第44話 幕間〔3〕ー昔話ー ② sideアルフレート
案内された王族の大部屋に入ると、なぜか王妃様だけじゃなく同じ年頃だと思われる沢山の令嬢達がいた。
僕たち3人をじっと見つめる多くの目線を受け、来た事を思いっきり後悔しながら王妃様の元へと歩みを進める。
まるで品定めをしているかのような動きに合わせた視線を感じ、胸の奥がどんよりと濁ってくる。
「王妃殿下、本日はお招きいただきありがとうございます」
外面の良い綺麗な笑顔を貼り付けて、王妃様に丁寧なお辞儀をした。
一瞬だけその顔に昏さを帯びたステファン様だったが、すぐに微笑みを浮かべ王妃様の隣に座った。
その姿が少しだけ気になり、オッドアイの王子を見つめてしまう。
「アルフレート、そんなに真面目にしなくていいって! 母上! お腹空いたので何か無いですか!?」
ルシアンに手を引っ張られてそのまま席に着いた動きまでも、全てが見られているのを感じた。
「(ステファン様の2色の眼って、不思議ですわよね〜)」
「(まぁぁー。ルシアン様とアルフレート様が並ばれると、とても素晴らしいですわね)」
「(本当に〜! 素敵すぎですわ!)」
「(ステファン様も一緒に座られたらいいのに! 絵画みたいですわよね〜)」
ヒソヒソと囁き交わされる声を耳にして、見てくれの良さだけで判断しているようなその話に、居心地の悪さを感じムカムカしてきた。
「アルフレート、ルシアンと仲良くしてくれてありがとう。さ、こちらを召し上がりなさい」
「ありがとうございます、王妃殿下」
笑顔で出された菓子を受け取ったが、いつも屋敷で食べるモノよりも味気なく感じた。
食べることが大好きなルーナリアが、屋敷で焼いた焼き菓子をとても美味しそうに頬張っていた姿が頭に浮かんだ。
ルーナリアと一緒ならこの菓子も美味しいのかもしれない──そう思うと、知らずふっと笑みが溢れていた。
「ん? アルフレート、その菓子気に入ったのか? 持って帰るか?」
「ルシアンいいの? ありがとう」
帰ってルーナリアと一緒に食べられると想像した途端、沈んでいた気持ちが浮上していった。
小さい彼女にたくさん食べさせて母上を怒らせてはいけないと、頭の中であれこれ考えを巡らせていく。
「……アルフレートは、お菓子が好きなんだね。結構意外だよ」
「ステファン殿下は、お好きじゃないのですか?」
品よくお茶を飲みながら僕を見てくるその虹彩の異なる瞳に、何だか腹の内を読まれたような気がして少しだけドキリとした。
「僕は、そこそこかな〜。やっぱり、大事な人と食べる事が1番美味しいよね」
「……そう、ですね」
にっこりと笑顔を浮かべたステファン様に、少しだけ曖昧な笑みを返してしまった。
自分と似ているという親近感と共に、警戒心が湧き出てくる。可愛いルーナリアを絶対に会わせてはいけないと、頭の中で鳴り響く警鐘を悟られないように、綺麗な笑みを貼り付けた。
「さて、ステファン。それにルシアンもアルフレートも。今日集まっていただいた令嬢達を紹介しましょう」
僕たちを見回した王妃様が侍女達に手を振って合図をすると、次から次へと案内された令嬢達が、僕たち3人に挨拶に来た。
外面の良い笑顔を貼り付けながら、苦行とも言える時間を、ひたすらにやり過ごしていった。
♢
「……終わった……」
帰りの馬車が待っている場所へと、半分呆けた状態のままの足取りで向かっていく。
王城に勤める通りすがりの人々は、子ども1人が歩いていることに驚いている様子で、ちらちらと僕に視線を送っていた。
基本的に自分で出来ることは自分でするという元々の我が家の方針だけでなく、ルーナリアが来てからは使用人の数ももっと減らしたため、公爵家だけど供を連れていくことは無かった。
「……アルフレート!」
「ステファン様!?」
呼ばれて振り返ると、駆け足で僕を追いかけてきているステファン様の姿が視界に飛び込んできた。第一王子以外他に誰もいないのを確認し、驚きで目を見張ってしまった。
「あぁ、ごめんよ、呼び止めて。……今日は、ごめんね。あんなお茶会だとは僕も知らなくて……」
「……いいえ。ちょっとびっくりしましたが、お土産まで頂いたので嬉しかったです」
とても寂しそうな、苦笑いのような表情をしたステファン様に、手に持つ菓子の入った袋を見せながら無邪気に喜ぶ子どもを演じた。
「……アルフレートは、優しいね、ありがとう。…………せめて自分の結婚相手は、自分で選びたいよね………」
「ステファン様……?」
「何でもない! 呼び止めてごめんよアルフレート!」
そう言って走り去っていくステファン様の後ろ姿を見送りながら、さっきの切なさそうな顔がずっと心に消えずにいた。
残された言葉に激しく同意すると同時に、絶対にルーナリアと会わせないと決意しながら踵を返すと、前を見据えて歩みを進めていく。
「はぁ……今日は、本当に疲れた……」
1人静かな馬車の中でぽつりと溢してしまった声が、ゆらゆらと辺りに漂っていた。
王城での勉強会だけの予定だったはずなのに、多くの令嬢達から送られた熱い眼差しは、まるで見せ物か何かになったようだった。
「ステファン様も最後………本当、なんか、怒涛の一日だった……」
ぐったりとしたまま暫く俯いていた顔をあげると、馬車の窓から見慣れた我が家が現れた。
その姿を目にし、思わずホッと息を吐いてしまった。
「ただいま戻りました!……ルーナリア? あ、メートルありがとう! ルーナリアは、母上の所だね」
