第22話 魔法局 ①
「とうとう今日から……」
部屋の窓を大きく開け朝日を浴びながら、一度大きく深呼吸しました。
チラリと、準備してあった紫紺のローブを目に映します。
「ルーナリア様、おはようございます。珍しいですね、こんなに早くからもう起きられているなんて」
控えめにノックをして入ってきたマーラが、少しだけ驚いたように目を軽く見張りました。
「……確かに朝がちょっと弱いけど、そんな寝坊とかしてないじゃない〜。さすがに今日は、なんか早く目が覚めちゃって……」
「ふふふ、そうですね、そうですね。今日から魔法局でお勤めですもんね。では、お支度しましょうね」
優しく笑うマーラに促されて、鏡の前に静かに座ります。
その手の動きに身を任せると、今日から始まる新たな生活に胸をドキドキさせました。
王命とは言いながら、結局は希望通り、魔法具や魔法薬の研究や開発をしたりといった様々な事を行なっている『魔法局』で働くことになりました。
騎士隊の魔物殲滅の任においても色々な道具が役立っているらしく、重要な局だとお兄様に教えていただきました。
ですが、私の場合は
詳しい事情を絶対人に話すわけにはいかないのですが、フェリシアとオリエルだけには魔法局で働くことになったと手紙で連絡しました。
オリエルには『結婚就職』のお断りと、感謝の言葉をたくさんたくさん書きました。
詳しく話せない事を本当に心苦しく思いながら……
「アルフレート様と一緒に行かれるのですよね? 良かったですね、ルーナリア様」
「うん。アル兄様は、優しいから……」
少しだけ頬を染めてしまった私を微笑ましそうに見つめたマーラは、そのまま髪にリボンを結んでいきます。
魔法局は王城の敷地内にあるため、慣れない場所で初めて勤める事になる私を心配したお兄様が、お互いの勤務時間が合う時は一緒に行って帰ろうと提案してくれたのです。
それだけではなくて、なるべく一緒の時間を過ごしたいから、と言われた時は喜びで胸を震わせてしまいました。
「さぁ、出来ました! 頑張ってくださいね、ルーナリア様」
「ありがとう、マーラ! いってきます……!」
王城へと向かう馬車の中で、両手をきゅっと握りしめたままの私を、お兄様が心配そうな眼差しで見つめています。
「……ルゥナ、大丈夫?」
「…大丈夫です。私ももう子どもじゃないですから」
にっこりと笑いかけたものの、少しだけ顔が強張ってしまったのを鋭いお兄様は見逃しませんでした。
私の隣にサッとくると、頭を優しく撫でてくれます。
「……無理しなくていいから……そもそも、他の卒業生はまだ働いていないんだから、本当に無理なら僕に言うんだよ。時期だけでも他の生徒と同じようになるように、王家へ交渉するからね」
柔らかく微笑むお兄様でしたが、その言葉の最後で僅かばかり瞳が凍てつきました。
『王家と交渉』というとんでもない事をサラリと言う姿を、言葉を失ったまま見つめてしまいます。
お兄様なら何の問題もなく実現してしまいそうで、その能力の高さに少しだけ慄いてしまいました。
(こういう所は、お父様と似ている、のかな……? でも、私のために……)
彼からの想いがとても嬉しくて、何だか心が軽くなったように感じました。
「ありがとうございます、アル兄様……これが結婚のための条件なので、頑張ります!」
愛しい人との結婚をちゃんと王家に認めてもらうために、学園での経験もちゃんと活かしていこうと、気持ちを新たにしました。
「ルゥナ……可愛い……愛してる」
お兄様は耳元で囁くと、啄むようなキスをしてきました。
真っ赤な顔のまま、大好きな澄んだ空色の瞳と視線が重なります。
「アル兄様……ありがとう……大好き……」
微笑みながら、お兄様の身体に身を寄せました。
愛を貰う事でこんなにも力が湧いてくるのだと思いながら、彼の温もりをもっと感じようと擦り寄ります。
「はぁ……こんなに可愛いルゥナが1人で働くなんて……ローブのフードずっと被ってて欲しいな……」
「え!? それはさすがに難しいですよ、アル兄様……」
頭の後ろにあるフードへと向けられたお兄様の視線を感じ、驚きながら羽織っているローブの胸元を軽く引っ張りました。
魔法局で働く者はその身分を示すために、衣服の上から支給された紫紺のローブを着用します。
そのローブにはフードが付いているのですが、これを被ったまま王城内をウロウロするのは別の意味ですごく目立ってしまうはずです。
「……まぁ、そうだよね……」
あまり納得していないような様子で私の顔をジッと見つめたお兄様は、大きく息を吐くと脚を組みました。
その反動で、帯剣がカチャリと音を立てました。
屋敷ではあまり見たことの無かった漆黒の隊服を身に
生え抜きのエリートで構成された近衛隊は、その隊服姿から『晦冥(かいめい)の騎士』と呼ばれていて、王国民から絶大なる人気を誇っているのです。
「……はぁ、しょうがない、か……本当は僕が王城内を案内したい所だけど、今日は視察に向かうステファン様の護衛があるから僕は王城にいない。とにかく、何かあったら父上を訪ねるなりして、絶対に知らない人にはついて行かない事! いいね!」
「は、はい……あの、大丈夫です。ちゃんと分かってます」
怖いぐらい真剣な顔をしたお兄様に、深く頷きました。
昨日から何度も何度もこの注意を述べてきているお兄様の真意がイマイチ分からず、若干戸惑ってしまいます。
(屋敷を出たことないっていっても、学園生活もちゃんと送れてたし……それに、知らない人について行かないって……私、そんなに子どもっぽいのかなぁ……でも、王城は色々な人がいるし、心配かけちゃダメだ……!)
