第32話 友情と成長 ①
手に持っていたフォークを力なく置きました。
「……ごちそう、さまでした……ごめんなさい、食べられなくて……」
残してしまった事が本当に申し訳なくて俯くと、なんだかじんわりと涙が込み上げてきてしまいました。
「ルゥナ、大丈夫? いいよ気にしなくて。それは僕が食べるから」
「ルーナリア、大丈夫? 祝賀会からずっと食事も減らしてるのに完食出来てないし……」
心配そうに私を見つめるお兄様とお母様に、曖昧な微笑みを向けます。
「大丈夫です……」
「……今日の夕方くらいに、ファシリア嬢が来てくれるんだよね? ルゥナは今日も明日もお休みだから、しっかりリフレッシュできるといいね……そんなに気落ちせずに……何かあれば僕にもすぐに言ってね」
「……ありがとう、ございます……アル兄様」
ふわりとした笑顔で頭を撫でてくれるお兄様の優しさに、ますます涙が溢れ落ちそうになってしまいました。
あれから彼はこうしていつもいつも、気遣うように声をかけてくれます。
(アル兄様に心配かけてしまってる……でも、オリエルの事で悩んでるのに……そんなの、相談出来ない……)
俯いてしまった私を見て、どこか気落ちした様子で小さく息を吐いたお兄様は、朝食の残りを食べていきました。
仕事に出かけていくお兄様をしぼんだ笑顔のまま見送ると、戻ってきた部屋のベッドにぽすんと転がりました。
「……結局、また人に頼ってる……本当、ダメな私だ……情けない……」
置いてあるクッションに顔を埋めながら、ぎゅっとしました。
そのまま、何も手に付かずぼぉっとしたまま天井を見上げたりクッションを抱きしめている私を、時折覗きにくるマーラも心配そうに見つめていました。
♢
「ルーナリア〜久々〜!」
「フェリシア〜っ!!」
フェリシアの顔を見るなり、堪えきれなくなってその身体に思いっきり飛び込んでしまいました。
「おぉ〜よしよし、相変わらず可愛いね〜」
フェリシアに頭を撫でてもらうとすぐにでも泣きそうになってきてしまい、そんな自分を抑えるかのように身体に回した腕に力を込めます。
「フェリシアさん、ルーナリアのお願いを聞いて、わざわざ来てくれてありがとう」
「あ、いいえ。伯爵令嬢の私なんかをお招きしていただいて、ありがとうございます」
「あらあらそんなに畏まらないでね。……今日は2人とも積もる話もあるでしょうから、夜も部屋で召し上がりなさいな」
お母様の言葉が耳に入ってきてようやくハッとした私は、慌てて身を離しました。
「お母様、ありがとうございます。……フェリシア、ごめんね取り乱しちゃって……今日は来てくれて本当にありがとう」
「あはは、いいよ〜そんなに思わなくっても〜。じゃあ、今日はよろしくお願いします」
「ええ、ゆっくり楽しんでね」
姿勢を正して格好良くお母様に挨拶をしたフェリシに少しだけ見惚れると、その手を取ります。
お母様の優しい眼差しを受けて微笑みを返すのですが、どうしても落ち込む気分から肩を落としてしまいました。
(出だしから、全然ダメダメだ、私……本当、情けない……)
一度軽く首を振ると、顔を上げてフェリシアと手を繋いで階段へと向かっていきます。
「私の部屋は2階にあるの。ゲストルームもあるんだけど、一緒の部屋で寝たいなぁって思って。いいかな?」
「いいよいいよ〜! そっちの方が楽しいし」
「ふふふ。良かった。ベッドも一緒に寝れるぐらいの大きさはあるから」
「へ〜〜! ……てか、さすがダネシュティ公爵家……広いね〜……」
フェリシアは大きな目をくりくりさせると、階段から吹き抜けになっている玄関ホールを見下ろしました。
「そう、なのかな……? 私、他を知らなくて……あ、あっち側に書斎があって、向こうにはアル兄様のお部屋があるの」
「うわ〜〜〜……」
「ふふふ。フェリシア、可愛い……ここが私の部屋です」
「わ〜〜〜! どれどれ〜。どんなお部屋か楽しみ〜」
扉を開けてフェリシアに入ってもらいます。
