第20話 条件達成とその後 side アルフレート
『
まさか、ルゥナが僕を愛し求めてくれていたなんて……
やっと、やっと、自分の半身を取り戻したかのようなこの幸せに、僕は魂を震わせた。
この喜びを。
この気持ちを。
──言葉にすることなんて、出来ない。
はやる気持ちのまま、腕の中にいる温もりを大切に大切に抱え込みながら、最大限の速度で飛行魔法を行使していく。
母上からの条件を達成した今、すぐにでも両親へ報告してルゥナに来ている縁談を取り止めさせ、僕と結婚できるように動かなければならない。
10歳の時は仕方がないと諦めたが、もう2度と後悔するつもりはないし、ルゥナの気持ちを知った今絶対に彼女を手放すつもりはなかった。
決して離すまいと愛しい人を強く抱きしめると、全てが満たされていく思いに駆られた。
僅かに身体をモゾモゾさせたので、きっと照れているのだと判断して、それがまた可愛くて堪らなくなって、彼女のおでこに口付けをする。
「あ、あるにい、さまっ……!」
「ルゥナ、可愛い」
黄金色の瞳を揺らしながら顔を真っ赤にするルゥナは、この世の何よりも可愛かった。その瞳を見つめるだけで、泣きそうなほどの喜びで胸が締め付けられてくる。
やっと、やっと、手に入れる事ができたんだと実感して、腕の中のルゥナが愛おしくて堪らなくて、彼女のその華奢な身体に回した腕に更に力を込めた。
今まで以上にドロドロに甘やかして、可愛いルゥナを沢山見なければと決意を秘めていると、屋敷の灯りが見えてきた。
バルコニーにルゥナをそっと降ろして飛行魔法を解除すると、身体の重さを感じた。
髪を整えている彼女の方を向くと、小さなその手を取る。
「アル兄様? どうしたのですか?」
「これから皆で話をしないといけないからね。おいでルゥナ」
僕の方をキョトンとした顔で見上げる、ルゥナの真っ直ぐな眼差し。取った手を嬉しそうにしながら、ぎゅっと握りしめてくれる純真さ。
その全てが愛らしくて可愛くて、そんな彼女を心から愛おしく想った。
繋いだ手からルゥナの温もりを感じ、彼女が僕の隣に
こうして歩くだけで弾む心を抑えきれず、僕はにこにこと満面の笑みを浮かべた。
世界が色付いて見えるのも、心からの笑顔になれるのも、ルゥナがいればこそだ。
この時間なら2階のプライベートルームで2人で話をしているに違いないと思い、やや足早に向かう。
部屋へと入ると、手を繋いだ僕たちを見た途端、父上も母上も酷く驚いたような顔をした。
特に母上は、信じられないようなものを見るかのように、繋いだままの手をまじまじと見ている。
「母上、条件は達成しました。ルーナリアが僕の事を愛していると言ってくれました。──僕の勝ちですね」
「……っ! 嘘っ! ルーナリア、貴方、アルフレートが実の兄だと……」
母上は驚愕のあまり声を荒げながらルゥナに詰問した。
感情が
「……私が、アル兄様と血の繋がりがない事は、知っていました……」
「まさかそんな……」
その言葉を聞いた途端顔色を悪くさせた母上が、身体を一度大きく震わせた。
母上の様子を目にしたルゥナが、気遣って駆け寄ろうと僅かに身体を反応させたので、引き留めるように繋いだ手をぎゅっと握りしめた。
今は母上ではなくて僕の傍にいて欲しかった。
ルゥナからまだ詳しく聞けていないのだが、精神干渉という闇魔法の使用を仄めかした。
それはつまり、自分がこのダネシュティ家の人間ではなく、
「僕が自らバラしたわけではないから、ルール違反はしてませんよ」
「……ルーナリア……貴方、本当にアルフレートでいいの?」
咎めるような目つきで見てきたその目線と物言いにムッとしてしまった。僕以上にルゥナの事を愛している人間は、絶対にいないと思いながら、ついつい冷たい眼差しを母上に返してしまう。
「あの……私は、アル兄様が、アルフレート様がいいです……愛しているので……」
