第5話 旅の始まり ①

王都門に辿り着くと、騎士隊の人が馬を準備して待っていてくれました。

黒毛の馬は大人しい気立の良い子のようで、もたもたとお兄様に乗せてもらっている私にも、じっと静かに立っていてくれます。

私と違って軽やかに馬にまたがったお兄様の前に、ちょこんと座る形になりました。


(す、凄い……! 高い〜)


通りを歩く人々の小ささと、馬車の屋根の部分と同じ目線。

馬に乗ったことが無い私は、そこから見える景色の高さに感動で言葉も出ませんでした。


目の前にある、大きくて立派な王都門を見上げながら通っていきます。

多くの人々が出入りしているこの場所の先には見知らぬ世界が広がっている──

そう思うと、胸の鼓動が速くなってしまいました。


(ここを通ったら、王都の外の世界……!)


目の前に広がるのはさっきと同じ道なのですが、屋敷と学園と王城しか知らない私にとっては全てが新鮮で、ずっと辺りをキョロキョロと見回してしまいます。


「ふふふ。ルゥナ、楽しい?」

「あっ! はい。ごめんなさい、王命の旅なのに……こうして王都の外を肌で感じるのが凄くって……」


お兄様は楽しそうに笑ってくれますが、旅の目的を思って若干居た堪れない気持ちになりました。

はしゃぐ自分を戒めるように、フードをしっかり被り直し気を引き締めます。


「疲れたら寄りかかって休んでいいからね」

「……っはい! ありがとうございます」


後ろから包み込まれ耳元から熱い吐息を感じ、一瞬でバクバクと鼓動を速めた心臓がうるさいぐらいに鳴り響いています。

火照りで赤くなった顔を冷ますように、少しだけ手で扇ぎます。

背中からじんわりと感じる体温にドキドキしながら、馬の揺れに身を委ね進みゆく景色を眺めると、王都と違って樹々が増えた街道には、自然の息吹が感じられました。


「……暖かい……」


小さく呟いた私の声が、穏やかな光景の中に浚われていきます。

王命の旅なのに不謹慎だと理解していても、温もりを感じずっと一緒にいられるのだと事実に、胸がつまってしまいます。


(アル兄様……旦那様……)


改めて意識した途端何だか気恥ずかしくなってしまい、益々心臓がドクドクと脈打つ自分を鎮めようと、軽く息を吐きました。

一度目を閉じて、晴れ渡った爽やかな風を頬に受けます。




「……じゃあ、ちょっと今からの旅程のおさらいをしよう」

「分かりました!」


身体を離したお兄様の声色が少し真面目なものになりました。

私も気持ちをちゃんとさせ、背筋をピンと伸ばします。


「王都はこの国の中心に位置している。東西南北に結界の要となる砦を設置し、そこに騎士隊が配備されている」


お兄様の話から、頭の中に国の地図を思い描いていきます。


「スラティナ王国は、王族がいる王都を中心とした正方形に近いような形をしていますよね?」


「うん。ルゥナも勉強しているとは思うけど、とりあえず概要だけ。国の北側に連なっているカルパティン山脈の麓には鉱山が広がっていて、ここは国の産業の要になっている。東部には大小様々な川が流れていて、その流れは南の海へ繋がっている。1番大きいレーン川は、東部と南部の輸送ルートとして利用されている」


北にそびえ立つ山々も、東にある大きな川も、南へと流れ出る海というものも、全く見たことがありません。

これから見れるのかもしれないと思い、少しだけ期待に胸を膨らませてしまいました。


「西部は広大な穀倉地帯になっていて、この国の全ての地域へ穀物を移出している土地になるんですよね? 『黄金の麦畑』見てみたいです」

「ははは。ルゥナは、見たいのもあるけど、食べたいのが先だよね」


朗らかな笑い声を上げるお兄様にちょっとだけ不本意な気持ちになって、思わず頬を膨らませてしまいました。


(……だって、美味しいご飯食べるの、大好きだもん……)


