第20話 ペルソナの遊び

淡く、ゆらゆらと揺らめく光──

いつもより薄暗い火魔法具ルーチェの灯りで、どこか蠱惑的な雰囲気が会場に広がっていました。

周囲に広がる甘ったるしい匂いも、ここが大人の場所である事を示しているかのようです。


人々のヒソヒソと囁く声と、あちこちであがる歓声や時折聞こえる呻き声。


私とお兄様は、ゆっくりと会場の中を進んでいきます。


皆仮面をつけているため互いの顔を認識する事は出来ませんが、出ている部分だけでも値踏みするかのようなチラチラとした目線を感じてしまいます。


そんな視線を受ける度に、私の腰を持つお兄様の手に力が入りました。


「さぁ、ナイトとプリンセス。今宵は我が趣味の場を存分に楽しんでください」


私たちを案内してくれた、魔物を模写したような奇妙な仮面を被ったジュウール様が、恭しくお辞儀をしました。


「ここは……」


所々で盛り上がっているこの場所を見渡していると、向こうの方で大きな歓声が沸き起こっているのが見えました。


「ここは、様々な博戯はくぎを行っているのですよ。私の趣味でしてね」

「博戯、ですか……?」

「ええ、ちょっとしたお遊びですよ」


仮面を被っているためジュウール様の表情は分かりませんが、その声はどこか楽しそうな響きをしていました。

横に並ぶお兄様を見上げると、その瞳は動揺もなく静かに周囲を観察していました。


「ふふふ。やはりアルフレート様は、私の趣味をご存じのようで」

「あぁ。少しだけ噂には聞いていたが……だがここは、そう簡単には入れないはずですよね?」

「もちろん、お二人は私からの特別招待ですよ。あちらでは舞踏会も行っていますし、も用意しておりす。まぁ、そこはお二人には無用でしょうが……──では、お好きなものをお楽しみください」


仮面の下では、おそらくあの蛇のような目を細めて笑っているのだろうと想像させる口調で、ジュウール様は颯爽と去っていきました。


「ア……ナイト、どうしますか?」


ついつい本名で呼びそうになる自分を戒めながら、お兄様に戸惑いの視線を向けました。

仮面の下から覗く大好きな空色の瞳が、優しく私を見つめてくれます。


「プリンセス、とりあえず行きましょう。私の傍から決して離れないように」


お兄様は何処か揶揄からかうような口調を響かせながら、恭しい手つきで改めて私の腰に手を回しました。


(アル兄様が一緒にいるなら、どこだって大丈夫……)