「ルゥナ!」
顔を赤らめて照れながらそんな可愛いことを言うルゥナを、思いっきり抱きしめた。
ルゥナの華奢な身体から温もりを感じて、歓喜で胸がいっぱいになる。
「うぅ……ルーナリアの気持ちに気が付かないなんて……母親失格だわ……」
「アナベラ、そんな気落ちせず……」
母上は酷く落ち込んだ様子で顔を深く伏せると、ブツブツと何事かを呟き続ける。
真面目で、ルゥナの事を心から愛している母上にとって、とてもショックな出来事なのだろう。隣に立っている父上が、母上の背中を優しく撫でながら必死に励ましていた。
「じゃあこれで結婚できるね」
満面の笑みを浮かべながら、ルゥナの顔をじっと見つめた。美しい黄金色の瞳は、いつまで見ても見飽きることがない。
「えっ!? 私アル兄様と結婚できるんですか!?」
飛び上がるほど驚きながら発せられたその言葉を聞いて、ぴたりと動きを止めてしまった。
僕と結婚するつもりはないのだろうかと、彼女の真意が分からなくて軽く思考が停止してしまう。父上も母上も、
「ちょっと、ルーナリア、どういうこと? 何で結婚できないなんて……というか、ルーナリア! 貴方アルフレートと血が繋がっていないことをいつから知っていたの?」
母上は完全にパニックになっているようで、矢継ぎ早にルゥナに詰め寄ってきた。
「……すみません……15歳の時、お父様の書斎に忍び込んで、国王陛下からの書簡を読んでしまいました」
「……っ!! あそこは魔法で防壁をしていたはずだ!」
ルゥナの衝撃の発言に、母上だけでなく父上も血相を変えた。
己が精神干渉を行使したと思っていたということは、ルゥナは既に何かしらの闇魔法を行使したことがあると確信していた。
そのため当時の状況をすぐさま理解したのだが、15歳でしかも独学であの防壁を破った魔法の行使力に驚きを隠せなった。
「……はい。私がそれに
「っ! ルーナリア、貴方っ!!!」
予想通りの説明でやはりと納得した僕とは対照的に、母上は今にも倒れそうな程酷く青ざめた顔をしてルゥナを見つめた。
「お父様、お母様、大罪人カーティス家の娘である私を育ててくれて、本当にありがとうございます」
ルゥナは僕から離れると、父上と母上に向かって深々とお辞儀をした。
そんな昔から自分が血の繋がらない娘だと知っておきながら、何も変わらず過ごしてきたルゥナの心の内を思うと、胸が苦しくなってくる。
「まさか、知っていたなんて……」
「お母様、ごめんなさい……」
今にも倒れそうなほどふらふらの母上に、ルゥナは慌てて駆け寄り支えるように傍に立つと、申し訳なさそうな顔を向けた。
ルゥナは、父上と母上が本当の両親ではないと15歳の時から知っていたにも関わらず、常に家族に寄り添ってくれる。
その愛のある心に、改めて胸を打たれた。
「いいのよ。……いいの、大丈夫……」
「あの、ですから……大罪人の娘である私が、名家であるダネシュティ家に嫁いでいいのかな、と……それに、カーティスの血筋を入れて良いのかと……」
母上の背中を優しく撫でているルゥナを見て、彼女が何が言いたいのかが分からなくて若干混乱してしまった。
「ルゥナは、僕と結婚しなくて、どうするつもりなの?」
「え……? えっと……側室、とかでしょうか?」
その言葉を耳にしたその場の全員が、固まった。
目を見開いたまま気絶しそうな勢いの母上を、慌ててルゥナが支え直した。
おそらくルゥナは、世継ぎの関係で側室を持つ貴族がいることを知っていたのだろう。愛妾の存在までは知らないだろうから、せめて愛妾になると言わなくて良かったと心底思った。
それを母上が耳にしていたら、間違いなく気絶していただろう。
「……ルゥナ、僕は君と逢った瞬間から、ずっとずっと君と一緒にいたかった。ウィルダとの事でよく分かった。もうルゥナ以外と結婚するつもりはないよ」
