第21話 ナイトとプリンセスの語らい

「さぁ、プリンセス、次は何にされますか?」

「あ、あの……私はもう十分なので……ナイトはされないのですか? 他には何があるんだろう……」


ついつい騒めく人々の間で彼を抱きしめてしまった事に頬を染めながら、周囲を見渡します。

さっきの件で注目を集めてしまったのか、何だかこちらを見つめる人々の視線が初めよりも増えた気がしました。


「う〜ん……じゃあ、ちょっと付き合ってくださいね、プリンセス」


お兄様は少しでも近くで守ろうとするかのように私の腰を持つと、人混みの中を奥の方へと進んでいきます。


「ここは……」


着いた場所には大きなテーブルがあり、その上にカードが広げられていました。

漆黒の仮面の人が何やらカードを配ると、その向かいに座る4人の男女がそのカードを片手に何やらチップを賭けていきます。


「あれは、配られたカードが『21』に近い方が勝つ、という遊びだよ」


私の耳元にこっそりと囁きながら、今行われているゲームの説明をしてくれます。

何だか聞いていても難しそうで、私にはルーレットが丁度いいと思ってしまいました。

さっきまで行われていたゲームが終わったのか、座っていた男女が口々に喜んだり嘆いたりしながらテーブルから去っていきました。


「プリンセス、絶対に僕の傍を離れないように」

「分かりました」


とても真剣な響きの声色が耳元へと入ってきたので、大きく頷きました。


「では、次にされる方はどなたでしょうか?」

「僕が──」

「白金の紳士様ですね。では、後1人は……朗らかな紳士様、どうぞよろしくお願いします」


お兄様の座る椅子の後ろにぴたりと立つと、周囲の様子を見ていきました。

他には2人の男性と1人の女性が座っていて、皆賭け金をベットしていきます。


「さて、では4回戦となりますので、よろしくお願いします」


漆黒の仮面の人はそう言うと、皆にカードを配っていきます。

2枚のカードを開いたお兄様は、脚を組んで涼しい顔をしながら確認しているようです。

よく分からないまま見つめていると、漆黒の仮面の人が1枚カードを開いて見せました。


「さあ、皆様どうされますか?」

「俺はヒットだ」

「私もヒットよ」

「……スタンドで……」


他の人に次々とカードが配られていきます。


「ヒット」


お兄様もカードを増やしたようで、その貰ったカードを見ると静かな声で宣言します。


「スタンド」

「っち……バーストだ」

「私もスタンド!」

「では、開示します」


歓声と落胆の声が周囲に響き渡りました。

漆黒の仮面の人が出した数字を頭の中で合計していきます。一方でお兄様の出したカードの数字を合計していきます。


「おめでとうございます。白金の紳士様と、静寂な紳士様」


お兄様と、大人しい感じの男性が漆黒の仮面の人から増えたチップをもらっています。

そのまま皆が再び賭け金をベットし、お兄様もさっきの半分のチップを置きました。


「さあ、2回戦いかせていただきます」


同じように漆黒の仮面の人がカードを配り、その内1枚をその場で開示して見せました。


「さあ、皆様どうされますか?」

「スタンド」

「俺はヒットだ」

「私もヒットよ」

「……ヒ、ヒットで……」


ヒットと言った方々にカードが配られていき、その後も何度か朗らかそうな男性と気の強そうな女性にカードが配られていきます。


「俺はこれでスタンドだ」

「あ……スタンドで……」

「……バーストよっ!」

「では、開示します」


開かれたカードを見て、朗らかな男性が手を叩いて喜ぶと、周囲に歓声が広がりました。


「おめでとうございます。白金の紳士様と朗らかな紳士様」


勝ったお兄様は再び増えたチップを貰っていますが、全く微動だにせずに落ち着いた様子で次のベットをしています。

そんな姿を見せる彼に皆が注目し始めたようで、視線を感じた私はソワソワと落ち着かない気持ちになっていきました。


(アル兄様……凄い強いんじゃ?)


