第24話 初めての味

着替えをしていると夕食の準備が終わった事を知らされたので、ラフレと一緒に案内された部屋へと向かいました。

すでに全員が座っている姿を目に映すと、ラフレと繋いでいた手を離しお兄様の隣に腰を下ろします。

今まで東の砦のお話をしていたのか緊迫した雰囲気が周囲に漂っていて、ラフレも少しだけ神妙な面持ちでレザン先輩の隣に座りました。


お仕事モードのお兄様は、私が座った一瞬だけ優しい眼差しを送ると、すぐに真剣な目をアナトレー公に向けました。


「──それで、近衛隊から何人派遣されているかご存知ですか?」

「確か、2人だったと思いますが……」


アナトレー公は宙を見つめながら、記憶を探っているような表情をしました。

隣に座るレザン先輩が、肯定するように何度も軽く頷いています。


「そうですか……なら、いけるか……」


その言葉を聞いたお兄様は、僅かに目を伏せるとほっと息を吐きました。

近衛隊が派遣されているのなら事態はそこまで悪くないのか、その表情からは僅かに安堵の色が見てとれました。


近衛隊の隊員は20名程度だと言われていますが、詳しい人数は王家の護衛の関係上明らかにはされていません。結界調査の状況でルシアン様をお呼びした場合、その護衛に近衛隊の方がついてこられるはずです。王城にいる王家の人の護衛もある中、この東部に2人も派遣されているのは、かなり割いてくれているのだと思われました。


「状況については砦の統括と風便で連絡が取れ次第、アルフレート様にすぐにお伝え致しましょう。何せ大雨の影響で風便がなかなか……」

「でしょうね……ありがとうございます。よろしくお願いします」


互いに穏やかな笑みを浮かべながら、アナトレー公とお兄様がその後もお話をされていきます。

東部の結界領域の状態を知る事ができ、安心からか何だか心が少しだけ軽くなったように感じました。

思っていた以上に私自身も緊張していたのだと気が付くと、窓を打ちつける音のする方を見ます。


(後は、雨が上がれば……)


祈るような思いで、暗さで見えない外を部屋から眺めました。




「さて、難しい話はこのぐらいにしましょう。ラフレも待ちくたびれてしまうからね。では、ぜひ東部の味をご賞味ください」

「わ〜い! ごちそうがくる〜! ごちそう! ごちそう!」


アナトレー公は大はしゃぎをしているラフレに向かって優しく微笑むと、使用人に指示をしました。

様々な料理と、そして沢山の種類のワインがテーブルに所狭し並べられていきます。


出していただいた料理はチーズをふんだんに使ったものがとても多くて、感動でいっぱいの私は料理を前に思わず胸の前で指を組んでしまいました。


(凄く、美味しそう……!)


マルゲリータとクアトロフォルマッジのピザに、牛肉のタリアータ、チーズフォンデュ。

ワインの隣には、ハムのスライスとチーズの盛り合わせが並んでいて、そのチーズの種類の多さに目を輝かせてしまいました。


「ルーナリアさま、チーズフォンデュって知ってる? ここにある、お野菜とかパンをこうしてつけて食べるんだよ」


ラフレが私にやり方を見せてくれながら、パンをつけて小さい口の中に放り込んでいます。


「ラフレ、教えてくれてありがとう。じゃあ、いただきます」


トロトロに溶けた熱々のチーズの中に、小さく切ってあるフランスパンのバゲットを入れて、たっぷりとチーズを絡ませます。

熱に注意しながら、ふぅふぅと少しだけ冷まして口へと持っていきました。


「んんん〜。美味しい〜」


固めのバゲットに熱々のチーズがよく絡んでいて、絶妙な組み合わせに感動で打ち震えます。

隣に座るお兄様だけでなく、レザン先輩もアナトレー公も私をにこにことしながら見つめているので、恥ずかしさにほんの少し頬を染めてしまいました。


ここ東部では畜産業が盛んなだけではなくて、ワインが特産品として国中に流通しています。お酒を飲んだ事がない私は、料理を味わいながらふと並べられたそれらをマジマジと見つめてしまいました。


