第14話 海辺のデート ②
「お、お、お、お、おまたせ、しました……!」
「……ありがとうございます」
給仕の人が入れ替わり立ち代わり来ているのを、少しだけ戸惑いを含んだ眼差しのまま見上げました。
ですが目の前にとっても美味しそうな料理が並べられていくので、すぐに心がそっちへと向きます。
悩み抜いた末に決めた、鯛のアクアパッツァとムール貝の白ワイン蒸し、マグロのたたきスコッタートに、フォカッチャがテーブルの上に所狭しと置かれています。
「うわ〜……アル兄様、すごく美味しそうですね……!」
「うん。やっぱり、ムール貝にして良かったね」
「ですです! ふふふ」
2人で顔を見合わせてくすくす笑いあうと、さっそく食べ始めます。
新鮮な鯛はその身がふっくらとしていて、美味しさのあまり思わずうっとりしてしまいました。
ムール貝も白ワインのいい香りで上品に味付けされていて、お兄様と夢中で食べていきます。
「フォカッチャ、もちもちしてて美味しいですね」
「うん、マグロもすごく新鮮で美味しい。この店当たりだったかも」
「やっぱり南部は海が近いからか、お魚の味が違う気がします……!」
「あ、分かる分かる。やっぱ氷魔法具の保存でも限界あるって事だね」
やっぱり美味しいご飯は大切な人と楽しく食べるともっと美味しくなるな、と心の底から思いながら、料理に舌鼓を打ちました。
大満足の昼食を終えると、お兄様と手を繋いで街を南へと向かって歩いていきます。
しばらく進んで行くと、人気のない開けた場所へと辿り着きました。
視界いっぱいに、大きな大きな海が広がっています。
「海に到着だ。ここはあまり波も高くないから、大丈夫。人もいないからフードを外してもいいよ」
「はい! うわ〜〜〜」
目の前に広がる景色に、ただただ圧倒されます。
砂がたくさんあって、海から絶え間なく打ち寄せる泡と水が巻き起こっています。
「あれが、『波』なんですね……」
昨日船の中から見た
寄せては返すその不思議な魅力のある動きに、ぼうっと見入ってしまいました。
隣に立つお兄様の存在を感じながら、目を閉じると胸いっぱいに広がる空気を吸い込みます。
「昨日も思ったんですが、海って何だか不思議な匂いがします……」
「ははは。うん、そうだね。潮の香りだね」
「これが、海の匂い……」
どこかすっきりとしていて、でも包み込んでくれるような、そんな香りに身を委ねます。
視界に再び海を映しふと隣を見上げると、お兄様も目を閉じて海の香りを吸い込んでいました。
海風に揺られ睫毛がふるふると震えている絵画の様なその姿を、吸い込まれるように暫く見つめてしまいます。
「あと、海には味があるんだよ。ふふふ」
「え? 味……?」
パチリと目を開いて楽しそうに笑うお兄様の話を聞いて、自分で確かめてみたくなってしまいました。
「……アル兄様、靴脱いでいいですか?」
「いいよ。でも、少しだけね。いくら寒くはないと言っても、この時期の海は冷えるだろうから」
「はい!」
ふわりとした笑みを浮かべるお兄様に満面の笑顔で返事をすると、はやる気持ちのまま靴を脱いでズボンの裾を捲り、波打ち際に向かって駆けていきました。
「わぁ〜〜〜」
海に足をつけるとお兄様の言っていた通りかなりの冷たさで、ヒヤッとした感触に少し驚きました。
砂辺に立っていると、波が素足の間を来たり引いたりする度にどんどん沈んでいきます。
(おもしろい……!)
