第38話 食堂の罠 ②

とぼとぼと項垂れながら魔法局に戻る間も、頭の中でずっとずっと考え続けていました。


(アル兄様が知ったら、絶対嫌な気分になるはず……フェリシアは、卒業パーティーの時上手く断ってた……)


顔を上げると、見慣れた扉の前まで来ていました。


「……いつも、助けてくれる皆に頼ってばかりじゃ、ダメだ……」


足早に自分の机に戻ると、紙にスラスラと文字を走らせていきます。

マリウスさんに宛てたその手紙に、キチンお断りする旨と、そして愛する人がいる旨を綴っていきます。

書き終わると、自分の顔を鏡でチェックしている向かいの席のラウターテ先輩の元へと駆け寄りました。


「あ、あの。ラウターテ先輩……マリウスさんの部署ってどこですか? このお手紙をすぐに渡したくて」

「あれ? ランチどうだった? マリウスなら財務局にいるよ。てか、ルーナリアちゃんって前から思ってたけど凄い字が綺麗だよね。今度代筆してよ」


封書に書かれた宛名をチラリと見たラウターテ先輩は、悪びれる風もなく笑みを浮かべました。


ずっと屋敷にいた私は、基本的に家の中で出来る事に励んでいました。

その中でも得意なのは字を書くことだったので、他の人よりも割と綺麗だと自負しています。

今でもお母様やお父様に頼まれて屋敷で代筆をしていますし、魔法局での書類関係はほとんど私が書いています。


「……いいですけど、ラウターテ先輩。今度はもうこんな騙すような事しないでくださいね」

「え? 騙す? ありゃ、楽しくなかったのかー。うん、分かった、分かったー。その代わり代筆よろしくね」

「と、とにかく、今日みたいなのはもうやめて下さいね」


あっけらかんとしているラウターテ先輩に苦笑しながらも、再度しっかりと念押しして部屋を出ました。

そのまま急いで財務局に行くと、マリウスさんに一方的に押し付けるように手紙を渡しました。



魔法局へ戻る小道には、咲き誇る花の香りが微かに漂っていました。

穏やかな春の日差しを感じ、眩しさに目を細めながら空を見上げます。

愛しいあの人を呼び起こす透き通るような青空を瞳に映すと、少しだけ切なくて、でも少しだけ誇らしい気持ちになりました。


(昼間の月が浮かんでいなくても、夜には逢える……)



♢♢



翌日のお昼の時間、今日こそはお弁当を食べようと鞄から取り出そうとしていた時です──


「ルゥナ。食堂に食べに行こう」

「……あ、アル兄様!?」


扉の方を見ると、そこには微笑んでいるお兄様が立っていました。

幻なのではないかと思ってしまい、お弁当を持ったままその存在を確かめようと、食い入るように見つめてしまいました。


「え、ルーナリアちゃんのお兄様って、『氷壁の冷徹』様なの!? は、初めまして! 私、ラウターテって言います!」


お兄様を目にした途端、椅子から飛び上がったラウターテ先輩が満面の笑みを浮かべながら、淑女の挨拶を行いました。

その姿すら視界に入れなかった彼は、固まったままの私の手を持って優しく引き上げると、少しだけ引っ張るようにしながら部屋を出ていきます。

部屋を出て繋いだ手を離すと、私の歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくれるお兄様を見上げました。


「あ、あの、アル兄様、いつ戻られたんですか? まだ東部の砦にいらっしゃったはずですよね? 王都に帰ってくるまで、確か馬で6日ぐらいかかるって……」

「ん。さっき戻った。最近防壁魔法を行使しながら風魔法で飛行すれば、僕1人ならかなりのスピードで飛べる事が検証できたから、東部から一晩で戻れる事が今日わかったよ」


その言葉を聞いて、言葉を失ってしまいました。

少し遅れてハッとすると、慌ててお兄様の顔色を確かめるように見つめます。


「……元気そうで、良かったです……」

「ははは、ありがとう、ルゥナ。心配してくれて。体調は全然大丈夫。いい実験が出来て良かった」


安堵で胸を撫で下ろすと、並んで歩くお兄様のさっきの発言がやっと頭にちゃんと入ってきました。


(えっと、さっきのって、つまり、光属性と風属性を使用する防壁魔法を展開しながら、風魔法で飛行……魔法の2重行使だけでなくって、風属性の同時行使……!? ど、どれだけ凄いんだろう、アル兄様……)


