第4話 王都へ ②
お兄様についていった店に入った途端、店内がにわかに浮き足立つのを感じました。
『晦冥(かいめい)の騎士』様が急に入ってきたせいでびっくりしているのか、皆興奮気味でこちらを窺っています。
騒めく人々は気にしないようにしながら、2人で一緒にパッと見た所貴族の令嬢ではないと思える服装を選んでいきます。
「……これなら、どうですか?」
「うん、いいと思う。こっちは…ちょっと大きい、か………ルゥナ、細いもんね……」
「そうかな? うーん、フェリシアは………と、とりあえず着てきますね」
かなりグラマラスな体型をしていた親友の姿を思い出しハッとした私は、自分の胸を隠すようにしながら試着用の部屋へと入っていきました。
着替えを終えると、鏡の前に立って自分の姿を確認します。
シンプルな細身のズボンとコットンのシャツ。金色の髪の毛は無造作に後ろで一つに括り、上着の上から魔法局の紫紺のローブを羽織ります。
「……男の子、に見えるかな?」
「ルゥナ、いくらなんでもそれは無いよ。むしろ可愛い……」
「これはこのまま着ていくから会計を頼む。さっき着ていたワンピースは、この場所へと届けさせてくれ。あと、これとこれを頼む」
「か、かしこまりましたっ!」
お兄様に声をかけられた途端、女性店員全員が顔を赤くしながら慌てて準備をしていきます。
そんな様子をぼんやりと見ながら店内を見渡すと、女性のお客さんのほとんどが、惚けたように彼に熱い視線を送ったりチラチラ見ながら何やら囁き交わしていました。
(アル兄様は、本当モテるなぁ……)
少しだけ胸がきゅっとなってしまう自分を抑えながら、そんな人が今や自分の旦那様になっている事にまだまだ現実感が湧かないまま、チラリと隣にいる彼を見上げます。
「僕も
どこかうんざりした様子のお兄様は、漆黒の
「アルにぃ……アルも外套を羽織るのですか?」
「ルゥナだけフードを被っているのは、ある意味目立っちゃうからね」
「でも、隊服が目立たなくなりますが、いいのですか?」
「ん。大丈夫。必要な時にはすぐに脱げばいいから。──これも一緒に頼む」
「は、は、はい!!」
熱を帯びた眼差しで手続きをするお店の人に、にこりともせずに応対したお兄様と一緒にお店を出ました。
通りに出ると、しっかりとローブのフードを被り、お店のガラスに映る自分の姿をじっと見つめます。
(……こうしたら、男の子に見えなくも、無い……? 結構いい感じかな?)
紫紺のフードから覗く口元を満足そうにほころばせている子が、そこに立っていました。
「これなら大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。これでルゥナの顔を誰も見ることがなくなったしね」
同じく外套のフードを被ったお兄様が上機嫌な様子を見て、満面の笑みを浮かべてしまいました。
ですが、顔を隠して手を繋いで街中を歩く2人組って逆に目立つのでは、と疑問が湧いてきます。
(あ、そうか。まだ日中は日差しがキツいから、旅をするにはちょうどいいのかも……!)
1人納得した私は、相変わらずお兄様は凄いと思いながら尊敬の眼差しを送ります。
「どうしたの?」
「何でもないです、ふふふ」
「そう? じゃあ、最低限の荷物は準備したし、後は王都門に馬を用意させているからそれに乗って出立しよう」
「分かりました」
顔を近づけて私の耳元で道先を説明してくれるお兄様に、小さく頷きました。
外套を被っていても、隣にいる私は下から彼の顔を見ることが出来ます。
お兄様にも安心してもらおうと、いつもより身体をしっかり寄せると顔を上げて微笑みかけました。
そんな私を目を細めながら見たお兄様は、フード越しに一度頭を撫でると南に向かって歩を進めます。
さっきよりも人の視線を感じる事が無くなって、少しホッとした足取りは軽やかなものへと変わりました。
まだまだ多くの人々で賑わう通りを視界の影からチラチラと見ながら、これから初めての世界に飛び出す事に胸を膨らませていきます。
(……ん? ……いい匂い……)
沢山の店が並んでいる小道を歩いていると、どこからか漂う甘い甘い香りが鼻をくすぐりました。
匂いに釣られるように周りをキョロキョロすると、少し人だかりが出来ているお店を発見します。
「ルゥナ、どうしたの?」
気が付いたら歩みが止まっていたようで、心配そうに私の顔を覗き込んでいるお兄様と目が合いました。
「あ、あの……すごくいい匂いがして……なんのお店だろうって」
「あぁ。あそこだね。あれは確か、王都で今人気のシュークリームのお店、かな?」
「そう、ですか……」
辺りを漂う良い匂いの正体がシュークリームだと分かり、ジッとそのお店を見つめてしまいます。
そんな私の目線を追ったお兄様が、優しく笑いながら頭をよしよししてくれました。
「ふふ。ルゥナはシュークリーム大好きだったよね。ちょっと寄り道しようか?」
「いいの!? 嬉しい!」
嬉しさのあまりついついその場で飛び上がってしまった後、言い方と動作のあまりにもの子どもっぽさに、赤く染まった顔を隠すように俯きます。
「いいよ、ルゥナは初めての王都だもんね。それなのに、ごめんね。全然ゆっくり出来なくて……」
「いいんです! 気にしないで下さい! 帰ってきたらまた一緒に来ようね」
繋いだ手をしっかり握りしめてお兄様に笑いかけると、ぎゅっと抱きしめられてしまいました。
「あ、アルにぃさま……ここではちょっと……」
「あぁ、ごめんねルゥナ。あまりにも可愛くって……というか、まだ結婚して1週間も経ってないのに……」
私を離したお兄様は、恨めしそうな顔で王城の方を見据えていました。
買い終えたシュークリームの入っている袋を、感動の面持ちで大切に抱え込みます。
中にぎっしりとクリームが詰まっているのか、ずっしりとした重さを感じました。
「……さすが、王都で人気というだけはありますね……」
並んでいる時に目にした、粉砂糖がたっぷりとかかってあったその姿を思い出すだけで、胸の高鳴りが抑えきれません。
「ふふふ、楽しみだね。ルゥナ、とりあえずあっちで食べよう。それは僕が持つよ」
「ありがとうございます」
上気する頬のまま、優しく手を引っ張ってくれるお兄様に導かれるように、樹々が生い茂る開けた場所へと辿り着きました。
木陰にあるベンチへと腰を下ろすと、少し先にあるとても大きな噴水が視界に入ってきました。穏やかな陽射しを反射し、キラキラと輝きながら水面から飛び出す水飛沫──
水の魔法具を使っているのか、出てくる水が次から次へと姿を変えていきます。
「うわぁ〜、凄い……! 綺麗〜!」
「……あぁ。ルゥナは、初めて見るよね……」
お兄様は端正な顔を僅かに
「本当に気にしないで下さい、アル兄様! 今からでも沢山色々なものを見ればいいんですから。それより、早く食べましょう!」
シュークリームをねだる子どものようにはしゃいだ声を上げながら、彼の外套を軽く引っ張ります。
(きっと、アル兄様は私を閉じ込めていたって、気にしてるんだ……でも、せっかく初めて来た王都を、もっと楽しんでもらいたい……!)
