第9話 アルの患い sideアルフレート

「早速仲良くなったみたいで良かったな。じゃあ、俺たちは書斎へ行くか、アルフレート」

「……ああ……」


目の前で柔らかそうな笑みを湛えたままの同級生の顔を目にすると、同じく見た目は優しそうな国王陛下の顔を思い出してしまい思わず眉をひそめてしまった。


陛下の、あのルゥナの事を軽く見ている態度を思い出すだけで今でも心底キレそうになり、つい魔力を溢れ出しそうになってしまう。

話し合いの最中に、と、真剣に検討してしまったぐらいだ。

そもそも全てをカーティス家のせいにしているが、それも自分達がしっかり手綱を取っておかないからあんな事になるのだとも正直思った。


やっと夫婦としてゆっくり過ごせる時間が取れると思った矢先のこの王命に、あの母上がキレた。

王城へ乗り込む誘いをかけられた僕もルゥナと一緒になだめたのだが、それはステファン様が国王陛下とはをしているという事が、ハッキリと分かったからだ。

僕たちを助けてくれ便宜を図ってくれただけでなく、カーティス家に対する考え方も何かしら含みがありそうだったので、この旅で明確にする事ができれば、と考えた。

それに、ルゥナの住むこの世界を守るためにも、結界の破綻が魔物の侵入を誘発しているのなら、根本問題を解決するしかない。


ついさっきまで僕のすぐ傍にいた愛しい人の存在が今はないことに、胸の奥が冷えていくような心地になってくる。

彼女の温もりを求めるかのように、撫でてくれた腕にそっと指先を這わせていった。


──あの、ルゥナが日。


彼女はおそらく、無意識に闇魔法を行使した。


全属性にする事が出来る闇魔法で、結果、ルゥナは世界と一つになるためにのだと分析した。

あの日の事を彼女に一度聞いたのだが、よく覚えていないと言っていたので、結局詳しいことは今も分からない。


薄れゆくルゥナの身体を必死に抱きしめて、懇願した。


戻ってきてはくれたけど、あの日以降、大切な人を喪う悪夢で飛び起きる事が頻繁に起こるようになった。

特に結界領域で魔物殲滅の任に就いている時は、離れているせいなのか魔物との領域が近いせいなのか、酷い悪夢にうなされて眠ることに恐怖を覚える程だった。


結果、やっと結婚し繋がる事が出来るようになった僕は、酷くルゥナを求めるようになっていた。2度と離れて行かないようにと、繋ぎ止めるように、執拗にその身体に僕の印を残していった。

