第36話 とある冒険者の葛藤 後
いったい何が起こっている? と、ダガーに引き寄せられた視線を横にずらすと黒髪の男がにやけた顔をして立っていた。
あの男は昨日ギルドで騒ぎを引き起こした奴……のはず。
昨日は離れた場所から眺めていたから顔まではわからないが、黒髪の者は滅多に……いや、人生初の遭遇が昨日だ。なのでおそらくだがイサム……だったか。で、合っているだろう。
なにやら首を傾げ思案しているようだが何を……いや、様子を伺うにしてもここは危険だな。
一旦視線を上方へ、素早く音を立てずに身を隠していた木に登っていく。
葉に紛れ、観察中であったイサムを見下ろすと──
「どれど…あっちゅいっ!?」
──しゃがみこんで手に取っていたダガーを放り投げていた。
そして手を降り、息を吹きかけて何やら憤慨していた。……草を食みながら。
まるで熱い物を握ったかのような反応だが、なにか火魔術でも使ったのか? しかしそれなら持ち手が熱くなっているのに、あの布が燃えていないというのはありえないのでは……
そういえば彼は……
「冷却っ!」
あぁそうだ。やはり彼はあのロバートさんの言っていた幻影奇術とかいうスキルの人だ。
ダガーを熱する幻影でも試して熱いことを確認していたのかな? それで今度は冷やしてみた……というところか。
幻でそのように感じられるというのは凄いものだな。そういえば昨日は指パッチンしていたが、あれは要らない動作だったのかな?
スキルの扱いがよくわからないと言っていたし、ここで練習でもしていた? まぁ巻き込まれるのはゴメンだし人里離れてやってくれるのは良いことだね、昨日の惨状を知っているのだから。
今日は反省してここでスキルを試していたのだとしたら、気を遣って人気のない場所に来ている彼に不用意に近づくのは悪いかな?
「手応え無く切れた……葉っぱとはいえ、もしかしてこのダガーわりと良い物だった?」
それにしても彼は独り言が多いな。それも声を抑える気もないようだし……これは注意してあげた方が良いのかな?
いや、刃物を振り回しているときに声をかけるのも……ん?
キョロキョロなにか探しているのか、地面を見回したかと思えば、また憤慨してる……情緒不安定な人、なのかも。
「ステータス!」
んえっ、ステータスの確認……? こんな敵地で、ましてや独りなのになんで……って、もしかして冒険者の常識を知らない?
そういえば昨日のロバートさんが言ってたっけ、彼は新人だって……えっ?!
ちょっと待ってっ! ここの林はE、Dランク向けのエリアなんだけどどうしてっ!?
いやでも……あのイサムって人のスキル、幻影奇術ってあのベアードさんにも通用する……ん、だよな?
そうか……単独でも強力なスキルがあると、こんなにも余裕があるものなのか……
制御しきれないって言ってたけど……少し、羨ましいな。
こんな冒険者の壁とも言われるCランクの試験すらまだまだ遠い、駆け出しのEランク程度で躓くような奴に羨まれても……
はぁ……とにかく、彼が初心者だって言うのならこんな場所で無警戒にステータスに注視するのも、騒ぐのも危険行為で冒険者のマナー違反だって教……
「おぅ……なんでこんな簡単な解決方法思い付けないんだよ俺……」
あっ、考え事してる間にステータスの確認が終わったのかな?
ちょうどいいや、忠告を言ってさっさと立ち去ろう。
嫉妬で嫌みなんて言いたくもない……っ!?
「生えろ葉っぱっ!!」
は…………えっ? なんで葉っぱ?
というか……今のポーズは何? 左手を地面に突き出して、右手で目元を隠さないように覆っていったい……?
ど、どうしよう……これ、出ていきにくいよ…………
今は左手を見てなにか呆れた顔してるけど……ここで声をかけたら今のを見ていたって、バレる……よね?
ああぁぁ……ロバートさんが言ってたじゃないかっ! 彼を怒らせると幻影奇術のスキルに巻き込まれるかもって……っ!?
「何が悪かったんだ? 葉っぱは食べた……けど茎とかは手付かず……だからか?」
こっ、今度は薬草を根ごと引っこ抜いて……たっ、食べたっ?!
あっ、あれも……げ、幻影……なのかな? 普通、食べられない……よね?
もしかして……見たらマズい場面……だっ、ダメだっ! これ以上見ていたなんて知れたら何をされるかっ!?
もう忠告どころじゃないよっ!? 早く離れないとっ!!
木から木へ飛び移り、警戒することも忘れ身体能力の限りを尽くし駆け去っていくケビン青年。
彼が最後に、去り際に聞いたイサムの言葉は──
「今度こそ生えろよ葉っぱあっ!!」
──という、なんとも頭に草の生えた発言である。
何度か雄叫びのような声が上がるのを感じたが、その頃には多少冷静さを取り戻し、ケビンは当初の目的を思い出していた。
そして別の道から本来の仕事に、Eランク初心者の登竜門、
そのためケビンは──
「俺は植物マスターになるぞおおおおおおおおっ!!!!」
「グギャッ!」
──ゴスッ!!……ドサッ
──と、騒ぐアホが昏倒されてお持ち帰りされたことを一切知らない。
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