「ルーナリア様、我が東部のワインを是非味わっていただきたい」


私の視線に気が付いたアナトレー公が、目の前に次々色々なワインを並べるように指示しました。


「……ルゥナ、どうする? 無理して飲まなくてもいいよ?」


気遣うような眼差しで、お兄様が私の耳元へとコソっと囁きました。

彼の前を見ると、グラスには赤ワインが注がれています。


「ルーナリア、これだと凄く料理にあうし飲みやすいし、おススメだよ」


レザン先輩がにっこり微笑みながら、ワインボトルを私に掲げて見せてくれました。


「それは……?」

「これは、スパークリングワイン。チーズとかに凄く合うよ」


チーズという響きを聞いて心が非常にぐらついた私は、ついついレザン先輩の持っているワインボトルをじっと見つめてしまいました。


「ふふふ。チーズ好きだもんねぇ。ルゥナ、飲んでみる?」

「あ、あの…でしたら少しだけ……」

「お、良かったルーナリア。ぜひ東部の名産品を味わって欲しかったからね」


お兄様が笑いながら差し出してくれたグラスをおずおずと受け取ると、席までわざわざ来てくれたレザン先輩がゆっくりと注いでくれます。

初めてみるグラスの中のスパークリングワインは、ほんの少し緑がかった透き通った色合いで、小さな泡が弾けていました。

スッと入ってくる香り高いその匂いを楽しみながら、高鳴る胸を抑える事なく少しだけ口に含みました。


「……美味しい……」


スッキリとした味わいで、ほんの少しだけピリリと舌に感じる刺激も、堪らなく癖になるものでした。

チーズを一口食べてワインを飲むと、それだけでうっとりするような味わいになります。


「ルゥナ、結構飲んでるけど、大丈夫?」


お兄様が心配そうな顔をしながら私の顔を覗き込みました。

気が付いたら結構飲んでいたようで、グラスは空になっていました。


「ん〜…多分大丈夫、です? なんか、とっても美味しくって……えへへ」

「っ! …る、ルゥナ、今日はこれぐらいにした方がいいよ…」


隣に座るお兄様に笑いかけると、何故か少しだけ狼狽えながら、手に持つグラスを優しく取り上げました。


「ん〜……そうですか? アル兄様がそう言うなら、そうしますね〜」


何だか楽しくてふわふわした気持ちになりながら、にこにことお兄様を見つめます。

頬が赤くなって、ぽぉっとしているのは自覚しているので、彼の言う事をキチンと聞かなければと何度も頷いてしまいます。

そんな私を見つめるお兄様を見ると、何だかおかしくなって、くすくすと笑ってしまいました。


「ルーナリアは、笑い上戸かな。ははは」

「? そうなんでしょうか? でもなんか楽しいです」


楽しそうに笑うレザン先輩も何だかおかしくって、先輩を見ながらついくすくすと笑ってしまいました。


レザン先輩と笑い合う私を、お兄様が元気のない様子で見つめていた事に、酔っていた私は気が付きませんでした。





「お腹、いっぱいです〜」


美味しいご飯をお腹いっぱい食べれた幸せと、ワインの影響なのか、ふわふわした足取りのまま案内された部屋へと辿り着きました。


「ルゥナ、大丈夫? 気持ち悪くない?」


少しだけ足元がおぼつかないのを心配してくれたのか、気遣わしげな目を向けながら優しく腰を持ってくれました。


「えへへ、大丈夫です〜。ありがとうございます」


お兄様が近くにいてくれるのが嬉しくて、思わずその身体をぎゅっと抱きしめてしまいました。


「っ……! ルゥナ、まだ酔ってるよね?」

「そうですか? これが、酔ってるって事なんでしょうか?」


お兄様は、若干火照ったままの私の頬の熱を確認するように撫でると、瞳をじっと見つめてきました。

その澄んだ空色の瞳を間近で見ると、訳もなく嬉しくて堪らなくなりました。


「アル兄様、大好き」


愛おしさが溢れて堪らない私はにっこりと微笑みながら、頬を包み込むその手に自身の手を重ね合わせます。

彼の少しだけひんやりとした掌が私の熱を冷ましてくれているようで、その気持ちの良さについつい頬を擦り寄せました。


「っ! る、ルゥナ……やばい、めちゃくちゃ可愛い……」


何故かお兄様の顔も赤くなっているので、きっと彼も酔っているに違いないと思いつつ、僅かに熱を帯びた彼の瞳を見つめました。


(キス、される?)


空色が近づいてきたので、静かに目を瞑ります。



ーーコンッコンッ!!



「ルーナリアさまぁ〜!!」


部屋の扉を思いっきり開けて入ってきたラフレの声で、ハッと目を開くと同時にお兄様の身体を思わず突き放してしまいました。

髪の毛をふわふわと跳ねさせているラフレが、私たちの元へ駆け寄ってきます。


「あ…アル兄様、ごめんなさい……」


僅かに驚きに目を見張ったお兄様でしたが、すぐに優しく微笑むと動揺する私の頭をよしよししてくれました。


「気にしなくていいよ、ルゥナ」

「ルーナリアさまぁ! 今晩はラフレと一緒に寝てください!」


私に縋り付くようにしているラフレの小さい頭を撫でながら、チラリとお兄様を見上げます。

彼は一瞬固く目を閉じた後、綺麗な笑顔で微笑みました。


「いいよ、ルゥナ。今晩はラフレと一緒に寝ておいで」

「やったぁ〜! ルーナリアさま、ラフレの部屋はこっちなの! 来て来て!」

「あ、アル……」


大はしゃぎで私の手を取って引っ張るラフレについて行きながらも、戸惑いの視線をお兄様に送ります。

綺麗な笑顔を浮かべたまま小さく頷いた彼は、出ていく私たちを扉まで見送ってくれました。


「おやすみ、ルゥナ」

「おやすみなさい……アル……」


すっかり酔いが覚めた私は、別れ際のお兄様の笑顔が頭から離れませんでした。

いつも見る笑顔とは、ちょっと違う綺麗な笑顔……


子ども特有の柔らかくて小さい手の温もりを感じながら、はしゃぐラフレとの会話を続けます。

浮かない心を必死に抑えようとするのですが、やっぱり彼の様子が気になって仕方がありませんでした。


(アル兄様……)

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