第35話 とある冒険者の葛藤 前
「よしっ! 今日こそは倒してみせるっ!!」
バチンッと頬を叩き気合いを入れて、南の林へと慎重に進み行くは先日Eランクへ昇格した青年冒険者ケビン。
彼は現在ソロで活動しているものの、なかなか仲間を見つけられずにいるため仕方なく一人で依頼をこなしている。
なぜ仲間を探しているのか。
それはEランクから本格的に討伐依頼が増え始め、単体で活動しない魔物、複数人討伐を推奨する魔物を相手取ることが多くなるためである。
しかし仲間を探すのは簡単ではない。
人数が増えれば依頼一つに対しての報酬が当然減る。
依頼の数をより多くこなせれば問題にはならないが、人数が多くてもパーティー構成のバランスが悪ければ、その分達成できる依頼も数も制限されてしまう。
1日の活動範囲なんて人数が増えようがそう変わるものではない、依頼を片付ける速度が上がろうが複数の依頼が近い範囲にまとまることなどそうはない。
討伐数無制限の出来高払い、という討伐依頼もあるが単価の安い常設依頼くらいのもの。
それも1日の討伐数が多くなれば対象が警戒するし、生息数も減る、そうなれば遭遇すら稀になり人数が増えても収入の補填は難しい。
ケビンは
この先ランクが上がれば需要が伸びる、必要性が高まる。と言い聞かせつつも、できれば早く信頼できる仲間を見つけたいし、集団戦に慣れて自分の価値を高めたい。
しかし、ランクを上げるのも困難な状況を打開したい。というのが仲間を求める最大の理由だろう。
そのためケビンは仲間募集をしつつ、ソロでもまだ戦えるであろう、Eランクからの出来高払いの単価の安い常設
しかし昨日はその討伐対象が3匹以上の組み合わせでしか見つけられず、自身の力量では3匹はギリギリ勝てるかの戦いになるだろう。と2匹以下を見つけようとするも発見できず諦めたのだった。
無理をすればなんとかなるかもしれない。でも無理をしても誰も助けてはくれない。
ソロとはそういうものである。
頭ではわかっていても、どうにも仲間が居ないことの弊害に歯痒い思いをしながら、敵に察知されないよう警戒し慎重に奥へ進んでいく。
そしてゆっくり林を進むこと1時間、それは聞こえてきた。
「そういや懸賞首のダガーがあるじゃーん!!」
突然林の中に響く声に驚き、とっさに周囲を見回し警戒した。
今の声に反応して動く気配は感じられない。
「なんだったんだ今の声は……?」
首を捻りもう一度声がした方角を確認するも、視界は木々に遮られ誰も見当たらない。
だが自分が進もうと思っていた方向から声が聞こえた……ような気がする。
まだ距離はあるようだが、魔物の出る林の中で大声を上げる何かが起こっているのだろうか?
たとえ仲間でなくても、自身がソロで活動していようと冒険者は助け合いをしなくてはならない。
もちろん仲間でもない他人のために命を賭ける必要はない。
だが問題を放置して後々自分に降りかかってくることもあるのだ、協力できるうちに問題解決できるに越したことはない。
そういったこともあり、冒険者の助け合いは推奨されている。
もっとも、求められてもいない手助けによる横取りや邪魔をするような行為は、相手に斬られる覚悟が必要な行いなので滅多に起こらない。
なにせ
逆ならば……考えるのは止そう、真っ当に生きれば何も問題ない話だ。
とにかく、大声の主の様子くらいは見に行かなければならないのだ。
「頼むから、面倒事に巻き込まないでくれよ……」
自身の討伐達成すら覚束ないのに……そうぼやきつつ、問題を見過ごすのも冒険者として生きるには外聞が悪い。誰かに見られて見捨てたなどと噂される訳にはいかない、たとえ力不足でも行くしかない。
大声に反応したのが自分だけとは限らない。なのでより一層の警戒をしつつ声の出所に向かった。
「熱湯洗浄っ!」
また何か聞こえた。……周囲に動きなし。少なくともこちらに来る魔物はいないようだ。
しかし、残念ながらこの方向に謎の声を上げる人物が居るのは合っていたようだ。……違ってくれた方が嬉しいのだけど。
それにしてもこの先に戦闘音は聞こえない、にも関わらずこの大声を上げている人物は何を考えているのだろう?
敵を呼び寄せるつもりか? だがそれは特別な理由でもなければ冒険者としてやってはいけない危険行為だ。少なくとも
不用意に敵を誘き寄せ対処不能になることも少なくない。そのまま死んでくれれば何も問題はない。
だがそのような後先考えない者たちは不利を悟ると自分勝手に逃げ出す。そして通りがかりに見つけた者へ押し付けようとする。
押し付け先の者の足を引っ張ってでも。
普段の力を発揮できれば対処できるかもしれない。
だが保身のためにも、押し付けられた者たちに迫る敵を押し付け足止めしてもらい、かつ敵に敗れ死んでもらわなければならない。
生きて帰られ冒険者たちに、ギルドに知られれば凶行に及んだ自分達に未来はないのだ。
そのため押し付ける際には、実力を発揮させないように逃走者たちは平然と全力の妨害行為をしていく。
とてもではないが許容できることではない。
ケビンはそのような行為を仕出かしかねない人物の近くに居てしまった己の不幸を嘆きたくなった。
聞こえてくる声からはとても自身すら信じられない憶測だが、何かトラブルで助けを求めている可能性もあるのだ。
と、己に言い聞かせ、何かが起こっても動けるように用心しながら、歩を止めることなく更に近づいていく。
しばらくすると何やら水音が聞こえ、地面に硬質なそれなりに重い物が落ちる音が聞こえた。
かなり距離が近い。
そう感じ取り、木に身を隠しつつ音の出所を覗き込むと──
「脱水!」
──地面に落ちたダガーから大量の水蒸気が上がっていた。
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