心に刻み込むように両手をぐっと握りしめると、王城で勤める者専用の東門が窓から姿を現しました。
馬車を降りると、辺りにはすでに沢山の人々が行き交っていて、少しだけ圧倒されてしまいました。
王家に仕える貴族は勿論、その貴族の御世話をしたり下働きの仕事をする平民も出入りする王城は、朝から忙しなく動いています。
国王陛下が執務を行い関係局が支えている、ここはまさに国の中枢部なんだと、息を呑みながら周囲を見渡していきました。
「魔法局まで送ろうか?」
「大丈夫です、アル兄様。昨日の夜も位置を再確認しましたので。ありがとうございます」
心配そうな眼差しを向けているお兄様に、大きく笑顔を見せました。
王城の広大な敷地の中には、魔法局や騎士隊の宿舎や鍛錬場、そしてちょっとした森があったりします。
頭の中に、王城の北東部に位置する少し離れた魔法局の地図を浮かべると、小さく意気込みました。
「アル兄様、いってきますね!」
「ルゥナ、頑張って……」
お兄様に手を振ると小道を北に向かって進んで行きます。途中振り返ると、まだ立ったまま私を見送ってくれていました。
最後の曲がり角で振り返って手を振ると、彼も笑顔で振り返してくれました。
口元をほころばせながら、軽くなった足取りで少し小さい建物を目指します。
「……ここだ……」
扉の前で一度大きく深呼吸をします。
……コンコン……
「……失礼します」
「お〜! 君が新人さんだね! 良く来てくれた!」
入った途端、ほんわかした雰囲気の、髪もほんわかして所々跳ねている男性が出迎えてくれて、部屋の奥へと案内してくれました。
「……あ、あの、今日からお世話になります。ルーナリア・ダネシュティです。よろしくお願いします」
とても緊張しながら丁寧にお辞儀をして見上げると、魔法局の皆様は大きな拍手をして笑顔を浮かべながら口々に歓迎の言葉を述べてくれました。とても良い人が多そうだと感じて安堵で胸を撫で下ろすと、用意されていた机へ向かいゆっくりと座ります。
最初に歓迎してくれたほんわかした男性が、気さくな笑顔で私の方へとやってきました。
「ミハイ・ケントニスです。ルーナリアちゃんの教育係になったから、今日からよろしくね」
「は、はい! ミハイ先輩、よろしくお願い致します」
「あはは、そんな固くならなくていいよ。じゃあ、早速色々やってもらう仕事の説明をしていくから」
「は、はい!」
カバンから慌ててメモを出すと、教えていただいた事を書き留めていきます。
1番下っ端の私は、まずは書類や魔法具なんかを届けたりする仕事につくそうです。王城内の配置や人を覚えたり、色々な部門がどういった仕事をしているのか、学ぶ事は沢山ありそうだと唾を飲み込みました。
「とまぁ、一通りざっくりと説明したけど、経験も大事だから、おいおい慣れていこうね」
「あ、ありがとうございます」
「で、ここからが一番大切な仕事になるから。ちょっとこっちに来てね」
「は、はい、分かりました」
すぐ隣にある共有の大きなテーブルの上に、何か沢山置かれていて、その中にキラキラと光っている物体がいくつかありました。
「これは、
「
ミハイ先輩は嬉しそうな顔をしながら、光る
屋敷にも色々魔道具がありますが、初めて目にした私はその神秘的な輝きに目を奪われました。
「魔法具には全て核(コア)があって、そこに魔力を注いで動力としているんだ。ルーナリアちゃんにしてもらいたいのは、この核(コア)への魔力注入。各所にこの核(コア)を格納(ルーツ)してあって定期的に交換してるんだけど、王城だけでなくて王都中の灯りや火源を支えてるってわけ。
とても満足そうな笑みを浮かべているミハイ先輩のその言葉を聞いて、役に立てるのだと胸を熱くさせてしまいました。
「これは、ここにこう魔力を注いで…分かる?」
「あ、はい! 分かります!」
「注ぎすぎたら暴発してしまうから、注意してね」
「は、はい……」
少し緊張しながらも、ゆっくりと確実に魔力を注いでいきます。
「あ、あの……これでいいですか?」
「もう出来たの!? すごい早いね〜。うんうん、魔力の質もいいし、ルーナリアちゃん来てくれて本当助かったよ」
「ありがとうございます!」
「ルーナリアちゃん、そろそろお昼にしようか」
「あ、分かりました!」
作業を一旦中断して自分の机に戻ると、カバンの中からお弁当を取り出していきます。
王城の中には学園みたいに食堂のようなものがあったり、皆で食べれるスペースもあったりして、中には屋敷から給仕を呼んで手配したりする人もいるらしいのですが、私にはどれもまだハードルが高すぎました。
「あれ? ルーナリアちゃん食べに行かないの?」
「はい、まだちょっと慣れるまでは……なので、今日は持参してきています」
「あぁ、まぁそうだよね。今度一緒に食堂行こうよ」
「ありがとうございます」
残念そうな顔をしたミハイ先輩に小さくお辞儀をすると、昼食を並べていきます。
今日のメニューはハムとチーズを挟んだホットサンドとスープで、唯一の得意の火魔法で温めます。
あつあつのホットサンドから、挟んだチーズがとろとろと溢れ出していて、食欲をそそる香りにお腹が小さく鳴ってしまいました。
「いただきます〜!」
とても美味しかったお昼ごはんを終えると、引き続き魔力を注ぐ仕事をします。
慎重に、暴発しないようにゆっくりと、かつ手際よく、コツを掴むまでは結構かかったのですが、どんどんと並べられた
(よし……だいぶ、慣れてきたかな……)
また一ついっぱいになって煌めく輝きを持った
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