眠る時決して離さないようにとその身体をしっかり抱きしめると、最愛の人を喪う悪夢を見る事なく幸せな気持ちで眠りにつくことが出来た。


そのため、若干の不満はあるものの、結果的にはルゥナとの『結界調査』の旅は素晴らしいものだと言えた。

24時間ずっとずっと一緒にいられる喜びが心の底から溢れ、心も身体も満たされる幸福感で胸がいっぱいになった。

前に座る華奢な身体と温もりを感じ、好きな時に抱きしめたりキスしたりしてその存在を確かめる。

今までこんな風にずっと一緒にいる事が難しかったから、こんな状況にも関わらず込み上げる嬉しさを抑える事が出来なかった。

ルゥナが僕のことを本当に大切に想ってくれているのを感じる度に、狂おしい程の愛おしさと切なさでますますのめり込んでしまっていた。


そんな最愛の人と引き離されたという事実に、内心の苛立ちと焦りを隠せないまま、オルカと共に書斎へと入っていった。


「はは。アルフレート、そんなにイライラするな。アクーラとルーナリアが仲良くなるのはいい事だ。お前過保護すぎだろう」

「……別に過保護ではない」

「ははは。『氷壁の冷徹』様ともあろうお方が、『燎火(りょうか)の天使』を殊の外可愛がっているというのは本当なのだな」


穏やかな笑みを浮かべ僕を見るオルカを、僅かに咎めるように見返した。

王城におらずとも王城内部の噂をよく知っている彼は、学園時代と変わらない抜け目の無さを発揮しているようだった。

優しそうな外見とは裏腹に、情報収集能力に長けていて人をたらし込むのがかなり上手い。

変わらない同級生の姿に、僅かばかりため息を吐いた。


「お前のその憂いを含んだ表情に、どれだけの令嬢が心奪われた事か……俺の妹も、早速お前に見惚れていたぞ」

「知らん」


警戒するべき令嬢たちと同種の匂いを察したため、オルカの言葉を冷たくあしらった。

ルゥナを勝手に連れて行った女の事を腹立たしく感じたが、挨拶をしてきたオルカの妹の顔もぼんやりとしか思い出せない事に今更気付いた。


「一応確認だが、アクーラに手を出したりは……──っ! すまんすまん、そんなに怒るな」


思わず剣を抜きそうになった僕に対して、オルカは焦りながらもその目は笑ったままだった。

こっちを試しているのが分かり本当に腹黒いやつだと改めて認識したのが、どこか飄々としている姿を見て肩の力も抜けてしまった。

どうも自分自身が真面目な性格のせいか、ルシアンにしてもオルカにしても、いい感じで不真面目な所を憎からず思ってしまうようだった。


「アクーラも一応美しいのだがなぁ。男の好みがうるさくて結局あの歳になっても嫁に出ていない。父上も母上も頭を痛めていてな。正直、どこかの大貴族の側室でもいいから、とも思っているのだが……」

「要らないからな」


チラリと僕を見たオルカにハッキリと釘を刺しておいた。

やはりオルカの妹は要注意な令嬢だと把握したので、警戒を更に高め絶対に近寄ってはいけないと決心をする。


「人の妹を要らないって……まぁ、お前が可愛がるだけあって、ルーナリアは本当に美しいもんな。いいな、あんなに綺麗な奥さん娶れて」


心底羨ましそうな顔をするオルカを見て、ルシアンとオルカが学園でたまにつるんでいた事をふと思い出した。

そういえば、女遊びをする時はルシアンは必ずオルカと一緒にいた気がする。

そんなオルカにルゥナを見せてしまった事を後悔してしまったが、もうどうにもならなかった。


「……オルカも早く結婚すればいい。学園でもモテていただろう?」


綺麗な笑みを浮かべながら、オルカの気をルゥナから逸らすよう仕向ける。


「まぁなぁ……でも俺は、ルシアンとか、実はお前に寄ってきていたおこぼれをチョイと貰っていた感じだからな。それに、父上も母上も結婚しろってうるさいんだが、どうも好みがいなくて……」

