第13話 ダンスパーティー ①

(……や、やばい……踊れるかな……)


手を取ってフロアに出たものの、あまりにも久しぶりになるダンスに、ものすごく緊張してしまいました。ステップを頭に描くものの、手と足が一緒に出そうになったりします。足だけは踏まないようにと、下半身に注意を払うと、今後は上半身が分からなくなってきます。

こんなに酷い私のパートナーを最初にしてくれたオリエルには、感謝しかありませんでした。


「……ルーナリア、身体ガチガチだぞ」

「……ごめんね、オリエル……私、デビュタント以来、ダンス踊ってなくて……デビュタントもたくさん踊ったかと言われたら、ちょっと自信ないし……」


その緊張を解こうとしてくれているのか、ぶっきらぼうながらも気遣うような口調で話しかけてくれたオリエルの目も見れずに、ただただ必死にぎこちない身体を動かします。

いっぱいいっぱいすぎて、顔が赤くなって瞳が潤んできているのが自分でも分かりました。


「げ。マジか。……こりゃヤバい……」


呟かれた声色は、何故かとても真剣なものでした。


「そうなの、ヤバいでしょ……とりあえず思い出すようにしないと……」

「俺がリードしてやるから、まずは身体の力抜いて。俺に任せて、もっとくっついて」


優しく私の身体を誘導するオリエルに従いながら、力を抜いて身を委ねます。半分包み込まれるようにしながらその首筋近くまで寄せると、オリエルの筋肉質な身体付きを間近で感じました。

彼が自分とは違って男の人なんだと改めて実感されるその感触に、少し戸惑うと共に何だか恥ずかしくなってきました。


「ほら、照れんなって。慣れだ慣れ」


オリエルはいつと変わらない砕けた調子で私にそう言いながら、ステップを促すように腰に回した腕に力を込めました。


(やっぱり、色々な女性に声をかけられるからだろうなぁ……そういえば、アル兄様も上手だった……声をかけられない私なんかとは、皆経験値が違うんだな……)


流れてくるスローテンポの音楽を耳にしながら、そんなことに思いを馳せてしまいました。


「オリエルは凄いね。さすが慣れてるだけある……」

「いやいや、慣れてるっていうか、要は実地経験と同じ。ほら、実習の授業でもちょっとした魔物と対峙しただろう? あの時も先生が、下手に魔物だと恐れてはいけないって言ってたろう? 何でもまずは気持ちから、だろ?」

「……そっか……!」


どこか慌てたように早口で述べたオルエルの言葉を聞いて、私の頭に天啓のような閃きが走りました。


(私っていっつも、ウジウジと考え過ぎなのかも……! だから変に緊張してしまって失敗するんだ……!)


魔物と初めて対峙した時のように、まずは相手の呼吸を読むことが大切なんだと気が付くと、一度大きく深呼吸しました。


「ありがとう、オリエル! うんうん、やってみるね」


晴れ渡るような笑みを浮かべながらオリエルを見上げると、その身体にピタリと寄り添って、息を合わせて動いていきます。

呼吸の度に胸が上下するのを、吐息がすぐそこから溢れでるのを、密着した身体から感じました。


「……やべ。これはまずった……」

「オリエル?」


追い詰められたような声色が聞こえてきたので疑問に思い見上げると、僅かに顔を赤くしているオリエルの瞳がすぐそこにありました。


「……っ! そこで上目遣いとか……ルーナリア、よく聞け。このやり方はダンスが上手くてお前の事をよく知っている俺だから出来る事であって、絶対に、絶対に、他の男ではしたらダメだ。いいな?」

「う、うん……分かった……」


オリエルの何だか凄むような感じの雰囲気に圧倒され、少しだけ腰を引きながら何度も小さく頷きました。

再びその身を委ね少し楽しむぐらいの余裕が出てきた時に、ふと気が付きます。


(そういえば、社交界には出ないんだから、この卒業パーティーで踊るのが正真正銘人生最後だよね……多少無茶をしても、それも良い思い出になるかも……)