何度も何度も優しく来ては帰って行く足元の波の不思議な動きに魅入ってしまい、暫くその行方を見守り続けました。
ゆっくりとしゃがんで、そっと波に手を当ててその水を口に含んでみます。
「あっ! からいっ!!」
塩っ辛くてびっくりした私は、目をまん丸くさせてまじまじと海水を見つめました。
「ははは。ルゥナは、本当に可愛い。おいで、ルゥナ」
楽しそうに笑ったお兄様は私を抱き上げると、水魔法で足を洗浄して風魔法で乾かして靴を履かせてくれました。
そしてそのまま飛行すると、どんどん沖へと出ていきます。
足元にある海を見ると、色とりどりの沢山の魚たちが泳いでいる姿がありました。
「アル兄様! 魚が沢山いる!!」
私を下ろしたお兄様が、ぎゅっと腰を持ってくれます。
飛行魔法から外れてはいけないので、私も彼の腰にしっかりと腕を回しながらも必死に足元を見つめました。
ゆらゆら揺れる水面ですが、あまり波が激しくないのか、足元には透き通る蒼い海が広がっています。
その中には魚たちが住む別の世界があって、大小様々な数多くの生き物が暮らしているのです。
目の前を優雅に泳いでいく、魚たち。
私たちが覗いているとも知らずに、小さい魚の群れは何かを追うように水の中を揺らめいていました。
「凄いですね……こんなに沢山いるんだ……あ! あの小さいの可愛い!」
「ふふふ。綺麗な魚が沢山いるけど、ルゥナが1番可愛い」
一緒に魚を見つめるお兄様は、私の腰に回した腕の力を強くすると、私の頭に頬を寄せました。
自分達の世界には、私たち以外にも沢山の生き物が住んでいる。
当たり前のようでいて当たり前ではない事が実感され、なんだかとても不思議な気持ちになりました。
潮風に吹かれ、弄ばれるように
風の吹く方を見ると、果てしなく何処までも続いていく蒼色の海が広がっています。
雲一つない澄み渡る青空が広がっているのですが、どこまでが海でどこまでが空なのか分からない青一色の世界。
海が空を映しているのか、空が海に溶け込んでいるのか──
風が吹くと、
全てが美しいこの世界を、とても愛しく感じました。
「……綺麗……」
「ルゥナが、綺麗だよ」
見上げたお兄様の風に靡く金色の髪は、お日様の光を受けて透き通り眩いほどの輝きをしていました。
今日の青空と同じ瞳に見つめられると、それだけで胸の鼓動が速くなってしまいます。
「アル兄様が、綺麗です……」
頬を染めながら、大好きな瞳をじっと見つめました。
お兄様と同じ色をした髪を一房掬うと、彼は優しく口付けを落とします。その仕草に、顔が一気に赤くなっていくのが自分でも分かりました。
風に吹かれて、私の髪がゆらゆらと揺れます。
「ルゥナの美しさは、内面から溢れ出るものだよ。……この陽の光を受けた髪は、ルゥナの内を体現するような透き通るほどの輝きだよね。ルゥナの柔らかい髪の毛、大好き」
ふわりと微笑みながら私の長い髪を弄ぶその姿に、ドキドキとする心臓を抑える事が出来ません。
「……アル兄様のも、同じくらい煌めいてます」
「はは。そうかもね。──僕は、ルゥナがお揃いって言ってくれた時から、この髪が好きになったよ」
優しい眼差しで微笑むお兄様の言葉を聞いて、ストンと自分の中で何かが戻った気がしました。
(兄弟の証のようなこの髪が嫌いだったけど……でも、やっと……好きになれた……お揃いだって無邪気に喜んでいた、あの頃みたいに……)
胸がきゅっとなって、泣きそうになる自分を抑えながらお兄様を見つめました。
「……うれし……です……」
「このお揃いの髪の毛、僕たちは本当お似合いの夫婦だよね」
お兄様は柔らかく微笑むと、再び私の髪の毛に愛おしそうに口付けをしました。
「……ふふふ、そうですね……お揃いでお似合いで、すっごく嬉しい! ありがとう、アル兄様!」
そう言うや否や、彼の身体をぎゅっと強く抱きしめました。
堪えきれない涙が一粒、ぽろりと頬に流れ落ちます。
「ルゥナ」
耳元から響いた柔らかい声で、顔を上げました。
お兄様は僅かに濡れた頬を優しく包み込むように触れると、ゆっくりと親指で唇をなぞっていきます。
その指の動きにぞくりとした瞬間、唇が重なりました。
「……ん……」
お兄様の柔らかな唇の感触に混じって、海の上で交わすキスはほんの少しだけ潮風の味がしました──
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