「……僕のおこぼれって……」


初めて知る衝撃の事実に、僅かばかり顔が引きってしまった。

腕を組みながらうんうん唸っているオルカを見て、結局似たもの兄妹なんだと深く理解する。


「うん。ルーナリアは、俺の好みだな。純粋そうだし、ああいう女を一から教えていくのが最高に楽しいしな」


ずっと考え込んでいたと思ったら閃いたとばかりに手を打ったオルカに、怒りを通り越してもはや呆れしか出てこなかった。


「……オルカ、お前……」

「あ、いや、別にお前の奥さんなのは分かってるから。そもそもお前に勝てる訳ないし。というか、そろそろ前置きもこのぐらいにして、今日来た用事はなんだ?」


やっと真剣な顔をしたオルカに安堵のため息を吐くと、表向きの名目である『魔法局の魔物研究』の話をしていく。


「……なるほど。なんか東部と北部はきな臭いみたいだから、落ち着いてる南部の結界で研究した方が安全だもんな」

「あぁ。砦への便宜を頼む。ついでに、ここ近年の南部結界領域における、魔物の侵入記録はあるか?」

「……ちょっと待てよ……確か……」


そのままオルカと、結界領域の話について色々と進めていく。南部結界領域と、東部・北部では一体何が違うのか……





「ん? もうこんな時間か……」


窓から差し込む夕日の明かりで、かなりの時間が経ったことに気が付いた。焦る気持ちのまま、出していた書類を手早く片付けていく。


「アルフレート、今日は我が家に泊まっていくだろう? 歓迎するから」

「いや、そこまで厄介をかけるわけにはいかない」


つい冷たい言い方でオルカの誘いを突っぱねてしまったのだが、断られても肩をすくめるだけだった。

ルゥナの事が気がかりでしょうがなくて、今すぐにでも部屋を飛び出して探しに行きたくなる衝動に駆られた。



コンコンーー



「ん? おや、アクーラどうした?」

「お兄様、もうお話はお済みでして? 入りますわね」


呑気そうな顔をしたオルカの妹がのんびりとした口調で確認をしながら部屋に入ってきた。そこにルゥナの姿がない事に背筋がひやりとした。

ゆっくりとした足並みで僕の前までやってきたと思ったら、にっこりと微笑むその動きに微かに眉を寄せる。


「アルフレート様、実はルーナリア様が倒れてしまって」

「っルゥナが!? 今どこにいる!??」


驚きで目を軽く見開くと、顔が青ざめていくのが自分でも分かった。

その言葉を聞き慌てて部屋を飛び出ようとする僕の前に、女が立ち塞がった。


「あ! ダメですわアルフレート様! 今はルーナリア様とお会い出来ません!」

「……どういう事だ……?」


溢れ出そうになる魔力をなんとか抑えながら、目の前に立つ女に少し厳しい視線を向けた。


「ルーナリア様は、『三日熱』に罹ってしまいましたの。ルーナリア様は女性ですからさほど問題はありませんので、治るまで我が家でゆっくり養生なさってくださいませ」

「あぁ。『三日熱』なら、アルフレートはルーナリアに近寄ったらダメだよ」


優しい笑みを浮かべたよく似た兄妹が、微笑みながら僕を宥めるように見つめた。

『三日熱』が南部特有の病気だとは記憶していたが、何故僕がルゥナに近づいてはいけないのかの知識がなかった。

話を続けろと促すように目の前の女に視線をやると、途端に女の頬が色付くのに内心うんざりした。


「アルフレート様、『三日熱』は、男性がかかると大変に重い病になりますの。下手したら死んでしまいますのよ」

「うん。死ななくても子種が無くなったりもするらしいから、お前は近づかない方がいいぞ。まぁ、ルーナリアは女性だから、暫く休んでいたら治るからそう心配するな」


一目でいいからルゥナの顔を見ないと安心できないという思いがどうしても払拭できず、己の瞳が僅かばかり怒気を孕んでいるのを隠せないまま、そっくりな表情を浮かべている兄妹を睨みつけてしまった。


「とりあえずルゥナに逢うから、部屋を教えろ」

「……ダメですわ、アルフレート様」


僕の視線に少しばかり怯んだ女だったが、体勢を立て直すとにこりと笑いかけながら場違いに明るい声を上げた。


「ルーナリア様は先ほどお休みになられましたの。今行くと起こしてしまいますわ。それに、熱もあるようですからしっかり休んで頂かないと回復も遅くなりますわ。ルーナリア様は私たちがしっかりと看病しますからご心配されないで下さいね! アルフレート様、今晩の夕食はぜひご一緒しましょう」

「そうだな、アルフレート。我が家人全員でしっかり看病するから、安心しろ」

「……分かった……」


こわばる顔を自覚しながら、僅かに俯くと息を吐いた。

正直ルゥナを盾に言うことを聞かされているような気がして、ムカムカと吐き気がしてくる。

だが寝ている彼女を起こすわけにはいかないと、暴れ出そうになる魔力を何とか抑え込んだ。



馴れ馴れしくまとわり付くように話しかけるオルカの妹に始終イライラさせられながら、味のしない夕食を終えた。

まだ色々と話をしたい様子のオルカに到底付き合う気なんてなれず、案内された部屋へとすぐに向かう。


用意してもらった酒を飲みながら、バルコニーへ出て夜空を見上げた。

しかし今日は生憎の曇り空のようで、雲間から僅かに漏れ出る光を感じるだけでその姿を眺めることは叶わなかった。


空に浮かぶ月を見れない事が、僕の心を酷く蝕んでいく……

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