手に持っている袋が開くのを待ちきれないと言わんばかりに、満面の笑みを送ります。
「あはは。ルゥナは本当シュークリーム好きだよね。うん、一緒に色々な物を見ようね……ルゥナと一緒に見る景色は、きっと輝いて見えるだろうから……」
柔らかな微笑みを浮かべたお兄様が、私の頭をフード越しに撫でてくれました。
彼の笑顔を目にすると、もっともっと笑顔になってしまいます。
「うん! 一緒に、見ましょうね。──じゃあ、じゃあ……いただきます〜」
袋から出したシュークリームを暫くじっと見つめた後、味わうように食べていきます。
「んんん〜〜……」
さすが王都で人気だというお店のシュークリームは、一口齧るだけでも至福のひと時へと誘われました。外はカリッとしつつも中はしっとりとしていて、濃厚なものとあっさりなものの2種類から作られたクリームの見事な調和は、いくらでも食べられるといえる程の美味しさです。
感動に打ち震えながら、パクパクとひたすらに食べていきます。
「ふふふ。ルゥナ、昔から好きだもんね。……はは、そう言えば、小さい頃シュークリーム食べてたら、口の周り粉砂糖とクリームでベトベトにしてたね。あの時の顔……はははは、可愛くて……」
食べ終わったお兄様は、その頃を思い出したのか楽しそうに笑いながら、まだ食べている私を懐かしむような目で見つめました。
そんな昔の事を持ち出され、気恥ずかしさで頬を少し染めながら、ちょっと非難の眼差しを向けてしまいます。
「……もう子どもじゃ無いから、ベトベトにはしませんよ〜」
「ん。子どもじゃ無いけど……ほら」
お兄様の顔が近づいてきたと思ったら、そのままぺろりと唇を舐められました。
「……っ! に、にぃさまっ……!」
「粉砂糖付けてる」
スッと顔を離したお兄様は、僅かに目を細めながらぺろっと自分の唇を舐めました。
ちろりと覗いた紅い舌の艶かしさと、公衆の面前であんな事をされた事に顔が一気に赤くなります。
色付いた顔を誤魔化すように視線をシュークリームに落とすと、残りの部分をもぐもぐと食べていきます。
「……ご馳走様でした」
唇に残った感触にどうしても気がとられ、隣に座る人を意識して高鳴る鼓動で、最初よりも少しだけ違った味わいになってしまいました。
粉砂糖がついていないかと、念入りに自分の舌で何度も唇を舐めていきます。
「……ルゥナ……」
「ん? アル……?」
振り向くと同時に抱きしめられた私は、そのまま奪うようなキスをされていました。
「……っ! にぃさ……だ…っん!」
腕の中で必死にもがくのですが、私がお兄様の力に敵うわけもなく、唇を好きなように蹂躙されていきます。
くちゅっとした音が、私たちの口から漏れ出ます。
「はぁ……はぁ…に、にぃさま……こんな……」
唇に残った熱を感じながら、まだ私の顔を覗き込んでいる彼に抗議の目を向けました。
耳まで真っ赤になっている自覚があって、それが益々恥ずかしさに拍車をかけてしまいます。
「ん。シュークリームの甘い味がするね。じゃあ行こうか」
満面の笑みを浮かべたお兄様が火照った私の頬に軽く触れると、手を差し伸べてきました。
彼の笑顔を見ると怒りもすぐにどこかへ消えてしまった私は、喜びを抑える事なくその手を取ります。
(……お母様が心配って、もしかしてこんな感じの事だったのかしら……)
再び王都門を目指して通りを歩きながら、ふとそんな言葉が浮かんできました。
お兄様と繋ぐ手の温かさを感じながら見上げた空には、澄み渡る綺麗な青色がどこまでも広がっていました。
愛しい彼と同じ色をした空を仰ぎ見ると、その瞳に落ちていくような錯覚を覚えてしまいます。
お兄様にとっくに落ちている私にとって、お母様のその心配も嬉しい事になってしまうのだと実感しながら、隣に並ぶ愛する人にそっと身を寄せました──
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