第15話 別れと報せ

生徒たちの密集した熱気が、徐々に少なくなってきました。

卒業パーティもそろそろ終わりの時間になってきているようで、寮へと戻っていく生徒もチラチラ見かけます。

あちこちで盛り上がっているところがあるのは、きっと告白がうまくいったのか、幸せそうに手を繋ぐカップルの姿が目に止まりました。


私たちいつものメンバー3人はそのまま集まって、学園最後のひと時を一緒に過ごしていました。

このままパーティーが終わると、部屋に戻って明日の朝は各自帰宅することになるので、今夜でもう皆とはお別れになります。


「……2人とも、本当にありがとう。私、あの時フェリシアに声をかけて貰って、本当に良かった……」


私の前に立って並んでいるフェリシアとオリエルを改めて見つめました。


あの桜の小道で声をかけてくれた、フェリシアの顔が頭に浮かびます。

オリエルにほっぺたを優しくつねられた時の事が、昨日のことのように思い出されます。


フェリシアとオリエルは、私にとって初めて出来た親友です。振り返って見ると本当にあっという間の2年間でしたが、2人がいたからこの学園生活をこんなに楽しく過ごす事ができました。


結局、私の中のお兄様への想いを失くす事は出来ませんでした。お兄様を想うことは、すでに当たり前の事なのです。ですが、その想いで苦しくなる事もありました。


そんな時、2人がいたから、その苦しみもやり過ごすことができた……



「ルーナリア〜……そんな泣かないでよ〜」


気が付いたら、涙をポロポロと溢しながら2人を見つめていました。

掛け替えの無い2人に出会えた奇跡に胸がいっぱいになります。ですが、そんな2人とも今日でお別れして、皆別々の道を歩むことになるのだと思うと、込み上げるものが止まる事なく流れ落ちてきました。


「……フェリシア……寂しいよぉ……」


自分の心にあるがままの素直な気持ちが、口から溢れ落ちました。

私と同じくらいポロポロと涙を流しているフェリシアが、私を優しく抱き寄せてくれます。


(……そういえば、アル兄様の事で、こんなに泣いた事はなかったな……)


フェリシアの身体から暖かい温もりを感じ、こんなに泣いたのは子どもの時以来だと気が付きました。

益々流れ出てくる涙をそのままにしながら、その柔らかな身体をぎゅっと強く抱きしめます。

このひと時を感じていると、何だか心の中に積もっていたものが少し軽くなり、明日学園を去って屋敷へと戻る勇気が湧いてきました。


(私は、ひとりじゃない……)


抱きしめていた腕を互いに緩めると、そのまま手をしっかりと繋ぎました。

頬を濡らしたままの顔を合わせると、どちらともなくクスクスと笑みが溢れます。


「……ふふふ。お互い酷い顔だね……フェリシア、騎士隊に入るなら気を付けてね。魔法局へ入れたら、すぐに連絡するね。手紙、絶対に書くから」

「あははは。本当お化粧とかぐしゃぐしゃだよ〜。ルーナリア、私も絶対絶対手紙書くから〜! てか、うちに遊びに来てよ〜」

「うんうん! 行きたい行きたい!」


フェリシアの瞳はキラキラと輝いていてとても綺麗で、これからの未来への希望が感じ取れました。


「はは。お前ら、泣いたり笑ったり忙しいな」

「うるさい、オリエル! 感傷的になるのは当然でしょ!」


僅かに揺れる瞳をしたオリエルの肩をフェリシアがパコっと優しく叩くと、その瞳からキラリと雫が輝き落ちました。

こうしたやり取りと見るのも今日が最後だと思うと、またも滲んできた視界のまま2人を見つめます。


「ルーナリア、俺すぐに近衛隊に入るから。そしたら一緒に王城で働こうぜ」

「ふふふ。オリエル、頑張ってね」

「オリエル気が早っ! とりあえず、配属先決まったら連絡するね〜。騎士隊は最初は結界領域の砦に配属されることがほとんどだから、僻地だろうけどね〜」


寮への帰り道を、笑顔を浮かべながら3人でゆっくりと歩いていきます。

小道に咲く満開の秋桜の花明かりがとても美しく幻想的で、私たちの卒業を祝福してくれるかのようでした。


「……ねぇねぇ、3人で、手を繋いで帰ってもいい?」

「いいよ〜ルーナリア〜! じゃ、私こっちの手〜」

「よし、言い出しっぺのお前が真ん中な! ほらほら、手出せ」

「あははは、ありがとう、2人とも」


笑いながら私の手をそれぞれ取ってくれる姿を見て、私も笑い声をあげてしまいました。

2人の間に挟まれて幸せな気持ちのままふと見上げると、桜の花の白の向こうに広がる夜空に、綺麗な綺麗な三日月が浮かんでいました。

繋いだ手の先から2人の体温を感じ、いつも1人で見上げていた心に寄り添ってくれているような気がしました。


「そいやぁさ〜。ルーナリアって男子たちから『月の女神』って呼ばれてたの知ってる〜? 今もそうだけど、お月様毎晩見上げてたんでしょ〜?」

「ちょっ! おま、フェリシア!」


ニマニマ笑っているフェリシアの前に慌てて飛び出たオリエルが、何故か焦ったような顔をしながらその口を塞ごうとします。


「え? 何で毎晩見ていたの知ってるの? え? え?」


私と目が合ったオリエルはスッと目を逸らすと、静かに前を向いて歩き始めました。


(部屋には、私1人しかいないよね……?)


