第15話 夢
目を瞑ると、今でもあのどこまでも続いている蒼を見ることができます。
耳の奥に残っている潮騒の音を感じると、ついつい笑みが溢れてしまいます。
今はもうすっかり海の匂いから木々の香りへと移り変わった内陸部の街道を目に映しながら、東部を目指し旅を続けていきます。
「おはよう! いい子ね……」
一緒に旅をしてきて随分と慣れてきた黒毛の馬の
朝の支度も随分と手早くなり、かなり旅慣れてきた自分の成長を少しだけ感じながら、黒くてつぶらな優しい瞳を見つめます。
「ふふふ、ルゥナもすっかり馬に慣れたね」
「そうなんです! でもまだ1人じゃ乗り降りできないんですけどね……」
「ははは、いいよ。僕がいるんだし。じゃ、出発しようか」
「はい!」
お兄様に手伝ってもらって黒毛の馬に跨がると、東部の砦に向けて出発しました。
「今日もまた、よろしくね……頑張ってね……」
いつも私たちを乗せてくれているこの子に感謝を気持ちを伝えるようにそっと囁くと、よしよしとその首筋を撫でていきます。
「ルゥナ、ちょっと手綱持ってみる?」
「えっ!? いいんですか!?」
身を寄せてきたお兄様が私の手を取ると、その手綱を預けてくれます。
馬を操ったことが無いため、ドキドキと胸が高鳴り頬が上気するのが自分でも分かりました。
「こいつは気立もいいし行く方向はわかっているから、寄り道しそうになった時だけこうして引いて……」
「なるほど! 分かりました!」
「草道には注意してね。食べそうになったら手綱をしっかり引いてね」
「分かりました!」
お兄様に操作の仕方を教えてもらうと、若干緊張で震える手で手綱をぎゅっと握りしめます。
「軽く持つだけでいいから。こうやって……」
「う、うん……」
最初は一緒になって握ってくれましたが、途中からお兄様はその手を離して私の腰に回しました。
(わわわわ〜〜!!)
内心の興奮が溢れる中、大きく開いた口から声を上げるのだけは抑えながら、黒毛の馬との呼吸を合わせていきます。
パカ パカ…… パカ パカ……
「す、すごいっ! 私、馬に乗ってる!!」
「あははは。もう随分前から乗っているけどね。やっぱり、ルゥナって本当可愛いよね、はははは。ルゥナが、僕をこんな風に笑わせてくれる」
邪魔をしないようにと遠慮しながら後ろから両手で抱きしめられると、心臓が別の意味でもドキドキと脈打ちました。
耳元からまだお兄様がクスクスと溢す笑い声が聞こえてきて、その音色の心地よさに私まで笑顔になってしまいました。
私の身体に回された手が、さわさわとお腹の辺りに触れてきます。
「アル兄様、ちょっとくすぐったいです……」
「あぁ、ごめんごめん。いや、ルゥナ、結構身体締まってきたかなぁって」
そう言ったお兄様の手が、さっきよりもしっかりとお腹に触れてきました。
最初の頃は1日馬に乗っているだけでガクガクしていた脚も今では普通に歩けるようになっているし、自分でも少しだけ体力がついたようにも感じています。
まだ私のお腹に触れているお兄様の手の横へ、サッと片手を伸ばすと確認してみます。
(……確かに、ずっと馬に乗っているだけでも結構な運動になっているのかもしれない、けど……まだ、ふにっとしている、よね……こ、これで締まってきたって言われたら……)
柔らかな自分の横腹に触れると、毎日見ている自分の身体を思い浮かべてみました。
「あ、あの……やっぱり前は、少しふっくらし過ぎてました…か?」
「え? 全然。ルゥナは細いからもっと食べてもいいと思うよ。お腹だって全然細いし、首とかなんてこんなにほっそいし」
手綱を私が握っているため自由にできるその手で、お兄様があちこちと触ってきます。
手の温もりを愛おしく感じながらも、横腹に触れられるとそれだけでくすぐったくて、思わず手綱を離してしまいそうになりました。
「アルにぃさま、も、くすぐったいっ……あははは、そこはダメ〜っ……」
「あははは、ごめんごめん、ルゥナ」
まだ余韻が残っている私が笑みをこぼしていると、お兄様が後ろから抱きしめてきました。
その逞しい身体が密着した瞬間、お風呂などで見た引き締まった裸体が思い出されて頬が熱くなります。
「アル兄様…アルは、凄く引き締まった身体してます、よね」
「触ってみる?」
「っえ!? …………うん……」
耳元から聞こえた声色が、なんだか熱を孕んでいるような気がして一気に顔が真っ赤になってしまいました。
自分の頭の中にあった不埒な思いが覗かれたのではないだろうかと、少しだけドキドキしてしまったのですが、何だか触ってみたくて堪らなくて素直に頷きました。
お兄様と手綱を交代すると、身体を捻ってそのお腹にそっと触れてみます。
隊服を着ていますが、その上からでも自分とは違うその硬さが分かり、私の目が感動で輝きました。
「……かたい……すごい………カッコいい……」
その硬さを確かめるように、ついつい何回も触ってしまいます。
「ははっ! ルゥナ可愛い。……僕はカッコいい?」
「え? ……は、はい…………」
少しだけ真剣な口調で改めて問われると、気恥ずかしさで耳まで真っ赤になりながら前を向きました。
「あぁ〜良かった〜。僕の夢が叶った!」
とても大きな弾むような声から、ものすごく喜んでいるのだと分かった私は、不思議に思ってまたお兄様の方へ振り向くと外套から覗くその顔を見つめました。
「……夢って何ですか?」
「ふふ。僕の夢は、ルゥナのカッコいい旦那様になる事だったから」
ふんわりとした笑顔で見つめられて、私の胸が熱くなりました。
「……アルは、いつでも、ずっとカッコいいです……」
顔を真っ赤にしたまま、照れて仕方がない自分を誤魔化すように伏し目がちで呟きました。
ですが、自分の気持ちをちゃんと伝えようと思って目をあげると、その大好きな空色の瞳をじっと見つめました。
「……私は、アル兄様がどんな人だったとしても、カッコよくなくても、愛していましたから。だから、無理だけはしないでくださいね。いつもいつも、ありがとう」
この想いが伝わるようにと、彼に向かってにっこりと微笑みました。
お兄様が一瞬目を見開くと、僅かに揺れる瞳を私へと向けます。
「…………ルゥナ、愛してるっ……!」
苦しいぐらいに激しく抱き締められて目を白黒させた私は、どちらも手綱を持っていないことに気が付き慌てて前を向きました。
ただ一緒にいられれば、それでいい──
そう願い続けていた幼い頃の想いが胸に呼び起こされました。
だけど、絶対に無理だけはしないで欲しい。例え私に何かがあったとしても……
そんな思いを胸に秘めながら、街道を東に向かって進んでいきました。
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