第31話 オリエルの真意 ② sideアルフレート
国王陛下へ直接挨拶をし祝辞を述べる事が出来るのは、陛下から選ばれた信の厚い家のみだ。爵位の高い者達から順に挨拶をして祝辞を述べ、選ばれなかった者たちは王城の広間で
今日は領地から出て来ている貴族も多く、王国のほぼ全ての貴族が揃うといっても過言ではない集まりとなっている。
陛下への挨拶は簡単なもので終わり、すぐに部屋を出て広間に向けてルゥナの手を取り歩む。
父上も僕も陛下にはいつもお会いしているから今更な事でもあるので、陛下も頷くだけですぐに終わってしまった。
しかし、陛下のルゥナを見る目が少し気になり、僅かばかり持った手を強く握りしめてしまう。
広間に入るとやはり注目された僕たちは、多くの視線を一斉に受けた。
値踏みするような目線を受け、少しだけ隣に並ぶルゥナの前に出るようにする。
「(……あれは、ダネシュティ家の……)」
「(……珍しい事ですね。最近はちっとも出てこられないのに……)」
「(……まぁ、さすがに今日は出てくるさ。何せ親子揃って国王陛下のお気に入りだ……あれは……ダネシュティ家の、娘……?)」
「(……あぁ、どうも遠縁の子らしい……あんなに美しいとは……)」
皆が入場する僕たちを遠目に見ながら、ヒソヒソと何事かを囁き交わしあっているのが分かり、ルゥナをチラリと見た。
「ルゥナ、大丈夫?」
「はい、大丈夫ですアル兄様……今日はこんなに人が大勢いるのですね……」
「気にするな、言わせておけばいい。……さぁ、今日はまず父上と踊る?」
「はい!」
にっこりと笑って父上の手を取るルゥナを見送ると、母上が傍に来た。綺麗な笑みを浮かべる姿はまだまだ美しく、周囲も目をやっている。
「アルフレートは踊らないの?」
「僕はルゥナ以外と踊る気はありません」
「あら、貴方一応独身なんだから、他の令嬢たちを楽しませてあげるのも紳士の役目ではなくって?」
ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべる母上を見て、僅かに憂鬱な思いを顔にのせてしまう。
「……はっきり言って、もう懲り懲りです」
周囲に聞こえないように、ぽつりと母上に自分の思いを漏らした。
遠巻きにしている令嬢たちの群れが、さっきから僕にチラチラと送っている目線を見ないようにする。
ウィルダとの一件以来、正直他の令嬢たちにはもうウンザリだった。
僕が誤った選択をした事が1番悪いのだが、ウィルダのニセの手紙は筆跡までも僕に似せた
おまけにウィルダと結婚した後に出席した社交界で、直接間接問わず愛人にして欲しいと頼まれる事も多々あった。
気に入った男を手に入れるためには、何でもする。
そんな令嬢達に少しでも気を持たせてしまったら、下手をしたらルゥナが何をされるか分かったものではない。
金輪際、そんな令嬢たちとは関わりたくないと心に決めていた。
「あら、そうなの……まぁ、上手くやりなさい」
「ははは。そうですね。ご指摘ありがとうございます、母上。──では、僕と踊ってくれますか?」
綺麗な笑顔を浮かべながら、母上に向けてワザと大袈裟に手を差し伸べた。
「アルフレート……貴方がそんな風に気障ったらしくするの、好きじゃないわ」
「知っています」
差し伸ばした手を渋い顔で取って踊り出した母上だったけど、フロアに出ると楽しんでくれているようだった。
昔から変わらないその笑顔を見て、僕の頬も緩んでくる。
結局のところ尊敬している母上が、こうして外面ではない笑顔を見せてくれると、僕も嬉しい気持ちになる。
これからもっとしていかないと、と思いながら母上に笑顔を向けた。
父上とのダンスが終わったルゥナを目にし、間髪入れずに次の踊りに誘った。他の男たちはやはりルゥナを狙っているようで、多くの視線に彼女の姿を晒さないように、ぴったりと寄り添いながらフロアに躍り出た。
「ルゥナ……ダンス上手になった?」
僕にしっかりと身を寄せてダンスを踊るルゥナに、胸の鼓動が高鳴った。
愛する人の存在をより近くに感じ、心は喜びでいっぱいになり笑顔が溢れでる。
「あ……はい。学園でちょっと教わりました」
ルゥナが微笑みながらそう言った瞬間、あの男の顔が浮かんでしまい僅かに表情を固まらせてしまった。
今日来ていたあの男の姿は、見逃していない。
心がざわざわとするのが抑えられなくなるが、今はルゥナとのこの時間を大切にしたい。