その瞳を見返すと何だか楽しい気持ちになってきて、笑みが自然と溢れ出ました。


「はい! ナイト、よろしくお願いします」

「承知いたしました、プリンセス」


互いに微笑み合いながら小さく頷くと、何処か異様な熱気のある会場へと一歩踏み出しました。




中へと進んで行くと、恐らく私たちを迎えに来てくれた執事さんだと思われる漆黒の仮面をつけた方が、スッと私たちの前に現れました。


「こちらをお使いください。ジュウール様から準備をとご指示をいただきましたので。ここでは、お金の代わりにこうしたチップを使用して賭けていただきます」


執事さんが、お兄様に赤と白で作られた硬貨のようなものを袋に入れて渡しました。


「後は、気になったものをお試しくださいませ。では、存分にお楽しみ下さいませ──」


執事さんは来た時と同じように、スッと姿を会場へと溶け込ませました。


「……ナイト、どうしますか?」

「プリンセスが気に入ったものをしましょう。何にされますか?」


彼の口調から、何だか本当に騎士様に守られる王女様にでもなったような気分になって、更に楽しい気持ちになってきました。


「ふふふ。ナイトは詳しいようなので、是非オススメがあったら教えてください」

「……別に僕は詳しくないからね」


くすくすと笑う私に、お兄様が若干困ったような様子でそっと耳元に囁きました。


「ふふふふふ……そんなに焦らなくても……あ、あれは何でしょうか?」


見ると人だかりが出来ているそこには、赤と黒の文字が書いてある大きな円盤のようなものがありました。


「あぁ。あれはルーレットですね。ほら、あそこに球があるでしょう。あれがどこに落ちるかを当てて賭けるものです。あれなら簡単なのでプリンセスにも出来ると思いますよ」

「ルーレット……行ってみてもいいですか?」

「もちろんです。ですが、決してお傍を離れないように、プリンセス」

「ありがとうございます。よろしくお願いしますね、ナイト」


くすりと笑みを溢しながら彼にぴたりと寄り添うと、ゆっくりと人混みの中へと向かって行きます。


「おや。今宵は漆黒の女神がお越しの様で……何になさいますか?」


ルーレットの前に佇む漆黒の仮面を付けた人に尋ねられ、どうしていいか分からない私は戸惑いながらお兄様の方をチラリと見ました。


「これで……」


先ほど執事さんからもらったチップを、お兄様がスッとその仮面の人に渡します。


「プリンセス、赤と黒どちらにしますか? ほら、あの球がどこに落ちるか予想するだけなので、そんなに緊張しなくてもいいですよ」


お兄様が優しく私の耳元で囁きながら、ルーレットに軽く目線をやり説明をしてくれます。

周囲の人々も口々に仮面の人へとチップを渡しながら、思い思いの所に置いていっているようでした。


「漆黒の女神様。どうされますか?」

「えっと……では、黒でお願いします」

「黒ですね。──では」


漆黒の仮面の人がルーレットにある中心の部分を回すと、球を投げ入れました。

回ったルーレットが徐々に止まっていき、転がった球がゆっくりとルーレットの穴に落ちていきます。


「───黒の24」


漆黒の仮面の人が静かに宣言すると、あちこちで歓声や嘆く声が聞こえました。


「プリンセス、お見事です」


にっこりと笑った彼が、吐息混じりの声でそっと耳元へと溢しました。

返ってきたチップの量が増えていることに驚いた私は、お兄様の方をうかがうように見上げます。


「あ、あの……ナイト? これ、さっきよりちょっと多いんですが……」

「あぁ、プリンセス。ここではこうして勝ってチップを増やしていくのですよ」


しれっとした調子でお兄様はそう言うと、漆黒の仮面の人へさっき貰ったチップの全てを渡しました。


「さ、プリンセス。次はどうしますか? 出た数字が偶数か奇数かを当てるものもありますよ」

「え? えっと……でしたら、『偶数』でお願いします」


完全に当てずっぽうでしかないのですが、お兄様に促されるままそう応えました。


「さて、他の皆様宜しいですか? ──では」


漆黒の仮面の人が再びルーレットにある中心の部分を回し、球を投げ入れました。


「───黒の6」


漆黒の仮面の人が宣言した途端、あちこちで歓声や悲嘆の声が上がりました。


「やった! ア…ナイト! 当たりました!」


また当てる事ができたのが嬉しくて、ついその場で軽く飛び跳ねてしまいました。


「漆黒の女神様、お見事です──」


漆黒の仮面の人がくれたチップは、さっきよりもかなり多くなっています。

何だか増えていくことに喜びを感じた私は、他の人が夢中になっている気持ちを少し理解しました。


「漆黒の女神様。でしたら是非、次は数字を当ててみてはいかがでしょうか?」

「え? えっと……」


チラリと見上げたお兄様が、軽く頷いてくれました。


「あの……でしたら17でお願いします……」


そう言うや否や、さっき貰ったチップの全てをお兄様が漆黒の仮面の人に渡しました。


「(全額出したぞ……)」

「(凄いですわね…躊躇ちゅうちょなくいかれましたね)」


何だかその動作が注目を集めたようで、ヒソヒソと周囲の人々が何事かを囁いているのが聞こえました。

様々な思惑が入り混じった目線を感じ、若干狼狽えてしまいます。


(……え? 何かおかしいのかな?)


「さぁ皆様。漆黒の女神様は、その手に祝福を抱く事ができるのでしょうか。──では」


漆黒の仮面の人は高らかにそう言うと、ルーレットにある中心の部分を回し球を投げ入れました。

完全に他の方が私の行方に注目しているようで、辺りがシンと静まり返りました。


ルーレットはゆっくりとその動きを止め、球がカラカラと音を立てながら穴に向かって動いていきます。


(わ、わ、わ……)




ーーカラン




「───赤の17」


途端にワッと大きな歓声が上がり、一気に周囲の視線が私に向かってきました。


「お見事です、漆黒の女神様。今宵は貴方の美しさに神が祝福を讃えたのでしょう」


さっきよりももっと増えたチップを、漆黒の仮面の人がお兄様に渡しています。

周囲に注目され熱のこもった眼差しで見つめられた私は、今度は嬉しさよりも居た堪れなさが勝って軽く動揺してしまいました。


「あ、あの、ナイト、もういいです。行きましょう」


隣で大量のチップを抱えているお兄様を、半分懇願するように見上げました。


「おや? プリンセスもういいのですか?」

「はい。もう十分楽しみましたから……」


まだ周囲から感じる視線から逃げ去るように、急いでその場を立ち去ります。

何だか楽しかった気分も、途端に落ち着かないものになってしまいました。


隣を歩くお兄様を見上げると、とても楽しそうにしていて、仮面から覗く口角が上がりっぱなしになっています。


「……ナイトは、とても楽しんでいますね」

「ふふふ。いえいえ、さすが僕のプリンセスだと思ったら、面白くって」


楽しそうに笑うお兄様の声を聞くと、私も楽しい気持ちになってきます。


(でも、私には、あまり向いていないかも……?)


ドキドキする心を落ち着けるように、暫く彼の身体をぎゅっと抱きしめました──


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