第23話 思い出との再会
「なかなか止まないですね……」
馬車の窓に当たる水滴を、不満を含んだ目でじっと見つめます。
「しょうがない。アナトレー公へ風便を送ったら、次の停車場所で迎えの馬車を用意してくれているとの事だった。それに乗り換えて、アナトレー家で渡し船が出るのを待たせてもらおう」
「分かりました」
お兄様もこの雨にもどかしい思いをしているのか、若干憂いを帯びた顔をしていました。
東部の砦に行くには、まず1番大きなレーン川を渡らなければいけないのですが、今も続く大雨により川の状態が危険で暫く渡し船が出なかったのです。
結果、私とお兄様は川の手前で足止めされる事になりました。
数日前から続く雨の影響で馬車へと切り替える時に別れた黒毛の馬の事を思い出すと、胸がつまってしまいました。
(……でも、王都に帰ったらまた会えるって言ってもらえたから……)
再会できることを楽しみにしながら、揺れる馬車へと身を委ねます。
「アナトレー公爵家は東部の砦を支援していて、渡し船の管理もされているのですよね?」
「うん。魔物殲滅の任についている時にアナトレー公にも度々お会いしていたんだ。それに東部の砦に1番近いから、雨が止むまでの間に東部結界領域の情報を入手しやすいしね」
「……東部の結界領域、どんな様子でしょうね……」
「そうだね……この間の件もあるし、正直魔物の侵入は気になる所だね。ルゥナを行かしてもいい状況なのか……まぁ、とりあえずここで考えていても仕方がないから、まずはアナトレー家に着いて考えよう」
お兄様は不安を振り払うように一度軽く首を振ると、私ににっこりと微笑みかけました。
少しでもその悩ましい気持ちが無くなるようにと、彼の手にそっと自分の手を重ねます。
(早く、東部の結界領域に行けますように……)
祈りを込めて、馬車の窓から次々に落ちてくる雨の源の天を見上げました。
♢
「アルフレート様! ようこそお越しくださった! ささ、この時期の雨はなかなか冷えるでしょう。すぐに外套はこちらでお預かりしますので。おや、これはこれは、話には聞いていましたが本当にお美しい奥方ですな。せっかくですから、お召し物を準備いたしましょう」
「アナトレー公、いろいろなご配慮感謝いたします」
私たち2人を出迎えてくれたアナトレー公は、豊かな銀色の髭を蓄えた紳士的な方でした。
お兄様とはやはり懇意の仲なのか、会うなりその手を取ると始終にこやかな笑みを浮かべています。
私を見るなり目尻を下げて気さくな笑顔を向けてくれたので、なんだか親しみを感じてしまいました。
「初めまして、アナトレー公爵様。ルーナリアと申します。この度は色々ありがとうございます。暫くの間、よろしくお願いいたします」
この旅で色々な人と出会い、初めての場所でもあまり緊張しなくなってきたなと思いながら、丁寧なお辞儀をしました。
「あぁ、ルーナリア様、こちらこそよろしくお願いします。そうそう、息子のレザンがもうすぐ来るはずですが……」
「ルーナリア!」
「……レザン先輩?」
階段から降りてきた人物を見て、驚きで目を丸くさせてしまいました。
「やあ、随分と久しぶりだね。元気にしていたかい?」
「はい、本当にお久しぶりです。レザン先輩もお元気そうで何よりです。まさか、アナトレー公爵子息とは存じ上げずに、申し訳ありませんでした」
「ははは。気にしなくていいよ。学園ではあまり家の話は出さないようにしていたからね」
学園祭実行委員会の会長をしていたレザン先輩の銀色の髪を目に映し、お父さん似なのだと思いを馳せてしまいました。
私の隣で微笑んでいるお兄様の笑顔に、僅かに
「……ルゥナ、レザンと知り合いだったんだね」
「アルフレート様! ルーナリアとは、学園の学園祭で知り合ったのです。ですが、まさかアルフレート様の奥方になっているなんて」
レザン先輩はお兄様の事を慕っているのか、その瞳がキラキラと輝いて見えました。
「さすがルーナリアだね。学園では
「レザン先輩……そんな昔の話をしないでください」
学園祭での話をされ当時の事を思い出した私は、気恥ずかしさで顔が真っ赤になっていきました。
「……
珍しく先ほどから僅かに言い淀むお兄様は、その顔に綺麗な笑顔を浮かべながら私とレザン先輩を交互に見比べています。
「あ、アル……えっと、私が学園祭の時にした……劇…の話なんですが……」
「本当懐かしいなぁ! あぁ、アルフレート様。実は、学園祭で──」
「レザン、立ち話も何だからまずはルーナリア様のお着替えのご案内をしなさい。アルフレート様、お話は是非ごゆっくり後ほどに。すぐに夕食の準備も致しますので」
「何から何まで、本当にありがとうございます。アナトレー公」
羞恥で赤くなる顔を隠すためについつい俯いてしまった私を見て、アナトレー公は焦ったようにレザン先輩の話を遮りました。
朗らかな笑顔を浮かべたアナトレー公の指示で、執事がお兄様の外套を丁寧な手つきで預かると、レザン先輩が私たちに爽やかな笑顔を向けます。
「では、アルフレート様、ルーナリア、こちらへどうぞ」
