第9話 悲しみの結婚式

あれから、度々我が家に来るようになったウィルダ様は、お母様ともお父様ともすっかり仲良くなられました。

家族や屋敷にいる皆とどんどん仲良くなっていく様子を見て、段々と自分の居場所が無くなった気になってしまいました。

2人が結婚したら血の繋がっていない私なんてもういらない子なのでは、という思いも、自分の嫉妬心がひねくれた見方をさせているのかもしれません。


でも、毎日が本当に本当に苦しくて苦しくて堪らなくて、気が狂いそうな日々をただひたすらに耐え抜く事に、心は限界でした。

今でさえこんな状態なのに、結婚後屋敷で一緒に暮らしていくことなんて到底出来ないと、ずっと思い悩んでいました。


考え抜いた末、予定を前倒しして式が終わるとすぐに学園へ行く事を決めました。

もちろん最初はお父様もお母様もお兄様も皆驚き反対しましたが、この我儘だけはどうしても許して欲しかったので、自分の意思を貫き通しました。

ここまで頑なになっている私に折れたのか、最終的には皆快く送り出してくれる事になったあの時の気持ちを忘れることは出来ません。


学園という逃げ道があった事に、私は心底感謝しました──







「マーラ、私の支度はもう大丈夫よ。今日は大勢のお客様を招いての式だから、忙しいでしょ? 私もすぐにお母様のお手伝いへ行くから、先に行っててね」

「そうですか……では、お言葉に甘えて……! 料理長も今朝からてんてこ舞いで、厨房はパニックですよ。メートルだけじゃ捌き切れないようなので……!」


珍しく慌てた様子でバタバタと部屋を飛び出していったマーラの背中を見送ると、1人鏡の前に立ちます。


「やっと……今日……長かったのか、短かったのか……今日で、今日で最後だから……あなたは、アル兄様の『妹』だから、しっかり笑顔で祝福するのよ……」


無表情で佇む黄金色の瞳の自分に、言い聞かせるように何度も何度も繰り返し、最後の暗示をかけ続けます。

一度固く目を瞑った次の瞬間には、鏡に映った女性はにっこりと笑みを湛えていました。




「お母様、お待たせいたしました」

「あぁ! ルーナリア! 良かったわ来てくれて……! この花の位置、ここで大丈夫かしら? それに、やっぱりテーブルの配置見直した方がいいかしら? 音楽隊の控え室はメートルに頼んだし……あぁ、ウィルダはもう来て準備しているから……あとは……」

「お母様、落ち着いてください。花の位置はここでいいと思います。テーブルも、この配置の方が夫婦の誓いの言葉を全員が見れますから……」

「そう、そうね……あとは……」


普段は落ち着いているお母様もさすがに今日は浮き足立っているようで、さっきから何度も同じ所を行ったり来たりしながら段取りについて口にしています。

我が家は使用人の数も少ないので、朝から主役の2人以外は皆準備に大忙しです。

お父様は招待客の采配に行かれているのか、玄関付近が賑わっているのがここからも感じられました。


ですがこの状況は、私にとって大きな救いになっていました。

お母様と共に裏方としての役割が忙しい私は、お兄様に遭わずに済んでいるからです。


彼が選択した人生の分岐路に、その隣にいるのが自分じゃない──

どうしてもそんな想いを持ってしまうのに、どんな顔をして逢えばいいのかなんて分からなかったのです。


「とりあえずマーラが厨房の準備に行ってくれましたので、そっちは大丈夫そうです」

「そうなのね! それなら安心ね。……あら、ルーナリア。ちょっとそのドレス地味なんじゃない?」


お母様が濃紺のドレスを見ながら、少しだけ顔をしかめました。


「今日の主役はウィルダ様とアル兄様ですから、妹の私はこのぐらいがちょうどいいと思いますよ」

「そうかしら……あなたももう大人の仲間入りの歳なんだから。社交界に出ていない分、こういった場で結婚相手を探さないとダメよ。せっかくそんなに綺麗なのに、勿体ないじゃない……」


興奮しているお母様の口調はいつもよりもちょっとだけ早口で、咎めるような視線を向けてきます。

でもその言葉の端々から母親として私の事を案じてくれている温かさを感じ、胸がいっぱいになりました。


「ありがとうございますお母様。……私なんかに、いい人がいればいいんですが……」

「まぁ! 何言ってるのルーナリア! 貴方は自慢の娘なんだから、もっと自信を持って! 絶対いるに決まってるでしょう!」

「……ありがとう、ございます……」


朗らかに笑いながら話をするお母様のその言葉に、涙がこぼれそうになるのを必死に抑えます。


「さぁ、ルーナリア。私たちは今日は頑張らないとね! ここは大丈夫そうだから、ヘリオスの手伝いに行きましょう」

「はい、お母様」


お互いににっこりと笑い合うと、熱気に満ちた声が一際大きくなってきている玄関へと向かいました。





皆の前にお兄様とウィルダ様が一緒に姿を現した途端、辺りは歓声に包まれました。

まるで絵画が抜け出して現実になっているかのような美しい2人に、胸を打たれた客達は非常に湧き立っています。

遠くからそんな2人の姿を目にし、私の心臓はその鼓動を止めるのではないかと思う程締め付けられました。


(今日だけ……今日が最後だから、頑張らないと……)