揶揄うような笑みを浮かべたままのフェリシアを、目を瞬きながら見つめました。


「本当、ルーナリアってば無防備だからね〜。今も見上げてたでしょ〜。いいのいいの、もう今日で卒業だし〜。何か辛いことがあったらいつでも話聞くからね〜」


フェリシアは柔らかな笑顔になると、私の手をきゅっと握りしめながら空いた手で頭を撫でてくれました。


ずっと私から何かを感じていたのに、無理に問いただす事はなくいつもいつでも見守ってくれていた。

水の流れに沿うように……


「……いつも、いつもありがとう、フェリシア。それに、オリエルも……大丈夫! 私は、ひとりじゃないから」


揺れる瞳からポロリと一粒頬に流れ落ちながら、2人に向かってにっこりと笑いました。

あの時オリエルに指摘された、貼り付けたような笑顔ではなく、心の底からの笑顔で──


「あぁ! 俺たちがいるからな!」

「そうそう〜」


陽だまりのような笑顔を浮かべる親友たちに囲まれて見上げた夜空には、いつもと変わらぬ優しい光が輝いていました。

今日はそこから安らかな気持ちを感じながら、3人で最後まで一緒に笑い合いました……





翌朝、支度を終えると、帰宅のための手荷物を扉の前に置きます。


(あとは、書類を提出したら、帰るだけ……)


すっかり何も無くなった、空っぽの部屋をゆっくりと見回します。

昨晩、寮の前で別れたオリエル、そして部屋の前で大きく何度も手を振って別れたフェリシアの顔が、心に浮かんできました。

口元をほころばせながら、目を閉じます。


「……学園に来て……ここにきて、本当に、良かった……」


静まり返った部屋に、呟かれた私の言葉がなじむように溶けていきました。


(帰ったら、アル兄様と、ウィルダ様がいる………でも、ここでの経験で私は、大きく成長したはず……オリエルも、助けると言ってくれた……)


少しだけ気持ちに余裕が出ているのを感じながら、ゆっくりと目を開けて最後のひと時を噛み締めます。



コンコンーー



フッと現実に戻ったような気がして、慌てて扉へと向かいました。


「はい」

「書簡が届いています。──馬車の準備はもう少しお待ちを」


戸惑いながら受け取った、使いの人が届けてくれた書簡を見ると、その差出人の名はお母様でした。


「お母様……こんな学園を去る直前に書簡をしたためるなんて……何かあったのかしら……」


ザワザワとする胸を落ち着かせながら、もどかしい気持ちで書簡を開封すると、中の手紙を急いで読み進めました。


(……う、そ……)


最後まで読み終わると、震える手で手紙を握り締めながら、ヘナヘナとその場にしゃがみ込んでしまいました。


「……そ、んな……何で……? どうして……?」


シワが出来てしまった手紙を、真っ青になりながら、確認するように何度も何度も読み返します。

ですが、何回目を通しても、そこに書いてある事実は変わりませんでした。


「アル兄様が……半年以上も前に、離縁……屋敷にも、戻らなくて、ずっと、お酒ばっかり飲んで……人が変わって、しまった……」


すっかりぐしゃぐしゃになった手紙の最後の文字を、呆然としたまま目に映します。

懐かしいお母様の筆跡で書かれたそこには、私に心配させましとして連絡が遅くなったことへの謝罪が記されていました。


「なんで……なんで、アル、にいさま………っ! まさか……っ!」


重大なことに気が付いた私の身体が、ぶるぶると小さく震えてきました。


──私の闇魔法が2人に、精神干渉をしたのではないか。


やり方は知らないけれども、防壁魔法の時のようにそれと認識せずに、無意識の内に闇魔法を行使していたとしたら。

そして、その魔法を使って離縁するように仕向けていたとしたら。


そこまで考えると、ガタガタと身体中が震え上がってしまいました。


(……私の嫉妬が……醜い心が、2人を不幸にしたのでは……私が、大罪人カーティス家の、娘だから……)


ポタポタと濡れていく床が、視界へ入ってきました。


「ごめんなさい……アル兄様……ごめんなさい……ごめんなさい……私のせいで……」


譫言うわごとのように何度も何度も繰り返し、謝罪の言葉が溢れ出ました。


(私は、愛おしい人の幸せだけを、願っていたはずなのに……)

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