満面の笑みを浮かべながらキョロキョロと周囲を見渡していく姿を見て、今更ながらに少し気恥ずかしくなってしまいました。
(……そういえば、友達をお部屋に招くのって、生まれて初めてだ……)
少し頬を染めながらフェリシアの手を取ると、ソファへと案内して腰を下ろします。
「ルーナリアの部屋、凄い可愛いね〜! めちゃめちゃルーナリアの部屋って感じがする〜」
「え? そ、そうかな……? 何だか、恥ずかしい……ありがとう……今度、フェリシアのお家にも遊びに行きたいな」
「是非是非! うちは弟妹沢山だから煩いけどね〜。ルーナリア来たら大騒ぎしそう〜。あ、部屋こんなに広くないからね〜」
「フェリシアの弟さんや妹さんに会ってみたいな〜。可愛いよねきっと」
今目の前にいる親友と良く似た姿を想像して、頬がゆるんでしまいました。
「いやいや、可愛くないから〜。にしても、ルーナリアのお母さんめちゃくちゃ美人だね〜」
「ありがとう、フェリシア……実のお母様ではないのだけど……」
「あっ! そうだったよね!? ……なんか、聞いて良いのかな〜?」
「いいのよ、全然気にしないでね。私は赤ちゃんの時に実の家族を亡くしてしまった…『遠縁の子』で、その私を引き取って育ててくれたのが今の家族なの」
「そうだったんだ……。だから、あの『お兄様』とは、本当の兄妹じゃない?」
フェシリアに『遠縁の子』だと嘘をつく事に胸がチクリと痛む中、コクリと頷きました。
学園でたくさんたくさん話をしたのですが、『平等』を掲げていたためか、お互いこうして少し踏み込んだ家族の話をしたのは初めてです。
その後これがきっかけで
フェリシアの家族のこと。オリエルのお母様とフェリシアのお母様が親友同士だったこと。お母様とお兄様が良く似ていること。
(……学園時代も、こんな風にたわいもない事で笑い合ったりしたなぁ……懐かしい……)
フェリシアの笑った顔を、目を細めながら見つめました。
そのまま、今度はお互いの仕事の話で盛り上がり始めます。騎士隊の任務の大変さを聞いて驚いたり、逆に魔法局の仕事の精密さにフェリシアは少し顔を引き
「少しお邪魔いたしますね。今日はこちらで夕食をお召し上がりになられるとの事で……整えますから、少しお待ちくださいね」
「ありがとう、マーラ」
嬉しそうにしている様子のマーラは、手早く机の上に食事を並べていきます。
今日の夕食のメニューは、バターたっぷりのふわふわのパンに、
「うわ〜。ルーナリアの家のご飯美味しそう〜」
「ありがとう。私も我が家のご飯、大好きなの」
会話が途切れることなく食事をすすめていく姿が学園時代と重なって思え、ここ最近食欲が無かったのが嘘のように次々口に運び入れていきます。
「あ〜美味しかった〜。あっという間に全部食べちゃった〜」
「うん。私もお腹いっぱいだ」
全てのお皿がピカピカになっているのを目にし、何だか心もいっぱいになった気持ちになりました。
フェリシアと一緒に楽な格好に着替えると、仲良くベッドに転がります。
「さて。いよいよ本題だね〜。今日は何の話があったのかな〜」
クッションに可愛く顔を乗せたフェリシアが、いつもよりもずっと優しい声色と柔らかな眼差しで、そう問いかけました。
フェリシアにどう思われるか怖い気持ちはあるけれど、彼女には全て話したいし、聞いてもらいたい──
一度、手にしたクッションをぎゅっと握りしめます。
「……うん。実はね……オリエルの事なの……オリエルが私の事……ずっとずっと好きだったって……」
「あ〜。とうとう言っちゃったのね、あいつ〜」
一瞬、言葉を失ってしまいました。
「………フェリシア、知ってたんだ……私、私……全然気が付かなかったの……フェリシアも知って……私だけが……」
「ほら〜、私とオリエルは幼馴染だしさ〜」
「私、いつも…いつも、2人に守って、もらってて…でも、それなのに……気が付かなくて……」
そこまで言うと、堪えきれなくなった私の目から、ボロボロと涙がこぼれ落ちてきました。