僅かに揺れるルゥナの黄金色の瞳を、真剣な眼差しで見つめる。
僕の言葉を聞いた途端、僅かに戸惑いを残しているもののその瞳は輝いた。
もう2度と誤りを犯すつもりはない僕は、ルゥナ以外の人間と結婚するつもりなどなかった。
父上と母上には悪いが、王家からの許可が得られないのであれば、ダネシュティ家は遠縁からでも養子を貰う事にしてもらおうと考えていた。
「大丈夫、王家からは許可を取ってあるよ。国王陛下にはもう伝えてある。条件を元に、2人の結婚の許可は得ている」
「父上!?」
「お父様!?」
「ヘリオス!?」
その場の全員が、その存在を少し忘れかけていた父上の驚くべき発言に目を見開いた。
「3ヶ月前に、アナベラとアルフレートの会話を聞いてから、そのまますぐに許可を求めに行ったんだ。偉いぞアルフレート。お父様は、別の男にルーナリアをくれてやるぐらいなら、うちの嫁にしたいからな」
父上はニヤリとした笑みを浮かべながら、僕に向かって大きく頷いた。
サラッとした口調とあっさりとこなすその用意周到さは、さすが国王陛下の懐刀と言われるだけはあると、改めて感心してしまう。
父上もルゥナの事を他の男の元へ嫁がせる気がなかったと知って、大きく安堵した。
「……お父様……こんな私でも、いいのでしょうか? ダネシュティ家にとって迷惑では無いのでしょうか?」
僕たちを気遣うルゥナは、嬉しさよりも心配が優っているのだろう。その顔が少しだけ憂いを含んでいた。
「迷惑というなら、そもそも君を引き取って育ててないよ」
父上に優しく頭を撫でられながらその言葉を聞いたルゥナは、軽く目を見張ると澄んだ瞳からポロポロと涙を流した。
「ヘリオス、あなた……どうして? ルーナリアの気持ちを知っていたの?」
「いや、勿論知らなかったよ。だけど、アルフレートはアナベラ、君の子だからね。絶対に君からの課題をクリアすると思っていたよ」
ルゥナは頬を濡らしながら、にっこりと父上に向かって笑顔を向ける。
「お父様、かっこいいです……大好きです」
その泣き顔に見惚れてしまった。ルゥナの瞳から落ちる雫はとても清らかで、容姿だけではなく、その魂の在り方全てが美しかった。
──これで僕たちは、ずっと変わらずに家族のまま一緒にいられる。
ルゥナもそんな幸せを想ったのか、涙を溢しながらそれはそれは美しい微笑みを僕たちに向けた。
「お父様、お母様、アル兄様。私を本当の家族にしてくださってありがとうございます。これからも、よろしくお願いします」
「……ルーナリア……そんな……貴方は、ずっとずっと、私たちの家族だったのよ……」
「お母様……」
「アナベラ……そうだね。それに、これからもだ……」
肩を小さく震わせ涙を流す母上をそっと抱き寄せた父上も、頬を濡らしていた。
もう絶対に、どこにいても、どこだろうとも、決して君を離さない──そう思いながら、満月の雫のような泪を優しく拭うと、その小さい身体を胸の中に包み込んだ。
「さて。じゃあ、王家から出された条件を伝えるよ」
一度大きく息を吸い目尻をそっと拭った父上がそこで言葉を切ると、確認するかのように全員を見渡した。
腕の中にいるルゥナが僅かにその身を固くするのが分かったので、一度頭を軽く撫でる。
母上の顔が冷たく硬くなっているのを目に捉えると、話の続きを促すように父上に向かって小さく頷いた。
「まず、アルフレートとの結婚は、2年後ルーナリアが20歳になるまでは待つこと。また、その間ルーナリアが魔法局で働く事。──以上が王家から出された結婚の条件だ」
「……それだけで、良いのですか?」
「あぁ。条件はこの2つだけだよ」
父上からの返事を耳にした途端、ルゥナはホッとした様子で身体の力を抜いていった。
母上も安堵したようで、凍てつくような雰囲気も霧散していた。
