第33話 友情と成長 ②

(フェリシアには、私の想いを聞いてもらいたい……)


一度まつ毛を震わせるほど固く閉じて微かに息を吐くと、親友の瞳を真っ直ぐ見つめました。


「…………実はね、私が好きな人ってね…………アル兄様なの……」

「あ〜、やっぱそっか〜。この間会った時になんとなくそうかなぁって〜」

「……っ! ……フェリシア……凄い……私って、全然分かってない………周りが、全然見えてないね……」


一瞬息を呑むと、半ば呆然としたまま呟いてしまいました。

フェリシアが優しい眼差しを向けてくれているのを目にし、握り込んでいた指の力が緩んでいきます。


「いいんじゃない〜? ルーナリアは純粋で、そこが良いところでもあるでしょ〜?」

「……そうかなぁ。これじゃあ本当、子どもみたい……」

「あははは〜。ルーナリアは、もっと自分に自信もって〜」


フェリシアが笑いながら、深く俯いてしまった私の頭をぐしゃぐしゃとかき回しました。


「でも、私なんて……アル兄様の方が綺麗だし、魔法も凄いし、頭もいいし、何でも出来るし……」

「あぁ……あれだね〜。上が優秀すぎるのも考えもんだね〜。あれがずっと上にいたら、自分に自信なくなるかもね〜。でも、ルーナリアはすごく頑張ってるじゃん〜。えらいえらい」


苦い笑みを微かに浮かべながら、ゆっくりと髪の毛を整えてくれます。

学園時代と何一つ変わらないその柔らかい手つきを感じ、込み上げてくる想いを必死に抑えます。


「そうかな。……でも、そんなアル兄様を、ずっと好きで…………そんなの、おかしいって分かってるのに……そんな私なんて……」

「いいんじゃないのかな〜。例え『お兄様』でも、好きになる時はなっちゃうよ……」


フェリシアの自分の事のように受け止めてくれたちょっと切ないような笑顔を目にし、ぶわりと涙が浮かびました。


「フェリシア……ありがとう……話して、良かった……大好き」

「ふふふ……人を好きになるのに、理由なんて、ないよね……私もずっと……」


どこかフッとフェリシアが遠くに視線を向けます。

その何かに恋焦がれるような、でも何処か思いつめたような叶わぬ想いを秘めた眼差しを見た瞬間、言葉が口をついて出ていました。


「……フェリシアも、もしかして好きな人が……………オリエルの事が…………好き……?」

「……っ!」


一気に真っ赤になったフェリシアを、まじまじと見つめてしまいます。


「……フェリシア、可愛いね。そんな顔するの初めて見た……凄く凄く可愛い……」

「もう〜! そんな事、本当に可愛い人に言われたら恥ずかしいじゃん〜!」

「ふふふ。可愛いよ〜フェリシア〜」


耳まで赤くしているフェリシアを目にすると堪えられなくなって、ぎゅうぎゅうと大事な親友を抱きしめてしまいました。


「ふふふ、よく私の事を可愛いって言ってくれる気持ちが、すっごく分かった」

「うううう〜。は、恥ずかしいぃ〜……」

「…………私も、フェリシアにもオリエルにも、幸せになって欲しいよ……」


祈るような願いを込めて、柔らかな身体に回した腕に力を入れ、耳元でそう溢しました。


「ルーナリアめ〜! そんな可愛い事言ったら、襲っちゃうぞ〜!」

「きゃ〜! あははは、やめてフェリシア、そこくすぐったいよ〜!」


フェリシアに押し倒され、ぽすりとベッドに転がると、一緒にじゃれ合います。


「そうそう〜。自分がどう見られているか、正しく認識するのは大事だよ〜? ルーナリアはすっごく綺麗だよ〜? ほら、私も、この私の身体がどう見られてるか、ちゃんとわかってるでしょ〜?」

「ふふふ、本当、フェリシアは凄い」  

「ふふふ〜そうでしょ、そうでしょ〜」


わざとらしく艶かしいポーズをするフェリシアと目を合わせ一緒に笑うと、すっかり沈んでいた心もどこか遠くにいっていました。


(私も、いつまでも守られているばかりじゃダメだ……)


