第41話 結婚式
あの日。ルシアン様に言われた事が衝撃で、私が世界に
お兄様の言葉でこの世に戻ってくる事が出来ました。
どんな私でもいいと言ってくれ。
戻って欲しいと言ってくれ。
ずっと、一緒に生きていこうと言ってくれた……
そして、思い出したのです。私が持っているのは、お兄様への『愛』だけだと。
それだけしかないけれど。
そんな私の傍にいてくれて。
そんな私が傍にいていいなら。
──気持ちは、永遠に変わらないから。
♢
窓の外は、安らぎをもたらす闇の訪れを予感させる、紅掛空色に色付いていました。
「今日、アル兄様と……」
愛しい人の瞳の色を微かに残したその空に、見入ってしまいます。
こんな私のままでいいと言ってもらえた時から、私自身がまず自分を素直に認めようと心に決めました。
呪われたカーティス家の血筋だという事実も、受け入れることからしないといけない。
私の頭がおかしいと言われたとしても、それもまた人から見れば真実なのだから、仕方がない。
でも、どう思うかは、私自身が決めていい事。
「もし、また、ルシアン様に不幸にすると言われても……… 呪われた血筋の私でも、幸せに出来るかもって今度は言えるように……」
あれから習慣になってしまった、自分自身の内面を見つめるように、向き合うように一度目を閉じます。
大きく息を吸うと、再び暮れゆく空を視界に映しました。
光が照らしているすっかりと整理された本棚に視線を向けると、このひと月で全てに目を通した事が思い起こされました。
ドレスの裾を持ってそこへ足を運び、分厚い王国史の背表紙をそっと撫でます。
そこに記されていた、たった3行しか書かれていない20年前の事件に思いを馳せました。
「私は、何者なのか……カーティス家は、何者だったのか……」
ぽつりと溢された呟きは、吸い込まれるように私の中へ消えていきました。
結局、あの後も砦への出張の任務が入ってしまったお兄様は、今日までほとんど屋敷にいませんでした。
(………私の子が、呪われた血筋を受け継いだら……だから、はっきりするまで、子どもは、作れない……)
ごく僅かな2人きりの時間で、意を決して伝えた私のわがままを聞いたお兄様が、優しく笑いながら子ができない薬もあるから大丈夫だと言ってくれたのを思い出し、すっと気持ちが楽になっていきました。
「……もし、私が本当に呪われた血筋だったら…………でも、きっと、アル兄様と一緒だったら、幸せになれる道は何処かにあるはず……」
自分の声を耳にし、じんわりと言葉が心に広がってきて、気が付けば口元がほころんでいました。
お兄様への愛があるのならば、何でも出来る。愛しい人の事を心に強く想って──
ーーコンコン……
「ルーナリア様、ご友人方がお見えになりましたよ」
「マーラ、ありがとう」
「──ルーナリア〜! わ〜〜! めちゃくちゃ綺麗〜!!」
駆け寄ってきたフェリシアは、私の手をぎゅっと握りしめました。
「ありがとう、フェリシア。フェリシアのその薄紅色のドレスも、とっても素敵」
「うぅ……そんな、そんな……ルーナリアの方が〜」
綺麗にお化粧をした頬を涙で濡らすフェリシアを見て、溢れる笑みのままその柔らかな手を優しく握ります。
「ふふふ。フェリシアってばそんなに泣かなくても」
「だって〜だって〜! 嬉しいじゃん〜! 本当、こんな身内だけなのに私来てよかった?」
「もちろん! フェリシアには絶対に来て欲しかったし!」
ハンカチを取り出すと、そっと親友の顔にあてていきます。
今日の式について、お母様を納得させるまでの数日間を思い出して、思わずその手が止まってしまいました。
最初は心苦しそうな顔をしていたお兄様も、私の想いを汲んでくれたのか、お母様を説得するのを手伝ってくれたのですが、大勢の人にお披露目出来ない事を最後まで渋っていたのです。
(大切な親友と、屋敷の使用人たちだけの、密やかな式だけど……緊張してしまう私には、ちょうどいい。それに、私が大切にしたいと思う人たちに祝福されるのが、本当に嬉しい……)