「あ〜。もうほら、泣かないで〜。ルーナリアは、すっごく大事にされて育てられたんだね〜。ま、それは学園でもすぐに分かったよ〜」
「ごめんね……本当に、ごめんね……私、全然人の心が分からない子で、本当にごめんね……全然気が付かないバカで、本当にごめんね」
頭を撫でてくれる柔らかな手から伝わる温もりで、ますます頬が濡れていきます。
自分しか見えていない矮小な人間なんだと思い知らされた気がして、思わず目を伏せてしまいました。
「え〜! ちょっとルーナリア〜! それ思い詰め過ぎでしょ〜。考えすぎ。あはは、本当ルーナリアって真面目だよね〜。ふふふ、でもその何でも一所懸命で真面目で純粋な所が、私もオリエルも好きなんだよ〜」
にこにこと笑ったフェリシアが、私の肩を優しく抱き寄せてくれました。
何もかも包み込んでくれるような温かくて柔らかい身体に、腕を回します。
「……私も、2人の事が、本当に大好き……」
「ほら〜、そう言う所、本当可愛いよね〜。よしよし〜」
誰にも言ったことのない私の想いを、聞いて欲しい──甘えてしまう自分自身を自覚しながら、一度目を閉じると胸の内をそっと開きました。
「…………フェリシア……あのね、私ね…………ずっとずっと好きな人がいるの……」
「……うん、知ってたよ」
「…っ……! 知ってたの!?」
「あ〜、なんとなくだけどね〜。──オリエルも、知ってたよ……」
「っ……!!」
穏やかな眼差しのままのフェリシアを、言葉を失ったまま見つめました。
先日の祝賀会で会ったオリエルとの会話が、鮮明に蘇ってきます。
(……オリエルは、分かっていて、私に言ってくれたんだ……私は、そんなことも知らなくて……)
オリエルの本当の優しさと想いに気付かされ、止めどなく落ちてくる涙を抑えることが出来なくなりました。
「……オリエルは、私に幸せになれって言ってくれた……それなのに私は……気が付いていなくて……本当に、人の心も優しさも分からない……こんな自分、本当に嫌だ……」
「そんなに気に病まなくていいんだよ〜。こればっかりは、しょうがないでしょ〜」
全てを承知しているような表情を浮かべているフェリシアが、濡れた頬を拭ってくれました。
「でも……」
「ルーナリアは、そうやって今ちゃんとあいつの気持ちを理解したんでしょ? それで十分だと思うよ〜。キチンと受け止めて貰えたらいいんだよ……あいつは、それに私も、ずっとルーナリアの事気になってた。……今、ルーナリアは幸せ?」
「…………うん……幸せ、だよ……」
優しく微笑むフェリシアに、小さく、でもハッキリと頷きました。
こんな私が幸せになっていいのだろうか、とふと心によぎったのですが、間違いなく今の自分は幸せだと思うことが出来ています。
お兄様の結婚の事で思い悩んでいた頃は、そこばかりに心が囚われていました。
でも、今家族や親友たちの優しさに気付く事ができて、そして幸せだと思う事が出来ている──
(……それは、本当に、本当に、皆のおかげ……)
フェリシアは大きく息を吐くと、大きな大きな笑みを浮かべました。
「良かった〜……! ルーナリア、今、幸せなんだね。……学園にいるときは、ずっとずっとどこか辛そうだったから、ずっと心配してたんだ。──なんか、いっつもスゥッて消えていっちゃいそうでさ」
大きな目を細めたフェリシアの眼差しは、まるで我が子を見つめる母親のような慈愛に満ちたものでした。
「……フェリシア……ありがとう。そんなに、心配かけてたんだ……私、フェリシアとオリエルがいたから、生きていられたと思う……2人には本当に救われたの……本当に、ありがとう……」
ぎゅっと目を閉じると、ぽろりと最後の雫が落とされました。
頬を伝う温もりから大好きな親友たちへの感謝を感じながら、そのままフェリシアと肩を寄せ合うと、ふわふわと心が暖かくなりました。
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