第2話 王命 ②

「さて。ルーナリアをこうして直接呼び出している事から、皆薄々察知はしているかもしれない。……ルーナリア、お前は自分の出自の事を理解しているな?」


さっきまでの優しい目は影を潜め、国王としての風格と圧を感じさせる眼差しと口調で私をスッと見つめます。


(ここで、呑まれちゃダメだ……)


怯みそうになる自分を抑えると、勇気を奮い立たせグッとお腹に力を入れて息を吸い込みます。

隣に座る愛しい人の顔を思い浮かべながら、国王陛下を見つめ返しました。


「……はい。私がカーティス家の末子である事は知っております」

「……ふむ。本来は決してお前に知らせないようにと厳命していたのだが……こうなってみると良かったとは皮肉なものだ……」


少しだけ圧をしまった国王陛下の顔に、憂いが横切りました。


「……ルーナリア。お前、闇属性の魔法を行使できるな?」


低く問うようなその声とその言葉に反応した私の身体が、ビクッと跳ね上がりました。

チラリと見たお父様が優しく頷いてくれているので、この件については陛下に進言済みだと思って、ふぅっと息を吐き心を落ち着けます。


「……はい。……ですが、自分ではまだどういったのものであるか、正しくは理解出来ておりません」

「まぁ、そうであろう……闇魔法についてはしか扱えないもので、で何もかも全て処分したからな。──さて、これから言う事は他言無用だ。決して誰にも知られぬようにしろ」


陛下の目が怖いくらいに真剣になり、その厳粛な雰囲気に身を引き締めた私の背筋がピンと伸びます。

国王陛下がチラリとお兄様の方へ視線を向けると、固い顔のまま小さく頷き了承の意を示しました。


「王国の周りが結界で守られている事は誰しも承知のことだと思う。結界によって魔物は侵入することが出来ず、この国で我々人間は平和な暮らしを送ることが出来ている。だが、一昨年の月蝕を契機としてその結界が一気に不安定な状態になった。我々王族は『光』を司り結界を保たせているのだが、ここ最近結んでも結んでも結界に穴が開くようになっている。結果、結界領域への魔物の侵入が増加しており、騎士隊だけでは徐々にカバー出来なくなってきている」


(それって、結界が破綻しかけているってこと……?)


あまりにもの衝撃の話に、一気に顔が青ざめてしまいました。

周りをパッと見るとお兄様もお父様もかなり動揺しているようで、2人でさえ知らされていない事の重大さに恐れ慄きます。


『カーティスの惨劇』で魔法が行使できる貴族の数が減っている今、王国が存亡の機に立たされているという事は誰の目にも明らかです。


「そもそも、月蝕以前から結界は不安定な状態ではあった。──その原因は『カーティスの惨劇』だ」


その言葉を聞いた瞬間、身体がビクンと大きく反応してしまいました。


「アルフレート、ちょっと待って。最後まで話聞いて」


少し焦ったような顔をしたステファン様が、お兄様に必死に言い募っています。


「アル兄様、落ち着いてください。最後まで話を聞きましょう」


隣からひやりとした雰囲気を感じ、お兄様の方を向いてその手を握り締めました。

私の顔を一瞬見たお兄様は、前を向いたまま握ったその手をぎゅっと強く握り返してくれます。

冷気が若干収まったのを確認しホッと一息つくと、そっと温もった手を離し陛下の方へ向き直りました。


「……続けるぞ。そもそもは、『カーティスの惨劇』で全属性にし魔族を召喚したせいで、結界の歪みがひどくなったのだ。カーティス家の行いのせいでこのような事になっている事と、闇の属性が何かしら結界に関係していると踏んだ私は、ルーナリアを呼んだ……ルーナリアは、結界領域へ行き結界の修復調査を行うこと。これは王命だ」


陛下から言われた言葉が頭の中を駆け巡ります。


(私は、カーティスの血に連なる者……)


心臓が早鐘のように脈打ち、ごくりと唾を飲み込みました。


「……その命、謹んでお受けいたします」


陛下の目をしっかりと見つめながらそう言った私の隣で、お兄様がハッと息を呑みました。


夫であるお兄様に何の相談も了承も無しに、勝手に決めてしまったのは申し訳ないと思いましたが、カーティスの血筋を認めた今、その罪をあがなうのは私しかいないのです。

それにもし私が断れば、夫である彼に累が及ぶのは分かりきった事です。


「……陛下。王命とおっしゃいますが、具体的にどうされるのですか? 屋敷からほとんど出たこともないルゥナを、魔物が頻繁にいる結界領域に1人で行かせるわけにはいきません」


お兄様が私の前に腕を出すと、庇うように半身を乗り出しました。

勝手に王命を受けたにも関わらず、こうして私を守ろうとしてくれる気持ちに胸が打たれ、思わず距離が近づいた彼を見つめてしまいます。


「あぁ。それだが、結界をのは我々王家の人間が必要となる。ステファンは公務もあるから、ルシアンと共に調査に行ってもらおうかと考えている」


陛下の淡々とした声色の中にルシアン様の名前が出て、内心でかなり動揺してしまいました。


(……ルシアン様に会って、それに、一緒に旅するって事?……)