揺れて輝いているフェリシアの瞳を、微笑みながら見つめます。
「……ルーナリア……すんげー綺麗だわ!」
「オリエル! ありがとう」
今日の招待をほんの少しだけ悩んでしまった、もう1人の大切な親友に笑顔を向けました。
彼も、以前と全く変わらない笑顔を送ってくれています。
「てか、オリエルが新郎より先に新婦の姿見るって、絶対あのお兄様激おこじゃん……あ〜。今日薄着だよ私〜」
「何言ってんだよ、フェリシア! せっかくのルーナリアの式なのに、なんかブツブツ言うなって!」
「何よ! 誰のせいだと思ってんのよ!」
「だいたい、泣くの早すぎだろ!?」
学園の頃と全く変わらない2人のやり取りを目にし、込み上げてくる思いを抑えることが出来ませんでした。
「ふふふふ……あはははは! 2人とも相変わらずだね。懐かしい……!」
気が付いたら、お腹を抱えて笑っていました。
あの頃と変わらない私たち3人の関係を続けられる2人の優しさを感じ、涙がぽろりと頬を伝わります。
目尻を拭うと、今日彼に伝えようと思っていた想いを届けるために、オリエルの微かに揺れた瞳を真っ直ぐに見つめました。
「……オリエル、いつも私を助けてくれてありがとう。オリエルの気持ちに気が付かなくって、本当にごめんね……気持ち、本当に嬉しかった。オリエルは、私の大切な大切な友達だから。だから、オリエルにも幸せになってほしい」
「……ルーナリア……ありがとう」
優しくお礼の言葉を溢したオリエルは、とても切なそうな、でも綺麗な微笑みを浮かべました。
「───お前も、幸せになれよ!」
次の瞬間にはいつも通りの顔に戻ったオリエルが、私の肩をパシッと軽く叩きました。
「オリエルの幸せは、案外身近にあるかもよ」
そう耳元へそっと囁いた私の顔は、きっと悪巧みをする子どものような顔をしていたはずです。
「? なんだそりゃ?」
「ふふふ。オリエルもまだまだだね」
「え〜! ちょっとルーナリア〜! 何何なに! 止めてよ〜!」
顔を赤くしながら私とオリエルの間に入ってくるフェリシアを目にすると、心の奥が温かいもので満たされていき笑顔が溢れ出ました。
「フェリシア、可愛い! 2人とも、これからもよろしくね」
どこか慌てているような似たもの同士の2人を、ぎゅっと抱きしめます。
いつか2人で幸せになって欲しいと願いながら──
誰もいない廊下を、1人ゆっくりと歩いていきます。
最後まで付き添うと言い張ったマーラを、無理矢理宥めて先にホールへと行ってもらっていました。
(……今日は、皆にも楽しんでもらいたいもんね……)
足を取られないようにドレスの裾を持つ手が、少しばかり震えていました。
動きに合わせて揺れる白いベールが、視界の端でちらちらとしています。
ふと窓を見ると、そこには純白のドレスに身を包んだ自分の姿が映し出されていました。
(アル兄様と、今日……)
ホールに隣接している小部屋の前まで来ると、大きく息を吸い込みます。
賑やかな声を耳にしながら、扉に向かって軽くノックをしました。
「……アル兄様、もういらっしゃいますか?」
「ルゥナ!」
おずおずと確認しながら部屋を覗いた瞬間、座っていたお兄様が駆け寄ってきました。
流れるような仕草で私の手を取ると、その甲へと優しく口付けを落とします。
「ルゥナ……すごく綺麗だ……まるで月の女神だ」
「……女神って……アル兄様ってば大袈裟です……」
純白のタキシードを身に纏ったお兄様に見つめられ、顔が真っ赤に染まってしまいます。
(……そういえば、デビュタントの時は天使って言ってもらった……)
あの時のことを思い出し、口元がほころんでしまいました。
お兄様は私の身体を引き寄せると、おでこがくっつきそうな距離で顔を覗き込んできます。
すぐそこに、空色の瞳がありました。
「あ、ほら。ルゥナ、『お兄様』はもう卒業する約束だよね?」