お兄様はさっきからずっと全員の配られて開示されたカードを見ています。

その後の3回戦も勝ったお兄様は、益々注目を集めたようで周囲に人が増えてき始めました。

最後の4回戦になると持っているチップの全てを賭けたようで、その動きに周囲が大きく騒めきます。


「君、なかなか大きく出たね」


朗らかそうな感じの男性が、ニヤリとした笑みをお兄様に浮かべましたが、一瞥いちべつすると軽く会釈をしただけで再びテーブルの上を見据えました。


「では、最後の4回戦ですね。いかせていただきます」


漆黒の仮面の人がカードを配ると、その内1枚を開きました。


「皆様、どうされますか?」

「スタンド」

「俺はヒットだ」

「私もスタンドよ」

「…………うぅん…ヒットで……」


漆黒の仮面の人がヒットと宣言した人にカードを配っていきます。


「っち! バーストだ」

「あぁ……バースト……」

「では、開示しますね」

「ブラックジャック。──僕の勝ちだ」


漆黒の仮面の人がカードを開示すると同時に、お兄様がカードを開いて見せました。

途端に、周囲がどよめくような大きな歓声に包まれました。


「君! 凄いなっ! ここでそれを引くとはっ!」

「おめでとうございます、白金の紳士様」


朗らかな感じの男性がお兄様の肩を何度も叩いているのを、若干煩わしそうな雰囲気で見つめています。

彼のところには、すっかり大量になったチップが渡されました。

完全に周囲の注目を集めてしまったため、お兄様の後ろでヒヤヒヤとした思いでいっぱいになってしまいました。


「さ、プリンセス行きましょう」


大量のチップを袋に入れて貰ったお兄様が、落ち着いた様子で私の腰に手を回してその場を去ろうとした時、さっき一緒にゲームをした朗らかな感じの男性が私たちを交互に見つめながら立ち塞がりました。


「き、君! いや、君たち! ちょっとこれからあっちで一杯どうかな!?」

「申し訳ありませんが、先約がありますので」


冷ややかな目線を相手に送ったお兄様は、そのまま私を促すようにしてその場から立ち去りました。

すっかり目立ってしまったようで、歩くたびに周囲の人から好奇の眼差しで見られます。大きな袋を抱えるお兄様の姿が、それに拍車をかけているのは間違いありませんでした。


「プリンセス、どうしますか?」

「も、もう、十分に楽しんだので……これ以上は……」

「ですよね。では、戻りましょうか」


くすりと笑みを浮かべたお兄様と一緒に、最初に来た方向へと歩いていきます。



「もうお帰りでよろしいでしょうか?」


最初と同じようにスッとどこからか執事と思われる漆黒の仮面の人が、私たちの前に現れました。

来た時と違ってすっかり大量になってしまったチップをすかさず渡します。


「あぁ、十分に楽しませて貰ったよ。──これはお返ししよう」

「……これはこれは……換金させていただきますので、また明日お帰りの際にお渡しいたします」

「……別に、お金が欲しいわけじゃない」


お兄様は苦々しい口調でそう言うと、私を引き寄せるようにしながら出口へと向かいました。


「また、ジュウール様から明日──」


恭しくお辞儀をする執事の人を横目に、会場から立ち去ります。

煌々と光り輝く別棟の会場は、まだまだこれからが本番と言わんばかりの活気で色付いていました。

人々の騒めきと昼間のような光が徐々に失われていき、静寂な闇の中漆黒の仮面の人に部屋まで案内されます。




「……はぁ〜疲れました……」


部屋に入って2人きりになると、仮面を外してソファにぐったりと座り込みました。

同じように仮面を外したお兄様が、私の隣に腰を下ろします。


「ふふふ。ルゥナ、どうだった?」

「……まだまだ子どもの私には、ちょっと大人の遊びの良さが分からないかも……?」

「はははは。ルゥナは、本当に可愛いね」


首を傾げながらお兄様の方を見た私の頭を、優しく撫でてくれます。

ふとリーフデさんとの会話を思い出し、その時決意した事を実行するなら今がいいのではないだろうとか閃きました。


「あの……アル…聞いてもいいですか?」

「どうしたの、ルゥナ?」


おずおずと見つめる私の様子にいつもと違うものを感じたのか、お兄様が瞬時に真剣な眼差しになりました。


「……あの、男性は、なるとをしたくなると、聞きました……その、アル兄様は、そんな時やっぱり…………娼館とか行かれたりするのですか?」


私の言葉を聞いたお兄様は、驚いているのか目を大きく見開き固まったまま、動きを止めてしまいました。


「……アル、にいさま?」

「……待って、ちょっと待って……なんでルゥナが娼館なんて言葉……何で……──あの女か……」


狼狽えた様子で頭を抱えていたお兄様でしたが、スッと顔を上げると酷く冷たい眼差しで宙を睨みつけました。周囲の温度が一気に下がっているようで、寒さで思わずふるりと身体を震わせてしまいました。