そう思うともっと気が楽になり、奏でられる音楽を楽しみながら、密着する身体から感じるオリエルの呼吸に合わせたダンスを満喫します。


音楽が一旦終了したので、私とオリエルは身体を離しました。オリエルのお陰でダンスを楽しむ事ができた私は、顔をほころばせながらオリエルを見つめました。


「オリエル、本当に、ありがとう」

「……っいや、こちらこそ。また踊ろうぜ。………てか、これ、他の奴らには、絶対……」


一瞬言葉に詰まったオリエルが、その後に呟くように続けた言葉は、周囲の騒めきによって上手く聞き取れませんでした。


「お疲れ様〜はい、ルーナリア飲み物だよ〜」


オリエルに何を言ったのか尋ねようとした矢先、気を利かせたフェリシアが飲み物を片手に現れました。


「あっちで女子同士話してるから、一緒に行こう〜」

「うん、分かった」


私の腕を優しく引っ張ると、何故か周囲に集まっていた生徒たちを掻き分けながら、颯爽と進んで行きます。


「ナイス、フェリシア」


笑顔で親指を立てているオリエルに手を振って別れると、フェリシアと一緒に人混みから抜け出しました。



テーブルから、仲良くしてくれていた他の女子達がこっちに向かって手を上げてくれています。

盛り上がっている様子のそこに腰を下ろすと、早速会話が始まります。


今日ここを卒業したら、こんな風に皆で集まって話をする機会もほとんどない──

そんな思いは皆一緒のようで、学園での思い出話、恋の話、進学の話など、あれこれと夢中で話をします。


「……そういえば、フェリシアは踊らないの? ずっと私と一緒で、誰とも踊ってないよね?」


隣に座ってストローでジュースを飲んでいるフェリシアに、ふと視線を送ります。

ストローを見る目が少し真ん中に寄っているのが可愛くて、思わず頬が緩んでしまいました。


「う〜ん。面倒くさくって……なんか私ってほら、このスタイルでしょ? 目当てに寄って来る男ってウンザリなのよね〜」


フェリシアは苦虫を噛み潰したような表情で、自身の身体を示しました。その身体は、出る所は出て引っ込む所は引っ込んでいる非常に素晴らしいスタイルで、特に今日のようなドレスだとその魅力が遺憾なく発揮されています。実際、さっきから何人かの男子が通りがかりにチラチラと見ていました。


「……オリエルと踊らないの?」

「えーーーー!! 何であいつと……」

「でも、せっかく最後なんだし。……私も、2人が踊る所見たいし……てか、3人で踊れたらいいのにね……そんな踊りがあればいいのに……」


目をまん丸に見開いて抗議するフェリシアの手を取ると、思わず不満をこぼしてしまいました。


「あははは〜、ルーナリアってば本当可愛いね〜。じゃあまぁ、しゃーない。ルーナリアたってのお願いだし、オリエル探しに行こうか〜」

「うん!」


フェリシアと2人手を繋ぎながらオリエルを探し歩いていく中で、色々な人に声をかけられました。その度にフェリシアは上手に断っていき、スイスイと滑らかに人混みを進んでいきます。


「……ファリシア、凄いね〜」

「こらこら〜、ルーナリアそんな呑気な事言ってちゃダメでしょ〜。あんた狙いがほとんどじゃん〜」

「えっ!?」


フェリシアがちょっとだけ咎めるような目つきで私を見ると、肩を軽く叩きました。


(……そうなの……?)


声をかけられていた時の記憶を探りながら、それでもよく分からなくて首を傾げていると、たくさんの女子生徒に囲まれているオリエルを発見しました。

少しだけぐったりしたような顔をしているオリエルを囲む女子たちが、黄色い声を上げています。


「げ」


隣でぽそりと小さく溢したフェリシアと、その場で立ち止まってしまいました。

少しだけ近づくのを躊躇ためらっていると、私たちを見つけたオリエルが救世主が現れたかのように目を輝かせ、人だかりを掻き分けながらこちらに向かってきました。


「助かったマジで! はぁ〜本当不味かった……」

「あんたも大変ね……てか、こっちを見る女たちが怖いんですけど」


オリエルが立ち去った後の女子生徒の群れはまだ解散しておらず、こっちをジッと見つめていました。


(……こ、こ、怖い……)


オリエルとフェリシアがそんな集団を遮るような位置どりをしてくれて、ホッと息を吐きます。


「ルーナリアが、私とあんたが踊るの見たいって」

「え? マジで?」

「しゃーないでしょ。ルーナリア、本当は3人で踊りたい、とか言ってたんだから」

「マジで!! めちゃ面白いこと言うな、ルーナリア」


お腹を抱えて大爆笑するオリエルを、ムッと頬を膨らませながら見上げました。


「オリエル、そんな大笑いしなくても……」

「ルーナリアが可愛いんだって〜。ま、とにかく、行きましょう」

「ん、了解。あ、ルーナリア、これ終わったらまた俺とダンスな? あいつらまだいるから、暫く2人ともよろしく」

「分かった、オリエル」


まだ群がっている女子生徒の方にチラリと視線を送ったオリエルに、小さく頷くと快諾します。


(これが、この間言ってた『女避け』なんだ……確かに、『結婚就職』を斡旋したくなる、かも?)


友人の気持ちを少しだけ分かったような気がしながら、フロアに繰り出す2人に手を振って見送ります。

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