「……はい、アルフレート様……」
彼の名前を口にした瞬間、耳まで真っ赤になったのが自分でも分かりました。
「『様』も無しでね」
「……あ、アルフ…レート……」
すぐそこからお兄様の甘い吐息を感じ、心臓の鼓動がもの凄い早さで脈打ちます。
顔が火照ってしょうがなくって、どうしていいのか分からなくなってきました。
そんな私を、彼は目を細めて愛しむような表情を浮かべて見つめます。
「ふふふ。ルゥナ、可愛い……ま、徐々にだね。──じゃあ、行こうか」
「…はい!」
腕を組むと、互いに微笑みを交わしながら会場へと一歩を踏み出しました。
ガラスで細工をされた
ゆっくりと鳴り響く音楽。
私たちを見つめる皆の優しい眼差しと温かい拍手。
祝福されながら2人一緒に並び歩く時間は、何だか夢か現か幻のようなひと時でした。
夫婦の誓いの言葉を交わした瞬間ワッと会場中が湧き上がったのを、滲む視界のまま目に映すとゆっくりと腰を下ろしました。
そのまま式は、思い思いに楽しむ時間へと移り変わります。
アップテンポの音楽に合わせて踊るオリエルとフェリシア。
お父様とお母様がとびきりの笑顔で踊る姿を見て、私まで満面の笑みを浮かべてしまいます。
屋敷の使用人たちも、あちらこちらで楽しい騒めきを繰り広げています。
「皆……本当に、良かった……私も嬉しいな……」
楽器隊の奏でる音色に耳を傾けながら目の前の幸せな景色を眺めていると、隣に座るお兄様が私の耳元へと顔を近づけました。
「ルゥナ。ちょっと抜け出さない?」
「……アル? ……うん、分かった」
主役がいなくなることが気になったのですが、彼の真剣な眼差しを受けて小さく頷くと、差し出されたその手を取ります。
大騒ぎをしている皆の様子を横目にそっとホールを抜け出すと、強く握りしめられたその手をぎゅっと握り返しました。
(アル兄様とだったら、どこまでも……)
外はすっかりと闇夜に包まれていて、
「ルゥナ、おいで」
「はい」
お兄様が私を優しく抱き上げたので、その首元へと腕を回します。
途端に軽くなる身体を感じていると、柔らかな夜風がふたりを通り抜けていきます。
風に
「
儚くも美しい月明かりを映し出した
きっとここに連れてきてくれるのだろうと分かってはいましたが、その想いに心が震えます。
優しく降ろしてくれたお兄様が、包み込むように私の身体に腕を回しました。
「ルゥナと僕の結婚式は、絶対に満月の夜にしたかったんだ。僕たちの想いが積もったこの森で、ルゥナともう一度誓いを交わしたかった……ここは、とてもとても大切な場所だから……」
晴れ渡るような笑顔を向けてくれたお兄様が、そっと私の手を取りました。
柔らかく包み込んだ手を一度優しく撫でると、ひたむきな眼差しで私を見つめます。
「アルフレート・ダネシュティは、ルーナリア・ダネシュティを妻として迎え、生涯愛し抜く事をここに誓います。……ルゥナ、僕とずっと一緒にいて欲しい。幸せにするから……」
「……アル兄様……」
この上ない喜びに、微かに身体を震わせてしまいます。
「……ルーナリア・ダネシュティは、アルフレート・ダネシュティを夫として迎え、生涯に渡って愛し続ける事を誓います。……アル、ずっとずっと、一緒だから……」
頬に一雫の涙がこぼれ落ちるのを感じながら、心からの微笑みを彼へと送ります。
私の、ずっとずっと大好きな人。心の底から愛している、愛しい人……
月夜に輝く光の中、夫婦になった私とお兄様は、そっと口付けを交わしました。
澄み切った空に浮かぶ、鏡のような満月の光の優しさに包まれて──
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読んでいただいて、ありがとうございました。
第一部本編以上で終了です。次話幕間を挟みまして、第二部へと続きます。
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