第43話 幕間〔2〕ー昔話ー ① sideアルフレート
馬車の窓から、立派な王城がその姿を現し始めた。
「……今日は、魔法理論の勉強会か……明日は鍛錬場で修練があるし……明後日も、ボレアース家に呼ばれたし……はぁ。7歳になった途端こんなに屋敷から出るなんて、ルーナリアと全然遊べない……」
思わず恨めしそうな目で、どんどんと大きさを増しているその建物を見つめてしまった。
ほとんどの貴族が学園に行くまでは屋敷で教育を受ける。ただ、7歳になると男子は騎士としての基礎的な教育を兼ねて鍛錬で、女子は社交の練習としてお茶会で同世代の繋がりを作る。
そうした中僕の場合は少し特殊で、王子達の将来の側近候補の中で優秀だったらしく、王城での勉強会が加わっていた。
「でも、今日こそは、ステファン様に……」
意気込むようにグッと手を握りしめると、玄関で小さな手を一所懸命に振って見送ってくれたルーナリアの姿を思い出す。
「これも、ルーナリアと結婚するための修行だ。頑張ろう。この世界を守ることは、ルーナリアを守ることにも繋がるし」
己のまだ大きいとは言えない手に視線を落とすと、揺るぎのない眼差しで見据えた。
♢
「よく来たな、アルフレート!」
「っルシアン……! 痛いってば……ははは」
部屋に入るなり第二王子のルシアンが勢い良く飛びつきてきた。
いつもの事に笑いながら、その頭をぐしゃぐしゃとかき回していく。
王子達とは父上が国王陛下の側近をしているため、もっと小さい頃から時々会っていたのだが、ルシアンは同じ歳のせいか、昔からこんな感じで構ってくる事が多かった。
いずれ彼らの内どちらかの臣下になるようにと父上からも期待されている事は知っているから、距離感をきちんとしておかないといけないと思いつつ、ルシアンだけはついつい乗せられてしまう。
「やぁ、アルフレート待ってたよ」
「今日もよろしくお願いします。ステファン殿下」
第一王子のステファン様ににっこり微笑んで、丁寧にお辞儀をした。
「相変わらずアルフレートは真面目だね。……ルシアンもちょっとはアルフレートを見習ってみれば?」
「えー! 無理無理。俺、兄上とかアルフレートみたいに優秀じゃないし!」
「……ルシアンも、十分優秀だと思うよ?」
「んなことないって!」
「お揃いのようですね。では今日は、風魔法理論について勉強しましょう」
家庭教師のレーラー先生が色々な本を抱えながら部屋に入ってくると、僕たちの前に立った。
その姿を目にした僕たちはすぐさま席に着き、レーラー先生の流れるような講義に耳を傾け始める。
さっきまでうるさかったルシアンも、きちんと真面目に先生の講義を聞いている様子だった。
「──というわけで、この理論によって空中浮遊が可能になったのです」
先生のテンポの良い語り口調と、ペンを滑らせる音だけが室内に響いていた。
全員が真剣な表情を浮かべながら、各々講義内容を理解しようと必死になる。
この国を支える王族とそれに仕える貴族にとって、様々な魔法理論を学び役立てていくのは義務だからだ。
だけど今日に限ってはそれだけじゃない理由で、教えてもらった理論を書き留めて自分なりに組み立ていく。いつもキラキラとした眼差しで僕のことを見上げているルーナリアの顔が、さっきから頭に浮かんでいた。
この魔法で一緒に飛行したら、きっともっともっと瞳を輝かせながら大きな笑顔を見せてくれるに違いない──そう考え、一瞬口元に笑みを刻んでしまった己を戒めるようにペンを握りしめると、理論展開を構築していきどう行使出来るかを思案していった。
「今までで何かご質問はありますか? さすが皆さま、理論の理解力はずば抜けておいでですね。あとは、実際の行使力ですね。………さて、この魔法行使ですが……実は、カーティス家が発見したものです」
最後の言葉で声を小さくしたレーラー先生は、僕たち3人だけに聞かせるかのように囁いた。
2年前に魔族まで召喚して王家転覆を企てた、ルーナリアの生家である
あの事件があって、大人達は皆その名前を忌むべきものとして口に出すことはほとんど無かったし、家族を喪った人々は憎悪と嫌悪でその名を呼んでいた。
ルーナリアがカーティスの娘だと周囲に知られたら殺されてしまうかもしれないので、その名が出ても顔には出さずに、真剣に話を聞いているかのように装った。
視界の端に捉えたステファン様は、普段通り穏やかそうな顔をしていた。
「その名を言うな!」
隣に座るルシアンから大きな声が発せられたので慌てて振り向くと、思いっきり顔を歪め昏くなった瞳でレーラー先生を睨みつけていた。
いつも単純で脳天気な姿しか見たことなかったため、言葉を失ったままその様子を見つめた。
「……ルシアン……」
「…ルシアン……? どうしたの?」
「……! あ、ごめん。いや、ほらあれだろ。あの名は
「……そうだね」
少しだけルシアンを気遣うような眼差しで見つめていたステファン様は、その言葉の一部に一瞬反応すると、思案顔で寂しそうにポツリと呟いた。
カーティスについて王族内で何かあるのだろうかと2人の王子を交互に見たのだが、その顔からは何も読み取れなかった。
ルシアンもさっきまでの雰囲気は途端に霧散していて、いつもの調子にすぐさま戻ると明るい笑顔を浮かべていた。
