第37話 食堂の罠 ①

するするする……


マーラが器用に髪を編み込んでいく様子に、ジッと見入ります。


「もうすぐ、ルーナリア様も先輩になられるのですよね?」

「うん、そうなの! そろそろ学園の卒業生が配属になるから……私も、先輩かぁ……」

「ふふふ、頑張ってくださいね。……アルフレート様は、お忙しくされていますね……ルーナリア様も、寂しいでしょう……」


鏡越しに目が合ったマーラは、眉を落としていました。


「……そう、ね……ここ数ヶ月は、ひと月に一回屋敷に帰ってくるぐらいだもんね……でも、大丈夫! 寂しい気持ちもあるけど、アル兄様が無事でいてくれればいいの」


にこりと微笑んだ鏡に映る私を見て、マーラも柔らかな笑みを向けました。


(今晩も、お月様に逢える………離れていても、一緒にいるから……)





「っえ! 今年は魔法局に配属がないのですか!?」


あまりにもの驚きで、ミハイ先輩に大きな声で尋ね返してしまいました。

久しぶりに会ったミハイ先輩は目の下に大きなクマを作っていて、心なしかやつれているようでした。


「うん、そうみたい……なんか結界領域に送る騎士隊にほとんど回ったみたいだよ……むにゃ…」

「あ、あの、ミハイ先輩、大丈夫ですか……?」

「……ふわぁ〜。あ、ごめんごめん、3日前から家に戻れていなくて……だから、ルーナリアちゃんもかなり忙しくなると思う……身体があまり丈夫じゃないって言ってたから、無理は、しない、でね……ぐぅーー」


そのまま寝てしまったミハイ先輩を起こさないようにそっと上着を掛けると、開発部からの書類を持って目覚ましをセットしてから部屋を出ました。

この間マリアージュが辞めてしまったので、魔法局はかなりの人手不足だと言えます。


(大丈夫かしら……私も頑張らないと……)



廊下を出た所で、前から来た男性が私の顔を見るなり突然駆け寄ってきました。


「あ、ルーナリアさん! 今度俺と一緒に社交界にでも、出ない?」

「……え!? あ、ご、ごめんなさい……私、身体が弱くて、社交界には行けないんです……ご、ごめんなさい……!」


慌ててお辞儀をすると、逃げ去るようにその場を立ち去ります。

階段を降りた所で追ってきていない事を確認すると、軽く息を吐いて歩みを止めました。

お兄様が王城にいなくなってから、こうして声をかけられる事がかなり増えてきました。


「はぁ……フェリシアから聞いて、どう見られているか認識しているつもりだけど……なんか、上手くいかないなぁ……」


手元にある書類を、ぼんやりと見つめます。


「……これを持って帰ったら、昼からは王城へ納品の確認に行かないと……近道使わなくて、体力、保つかな……」


さっきの件とこれからの事を考えて、何だかぐったりとした気分で歩き始めました。



席に着くなり、向かいに座るラウターテ先輩が私の横へとやってきました。


「ルーナリアちゃん、あっちに今日の分あるから、やっておいてね。あといつもの書類」

「あ、はい! 分かりました!」

「そう言えば、ルーナリアちゃんって、食堂行った事ないよね? いっつも、机で食べてるし。今日お昼一緒に食堂に行きましょう」

「あ…あ、はい! お誘いありがとうございます……!」

「じゃ、お昼にね〜」


緩やかに手を振りながら部屋を出ていったラウターテ先輩の背中を見つめながら、小さく息を吐きました。


(……お弁当あるけど……でも、せっかくだし食堂楽しもう! ミハイ先輩も結局、氷壁の何とかとか言って誘ってくれなかったし……)


昼食の入った鞄の中から今日の昼食を取り出すと、包みなおしていきます。


「ミハイ先輩、キチンと食事してなさそうだったし、食べてもらおうっと……よし、出来た!」


まだ寝ていると思われるミハイ先輩宛に手紙を添えて、お弁当を持って立ち上がりました。


(食堂、どんなところかな……何があるのかな……)


さっきとは違って軽やかになった足取りで、もう一度開発部へと向かいました。





(わ、わ、わ……ここが、食堂……)


紫紺のローブを羽織った魔法局の人。藍白あいじろの隊服姿の騎士隊の人。その中に混じる様々な服装をした各局に勤めている文官の人。

仕事で王城の中をうろうろする事はあっても、こんなに多くの人で賑わっている場所に来たのは初めてで、息を呑んでしまいました。

外のテラス席やソファー席、テーブル席、色々な所で食事を楽しむ人々の姿が視界に入ってきます。


「じゃあ、ルーナリアちゃん、行こうか。あ、ここにあるメニューで好きなの選んだらいいよ。注文したら席まで給仕してくれるから」

「あ、はい! 教えていただいてありがとうございます」

「はいはーい。じゃ、早速決めて決めてー」


隣にいるラウターテ先輩を心強く感じながら、真剣な眼差しでお昼のメニューを見つめました。


(うーん……悩んじゃう〜………よし!)


