第11話 小さな約束
休憩時間を過ごす生徒たちの顔は、キラキラと輝いていました。
冬も終わりに差し掛かる季節になると、皆学園での生活にすっかり慣れたようで、思い思い楽しく過ごしています。
私も魔法に関する知識もかなり増えてきていて、将来何ができそうかも徐々に見え始めるようになりました。
先生が教室に入ってきたのを目にすると、全員が席へと戻っていきます。
「さて! 今日から属性理論展開の授業に入ろう。といっても、皆家でほぼ勉強してきているとは思うが……まずは基本のおさらいだな」
生徒をぐるりと見渡した先生は、一度確認するように言葉を切りました。
「属性との相性や魔力量が血筋に関係するのは皆知っていると思う。持っていない属性の魔法行使を行う事はかなり難易度も高い。だが、そこで諦めてはいけない! そもそも、魔法を行使するためにはその属性理論や理論展開をきちんと学び、理論に基づいた魔力展開を行ないそこに魔力を流す事が求められる。つまり、裏を返せば、理論展開さえ頭にあれば、全属性を使用する事も不可能ではない!」
「えーー! そんなん無理無理ー!」
「先生、それが出来れば、話は早いです〜」
熱く語る先生に不満の声があがると、そこかしこで生徒同士の話が盛り上がり始めます。
話を聞いて、すぐにお兄様の顔が浮かんでしまいました。
お母様と同じ氷関係の魔法を1番得意とする彼は、全ての属性が使用できるのです。
そのずば抜けた優秀さを改めて認識すると共に、思い出した私の心が少しだけきゅっとなってしまいました。
「そんな事はないぞ! まぁ、といっても、
その成り立ちについてボードに書き連ねていくために背中を見せた途端、生徒たちのほとんどがコソコソと会話を始めます。
「……ルーナリアは何が得意なの?」
隣に座るフェリシアが、先生に気付かれないようにこっそりと囁きました。
「……実は、私、火魔法の一択しかなくて……魔力量はあるんだけどね……」
「へぇ〜ルーナリア意外〜。私は風と光〜。治癒魔法が得意なんだよね〜」
「すごい! 治癒魔法使えるのいいなぁ」
「う〜ん、でも、魔力量あんまなくてさぁ〜。あ、オリエルは風が得意なのよ〜。猪突猛進のあいつらしいでしょ〜」
「ふふふ、そんなこと言って……」
話題の人に2人でチラリと目線を送ると、じとっとした顔でこちらを見つめるオリエルと目が合いました。
その口が、言葉を発さずに何かを言いました。
すると、それに答えるかのようにフェリシアも口を動かすだけで何かを返しています。
いつものやり取りをしているのだと思うと、おかしくて堪らない気持ちになってきました。
「ふふふ、フェリシア、見つかっちゃうよ……」
今まで時々屋敷で家庭教師に教えてもらっていた勉強も、皆と一緒にするとこうも違うのだと感じながら、口元をほころばせてしまいました。
「──さて、最後は最初に話が出た
振り向いた先生が、僅かに硬い声で私たち生徒を見渡しました。
闇属性はあまり広く知られておらず、属性としてあることは知識で知ってはいるものの、どのようなものなのか具体的には何も知りません。
皆もそうした事情で興味があるのか、ぴたりと囁き交わす声を止めると先生を見つめます。
「闇属性の魔法を行使する事ができるのは、
自分の生家の名を聞いた私の心臓が、どくんと大きく跳ね上がりました。
周りの音が一気に無くなっていくような感覚になります。
(……落ち着け私……誰も知らないはずなんだから……)
震える両手を机の下で隠しながら、揺れる心を抑えて前に立つ先生に視線を送り続けます。
「闇属性は、特殊だ。1番大きいのは、他の属性に
そこまで聞くと、心臓がドキドキと物凄い速さで激しく波打ち始めました。
(あの時、お父様の書斎へ侵入して結界に穴を開けた方法が、闇属性の魔法だったなんて……)
「また一説によると、人の精神にも
もう先生の声も、ぼんやりと遠くからしか耳に入ってきませんでした。
なんとか俯きそうになるのを必死で堪えながらも、顔色が僅かに青ざめているであろう事が自分でも分かりました。
(……ダメだ、ここでこんなに動揺したら、おかしいでしょ……)