不安で暗くなる心が抑えきれず、少し目を伏せて両手をぎゅっと握りしめます。


「……陛下……本気でお考えですか……?」


お兄様から恐いほどのチリチリとした威圧を感じて、ハッと顔を上げました。

場の温度が急激に下がっているようで、見るとテーブルがうっすらと霜で覆われてきています。


「……ア、アルフレート……!」


お父様が慌てた様子で椅子から立ち上げると、宥めるように両手を広げました。


「アルフレート! 落ち着いて! 待って!」


ステファン様も椅子から立ち上がると、お兄様を鎮めるように手を軽く振ると国王陛下との間に割って入ります。


「……父上、それはいくら何でも、ルーナリアにもアルフレートにも失礼ですよ。今や2人は夫婦となったわけで、さすがに人妻のルーナリアをルシアンと2人で旅をさせるのは、不味すぎます。アルフレートは僕の将来の側近の予定なんですから、その扱いはやめて下さい」


そこまで言うと国王陛下に少しだけ咎めるような目線を送ったステファン様は、その流れの後私たちに微笑みかけてくれました。場の温度が徐々に戻っていくのを感じる中、お父様は胸を撫で下ろしながら椅子に腰を下ろします。

チラリと見たお兄様は凍てついたような顔はしていますが、さっきまでまとっていた圧が少し無くなっていました。


「父上、こうしましょう。調査の旅にはアルフレートとルーナリアで行ってもらう。何か結界修復の鍵を掴んだら、風便でルシアンを呼んでそこで修復を試みる。これなら問題はないでしょう」

「……それなら、僕もその王命を謹んでお受けします」


一瞬国王陛下に向けてスッと目を細めて見つめたお兄様は、臣下の態度で恭しくお辞儀をしました。


「では、明日には出立し調査を行うように」


陛下は無慈悲にそう告げると、手を振ってこの話は終わりだとばかりに私たちに退出を促しました。




陛下とまだお話があるらしいお父様を残し、私とお兄様は先に帰るべく部屋を辞します。

さっきまでの出来事を頭の中で整理しようとしていたら、隣にぴたりと寄り添ったお兄様に庇うように包み込まれました。


「ごめんね〜、アルフレート。それに、ルーナリアも」

「ステファン殿下…… 護衛も付けずにお一人で歩かれてはいけません」


僅かに硬い声のまま、お兄様が腰に回した手を少しだけ緩めました。

王族の方の前で抱き込まれているのは良くないと思い、その腕の中から逃れるとやってきたステファン様にお辞儀をします。


「あぁ、大丈夫大丈夫。今は君がいるし、すぐに戻るよ。にしても、本当ごめんね2人とも。まさか父上があそこまでデリカシーが無いとは思わなくって」

「……先ほどは、助けていただいてありがとうございました。ステファン殿下自ら謝罪していただき、恐縮です。──ですが、発言はいくら陛下でも許せません」


ステファン様の前で一瞬表情を緩めたものの、あの時の事を思い出したのか凍てつく瞳でさっきまで歩いていた道の先を睨むように見つめます。

一瞬で場の雰囲気がヒリヒリとしたものに変わり、少しだけ狼狽えてしまいます。


(アル兄様、王族相手にいいのかしら……)


お兄様のその様子に、ステファン様は少しだけ同情するような表情を向けました。


「うん、気持ちは分かるよ本当に。にしても相変わらず真面目だねアルフレート。そんな畏まったお礼なんて言わなくてもいいのに……父上もねぇ。きっと思いつきなんだろうけど……あ、ああは言ったけど実際はまだそこまで切羽詰まった状態ではないから、焦る必要はないからね」

「ステファン様……お気遣いありがとうございます」


にこりと笑ったステファン様に、お兄様が僅かに目を伏せながら微笑みかけました。

2人の会話を固唾を飲んで見守りながら、ルシアン様と同じでステファン様とも結構仲良しなのかもしれないと気付かされました。

やはり王族相手でも幼い頃からの付き合いがあると違うのだと、密かに1人納得します。


「ルーナリアも、大変だろうけど頑張ってね」

「は、はい! ありがとうございます」


急に話を振られてしまい、軽くオドオドしながらしっかりとお辞儀をしました。

そんな私を見て、ステファン様は楽しそうに異なる色の瞳を細めました。


「ふふふ。君も真面目だね。ま、旅行だと思って楽しんでおいでよ。アルフレートに全ての采配は任せるから好きにしていいよ」

「では、お言葉に甘えさせていただきますね」

「うん、いいよ。今まで沢山お願いしたしね」


綺麗な笑顔を浮かべたお兄様とステファン様は通じ合っているのか、互いに小さく頷きあっています。

その様子を見て、何だか似た者同士のようだと思ってしまいました。


「……そもそも本当にカーティスのせいなのか、謎ではあるしね」


ステファン様は憂いを帯びた表情で遠くをスッと見つめると、何かをぽつりと呟きました。

ちょっと距離もあって聞き取れなかったので、近くにいたお兄様は聞こえたのかとチラリとうかがいます。

ですがその顔が何かを思案しているのか少し気難しげだったので、かける言葉を失ってしまいました。





秋の夜風が優しく頬を撫でていきます。

外へ出ると、互いに手を伸ばしてしっかりと繋ぎました。

馬車の道のりまで歩いて行く中で見上げた空は、生憎の曇り空のようで月の姿が見えませんでした。


てのひらから伝わる温もりを感じ、身体がゆっくりと緩んでいきます。

そっと隣にいる愛しい人に身を近づけると、今はもう和らいだ瞳を見上げました。


「……アル兄様、相談もなく勝手に決めてごめんなさい……でも、一緒に来てくれてありがとうございます」

「ルゥナが謝る必要は全くないよ。それに、ルゥナがいる所に僕がいるのは当たり前だから」


ふわりと優しい笑顔を向けると、ぎゅっと肩を引き寄せてくれました。


(いつも一緒にいる、そう想えるから、頑張れる……)


お兄様の存在を感じながら、月の浮かばない真っ暗な夜空を、覚悟を胸に秘めて見上げました……


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