第6話 旅の始まり ②
項垂れてしまう自分を誤魔化すように前を向くと、馬の
その息遣いと生命力を感じて、この旅は私が直接行かなければ意味はないのだと、最初の決意を思い出して気持ちを立て直しました。
「あ! アルに…アルが以前飛行魔法を行使して、一晩で東部から戻ってきましたよね?」
食堂で一緒に食べた時に聞いた話を思い出し、パッと顔をあげてお兄様の顔に頭をぶつけない様に注意しながら急いで振り向きます。
「あぁ……あれはあまりお勧めしないかなぁ。ずっと飛行してるし、正直ルゥナを抱えてあのスピードを出した状態で防壁魔法を行使するのは、まだ自信がないしね」
少しだけ苦笑するようにそう言ったお兄様を見て、あの時はかなりの無茶をして戻ってきてくれたんだと今気が付きました。
その気持ちのお返しがしたくて、手綱を持つ彼の腕を何度も撫でていきます。
「アル……本当に、いつもいつも、ありがとう」
「ルゥナ……」
お兄様が私を後ろからぎゅっと抱きしめると、そっと顔に手を伸ばしました。
頬に触れる手の温もりを感じた途端、半分覆い被さるようにきたお兄様に唇を奪われます。
「んんっ! ……にぃ、さ……んっ!」
まだまだ街道には人がいるので必死に抵抗しますが、後ろから抱きしめられて顔を固定されているため、身動きできません。
柔らかいお兄様の唇が、私の唇を喰むように重ねてきます。
急な口付けに、鼻で息をするのを忘れそうになっている私は、色々な意味で頬が赤く染まっていきます。
「んんっ……ふぅぁ……」
重ねた唇の気持ち良さから、ついつい声が漏れ出ます。
彼の柔らかさを暫く感じていると、そっとお兄様の顔が離れていきました。
瞬間、吐息が溢れます。
「……ぁ……」
「ルゥナ、そんなとろんとした目をされたら、我慢できなくなるんだけど……」
熱を孕んだ空色の瞳を見た私の身体に、ぞくりとしたものが這い上がりました。
ですが周囲の喧騒でハッと我に返り、色気の漂うお兄様を横目に見ながら慌てて前を向きました。
「だ、だめです……アル兄様……」
赤く色付いた顔を隠すためにフードを更に深く被ると、後ろのお兄様に見えないように、まだ熱を持ったままの自身の唇にそっと触れます。
微かに残る余韻に、胸の奥が疼くような気持ちになりました。
後ろにいるお兄様の温もりを感じつつ、馬の揺れに呼吸を合わせそこから見える景色を堪能します。
パカ パカ…… パカ パカ……
街道は、馬車や徒歩、同じように馬に乗っている人々で賑わっています。
王都へ向かう人もいれば、離れる人もいます。
ここにいる人々は皆、結界が危うい状況である事なんて知るよしもありません。
王都に暮らしている大勢の人を、こうして普通の営みをしている人々を目にして──
(……王国の、平和のためにも……)
自分に何が出来るか分からないけれども、魔法を行使できる貴族として、そしてカーティスの末裔として、この王国を守らないといけないと決意を新たにしました。
(結界調査が、上手くいきますように……)
♢
日の高さもだいぶ西へと傾いてきました。
度々休憩を挟みながら街道を南へ南へと進んでいましたが、馬に揺られているだけの私はお兄様と会話をしたり景色を目に映したりと、呑気に楽しんでいる内に時間が経っていました。
「ルゥナ、疲れていない? 大丈夫?」
「大丈夫です、アル兄様! ……ちょっと足がプルプルしますが……」
気遣わしげな声色のお兄様に心配かけないようにと元気に返事をしましたが、太ももが結構ふるふるしていて、ずっと馬に揺られているのも案外疲れるし運動になるんだと初めて知りました。
「そろそろ夕方だし、次の街で今日は宿を取ろう。それまで頑張って、ルゥナ」
「ありがとうございます! あと少しなら頑張れます」
暫く歩みを進めていくと、沈みゆく夕日に照らされた綺麗な街並みが姿を現しました。
まだ王都に近いこの辺りはそこそこ規模の大きい街が多いとの事で、立ち寄ったここもかなりの賑わいです。