「あ、あの……アル兄様…………返事を聞いてもいいですか…?」


揺れる瞳を抑えながら、そっとお兄様の手を取ると冷たくなった瞳を見つめます。

途端に冷気が霧散して、彼が慌てたように私の手を握りしめました。


「行かない。絶対に行かないし、行った事も無いから」


身を大きく乗り出しながら、私の両手をぎゅっと包み込みました。

少しだけ身体の緊張も無くなり、軽く息を吐きます。


「そうですか……あの、でしたら、時は、どうするのですか?」

「僕は、ルゥナ以外としたく無いから。絶対に」

「っ! そうなんですね……良かった……あの、でも、私と出来ない時はどうするのですか? アル兄様が辛いのは……」


一瞬沸き立った心も、彼にそんな思いをさせてしまうのではないかと悲しくなり、しぼんでしまいます。


「そういう時は出来る日を夢見て、その想いを大事に温めておくんだよ。そうしたら、その日がとてもとても愛おしいものになるでしょ?」


お兄様は満面の笑みで、大切なものに触れるように私の頬を撫でてくれました。


「辛く、無いのですか?」

「それよりも、嬉しい気持ちの方が大きいかな? うーんと、ほら。例えば、お腹が空いた時に食べるご飯って凄く凄く感動するでしょ? あれと一緒で、ルゥナと繋がれた時が、とても大切なものになるから。僕にとって、ルゥナとの時間は本当に大切で大事なものだから」


その言葉を聞いた私は、揺れる心を抑える事が出来ずにぽろぽろと涙を溢してしまいました。


「私も……私も、アル兄様と繋がれたら、凄く凄く嬉しいです……」


お兄様が同じ想いでいてくれた事が本当に嬉しくて、飛び込むように彼の首元へと抱きつきました。


「……ルゥナ……」


私の身体を包み込むように回された腕の力強さと温もりを感じ、愛しい人への想いで心がいっぱいになりました。

腕の力を緩めると、大好きな人と視線が絡み合います。


「アル兄様……愛しています……私、アル兄様が満足出来る様に、頑張りますね」

「っ! ルゥナっ……愛してる……」


僅かにその頬を朱色に染めたお兄様が、私の身体を引き寄せるようにしながらキスをしてくれました。

唇が離れる時にふと月明かりを感じ、窓の外へと視線を送ります。


「月……?」

「見てみる?」


2人でバルコニーへと向かうと、空には綺麗な下弦の月が浮かんでいました。


「弓月……もうこんな、夜遅い時間になっていたんですね。……綺麗……」

「月明かりに照らされたルゥナは、本当に月の女神様みたいで綺麗だよ」

「……そんなこと……」


熱い眼差しに照れてしまい、顔を真っ赤にさせると僅かに俯きました。


「知っている? お月様は、太陽の光で輝いて見えるんだ。でも、満月のような瞳を持つルゥナの輝きは、内面から溢れ出ているものだから」


俯いた私の顔を大きな両手で包み込むと、瞳を覗き込むように顔を近づけました。

澄んだ空色の瞳の中に吸い込まれて落ちていくような錯覚に陥いりながら、その言葉を聞いた嬉しさに胸を震わせます。


「でも、アル兄様……私は、お月様と一緒です。だって、私を輝かせてくれる私の太陽は、アルだから」


目の前にいる愛する人がいるからこそ、その人と結ばれたからこそ、私は輝くことが出来るのだろうから──

そう思いながら、大好きな瞳に向かってにこりと微笑みました。


「……ルゥナ、愛してる」

「…アル……愛してます」


互いの瞳が混じり合うほど顔を近づけると、そっと口付けを交わします。

それは、今晩の月明かりのように、優しく柔らかなキスでした……


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