実の兄を愛している自分はおかしくて、どこか人と違うのだと追い詰めていて。それは結局、自分自身しか見えていなかったという事だった。

もっともっと視野を広げて考えるようになって、今度は、私が大切な人を守れるようになりたい──そんな想いを胸に、大切な親友に笑顔を送りました。


「フェリシア、これからもよろしくね」

「ふふふ、もちろん〜! ルーナリアのピンチの時に頼ってもらえて、すっごく嬉しかったよ〜」


ベッドのに転がって肩を並べると、まだまだ女子同士話は尽きることはありませんでした。





「フェリシア、ありがとう。朝すぐに出発だなんて……忙しいのに来てくれて、本当にありがとう……!」

「ぜ〜んぜん! こっちこそ凄い楽しかったよ〜。ルーナリアの家のご飯めちゃ美味しいし、さっきのパンも……サイコーで……」


うっとりしている様子のフェリシアに、持っていた袋を渡しました。


「我が家は毎朝焼きたてパンが出るから、凄く美味しいよね。これ良かったら今日の昼食にしてね。今からまた騎士隊の任務で結界領域に行くんでしょ?」

「マジで〜! ありがとう〜!」


満面の笑みを浮かべるフェリシアと目を合わせ、くすくすと笑い合いました。


「フェリシア嬢、本当にありがとう。お陰様でルゥナも元気になったみたいで……」

「いいえ〜。全然大した事してないので〜。……てか、そんな顔するんだ……」


フェリシアは大きな目を更に大きくしながら、隣にいるお兄様を食い入るように見つめます。

つられるように見上げた彼の笑顔の中には、少しだけ憂いが含まれていました。


「フェリシア……本当に、気を付けてね……」

「ふふふ。大丈夫〜、何かあったらそこの『晦冥(かいめい)の騎士』の『氷壁の冷徹』様が助けてくれるから〜」

「っ! フェリシア嬢……!」


ニヤリと笑ったフェリシアは、言い終わるや否や逃げる去るように駆けていきました。

一瞬の出来事に目を瞬きながら、その背中を見送ります。


(? 『氷壁の冷徹』って……? 前もなんか聞いたやつ……?)


顔を覆って大きなため息を吐くお兄様を視界の端に映しながら、馬車へと乗り込むフェリシアに手を振りました。


「フェリシア、本当にありがとう! 何かあったら私もすぐフェリシアの所に行くから、いつでも言ってね!」

「うんうん、ありがとう〜! あ、その時は横にいる『お兄様』も一緒に来てね〜。じゃないと、凍らされちゃうからね〜」


馬車の窓から大きく手を振るフェリシアの姿が見えなくなるまで、ずっとずっと振り続けていました。


「……行っちゃた………アル兄様、凍らせたりしないですよね?」

「……凍らせたりしない……」

「ふふふ。ですよね」


見上げたお兄様のどこかぐったりした様子を目にし、ついついクスリと笑ってしまいました。

彼はそんな私を目を細めながら見つめると、頭を優しく撫でてくれます。


「とにかく、ルゥナが元気になって良かったよ。フェリシア嬢に来てもらって、良かったね」

「はい! 本当に、フェリシアには感謝しても、仕切れないです……フェリシアが来てくれて、本当によかった……」


思い出に浸るように静かに呟かれた私の言葉を耳にしたお兄様は、少しだけ寂しそうな表情を浮かべていました。


「──アル兄様にも、いつもいつも感謝の気持ちでいっぱいです。いつも私を守ってくれて、ありがとうございます。それに……心配かけて、ごめんなさい」


どこか憂いを帯びた空色の瞳に真っ直ぐな眼差しを送ると、彼がハッと息を呑むのが分かりました。


(私が、もし逆の立場だったら、もっともっと思い悩んでた……目の前で告白されたオリエルの事で、私がこんなにも気を取られるのを見て、アル兄様は……)


お兄様の手を取ると、心からの笑顔を彼に送ります。


「アル兄様に辛い想いをさせてしまって、ごめんなさい……私、ずっとアルしか愛していないし、これからもアルのことしか愛せないと思います。だから、安心してくださいね」

「……ルゥナっ! あぁ、愛してる、ルゥナ……僕のルゥナ……ありがとう……僕はルゥナが元気に笑っていてくれれば、それでいいから……」


すごい勢いで抱きしめられてちょっとだけ苦しかったのですが、彼の想いを受け取るようにその身体に腕を回します。


(……私が、アル兄様を幸せに出来ますように……)


ずっとずっと渇望していたこの想いを叶えたいと、愛しい人をぎゅっと抱きしめました──

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