レザン先輩の案内で階段へと向かいながら隣を歩くお兄様をチラリと見上げると、その顔は綺麗な笑顔を浮かべたままでした。
私の視線に気が付くとふわりと微笑みかけてくれた彼を見て、私も嬉しい気持ちになって笑顔を送ります。
「とりあえず侍女に言って、ルーナリアの着替えを準備させますね。あ、そうだ。妹のラフレーズも紹介させてください。まだ幼いから、ちょっと騒がしいかもしれないんですが……」
階段を登りながら私たちを振り返ったレザン先輩が、困ったように眉を下げて少しだけ苦笑しました。
「妹さんは、おいくつなんですか?」
「今、7歳なんです」
その言葉を聞いた私とお兄様は、思わず顔を見合わせてしまいました。
私の1歳上にあたるレザン先輩の年齢を考えると、かなり歳が離れているといえます。
「実はラフレーズは、父の愛人の子でして。ラフレーズの母親はお産の時に亡くなってしまったんです……私には今学園にいる弟がいるのですが、私たちの母もちょうどラフレーズの出産の時に亡くなりましてね。当時弟はまだ10歳でした……いやぁ、あの時は大変でした」
優しく微笑むレザン先輩でしたが、その時は先輩もまだ14歳だったはずです。お母様を亡くし、赤児の妹さんだけが屋敷に来て、その時の心境はどれほど複雑だったのか……
そう思うとどう返事をしていいか分からず、若干憂い顔になってしまいました。
「あぁ! 誤解しないでくださいね! ラフレーズはとっても可愛い子なんですよ。ちょっとこまっしゃくれているんですけどね」
朗らかに笑うレザン先輩の顔を見て、思わずつられるように笑みを浮かべてしまいます。
(きっと、兄妹仲もいいんだろうなぁ……)
同じ事を思ったのか、優しい笑顔を向けたお兄様がレザン先輩の肩をぽんと軽く叩きます。
「レザンがそんなお兄ちゃんだとは、思ってなかったよ」
「いえいえ……そんな…」
お兄様の笑みを見たレザン先輩が、頬を少しだけ赤く染めています。
本当に綺麗な顔をしているお兄様の笑顔は男性ですらドキドキしてしまうのだと思った私は、ついつい2人を横から覗き見てしまいました。
(アル兄様、凄すぎ……)
「お兄さま〜! お客さまが来たって!?」
階段を登り終えた途端、ドタドタとした足音をさせながら可愛い声を発した子どもが、向こうから駆け寄ってきました。
すぐにレザン先輩の妹だと分かったラフレーズは、満面の笑みをたたえながらピンクに近い髪色をふわふわとさせて私たちの前でぴたりと止まります。
「ラフレっ! こら! そんなに駆けてくるなんて、ダメだろ」
「は〜い! ごめんなさい! えへ」
レザン先輩の声色には優しさがたっぷりと含まれているものだったので、怒られてもちっとも怖くないようでラフレはケロリとしています。
小さい舌を出しながら首を傾げるその可愛らしい姿に、思わず指を組んで見入ってしまいました。
「ほら、ご挨拶して。すみません、騒がしくって」
「わぁ〜! す、すごい綺麗な人たち〜」
苦笑しているレザン先輩に優しく背中を押されたラフレは、
お兄様はラフレの目線に合わせるように腰を屈めると、優しい笑顔を浮かべました。
「初めまして、こんにちは、ラフレーズ。僕はレザンお兄ちゃんの友だちのアルフレートだよ。隣にいるのは、僕のお嫁さんのルーナリアだよ。暫くお家にお邪魔するけど、よろしくね」
「初めまして、ルーナリアです。私もラフレって呼んでもいい? 仲良くしてね。お兄ちゃんは学園の先輩だったの」
「……ふわぁぁぁ〜! お兄さま、どうしよう! す、凄い、絵本の世界の、王子様とお姫様みたい……! あ、ラフレーズです。ラフレって呼んでください!」
表情をくるくるとさせながらも、きちんとお辞儀をして挨拶をするラフレについつい頬が緩んでしまいます。
くすくすと笑っているお兄様から、可愛くてしょうがない様子が見て取れました。
「とりあえず、ルーナリアは着替えを。アルフレート様はこちらにどうぞ。あ、ラフレはお兄様と一緒にこっちに──」
「いや〜! ラフレ、ルーナリアさまと一緒にいる〜! お着替え、ラフレも女の子だから、一緒でいいでしょ?」
レザン先輩の服を引っ張りながら必死に抗議するラフレが可愛くて、ついつい笑い声を上げてしまいます。
「レザン先輩、いいですよ。ふふふ。ラフレ、じゃあお部屋まで案内してね」
「うん! ルーナリアさま!」
お兄様に目線だけで合図するとにこりと頷いてくれたので、私も微笑みを返しながらラフレの小さくて柔らかな手を取って部屋へと向かいます。
私を見上げて満面の笑みを浮かべるラフレを可愛く思って、私も溢れるような笑顔を浮かべてしまいました。
「ルーナリアさまの手、柔らかくて気持ちいい!」
「ラフレの手も、とっても柔らかい」
すぐに懐いてくれたラフレを見ると、心がほわほわした気持ちになっていきます。
子どもって本当に可愛くて真っ直ぐだと思いながら、その手の温かみを優しく握りしめました。
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