桁違いの魔法の才に、少しだけクラクラしてしまいました。





「さ、今日は何食べようか?」

「……そうですね……」


多くの人で賑わっている食堂で、お互い真剣な顔をしながらメニューを見つめます。

すぐ隣に並んでいる彼の存在を感じ、高鳴る胸の鼓動を耳にしながら、口元をほころばせてしまいます。

チラリと傍にいる愛しい人の顔を見上げると、一瞬だけお兄様の小指を握りしめました。


ふわりとした笑顔を向けてくれたお兄様は、そのまま素知らぬ振りをしてメニューへと視線を戻します。


「決めました! 私はトマトたっぷりのベーコンとナスのパスタにします。モッツァレラチーズが美味しそうで……」

「ふふ。ルゥナはチーズ好きだもんね。じゃあ僕は、きのこたっぷりのペペロンチーノで」


注文を終えた私たちは、空いているテーブル席へと向かい隣同士で座ります。

屋敷では当たり前なのですが、こうした場所でこのように座るのは珍しいのか、周囲からどよめく声が聞こえてきました。

少しだけ染まってしまった頬から逃れるように、一度小さく首を振ります。




「んん……美味しい〜……」


トロトロのモッツァレラチーズがよく絡んだパスタを一口食べると、笑みが溢れ出ました。

お弁当では食べられないメニューをしっかり味わおうと、柔らかいのにカリッとしているナスを口へと運び入れます。

昨日の記憶も払拭出来たような気がして、何だかホッとしてしまいました。


「ふふふ。ルゥナ、こっちも食べる? はい」


愛おしむような眼差しを向けたお兄様が、自らのフォークですくったパスタを口に入れてくれます。

大きく騒ぐ人々の声を耳にして、顔が真っ赤になってしまいました。


「ルゥナのも、頂戴」


とろけるような笑顔でおねだりをされて、断れるはずのない私はその口にトマトパスタを一口運び入れます。


「……はい、アル兄様、どうぞ……」


2人で食べさせあっていると、こちらを見つめる視線に気が付きました。見ると、青白い顔をしたマリウスさんが立ちすくんでいました。

私のその目線に気が付いたお兄様は一瞬目を細めてマリウスさんを見据えると、それはそれは綺麗な笑顔を浮かべます。


「マリウス君。昨日は『妹』がお世話になったようで、ありがとう。ちなみにルゥナとは本当の兄妹じゃないんだけどね。……君はもう少し、色々なをした方がいいかな?」


その言葉を聞いた途端、マリウスさんは逃げるように立ち去って行きました。


「さ、食事を続けようねルゥナ。……今日は、デザートも食べようか」


私にふわっと笑いかけると、もう残り僅かになったパスタを平らげていきます。

隣に座るお兄様の耳元に、精一杯身体を伸ばして身を寄せました。


「……アル兄様、ありがとうございます」


息遣いと体温を身近に感じ少しだけ速まる鼓動を感じながら、そっと囁きました。

僅かに頬を染めたお兄様が、私の方を向くと優しく微笑んでくれます。


「デザート、何にしようか?」

「今、苺関係がたくさんあるみたいです。私、苺のタルトがいいな〜!」

「あ、いいね。僕は苺のムースにしようと思ってた」

「あ! それ悩んでたんです! じゃあアル兄様、一口ずつ交換しましょうね」


一緒に席を立つと、並んで歩きながらデザートの注文をしにいきます。


ほんの僅かな時間でもその温もりを感じ。いつもいつも私を助けてくれる愛を感じ。

満たされた心は、今の春のように温かなものでいっぱいになりました。


(私もいつか、この愛でアル兄様を守ってあげたいな……)

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