お兄様が優しく頭にポンと手を置いてくれます。

少しだけよしよししてくれる動きに和んでいると、気持ちを切り替えてお兄様の方を振り返ります。


「えっと、それで、騎士隊の任務は結界から侵入してくる魔物を殲滅させる事で、騎士隊のいる砦を支援しているのが、その地を治めている領主様なのですよね?」


「そう。領主の支援は砦を維持する上で非常に重要な役割を担うことになるため、その地は代々王家に忠誠を誓う家系が治めている。北のボレアース家、東のアナトレー家、南のメリーディエス家、そして西がオヴェスト家、だね」

「あ! 王国史で出てた! ここ数百年はその4大公爵家がおさめているって……結界の維持は、王国の存続に関わる問題ですし、重要ですもんね」


最終的に結界を事ができるのは王族だけです。

ですが、万が一にでも侵入してくる魔物を見逃しでもしたら、とその事を想像しただけで身震いがしてきます。


「その結界から侵入する魔物が、最近増加しているのですよね?」

「あぁ。今までは砦を中心として結界の見回りをしても、そこまでの頻度で魔物が侵入することはなかった。それが、今やあちこちで魔物が出没しているため、騎士隊の人数では追いつかなくなってきている」


だからお兄様は何度も結界領域へ行かれていてほとんど屋敷にいなかったのだと、これまでの事が腑に落ちていきました。

ですが、この悪化している状況が『結界の破綻』のせいだとはまだ誰も知りません。


「ただ、僕も昨年から頻繁に結界領域で魔物の殲滅の任に着いているが、不思議なことに魔物の出没は東部と北部に集中している。今朝風便でステファン殿下とイオネルに確認をしたが、やはり南部と西部ではほぼ例年通りの魔物の出没との事だった。だからといって南部と西部の騎士隊の人員を割くわけにはいかない。……特に僕が度々派遣されていた東部の状況は、あまり良くない……」


東の方向を見つめるお兄様の顔には、憂いが含まれていました。

話を聞いていくと、今までの様々な事柄が頭の中で結びついていきます。


「そっか……騎士隊が人手不足だから、今年魔法局に新人が入ってこなかったのですね……」

「そうだ。魔法局にいるルゥナの仕事が忙しかったのも、魔物の増加が要因になっている。──そこで、今回の『結界の調査』にあたっては、まずは異常がないと思われる南部に行ってみようと思う」

「私、結界を見た事ないですもんね……」


小さく頷きながら前を向くと、手を顎に当てて今までの話を頭の中でまとめていきます。


お兄様の話を統合すると、西部と南部は結界の働きに異常がないと見て間違いが無さそうです。

そして結界を調査するなら、『正常』なものと『異常』な物を比較することは大切になります。

そして、1番結界の状態が良くないと思われる東部へ行くのなら、真反対の西部ではなく南部経由にした方が効率的です。


昨晩陛下に王命を出された旅なのに、あっという間にこんな完璧な戦略を立てるお兄様の優秀さに本当に驚いてしまいました。


「今から行くのは南部ですよね……海に結界領域があるのかな………──ここからどのくらいかかるんですか?」


頭の整理を終えて目標がはっきりした私は、意気込むようにお兄様の瞳を見つめました。


「ふふふ。南部は海に結界があるよ。──そうだね。王都は国の中心にあるけど、大体各砦まで馬の常足(なみあし)で、6日くらいかな。今回はルゥナと2人乗りだし、最寄りの宿に泊まりながら行くから、8日はみておいたらいいかな。あ、様子を見ながらだから、疲れたらすぐ休憩するし、辛い時はすぐに言うんだよ。絶対に無理したらいけないからね」

「……ありがとうございます」


優しく微笑みながら私を気遣ってくれる言葉に笑顔を返しましたが、どうしても気落ちせずにはいられませんでした。


(……私が、足を引っ張っているのは、間違いない……)

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