「……人通りも多いし、馬を降りようか。おいで、ルゥナ」
優しい手付きで私を手伝ってくれますが、地面に着いた脚が少しガクガクしてしまいました。
「大丈夫? ルゥナ?」
「はい、大丈夫です……脚が……ちょっと縋らせて、アル兄様……」
心配そうに顔を覗き込むお兄様に笑いかけると、1人じゃ歩けそうもない私は、その身体に半分しがみ付くようにしながら歩き始めました。
「ゆっくりでいいからね……ふふ、僕に素直に縋りついてくれるルゥナは、本当に可愛いね」
優しい眼差しを私に向けると、腰を持ってゆっくりと歩いてくれます。
片手で馬を轢きながら、一方で私の腰を持たなければいけないお兄様に申し訳なく思いながらも、その身体にぎゅっとしがみつくと途方もない安心感に包まれていくような気になりました。
歩いている内に割と早めに回復できた事に少し喜びを覚えていると、お兄様が立派な白磁の建物へと導いていきます。
「……アル……なんか、高そうな宿ですが、大丈夫ですか?」
「ん。必要経費は全部請求して良いってステファン殿下から許可は得てるから、全然大丈夫だよ」
お兄様はそれはそれは綺麗な笑顔を浮かべると、馬を預けて私の腰を持ちながらのんびりと歩を進めました。
通された部屋はとても広くてとても豪華な造りをしていて、もしかして宿で1番高い場所なのかもしれないと思いました。
ずっとお日様の下にいたせいか身体に熱が残っているのを感じながら、被っていたフードを脱いで椅子に腰を下ろします。
「……ふぅ……」
「やっぱり疲れているね、ルゥナ。王都から離れると大きい宿は少なくなるから、今日はゆっくりして。食事も部屋に持ってくるように言ったから、落ち着いて食べられると思うよ」
「ありがとうございます、アル」
自分の外套を脱いで私のローブと合わせてワードローブに掛けてくれたりと、細々とした動きを無駄なくするお兄様をぼんやりと見つめます。
ずっとフードを被っているのは結構ストレスなのか、自分の肩を大きく回して思いっきり伸びをすると何だか気分が晴れて行く感じがしました。
そうしているとすぐに宿の人が食事を持ってくれて、フードを被らず部屋で食事できる事にとてもホッとしました。
「……美味しい〜……」
今日の夕食はビーフシチューで、ほろほろのお肉とコクのある味わいでお腹もほこほこと温まってきます。
馬に乗っているだけでもお腹は空くようで、緩む表情のままパンと共にぺろりと平らげました。
食後に出された葡萄の皮を剥いていると、私を見つめるお兄様の視線に気が付きました。
「? アル兄様?」
「なんでもないよ。ルゥナが可愛いなって思って」
にこにこしながら熱い眼差しを送ってくる様子を目にし、頬が熱を帯びていきました。
昔からずっと言われていたこのセリフも、いざお兄様が旦那様になったんだと思うと、何だかそわそわしてしまいます。
「……アル……葡萄、食べる?」
「うん。頂戴」
目を細めながら愛おしそうな目を向けてくるお兄様のお口に、剥いた葡萄を入れます。
視線をそらす事なく笑顔で咀嚼する姿を見ると、ますます頬が赤く色付くのが自分でも分かりました。
ですが喜んでくれているのが嬉しくて、葡萄を剥いてはその口へと運んでいきます。
「顔が真っ赤になったルゥナ、可愛い……」
「……っ!」
葡萄を持った私の指をそのままぺろりと舐めとったかと思うと、ぱくりと咥え込みました。
耳まで真っ赤になりながら狼狽えるのですが、そのまま指をしゃぶられると身体がぞわぞわとしてきます。
「にぃ、さま……葡萄、食べれません……」
「ん。ルゥナの指も、食べたいほど可愛くって」
なんとか離してもらう事が出来ましたが、胸の鼓動がドクンドクンとうるさいぐらいに鳴っています。
この旅で私の心臓はどこまで保つ事が出来るのだろうかと、そんな事に想いを馳せながら、再び愛しい人の口へと葡萄を運び入れていきます──
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