2年後というのは、妥当だと思った。
バサラブ公爵家と離縁したばかりなのに、僕とルゥナがすぐに結婚すれば外聞が悪すぎるだけでなく、下手をすればバサラブ公爵家と対立する事になる。
だが気になったのが2つ目の条件だった。ルゥナはカーティス家の遺児だ。公爵家であったカーティス家は魔力においても魔法の才においても抜きん出た者が多かったと記憶している。
現にルゥナも、その血筋のため膨大な魔力量を有している。
王家は、そんなルゥナが王家に
勿論、ルゥナの魔力量を王家ひいては王国のために利用したい、という目論見もあると思われる。
ルゥナに叛意などある訳がない。そんな事は僕が1番良く知っている。
そんな思惑がある中、魔法局で働かせる事に物凄い
ルゥナと結婚する為には、王家から出された条件は守らなければならないのだから。
──だけど、もし仮にルゥナを傷付けるつもりならば、相手が例え王家であっても容赦はしない。
腕の中にいるこの温もりを決して離さないと、決意を新たにしながら一度ぎゅっと抱きしめた。
「ありがとう、ヘリオス……とりあえず、今後の話はまたゆっくりとしていきましょう。ルーナリア、もう遅いから今日は休みなさい。お母様はお兄様とちょっとお話があるから」
「じゃあ父様が部屋まで送っていこう」
「ありがとうございます、お父様」
ルゥナはするりと僕からすり抜けると、父上と並んでにこにこしながら出ていった。
腕に微かに残る香りを感じながら、未練がましくその背中を見送った。
「……別に母上と話はないのですが……僕が送って行きたかったのに……」
目を伏せて小さく息を吐きながらぽつりと呟いた言葉は、どうやら母上には聞こえてなかったようだ。
部屋から出ていったのを確認した途端、母上は態度を豹変させ凍てつくような瞳で僕を見据える。
「アルフレート。女に二言はありませんから、ルーナリアとの結婚は認めます。だけど、2年後結婚するまでは、絶対に絶対に、ルーナリアの純潔は守って頂戴」
「確かに純潔は尊ばれますが、最近はそうでも無いでしょう? それに、条件には結婚は20歳になってからとありましたが、別に純潔であれとは無かったですよ」
冷然とした母上に、綺麗な笑顔を向けた。
こめかみをピクピクさせた母上が怖いぐらいの綺麗な笑みを浮かべると、周囲からヒリヒリと凍てつく冷気が発せられ始めた。
「いい、アルフレート。ただでさえ『兄』である貴方と結婚するルーナリアが、結婚前まで同じ屋根の元で暮らしていて、それで純潔じゃなければあの子が何て言われると思う? いいわね? ルーナリアの名誉のためにも、これだけは絶対に守ってもらいますからね」
母上の漏れ出す魔力で、部屋に置いてある家具がみるみると霜で覆われていく。ここで怒らせたら、屋敷中が凍りついてしまうであろう事は容易に想像出来た。
発想を切り替えるように、一度深いため息を吐く。
「安心してください母上。ちゃんと結婚まで、ルゥナの純潔
母上を安心させるようにさっき以上に綺麗な笑みを浮かべると、僅かに目を伏せて思考の波へと沈んでいく。
要は、純潔さえ守れば、何をしてもいい訳だ。
僕の言葉を聞いた母上は、
「だから貴方って昔から可愛くないのよ……あぁ、本当誰に似たのかしら……」
「僕は間違いなく、父上と母上の子どもですね」
一途さは母上に、策謀的なのは父上に似ていると正しく認識している僕は、にっこりと微笑んだ。
「もぅいいわ……」
ぐったりした表情をしながら立ち去っていく母上の後ろ姿を見て、一気に歳を取ってしまわないか少し心配になった。
1人になった部屋の中は、しんと静まり返っていた。
ゆらゆらと揺れる
「やっと…やっと、ルゥナが………僕のもとへ、来てくれた……」
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