第13話 海辺のデート ①
右手に見える海を時々視界に映しながら、時折吹く風に目を瞑ります。
メリーディエス家の屋敷を後にした私たちは、次なる目的地東部に向かって街道を進んでいました。
いつも大人しく乗せてくれている黒毛の馬の首筋を労わるように撫でると、返事をしてくれるかのように息を吐いてくれました。
口元をほころばせながら、手綱を軽く操作するお兄様の手つきに魅入ります。
「ひとまず海岸沿いの街道を通るけど、その後内陸から東部を目指そう。レーン川の輸送ルートに乗った方が早いんだけど、一旦王国の南東まで出ないと行けないから、結局旅程は変わらないだろうし」
「分かりました! アルにぃ…アルにお任せになって申し訳ないのですが、よろしくお願いします」
後ろにいるお兄様に向かって微笑みを向けると、フードをしっかりと被り直して再び始まる旅へと意気込みました。
「あ、そうそう。今日宿に泊まったら、明日は1日休もう」
「え? いいんですか?」
「うん。やっぱりルゥナが病気になったのも、休日もなくずっと旅をしていて疲れが溜まったのが原因だろうから。そもそも働いている時だって、ルゥナはちゃんと休みがあったわけでしょ? しっかり休むのも仕事」
お兄様が私の身体を軽く抱きしめると、頭を撫でてくれました。
私の病気が『3日熱』ではなくてただの疲労だったとは知らないはずなのに、こうした心配りをしてくれる彼の優しさと気遣いに心が暖かくなりました。
「次の街は海岸沿いにあるし、休みの1日で海を見に行こうか」
「いいんですか!? すっごく嬉しい〜!」
私の身体に回されたお兄様の左腕をぎゅっと掴むと、嬉しさで跳ねるようにその腕でリズムを取ってしまいます。
南部の砦でした約束を叶えてくれる喜びと期待で弾んだ胸を抑える事なく、右手に広がる蒼色を見つめました。
♢♢
「ん………」
目を開くと視界に飛び込んできた窓の日差しの強さから、すっかり日が高くなっているのが分かりました。
私を包み込む温もりを感じて、いつもの香りを吸い込みながら彼の身体に身を擦り寄せました。
「……ルゥナ、起きた?」
「んん……まだ……」
優しく私の頭を撫でてくれるその手の気持ちよさで、またウトウトとしてきます。
「にぃさま……すき………」
まだ半分以上寝ぼけている私は、お兄様の身体をぎゅっと抱きしめて幸福感に酔いしれます。
お互い裸で抱き合うと、なんだか胸が暖かくなってとても幸せな気持ちになっていきます。
特に今日はお休みで朝ゆっくり出来ると思うと、益々嬉しくて堪らなくなってしまいました。
「……ルゥナが、可愛い……」
お兄様が私の身体に回した腕の力を少しだけ強くしました。
昨日の約束を思い出した私は、まだ眠たい身体を押し退けてお兄様の腕から半分逃れると空色の瞳を見つめます。
「……アルにぃさま……今日は、海行けますか?」
「ははは。勿論、今日はお休みだから、一緒に出かけよう」
愛おしそうに目を細めた笑顔を私に向けながら、繊細な手つきで頭や頬を撫でてくれます。
「とりあえずもう昼前になるから、ご飯をどこかで食べてから海に行こうか」
「えっ!? もうそんな時間なんですか!?」
驚きでポカンと口を開けてしまうと同時に、サッと目が覚めていくのが自分でも分かりました。
「まぁ、疲れているから仕方がないよ……昨日はちょっと無理をさせたかもしれないし……ごめんね、ルゥナ」
「全然大丈夫です。……とりあえず、着替えないとですね……」
腕の中から離れて半身を起こすと、自分の長くてふわふわした髪の毛を撫で付けました。
ジッと見つめるような彼の視線を感じて、疑問に思いながら振り返ります。
「?……アル兄様どうしましたか?………っあ。ごめんなさい……また、名前で呼べなかった……」
申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、しょんぼりと項垂れてしまいました。
彼が名前で呼んで欲しいのを分かっているものの、油断しているとつい『お兄様』呼びになってしまいます。
気落ちしている私を見たお兄様が、くすくすと優しく笑ってくれました。
「ふふふ。いいんだよ、そんなに気にしなくて。この世で僕の事を『兄』と呼べるのは、ルゥナしかいないんだから。僕は、ルゥナに名前を呼ばれても嬉しいけど、『アル兄様』と呼ばれるのも嬉しいんだから」
愛おしいものを見るような眼差しを向けながらそう言うと、頭を撫でてくれました。