一度固く目を瞑ると、のろのろとボードに書かれた属性理論をノートに書き写していきます。
ペンを握る手が僅かに震えているのに気がついて、ぐっと力を込めました。
(……こんな呪われた血筋の私が、そもそもアル兄様と結ばれていいはずがない……)
自分が間違いなく、
昏い気持ちのまま、授業が進んでいく教室をどこか他人事のように瞳に映していきます。
♢♢♢
「ルーナリア〜。もう進路希望調査書いた〜? どこにした〜?」
「う〜ん……私はやっぱり魔法局かなぁって……」
今日もらった用紙をヒラヒラとさせているフェリシアに、書き終わった私の物を見せます。
学園生活はつつがなく進んでいき、無事進級した私たちは卒業も控え、そろそろ将来の進路について具体的に考えないといけない時期になりました。
少しだけ思い悩んだ結果、自分の魔力量の多さと体力の少なさからここしかないと結論づけました。
「体力のないルーナリアには、1番かもね〜」
「う、そうでしょ……フェリシアはどうするの?」
「ん、私は騎士隊に入ろうかと思っているの〜」
ニンマリとした笑みを浮かべるフェリシアを、驚きで満ちた目で見つめてしまいました。
フェリシアもてっきり魔法局にするか、文官系の仕事に就くものだとばかり思っていた私は、この選択を聞いて言葉を失います。
「あはは〜ルーナリアめちゃくちゃ驚いてるね〜。私治癒魔法得意でしょ? だから騎士隊に入って治癒係メインの後方支援になろうかと〜。ほら、オリエルも騎士隊希望でさ、あいつヤバそうでしょ〜」
「俺が何がやばいって?」
少し顔を
「っ〜……!! ビックリした! 急に入って来ないでよ!」
ニヤニヤとした笑みを浮かべるオリエルに抗議するように、フェリシアがその身体を何度も叩いています。
ビックリし過ぎて声も出ない私は、そんな2人のやり取りを呆然と見ます。
「何だよ、騎士隊希望ならこんぐらいで驚くなよ」
「何ですって!?」
暫くお互いに睨み合ったかと思うと、そこからフェリシアとオリエルの恒例の言い合いが始まりました。
その様子を見てハッとした私は、遅ればせながら2人の間に割って入ります。
「まぁまぁ、2人とも落ち着いて。──オリエルも騎士隊希望なの?」
「まぁな。……そこで経験積んで、最終的には近衛隊に転換希望だけどな」
近衛隊と聞いてすぐさまお兄様の顔を思い浮かべた私の胸が、キュッと締め付けられ苦しくなります。
「……オリエル、近衛隊希望なんだ……てか、絶対無理じゃない? あそこはめちゃくちゃ優秀じゃないと無理でしょ。知ってる? 全員で20人ぐらいしかいない、選び抜かれたスーパーエリートばっかりなのよ?」
「っ分かってるって! だけど男なら、目標は常に高くっ!」
右手を大きく空に向かって掲げるオリエルを、フェリシアがやれやれと言った表情で見つめて肩をすくめます。
「……はぁ。いつまで夢見てんだか……ってやば! ちょっと先生に提出しないといけない課題があったのよ! 今日は先帰っててね〜ルーナリア〜」
「あ、うん気を付けてねフェリシア」
慌てた様子で走り去るフェリシアに笑って手を振りながら、その後ろ姿を見送ります。
「……ルーナリア、俺たちは寮に戻っておこうぜ。送ってやるよ」
「ありがとう、オリエル」
私の方をチラリと見た後、少しだけ戸惑ったような顔をしたオリエルを見上げながら、にこりと笑いかけました。
寮に戻るだけなのでなんの危険もないのですが、オリエルもフェリシアもいつも私の心配をしてくれます。
確かに私はちょっと鈍臭い所があるので、こうした気遣いをしてくれる2人には感謝しかありませんでした。
「……ルーナリアは、魔法局希望なのか?」
寮までの道のりを一緒に並び歩いていたオリエルを見上げると、西日を浴びて少し眩しそうに目を細めていました。
降り注ぐ日差しが随分和らいでいるのを感じ、いよいよ卒業の時期になるんだと実感が湧いた私は、その頃には満開になっているであろう小道の桜をふと思い浮かべました。
「うん。私体力ないから、あそこしかないかなぁって」
「そっか……でも、結婚したら辞めんだろ?」
さらに目を細めて私を見つめるオリエルに視線を向けたまま、その言葉を噛み締めました。
