第40話 慟哭と願い sideアルフレート
「アルフレート副隊長。東部の状況はどうでしたか? また行かれるのですか?」
イオネルはその顔に憂いを浮かべると、窺うように見つめてきた。
「……そうだな。あまり状況はいいとは言えないが……ステファン殿下に無理を言って、今月は屋敷に戻れる時間を増やしてもらうようにしたから、当分はこっちにいる予定だ」
「そうですか……副隊長半年以上ずっと行ってますもんね。まぁ、副隊長じゃないとっていう部分も大きいんですが……あ、昨日ルシアン殿下にお会いになったんですよね。これから護衛につくんですが、何か仰ってましたか?」
「あぁ、そうだな。昨日東部の砦から戻ってきたようだったから、今日は公務もそこそこにするって言っていた」
「了解しました! では、アルフレート様も無理されずに」
近衛隊の執務部屋でイオネルと別れると、そのままステファン殿下の護衛の任へと赴く。
王城を歩きながら、昨日の出来事を思い出しそっと息を吐いた。
ルゥナと久しぶりに逢えた嬉しさから、ルシアンと連れ立っている事を半分ほど忘れてしまっていた。
その後、真面目で反応が面白くてついつい構ってしまったと笑いながら謝罪されたのだが、接触させてしまった事を少しだけ後悔してしまった。
ルシアンは昔から単純で無邪気な所があるから、悪気があるわけじゃないとは思っている。
幼い頃から、僕に対していつもざっくばらんで基本的にいい奴だが、大きくなるにつれて女遊びがかなり激しい事だけが気がかりではあった。
学園でも、あの顔を目当てに寄ってくる何人もの令嬢たちに対して、あんな調子で
あの時も今も、他の令嬢たちにルシアンがどんな扱いをしていようが、気にしていなかった。
ルシアンは一応遊ぶ相手を選んでいるようで、問題を起こしたことはなかったからだ。
ただいくらルシアンでも、僕のルゥナにちょっかいをかけるのだけは許せなかったため、昨日の別れ際に釘を刺したのだ。
『悪いけど好みじゃないんだよね〜。俺はもっと大人の女がいいし。てか、あれ、お子様過ぎじゃね? すげーなアルフレートの好み知らんかったわ。なになに、どこが良かったの? 真っ直ぐな所ってか? いやぁ、お前も真面目だもんなぁ』
ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべながら散々揶揄われたのを思い出し、少しだけムッとしてしまった。
向かいからやってきた文官が、寒さに少しだけ震えながら足速に通りすぎていったのを視界の端に映すと、微かに首を振った。
「……ステファン殿下が優秀すぎるから、多少
全てにおいて抜きん出ている第一王子の執務室の前で、ぽつりと小さく呟いてしまった。
♢♢
ステファン殿下の護衛の任を部下と交代すると、急いで屋敷へと帰宅する。
馬車の中で、今日もルゥナに逢える喜びに打ち震えながらも、彼女の体調が心配で苛立つ心を抑えるように組んだ脚に乗せた手を握りしめた。
ラウターテ嬢からの風便で連絡を受けたのだが、昼から調子が悪そうな様子のルゥナを、すぐに屋敷に帰るようにさせたらしいのだ。
「戻りました。メートル、ルゥナは?」
「……ルーナリア様は本日はまだお戻りではないのですが……てっきりアルフレート様とご一緒に戻られるのだとばかり思っていましたが……」
扉を開けてくれた執事のメートルは一瞬怪訝そうな顔をすると、向こうからやってきた母上に視線を向けた。
「アルフレート! 貴方今日は早かったのね……! ……ルーナリアがまだ帰ってこないのだけれど……一緒じゃなかったの? 最近遅い日もあったけど、そんな時はあの子絶対、屋敷に連絡入れるのに……」
「父上は?」
視線をメートルに向けると、軽く首を横に振るのでまだ帰宅していないのだと悟った。
あの母上がかなり動揺した様子で、オロオロとしながら僕を見つめた。
「アルフレート……どうしましょう……ルーナリアは……」
「母上、大丈夫ですよ。ルゥナの事ですから、もしかしたら誰かの用事を変わってたりするのかもしれません」
「……そうかしら………」