その顔を目にし、単純で素直な第二王子が大人たちの意見を吸収した結果なのだろうと1人納得した。
「レーラ先生、ごめんごめん! ほら、次行こうよ」
「……では、次はこちらの魔法理論の問題を解いてみてください」
悪びれた感じもなく笑いながら謝罪している姿に、レーラ先生もホッとした様子で紙を配り始めた。
一瞬悪くなった部屋の空気も、3人が問題に集中し始めると全て元通りになった。
今度は、カリカリとペン先を走らせていく音だけが聞こえてきた。
「……レーラー先生、出来たので見てください」
開始からそこまで経っていない時間で用紙を渡しているステファン様を見て、焦る自分を抑えながら次の問題へと取り掛かっていく。
「レーラー先生、終わりました」
「アルフレート様、お疲れ様です」
レーラー先生が僕の回答に目を通しながら時々頷いている姿を、固唾を呑んで見守る。
「……終わった〜!! はい、レーラー先生!」
晴れ晴れとした表情を浮かべたルシアンを見て口元に笑みを刻んだルーラー先生は、その解答用紙に目を通すと赤い文字を書き連ねていった。
「まずはステファン様から。……全て正解です。これは、さすがとしか言いようがありません……まさか、10歳でこの理論が解けるなんて……」
レーラー先生が驚きと賞賛と、そして僅かに畏怖を込めた眼差しでステファン様を見つめた。
「アルフレート様も、大変惜しいです。ここが違っております」
赤い文字で記されたその箇所をよくよく読み込んでいき、先生の解説に何度も頷く。
今日もステファン様に勝てなかったという思いを隠すように、顔を伏せて間違った部分をもう一度解いていく。
「レーラー先生! 俺は!?」
「……ルシアン様も非常に惜しいです。こことここ、それにここが違います」
「……そんなに……」
「ここは、風属性の展開部分が間違ってますね。全ての質量を考慮しての展開が必要になってきますから。ルシアン様、お分かりですか? ……といいますが、正直ここまで解けているルシアン様も、同年代と比較したら非常に優秀ですから、そんなに気落ちされないでください」
レーラー先生が落ち込んでいるルシアンを慰めるようにその頭を優しく撫でた。
「……ルシアン、ほら、この単純な所に引っ掛かってるんだよ。落ち着けば出来るって」
ルシアンの解答を見ながらアドバイスをしていくと、途端に落ち込んでいる空気が晴れていくかのような明るい笑顔を向けた。
「……なるほど! やっぱアルフレートはすげぇな」
「ルシアン、ここはこうした方がもっと効率的になるよ」
「……兄上のその理論……俺には分かんないよ……」
隣に立ったステファン様の顔も見ずに深く俯いたルシアンの頭をそっと撫でた。
僅かに瞳を揺らしているルシアンを目に映し少しだけ可哀想に思い、そしてそんな気持ちを分かってあげられない事に心が痛んだ。
「ステファン様は、本当に、本当に優秀だから。ほら、さっきの理論はこう考えた方ががわかり良いと思うよ」
「……そっか!」
僕なりにもっと理論展開を細かくしてルシアンにでも解るようにして教えていくと、真剣な顔で間違えた所を再度組み立てていく。
そんなやりとりを見ていたステファン様は、少しだけ寂しそうな微笑みを僕に向けた。
「アルフレートは、本当優秀だね」
「いいえ、ステファン様には勝てませんでした。さすが優秀なステファン様です」
にっこりと笑みを返したが、内心は自分の不甲斐なさに腹が立っていた。
さっきの理論構築の仕方は、結局僕と同じ考えだった。後少し気をつけていれば間違えていなかったのにという悔しさで、歪めそうになる顔を必死で抑えた。
「いや、アルフレートは僕の3歳も下なんだから、本当凄いよ」
「ありがとうございます」
「……待ってるよ」
オッドアイの不思議な魅力を持ったその眼にじっと見つめられ、何だか全てを見透かされているようなよく分からない気持ちになった。
ステファン様の事は尊敬しているし、勉強会でのこうした魔法理論の構築でもいつも大体同じ考え方をするから、似た人間なんだとぼんやり親近感みたいなのも感じていた。
でも、3つしか変わらないステファン様に負けるわけにはいかなかった。
何故なら僕は、ルーナリアのカッコいい『お兄様』でいたいし、将来はルーナリアのカッコいい『旦那さま』になりたいからだ。
何でも出来るカッコいい男になってルーナリアと結婚するのが、ずっと抱いている夢だった。
いつか絶対に勝ってみせると決意を胸に、密かに両手をグッと握り締めながら目の前の第一王子に綺麗な笑顔を向けた。
「そうそう、アルフレート。今日これからまだ時間あるでしょ? 母上がぜひ君も誘って一緒にお茶会をしようと言ってるから、この後付き合ってよ」
「……分かりました、ステファン様。お誘いありがとうございます」
にっこり笑って返事をしたものの内心は面倒くさくてたまらなくて、屋敷にいるルーナリアの柔らかくてふにふにした頬を思い浮かべた。
早く帰って、あの頬をつんつんしたい……
僅かに目を伏せながら、そんな想いに馳せる。
だけどこれも勉強の一環だと気持ちを切り替えて、案内するステファン様の後をルシアンとついて行った──
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