一度小さく唾を飲み込むと、受付の人の所へと向かいます。


「……あ、あの、『自家製ベーコンとじゃがいものグラタンドフィノワ』お願いします」

「かしこまりました。すぐにお持ちいたしますので」


小さくお辞儀を返すと、ラウターテ先輩と共に中央のテーブル席へと腰を下ろしました。


(ふふふ……熱々でとろとろのチーズだ〜。せっかくの食堂だから、お弁当だと食べられないものがいいもんね……)


期待で胸を弾ませながら、ラウターテ先輩の社交界での戦果について耳を傾けます。



「お待たせいたしました」

「ありがとうございます!」


ほかほかと湯気が立ち上っているお皿が目の前に置かれ思わず瞳を輝かせたのですが、少し待っても他には何も持ってこないようでした。


「あれ? ラウターテ先輩の料理は、来ないのですか?」


キョトンとしながら尋ねてみても、ラウターテ先輩は仕切りに辺りをキョロキョロしていました。


「ん〜。私はいいの……っあ! ここよ!」


ラウターテ先輩がパッと手を上げて、大きく振ります。

つられるように手の方へ視線を向けると、ややオレンジ色に近い髪色の男性がこちらに近づいて来ていました。


「さ、後はごゆっくりね〜」

「あ、あの、ラウターテ先輩?」


訳がわからないまま、席を立った先輩を呆然と見上げます。

ラウターテ先輩はその男性と二言、三言何か話をしたと思ったら、そのまま去っていきました。


(え? え? 何で?)


私の頭はパニックで、その場で固まってしまいました。

唖然としていると、ラウターテ先輩が座っていた場所にさっきのオレンジ色の髪の男性がスッと座ります。


「こんにちは、ルーナリア先輩! 学園で一個下の学年だったんですが、僕の事知っていますか? あ、マリウスって言います!」

「あ……ごめんなさい、ちょっと知らなくて……」

「まぁ、そうですよね。あ、気にしていませんからお気にされず! 今年王城に配属されたんですが、魔法局に凄い綺麗な人がいるって聞いてて、それがルーナリア先輩で! 是非是非ご飯一緒に食べたくて。あ、ラウターテ嬢は僕の友達なんです。社交界で会って意気投合しちゃって」

「あ……はい……」

「いやぁ、希望した文官になれたんですけど、王城って思った以上に人が少ないですね。というか、ここにきてびっくりしました。各局への人件費とかってあんなにかかっているんですね。というか、この間の経費の支払い見てびっくりしましたよ。やっぱり領地経営と違って、桁が違いますねぇ」


滔々と話を続けるマリウスさんの言葉は、全然入ってきませんでした。

頭の中が半分真っ白になりながら何とか相槌は打つものの、最初の勢いに呑まれたまま口を挟むことも出来ません。


ふと目線を落とすと、そこにはいつの間にか空になったお皿がありました。

軽くため息を吐きながら顔を上げると、マリウスさんの後ろに座っている人とバッチリ目が合ってしまいました。

慌てた様子でその人は食事を始めたのですが、何故か周囲の皆に注目されているようで、あちこちから視線を感じ落ち着かない気分になってしまいます。


「あ、あの……私、そろそろ……」

「あの! それでですね! ルーナリア嬢はあまり社交界に行かれないと聞きました。勿体ない。僕と今度行きませんか?」


熱い眼差しを向けたマリウスさんが、ニカっと微笑みました。

紳士的な振る舞いを意識しているつもりなのかもしれませんが、見つめられて思わず机の下の両手を握りしめてしまいました。


「あ、あの、ですね……」


何とか断ろうと必死で話そうとした私の言葉を遮るように、マリウスさんがぐいっと腕を掴むと手を握ってきました。


「ルーナリアさんはまだ結婚を決めている相手はいませんよね? なら是非とも僕と結婚を前提にお付き合いしませんか?」


大きくどよめく声が聞こえてきました。

お兄様との結婚が許される2年間の期限まで後半年もないのですが、まだ公表する事は出来ません。王家側に最終的にお伺いを立てないといけないからです。

そのため、この場で結婚をする予定であるとハッキリ言えない状況でした。


握られた手を呆然としながら視界の端に映したまま、固まってしまいました。

ヒソヒソと何かを囁き交わす人たちを目にし、ハッとなり、何とか自分を奮い立たせます。


「あ、あの、せっかくのお話ですが……」

「では! また明日も食堂で一緒にご飯を食べましょう!」


私の手をぎゅっと握りしめてニカっと笑顔を浮かべたマリウスさんは、颯爽と帰って行きました。

後には騒めく周囲の人々と、放心状態でただ座っている私が残されました。


(……ど、どうしよう……どうすれば……)


もうすっかり姿の見えなくなったその空間を見つめながら、酷く泣きそうな気持ちになりました……

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