お兄様しか愛せないだけでなく、己が呪われた血筋である事を再度認識してしまった今、益々結婚なんてする気が無くなったのです。
「う〜ん…………私、実は……結婚する気ないんだよね……」
ぽつりと溢すように言った言葉を聞いたオリエルが、ぴたりとその歩みを止めました。
つられた私もそれに合わせて立ち止まると、隣にいるオリエルを見上げました。
「えっ! そうなのか!? ……じゃあ、実家からずっと魔法局に働きに出るのか?」
「う……それはまだ、ちょっと、考えてなくて……」
実家の屋敷にはお兄様とウィルダ様が暮らしています。学園を卒業したら、毎日2人の顔を見ながら暮らさないといけません。
先延ばしにしていたこの問題にぶち当たってしまい、酷く虚しい気持ちになりながら俯いてしまいました。
(……私、屋敷に戻りたくない……)
足元を見つめると、言いようのない
少しだけ息を吐くと顔を上げ、いつになく真剣な顔をしているオリエルをうつろな目で見つめます。
「……家、出ようかなぁって、思ってたり、する……」
「そうなのかっ!?……………ルーナリア、じゃあさ。……俺と『結婚』っていう就職しないか?」
「えっ!?」
その言葉の意味が分からなくて、目を丸くしながら問いかけるような戸惑いの眼差しをオリエルに向けました。
(なんか今日は、驚いてばかりの日のような気がする……)
さっきまで何処か思い詰めるような表情をしていたオリエルでしたが、私と目が合うといつもの砕けた感じの雰囲気に戻ります。
「家を出るって言うなら、俺と『結婚』してそっから通えばいいだろ? 『結婚』って難しく考えるからいけないんだよ。3食飯付き住まいは保証。お互い好きなことすればいいし、それこそ就職みたいなもんだろ?」
「……でも、私がオリエルの所に『就職』して、オリエルは私を『雇って』何の得があるの? ……あと、私、子ども作る気ないよ……?」
軽い調子のオリエルに乗せられてしまい、断る事もなくついつい尋ねてしましました。
それに、この血筋を残してはいけないと考えている私とは、結婚する利点なんてないはずです。
「子どもは別に作んなくていいよ。俺弟がいるし、あいつの子どもに爵位継がせればいいし。それに、俺がルーナリアを『雇う』メリットは、女避け。なんか、親が結婚しろって煩くってさ〜。でも俺、正直知らない女はダメなんだわ。女って怖いし、俺一応侯爵令息だから、地位とかお金とかそんなんで擦り寄ってくる変な女も結構いるしさ」
滑り出るようにそう説明すると、心底困ったような表情で肩をすくめました。
オリエルがそんなに女性で苦労していたなんて知らなかったので、急激に沢山の情報が入ってきた頭を整理するのにいっぱいになります。
「そういえば、オリエル、たまに女子生徒から呼び出されてたよね……う〜〜〜〜ん……」
宙を見つめながら色々考えていくと、その提案に少しだけ心がぐらつく自分がいました。
「そんなに難しく考えんなよ。いくら魔法局で働くっていっても、住むところから探して、全部自分の事するなんて、ルーナリア体力ないんだし難しいだろ?」
「う……」
ダメ押しとばかりにそう言われ、何も言い返せなくなりました。髪を結ぶのでさえずっとフェリシアにお願いしているのです。指摘された通り、働きながら暮らしていく事が本当に出来るのか、途端に自信が無くなっていきます。
(誰とも結婚しない、そう決めていた……けど……でも……)
オリエルが俯いてしまった私の頭を、ぽんぽんと軽く叩きます。
その手の動きは、労わるような優しさが含まれていました。
「ま、まだ時間あるし。1回家帰ってみて、やっぱ出たいって思ってからでもいいし。気楽に考えていいから」
「……うん……ありがとう、オリエル……」
「じゃ、帰るか! ほら、とっとと行くぞルーナリア! フェリシアに追い抜かれるぞこのままじゃ」
「う、うん!」
その言葉に甘え一先ずこの提案は保留にしようと思いながら、私を手招きしているオリエルを追いかけます。
いよいよ子どものままではいられないのだと、沈みゆく夕日に向けて走り出しました──
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