扉を開けてくれていたメートルが肯定するように頷くのを見て、すぐさま階段を駆け上がる。
「母上、ただいま戻りました」
「あら? アルフレート帰って来ていたのね! ごめんなさいね、さっきまでルーナリアが昼寝してて」
部屋へと入ってきた僕を見るなり母上は申し訳なさそうにしながら、まだ少し寝ぼけた顔をしている腕の中のルーナリアをあやした。
母上から奪うようにしてルーナリアを抱っこすると、小さな身体を抱きしめた。
「ルーナリア! ただいま!」
「……にぃた? んん! ぉかりぃ〜!」
目を何度か瞬くと、可愛い笑顔を浮かべて僕の身体を抱き返してくれた。
その温もりを感じ、小さく息を溢した。
「はぁ。アルフレートってば本当ルーナリアが大好きね。──そうそう、今日の王妃様とお茶会どうだったの? 今日はあれでしょ? ステファン様の婚約者候補選びも兼ねたお茶会でしょ」
「……やっぱり……」
予想していたとはいえ、事実をはっきりと聞かされて、3人とも騙し討ちにあったような嫌な気持ちになった。
母上は、ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべながら僕に視線を向けた。
「アルフレートもいい子がいたら、ちゃんとお母様に教えてね。で、どうだったの? 可愛い子いた?」
「そうですね。素敵な子達ばかりでしたね。でも母上。僕は結婚する人は絶対自分で決めますので、婚約者とかは絶対にあてがわないでくださいね」
そんな母上に外面の良い笑顔を見せて、しっかりと己の意志表示をした。
ルーナリアと結婚するつもりの僕に、ステファン様の最後の言葉が重く心にのしかかった。
「あらぁ、そうなの。ま、良いわよ。お母様は子どもの意思を尊重する考えだから。──でも貴方はきっとヘリオスに似ているから、好きな子が出来て結婚しようと思ったら周りから色々と固めていって、私たちが知らない所で用意周到に動いてそうねぇ」
母上は言葉の最後で、何かを懐かしむような目をしながら遠くを見つめた。
「……僕は母上に似て一途ですから、そんな回りくどいことはしませんよ……でも、良かった……」
ぽつりと呟いた僕の声は届いていなかったようで、母上は何かを思い出したような顔をした。
「そうそう、ちょっとルーナリア見ててあげてね。私、少し用事があるから」
「分かりました」
少しばかり早足で部屋から出ていく母上を見送った後、深くため息を吐いた。
「にぃた?」
腕の中のルーナリアが、黄金色の瞳でじっと僕を見つめていた。
その小さい頭を撫でるために、ソファに腰を下ろし膝の上にルーナリアを座らせる。
彼女のふわふわした髪を撫でたり梳いたりしていくと、さっきまで心に落とされていた黒い染みが消えていくような気持ちになった。
「ルーナリア、後でお土産があるから、一緒に食べようね?」
「……み? たべゆ?」
「うん。ルーナリアの好きなお菓子だよ」
「かち! ちゅき〜!」
にこにこ笑うルーナリアが可愛くて、思わず唇に軽くキスをした。
「ルーナリアは、兄さまの事も好き?」
今日の出来事のせいなのか、気が付けば言葉が口をついて出てしまっていた。
「にぃた、しゅきっ〜!!」
「……僕も、ルーナリアの事が大好き」
ルーナリアの小さい身体に腕を回し小さく息を吐くと、目を瞑る。
今日の勉強会での自分の不甲斐なさ。令嬢達の目線。ステファン様の最後の言葉とあの表情。王族の義務。自分の果たすべく義務。
色々なものが、頭の中を駆け巡っていった。
「……にぃた……いたぁ、の?」
目を開くと、僕をじっと見つめる満月のような瞳と視線が重なった。
僕の腕の中で身を捩ったルーナリアは、膝の上から降りると少し覚束ない足取りでソファの上に立った。
「にぃた、いたぁの……でっ!」
ルーナリアは小さな
「……もしかして、『痛いの痛いの飛んでいけ』してくれているの? いつも、ルーナリアが転んだ時にしてたやつ?」
「……あい! いちゃぃの、でいけっ!」
幼子なりの必死な真剣な眼差しで、ずっとずっと頭を撫でてくれていた。
「ルーナリア……」
小さい身体をぎゅっと抱きしめると、ルーナリアも僕の身体を小さいながらに抱き返してくれた。
その温もりを感じると、何故か切なさに胸が締め付けられて泣きそうな気持ちになってきた。
ルーナリアの優しさと暖かさで、心がたくさん満たされていくのを感じた。
さっきまで押し潰されそうになっていた気持ちが、また頑張ろうという気持ちに変わっていく。
自分が知らないうちに心がほんの少しひび割れていたのだと、この時になってようやく気が付いた。
僕がルーナリアを支えているようで、ルーナリアの優しさに僕が救われている……
「にぃた、だぃちゅき〜」
腕の中にいるルーナリアが、そう言って細い腕に精一杯の力を込めてくれた。
この安らぎを与えてくれるルーナリアを、絶対に離したくない──そう思って、もう一度その小さくて柔らかい身体を、ぎゅぅっとした。
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第1部終了となります。レビューや応援ありがとうございます。とても嬉しく励みにさせていただいてます。第2部もよければよろしくお願いします。
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