母上を安心させるために、ぎゅっと自分自身を抱くようにしているその背中を一度撫でた。
ルゥナが昼過ぎには王城を出ている事実を母上は知らないようで、内心で大きく安堵する。
知っていたら今頃酷く取り乱していただろうことは、その固く張り詰めた様子から、容易に予想出来たからだ。
「ちょっと、王城へ戻って探してみますから。大丈夫ですよ」
穏やかな口調を心掛けながらそう言うと、焦る気持ちを必死に抑え込んで何でもない風を装って屋敷を出た。
王城と屋敷以外に外に出た事のないルゥナがいる場所は、決まっている──
さっきから嫌な予感がして堪らなくて、屋敷を出た途端風魔法の魔力展開を行い、最大速度の駿足移動で心当たりの場所へ赴く。
予想した場所、『天満月(あまみつつき)の森』へと辿り着いた僕は、酷い焦燥感に駆られた。
王城と屋敷にいないのならばここしかないと思い、広い森の中をルゥナの名を呼びながら彷徨い続けた。今日は満月のようで、月の光を映し出した
光を放っている穏やかな森とは対照的に、僕の心はジリジリとずっと胸がざわついている。
「……ルゥナ……」
時間の感覚も無くなり、どれくらい森の中にいるのか分からなくなっていた。
ふと森の中に一際光り輝くものを目の端に捉え、それを凝らしてよく見てみた。
「……っ!!」
──それはルゥナだった。
「ルゥナっ!!」
地面に座り込んだまま、ぼんやりと夜空を見上げている彼女の元へ慌てて駆け寄ると、衝撃で全身に稲妻のようなものが走った。
光り輝いていると思ったルゥナの身体が、半分ほど透けているようだったからだ。
半透明なその姿は今宵の月の光を全身に受け、まるで月と一体になったかのような錯覚を覚えた。
「ルゥナ! ルゥナ!!」
瞳孔が開いたまま、半分ほど焦点のあっていない小さな顔を両手で包み込むと、必死に名前を呼ぶ。
ルゥナを通して僕の
このまま、ルゥナが儚く消えてしまったら──そんな想いを振り払うかのように、何度も名前を叫んだ。
「……あ…にぃ、さま?」
「ルゥナ! なんでこんな消えて……っ!」
やっと僕の事を見てくれるようになったルゥナに、少しだけ安堵した。
「……ごめんなさい、アル兄様……私は、アル兄様の傍にいる資格なんてないんです……こんな穢らわしい女……」
ルゥナはぼんやりと僕を見つめると、その黄金色の瞳を揺らめかせ、ぽろぽろと涙を溢していく。
「何で! ルゥナは別に穢らわしくなんてない!」
ルゥナが何を言っているのか分からなかった僕は、細い肩を掴みながらその言葉を必死に否定した。
「いいえっ! いいえっ!! 私は、私は頭のおかしい呪われた血筋の女です! ずっと、ずっと、アル兄様と血が繋がっていない事を知らない時から、貴方の事を愛していたのです! ……実の兄を男として見て、愛するなんて……そんなの……おかしいじゃないですか……頭のおかしい、カーティスの呪われた血筋の私なんかが、アル兄様の傍にいていいはずがないんです……」
感情を高ぶらせながら泣き叫ぶようにそう言うと、そのまま涙で頬を濡らしながら僕を見つめた。
絶望の淵に立たされた瞳は、今まで見た事がないぐらい虚な眼差しで、胸を突かれた。
こんなに感情を激しく表したルゥナは初めてで、動揺から言葉を失ってしまう。
「だから。だから…………こんな私なんて、いらないんです……」
昏い瞳のまま、ぽとりと雫のように呟いた。
と同時に身体が益々透けていき、今にも消えてなくなりそうになる。
彼女がいかないように、決して離さない様に、強く強く抱きしめた。
「だめだっ! ルゥナ! 僕を置いていかないでくれっ! ルゥナがいないのにどうやって1人で生きていけるんだ! おかしくてもいい……どんなルゥナだって、ルゥナだ。ルゥナがいないと、僕は生きていけない……僕には、僕にはルゥナが必要だ……お願いだ……戻って……戻っておいで、ルーナリア……」
まだかろうじてこの腕の中に存在する、愛する人に乞い願う。
「愛してる、ルーナリア……僕と、ずっと一緒に生きていこう……!」
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