騒めく人々が静まりました。

お兄様とウィルダ様が誓いの言葉を交わすのです。


皆が陶然とした様子で新郎新婦の姿を眺めている事まで含め、どこか絵空事の様にその全てを俯瞰して見る私。

何だか夢の中での出来事のように、どこか現実感のない諸々の動き。


(全てが、嘘だったらいいのに……)


大きな大きな拍手に包まれる会場の様子を、ただただ瞳に映していきます。


「さ、ルーナリア……先に出ましょうね」

「はい、お母様」


そっと耳元で囁いたお母様に小さく頷くと、庭先へと移動していきます。

メートルやマーラたちによってたくさんの料理が並べられていて、ダンスタイムのための音楽隊もその音色の準備をしているようでした。


「最初はスローテンポの曲からお願いね。あとは、そうね……雰囲気を見て、明るい楽しいやつは出来るかしら?」

「はい、お任せください」

「マーラ、こっちは私が並べておくから……まだ食器があるでしょう? お願いね」

「ルーナリア様! そんなことまでとんでもない! ですが、ありがとうございます……では……!」


お母様と一緒に、忙しく働く使用人たちへ最後の細かい指示を出したり確認をしていきます。

少しするとひと段落した様子で、使用人たちも落ち着きを取り戻し始めます。

全てが完璧に整えられた会場を、お母様と一緒に見渡しました。


「これで準備もお終いね! あぁ〜、本当、良かったわ〜」


隣に並ぶお母様は清々しい顔をすると、少しだけ腕を伸ばしながら空を見上げました。

こんな風に喜びを出す姿を初めて見た私は、思わず口元をほころばせてしまいました。


「うふふ。お母様嬉しそうです。この後のダンスタイムでは、アル兄様と踊られるのですか?」

「そうね。独身最後を記念して、私も踊ろうかしら。でも、アルフレートったらダンスも完璧すぎて、何だかちょっと腹立つのよね。ルーナリアは踊らないの?」

「私は今日は遠慮します。新郎の妹がでしゃばるのは良くないですから。ウィルダ様のお姉様や妹様達もいらっしゃいますし」

「そうね〜。ルーナリアが綺麗過ぎるから、変に相手側が遠慮してもね……ルーナリアは、他の男性を沢山捕まえなさいね!」

「ふふふ、ありがとうございます」


人々の華やぐ声を耳にし、屋敷から皆が出てきていることに気が付きました。

その中に、皆に囲まれたお兄様とお義姉様の姿を発見します。

2人は、とてもとても幸せそうに微笑みあっていました。


「ルーナリア? どうしたの? 大丈夫?」


心配そうに私を見つめるお母様のその言葉で、自分の頬が濡れていることを知りました。

急ぎ涙を拭うと、明るい笑顔を向けます。

自分の気持ちにしっかりと蓋をして。絶対に知られる事のないように……


「…大丈夫です! お二人ともとてもお幸せそうで、アル兄様が幸せでよかった、と思っていたのです。……ただ、私まだまだ子どもだったようです。アル兄様が結婚されてちょっと寂しくなってしまいました」

「そう。そうね、アルフレートは随分と貴方の事を可愛がっていたものね。でも、ルーナリアもすぐに大きくなって、貴方もそう遠くない将来お嫁にいっちゃうのよね。お母様はそっちの方が寂しいわ……だって、アルフレートは同じ屋敷にいる訳だし」


少し切なそうな顔をしたお母様に、心の中でひたすらに謝り続けます。

お兄様以外を愛する事なんて出来ない私は、あの人と結婚出来ないのなら誰ともするつもりなんてないから──


そうした想いを決して悟られてはいけないと、自分の感情を抑え微笑みかけます。


「うふふ。お母様、まだまだ先の話ですよ。私今年16歳になるんですよ」

「でも、もう明日には学園に行くのでしょう? やっぱりもう少し伸ばしてもいいんじゃない? ルーナリアがいなくなったら私寂しいわ」


優しい眼差しを受け、酷く泣きたい衝動に駆られてしまいました。

全てを洗いざらい聞いてもらいたいという気持ちを必死に抑え込むと、ウィルダ様が私以上にお母様と仲良くなって欲しいという願いを込めて見つめました。


「明日からはウィルダ様が来られますし、すぐに賑やかになりますよ。……私、どうしても緊張しちゃうから、早めに学園に行って慣れておきたいんです」

「……そうね。ルーナリアは社交界も苦手だものね……」


少しだけ眉間に皺を寄せながらも、渋々だけど自分を納得させようとしています。


お父様とお母様は、血縁関係もない大罪人の娘をここまで育ててくださっただけでなく、社交界が苦手だから出席したくないと言う私の意思を尊重してくれます。

いつもいつも優しさと思いやりで包み込んでくれる家族に、自分の愛のためだけに最後の最後まで我儘を通そうとしている私。


(なんて、親不孝な娘……)


壊れていく自分の心をどうする事も出来ず、ただただ笑顔を貼り付けます。


その目に、祝福で盛り上がる結婚式を映しながら……

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