「ありがとう……アル兄様……」
きっと名前で呼ばれたいだろうに、それでもどちらも嬉しいと言ってくれるその想いが嬉しくて、泣きそうな気持ちになってきます。
優しさに満ちた澄んだ空色の瞳を見つめ、この人を愛おしく想う気持ちには際限がない事を思い知らされました。
「さ、準備しようか。今日は髪の毛下ろして欲しいなって思ってさっき見てたんだよね」
「え? でも、邪魔になりませんか? ……それに、私上手く結べないんです……」
腰まである私の髪の毛を弄っている彼に、情けない表情で溢してしまいました。
旅の間は一つ括りがちょうど良いのでしていましたが、自分でするとなるとこれぐらいしか出来ないのです。
「あ、僕が簡単に結ぶから大丈夫。……ルゥナの髪の毛触るの好きだから、1度してみたかったんだよね」
「……あ、ありがとうございます」
その言葉に嬉しさよりも戸惑いが勝っていると、櫛を持って来てくれたお兄様が髪の毛を丁寧に梳き始めました。
そのまま器用な手つきで上手にハーフアップにしてくれます。
「うん。これなら大丈夫でしょ? まぁ、さすがに編み込んだりとか複雑な事は出来ないけど」
「全然十分です! アル兄様、何でも出来ますね……」
出来栄えに驚きながらも、愛しい人に髪を結ってもらったのが嬉しくて何度もそっと指先で髪の毛に触れていきます。
少しだけ気恥ずかしさもあって、頬が赤く染まってしまったのが自分でも分かりました。
「ルゥナの髪は、本当に気持ちよくて……頭を撫でるのも大好き」
「あ! 学園でフェリシアとオリエルにも言われました。なんか小動物みたいって」
流れている私の髪の毛で遊んでいるお兄様に向かって、懐かしさでいっぱいになりながら満面の笑みを浮かべました。
「……そう……ふふ、小動物…そうだね」
一瞬その瞳が憂いを帯びたようでしたが、すぐにふわりと微笑みます。
「さあ、着替えてご飯に行こう」
紫紺のローブのフードを被ったまま、お兄様と手を繋いで街へと繰り出しました。
辺りに広がるいい匂いを嗅ぐと、お腹がきゅっと鳴ったのが分かってちょっと焦ってしまいました。
「……お腹が、空いてきました……」
「ははは。そうだよね。じゃあ、あの店にしようか」
「はい!」
お兄様が指を示した、大きなお魚の看板のあるお店へと入っていきます。
店内はなかなかの賑わいのようで、私たちは店の奥にある小さいテーブルへと案内されました。
さすがにフードを被ったまま食事をするのはマナー的に良くないと思い、椅子に座るとローブのフードを外します。
「……っ!!! あ、あの、また、ご注文が、き、決まりましたら、お呼びください……」
案内してくれた若い男性が顔を赤くしながらそう言うと、サッと去っていきました。
お兄様が脱いだ
「……アル……目立っていますね」
こっそりと隣に座るお兄様の耳元へ囁きました。屋敷では大抵隣同士で座って食事をする事が多かったため、ついついこうした座り方をしてしまいます。
やっぱり珍しいのか、さっきからチラチラと感じる視線にはそこも含まれているような気がしました。
「ルゥナも、目立っているんだよ。あぁ、ほら。厨房からも人が出てきてルゥナを見ている……」
同じく耳元で囁き返してくれるお兄様のその言葉を聞いて、キョトンとしながら見上げました。隣に座る彼から僅かにひやりとした雰囲気を感じながらも、疑問で首を傾げてしまいます。
「…… 晦冥(かいめい)の騎士様の、アル兄様を見に来ているんじゃないですか?」
「……ルゥナ……お願いだから、もう少し自覚して……はぁ、しょうがないか……とりあえず、メニュー決めようね。何にしようか?」
「アルはもう何がいいか決めましたか?」
少しだけ遠い目をしたお兄様でしたが、気を取り直したようにメニューを広げてくれました。
お腹がとても空いてしまっていたので、私も周囲は気にしない事にして食事に集中しようと気持ちを切り替えます。
ご飯を食べる事が大好きなお兄様と一緒に、こんな風に選んで食事をするだけでも、とてもとても楽しくて堪りません。
好きな食べ物が似ているのもあって、2人で何にしようかとっても頭を悩ませてしまいます。
そうした時間ですら、とてもとても愛おしくて大切なものだと思いながら、隣に座る人にはにかむ笑顔を向けました。
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