そう思い気持ちを切り替え、再び笑顔を浮かべて腕の中にいる彼女を見つめる。
ルゥナとのダンスは、いつも瞬く間に終わってしまう。
名残惜しい気持ちで戻っていると、誰かがこちらに向かってくる気配を感じ、咄嗟に腰を優しく持って隠すようにした。
「ルーナリア…!」
「オリエル!」
呼ばれた途端僕の腕から逃れるルゥナに、若干心が抉られた。
声をかけてきた相手に思わず心で舌打ちをしたが、振り返ったオリエルの目を見て、全てを悟った。
「約束だろ。ルーナリア、一緒に踊って欲しい」
「どうしたの? オリエルってばそんな、改まって……じゃあ、よろしくお願いします」
チラリと僕を見上げたルゥナに頷くと、彼女はオリエルの手を取った。
2人がフロアに躍り出るのを見送っていると、気配を隠しながらやってきた母上がそっと隣に並んだ。
「アルフレート、いいの貴方? あの子、ルーナリアに求婚した子じゃない?」
母上は周囲に聞こえないように、囁くように僕に話しかけてきた。お互い視線はフロアで踊るルゥナとオリエルに固定されたままだ。
「さすが母上、相変わらず抜け目がないですね。……まぁ、今日で最後でしょう」
「……アルフレート……容赦ないわね相変わらず……本当、誰に似たの…?」
どこか顔を引き
『母上、容赦ない所は、間違いなく貴方です』
「アルフレート?」
口読術もある程度出来る母上の視線がこちらに向いていないのをいい事に言ったが、本人の前では決して言ってはいけない。
僕を見つめる母上に、にっこりと笑顔を浮かべる。
「僕は、母上を尊敬していますからね」
心底思っている言葉を、疑ったような目を向ける母上にそっと囁いた。
オリエルとのダンスが終わると、ルゥナの手を取ってすぐに会場を抜け出し、そのまま帰宅するために馬車を止めてある場所へと向かった。
ルゥナが他の男たちの注目を浴びてしまい、これ以上長居するのは得策ではないと踏んだからだ。
人が通らない抜け道を通って王城を抜け出していると、後ろから誰かが追いかけてくる気配がした。
「……ルーナリアっ!」
予想通り、振り返った先にいたのは、先ほどルゥナと踊ったオリエルだった。
「オリエルっ! どうしたの?」
「…はぁ……あんさ、最後に言いたい事あってさ……」
「……どうしたの? 最後って……」
どこか必死な形相のオリエルの言葉を耳にしたルゥナは、顔を青ざめさせた。
小さくて柔らかな手を離すと、そっとその背中を促してオリエルの前に立たせ、己の気配を消した。
「あ、いや、言い方悪かったよ。……えっと、今、幸せか?」
「え?……うん、幸せ、だよ……あの、なんで……」
「良かったよ! 学園でいっつもどこか暗い感じがあったからさ。ずっと気になってた……俺、ルーナリアの事、ずっとずっと好きだったんだ……」
オリエルは真剣な眼差しで、ルゥナの目を真っ直ぐに見つめながら、告白した。
その言葉に息もつけないほど驚いたルゥナは、彼の気持ちには全く気が付いていなかったのだろう。
その後、酷く動揺したようにその身体を小刻みに震わす姿に、思わず声をかけそうになる。
だけど、今はまだオリエルの場だ。そう思った僕は、差し伸ばしそうになった手を下ろした。
「そんな……私、全然……」
ルゥナは可哀想なほどその顔を青白くさせ、呆然とした様子でオリエルをただ見つめた。
「あぁ! ルーナリアが気が付いていないのは知ってた。だから、気にするな。俺はこれが言いたかったんだ。──ルーナリアが、幸せならそれでいい。……幸せになれよ!」
「オリエル……」
にっこりと笑顔を見せるオリエルの言葉を聞き、ルゥナの目からはらはらと涙が溢れ落ちた。
「あ、後、俺たちの関係を別に終わらせようって訳じゃないから。これからも友達でいてくれよな! じゃ、時間取らせたな」
くるりと身体の向きを変え、走り去ろうとするオリエルの前に素早く移動する。
「オリエル・ドラゴシュ。学園でルゥナを守ってくれた事、感謝する……ありがとう」
僕の言葉に小さく頷いたオリエルの瞳は、僅かに揺れていた。
頬を濡らしてたまま立ち尽くすルゥナの傍にいくと、優しく包み込んだ。
一瞬、きゅっと身体を硬くしたけど、僕に縋り付くようにもたれ掛かると、声を上げずに泣き続けた。
ルゥナを抱きしめながらふと見上げた夜空には、まるで爪で引っ掻いた後のような、細い細い繊月が浮かんでいた──
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