かに濁りのあったレーン川も、今日は穏やかで澄み渡った青さを湛えている。
陽の光をキラキラと反射させ、
「あれぇ。ルーナリアちゃん、川ばっか見てどしたの? なんか、疲れた? 遠く見ると船酔いしないしね」
「あ…えぇ。その、私、景色を見るのが好きで……今日のレーン川は前よりももっと綺麗だなぁって」
「へぇ。案外詩人なんだね、ルーナリアちゃんは」
目を細めてルゥナに笑いかけるルシアンだが、どうも隣にいるルゥナは若干緊張したままのようだった。
「……ルシアンは、繊細な部分が分からないかもな。お前、読術苦手だったもんな」
「あ、相変わらずひでぇな、アルフレート」
ルゥナに向けられた目線を外すために
昔話にルシアンは笑っていて、その様子を見てルゥナも笑っているようで、内心で安堵する。
ルシアンは、いつも通り単純で無邪気なままだ。
だが、ルゥナの様子がおかしい事が僕の中で引っかかる。
ルゥナは結局話に相槌を打ちつつも、どこか緊張した面持ちを残したまま笑顔を浮かべていた。
レーン川の美しさに、胸を震わせる余裕も無いほどに──
「あぁ、そうだ。ルシアン。僕たちは2人乗りで北部へと向かうから、どうしても遅くなる。ルゥナもだいぶ旅慣れてきたとは言え、あまり無理をさせたくない。だから、アウルムとプラータと共に先に北の砦へ行っておいて欲しい」
川岸に着く直前を見計らって、ルシアンに提案した。
「別に、一緒に行ってもいいぞ。その方が護衛も増えて安心だろ?」
「先に北の砦に行って情報取集と状況整備をしておいて欲しい。ボレアース家にも挨拶しておいて欲しいしな。……たまには働けよ。お前なら軽く出来るだろ。経験上多分お前たちより4、5日程度遅れての到着になると思う。北の砦へ定期的に風便を送るから、心配するな」
僅かに
「へぇへぇ。分かったよ。全く、真面目だなぁ、アルフレートは。北は東よりマシって聞いてるから、大丈夫だとは思うけど……りょーかい。ま、道中の宿で一緒になるかもな。お、そろそろ到着すんな。んじゃな。──アウルム、プラータ行くぞ」
「アウルム、プラータ。頼んだぞ。ルシアン、気をつけてな」
「了解しました! アルフレート副隊長」
「副隊長たちもお気をつけて」
川岸に到着するなりそのまま馬に跨って互いに街道を進み出したのだが、機動力に優れているルシアンたちの姿はすぐに小さくなっていった。
「……ルゥナ、大丈夫だった?」
「はい! 大丈夫です! アル、私たち置いて行かれましたね。頑張って追いつきましょうね」
フードで隠している顔を僕にだけ見せるように、ひっついて見上げてくるルゥナが可愛くて堪らなかった。
その頭をフード越しに優しく撫でる。
「大丈夫。追いつかなくても、気にしなくていいからね」
耳元でそっと囁くと僅かに頬を赤く染めた姿が愛し過ぎて、キスをしたくなる衝動を抑えきれずにサッと唇を重ねてしまった。
「あ、アル兄様っ……!」
「ごめん、ごめん。ルゥナが可愛すぎてつい……」
愛おしい気持ちで胸をいっぱいにさせながら、少しだけ咎めるような眼差しを僕に向ける彼女に満面の笑顔を送った。
それを見たルゥナは、さっきまでの怒りなんてすぐに無くした様子で微笑みを向けてくれた。
何だかんだといつも僕を甘えさせてくれる優しい彼女の華奢な身体をそっと包み込むと、途方もない幸福感で胸がいっぱいになった。
「……ルゥナ、愛してる」
「……アル……私も、愛してます」
唇にするとまた怒られてしまうので、彼女の赤く染まったおでこに軽く口付けを落とすと、ルシアンたちが通った街道を進んでいく。
途中の山々の隙間から、北に広がるカルパティン大山脈の姿を薄らと見ることが出来た。
北の結界の修復が出来れば、王命を果たした僕たちの旅は終わる。
最後の旅路に向けて、最愛の人を腕の中に収めたまま希望を込めた一歩を踏み出した──
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