第17話 母との対立 sideアルフレート

今晩夜空に浮かんでいるのは、ルゥナの黄金色の瞳を連想させる満月だった。酒の入ったグラスを片手に、今日もいつものように愛しい人を想い、その色を懐かしむように眺めた。


学園を卒業し、屋敷に戻ってくるまであと3ヶ月近くある。

ルゥナに逢えることが楽しみだけれど、どんな顔をして逢えばいいのか分からなかった。

あれだけ喜んでくれていた彼女が、離縁した僕をどう思うのか……


その先を考え歪んでしまった顔のまま、グラスに残る酒を一気に飲み干した。



コンコンーー



「アルフレート、いいかしら?」

「……母上、どうしたのですか? 珍しい」


固い表情をしたままの母上は、何かを決心したような眼差しで部屋に入ってきた。

ウィルダとの離縁から、僕と顔を合わせないようにしているようで、姿を見るのも随分と久しぶりな気がしてしまった。

僕がウィルダへ結婚承諾の手紙を送ったと思っている母上にとって、僕は悪以外の何者でも無いのだろうから、こうした態度をするのも理解できた。


「……いつまでそんな風にお酒を飲んでいるつもりなの? ルーナリアがもうすぐ帰ってくるわ。兄として恥ずかしいとは思わないの!?」


諫めるような口調で足早にデーブルまで近づくと、その上に置いてある酒の瓶を引っ掴んだ。

母上がここまで強く僕の行動を縛ってくることはあまりないため、その動きを驚きで固まったまま見つめた。基本的には穏やかな方ではあるし、道理に反せず他人に迷惑をかけないのであれば、とやかく言う人ではないからだ。


「……アナベラ? アルフレートの部屋でどうした?」


母上の声に反応したのか、少し焦ったような顔をしながら父上まで僕の部屋にやって来た。基本的に父上は母上至上主義かつ職場第一主義なので、僕の部屋に来るのは本当に珍しいことだ。


「あなた……今日は早いのね……」

「……いや、アルフレートが色々と職務をこなしているお陰か、最近はだいぶ減ってきていてね……」


父上は若干罰が悪そうに目を泳がせると、そっと母上の肩を引き寄せた。

本当は今日も宰相様と飲みにいく約束をしていたはずが、大方予定を急遽変更されたのだろうと瞬時に悟る。

いつも遅くなるのは別に職務のせいだけではないと知っていたが、あえて母上に話をすることはなかった。


「それなら、ちょうどよかったわ。アルフレートがお酒ばかりを飲んでいるから、このままでは身体にも良くないと思うの……もうすぐルーナリアも帰ってくるし。兄がこんな状態だなんて、ルーナリアにとって良くないわ。ルーナリナに縁談の申し込みも来ている今、アルフレートの素行も大事ですから」



ルーナリアに縁談──

その言葉を耳にした瞬間、一気に周りの音が聞こえなくなってきた。


社交界にも出ていないのに、この時期に縁談の話が持ち上がるという事は、相手は学園にいる人間に違いなかった。


僕の……


僕のルゥナが……






──絶対に、離したくない。



バリィィィンッッッ!!



「アルフレート! 何をしているのっ!? は、早く治癒魔法を……!」


気が付いたら持っていたグラスを握りつぶしていたようで、母上が血相を変えて僕の方へ駆け寄ってくる。

その手に痛みを感じることは無く、ただただ血を流す己の手を茫然と眺めた。


「アルフレート、お前まさか……」


何かに思い当たった様な顔をした父上は、その後信じられないと言う目で僕を凝視した。


「──ルゥナと結婚するのは僕です。他の男にくれてやるつもりはない」

「っアルフレート!? あ、あなた本気で言っているの? まだルーナリアの事を? ──もしかして、ずっと!?」


呆然とした様子で僕を見つめる両親を、鋭い眼差しで見据える。


「10歳の時には断られましたが、僕はルゥナを諦めた事などない」

「…そんな……じゃあ、何故……ウィルダに承諾の手紙を、送ったりしたの……?」


母上は口を開いたり閉じたりしながら、ぐったりと呻くようにそう尋ねた。


「……あれは、ウィルダの虚偽です……僕は、承諾の手紙なんて、出していない……」


顔をしかめながら少しばかり目を伏せ、絞り出すように返事をした。

ウィルダの罪は誰にも話すつもりがなかったのに、言わざるを得なくなってしまった状況を苦々しく思ってしまう。

母上は顔を真っ青にしながら、崩れ落ちるようにその場に膝をついた。


「そんな……そんなことって……」

「アナベラっ!」


床にうずくまり俯いたままの母上を労るように、父上がその背中を何度も撫でていく。


無言のまま、そんな両親の姿を見つめる。

ポタポタと音のする方に目を落とすと、砕け散ったグラスでめちゃめちゃに傷付いた右手から、血が滴り落ちていた。

絨毯を汚してしまった事を申し訳なく思いながら、このまま利き手を駄目にするわけにはいかないので、治癒魔法を行使し右手の傷を治す。


「……アルフレート……あなた、ルーナリアを諦めるつもりはないのね……」


伏せたままの顔から表情を読むことが出来ない母上が、呟くように僕に問いかけた。

崩れ落ちたままの母上とまだどこか呆然としたままの父上を、ひたと見据えた。


「はい。ルーアリアと結婚するのは僕です。僕はルゥナの事を一度足りとも『妹』として見たことはありません」

「……そう……そうなのね……」


先ほどまで僅かに身体を震わせていた母上が、スッと立ち上がり僕に射抜くような眼差しを向けてきた。

この雰囲気は、間違いなくを示している、怒った時のものだった。


「分かりました。そんなにルーナリアと結婚したいなら、許可しましょう。ただし、条件があります。ルーナリアには、貴方が実の兄でない事を話さないこと。その状態で帰宅して1月以内に、ルーナリアの方から貴方を愛していると言った場合のみ、2人の結婚を許可しましょう。もし、この条件が飲めないのなら、ルーナリアは諦めなさい。また、この条件をクリアできなくてもルーナリアを諦めなさい。条件をクリアする事が出来なければ、ルーナリアには今きている縁談を受ける様に勧めます」


先ほどまでの泣き崩れた弱々しい淑女の姿は微塵みじんもなく、まるで女帝のような立ち振る舞いで母上は僕を睥睨へいげいした。

凍りつくような瞳を僕に向けると、溢れかえる魔力で周囲が冷気で満ちていく。


そんな母上の様子を見て、父上が顔を青白くさせながら慌てたように優しく肩をさすった。


「アナベラ……その条件はいくら何でも……」

「ヘリオス! あなたは黙っていて頂戴! 男どもときたら、いつもいっつも女を好き勝手にして! 女を何だと思っているの!? 女は物じゃないのよ! 私はルーナリアの幸せを考えているの!!」


周囲の冷気が、より一層濃くなった。


こうなった母上を止めることなど誰にも出来ない。

勿論父上にもできるはずもなく、怒り狂う母上に恐れをなしてその存在を薄くし始めた。

僕が原因でこうなった以上、父上にできる事はもう何もないからだ。


「分かりました、母上。その条件飲みましょう」

「二言はないわね、アルフレート。──これも、娘の幸せのためです」


母上の蒼く凍てついた瞳から一度も目を逸らす事なく、大きく頷いた。

僕と母上の間で冷気をまとった魔力がぶつかり合い、氷の火花のように周囲に散っていく。

それを見た父上は、益々その存在を薄くしていった。


「いいでしょう母上。ルーナリアは僕のものです──」


僕は、もう2度と自分の選択を誤るつもりは、ない。

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