第31話 その権利私が貰った



 ギルドにいた人々への説明が終わり、イサムはロバートに連れられて先ほどの大男──ベアと、傍らにいた仲間の男──ティムのところへ向かった。


「という訳でベアードの身体を包んでいた光るモヤは、スキルを解除したときに発生するものだったんだ。他に何か体調で気になることや聞きたいことはあるかい?」


 ベアに先の質問の答えと──魔法で怪我を治した幻影奇術を解除したことによる不調はないかをロバートは尋ねた。


「いや、特にはない。むしろ幻影の怪我を負う前より体調が良いようにすら感じている」


 その答えに何かを確信するかのように自分の考えは正しかったとロバートは頷いて話し出した。


「それはおそらく、幻影とはいえ一度瀕死の重傷を負ったことから解放されたことで、そう感じているだけじゃないかな?

 イサムくんのスキルは痛みや苦しみもリアルに再現されている筈だからね。それが一気に回復したようなモノだからそう感じてもおかしくはないよ。

 それにしても予想外だったとはいえ、巻き込む形になって申し訳ないねベアード。ほら、イサムくんも謝る」


 ロバートに促され、イサムはペコリと頭を下げた。


 しかし謝罪の言葉を発しないことをロバートは訝しがるが、何かを思い出したかのような表情に変わった。


「ん? あぁ、イサムくんヨシ! もう喋っていいんだよ」


 まるで犬に命令するかのように指示を出した。


 するとこれまでの動きの無さが嘘であるかのように動きだし──


「マジすんませんしたぁーっ!!」


 ──速攻で土下座した。


 いくらロバート飼い主言い含めら命令されていたからといって、待てを解除されるや即謝罪する程度に悪いと思っているのであれば、命令を無視して動いても良いようなものだが……


 だがこの男は、忠犬犬助なのだ。


 人のプライドを捨て、ロバートに忠誠隷属を誓った犬畜生なのである。


 一時の間、思考を、言葉を、動きを、自由を捨て、ロバートにおんぶに抱っこで未来の自由を手に入れんと従属することを選んだのだ。


 だがそれはあくまで一時の不自由犬助のことでしかない、今はヨシ……何者にも縛られぬ自由の時間イサムなのである。


 イサムは再び動き出したのだ。


 これまで捨てていた思考を、言葉を、動きを、自由を取り戻したイサムが考え、真っ先に行ったこと。


 そう、──保身だね。



「不用意に生やした大根のせいで天井ぶっ壊して巻き込んで申し訳ありませんでしたあああああっ!!」


 マジ許してっ! 悪気も何もない事故なのっ! だから何卒お礼参りはっ!! お礼参りだけは勘弁してくださいっ!!


「……大根? いや、イサムだったか。こうして何事もなく無事なのだ。気にする必要はない、だから立て」


 おぉっマジかっ?! このクマ男見た目はクマーンな感じなのに良い人っ!? もしや森でお嬢さんに道を教えてあげたことない?


 あっ、立てって言われてるのに土下座しっぱなしは失礼かな? どっこいしょ……っと。


「先ほども言ったが体調が良いとすら思えているんだ。むしろこちらが礼を言いたいくらいだ……というのもおかしな話か。

 そういえばまだ名乗っていなかったな、俺はベアード、仲間からはベアと呼ばれている」


 あっベアはアダ名だったのね、ロバートさんがずっとベアードって呼んでるからどっちだよって思ってたんよ。


 まぁ見た目クマだし俺もベア呼び派だな。


「ロバートさんから紹介されましたが冒険者に登録したばかりのイサムです。よろしくお願いしますベアさん」


 俺の直感が言っている。この人には媚を売れ! と。


「俺はベアの右腕兼仲間のティムだ。テメェの事を許す気はねぇが、ベアの機嫌が良いから今は見逃してやるよ」


 俺の直感が言っている。こいつは小物だ、役に立たないよ! と。


「別に許す必要も我慢する必要もないんだよ? なんなら一発くらい殴ってもいいさ、どうだいベアード?」


 ちょっ!? ろ、ロバートさんっ俺なんかしましたっ?!


 この小物はともかくクマーンなベアナックルなんて抉り取られるわっ!! 顔殴られてみろっ、頭ポーンだぞっ!?


「むっ? いや、俺は──」


「クマ男が殴らねぇならその権利私が貰ったあああああっ!!」


 ベアさんは殴……んへ? はぁっ?! ちょっなんでおま──。


──バキャッ!!


「ウボァガアッ?!?!」


 グベッ!? っつぅぅ~……なっ、なんでお前が……


「なんでエイミーさんが……?」


 マジでなんで殴り飛ばされたの?? てか口調ってかキャラ違くない?


「なんで? 言われなきゃわかんねえのか草野郎?」


 あっ、俺今脱草……除草したんで。


 今ロバートさんの犬助なん……えっちょっと、なんで指バキバキ鳴らして近寄ってくんの?


「いっいやぁ~ちょっとわかんないかなぁ~……なんて。あっ! そっそうだ、その口調はイメチェンかな? すごく似合ってるねっ!」


 マジ似合ってんよっ! 燃えるような赤毛に嗜虐的な表情が相まって怖いくらい綺麗なんよっ!!


 でも怖さ9割、綺麗1割だけどなっ!?


 てか悠長にしてたらヤバそうっ! はよ逃げ──


「あっ? あぁ、もう受付の営業時間は終業だよ。こっちが素だ……よっ!!」


──ドムッ!


「フベッ?!」


 ──……られなかったよ……てか、なんで俺は腹踏みつけられてんの? 俺なんか悪いことした……?


「ロバート、止めなくていいのか。スキルの制御が出来んのだろう?」


「んー。まぁ彼の自業自得ですし、死なないくらいでエイミーくんを止めればいいのでは?

 どのみちある程度発散させてあげないと、後日襲撃されるだけでしょうし」


「そうか、受付に就いて大人しくなったと思ったが……エイミーは変わらずか」


「えぇ、仕事の最中は大人しいですが、中身は小物界の大悪童エイミーのままですよ。

 まぁ小物らしく非力ですし、本人が10倍で返せたと満足すれば納得しますし問題ないでしょう」


「ヘイちょっとぉおおおっそこの訳知り顔の大人2人いぃいいっ!! ヘルプっ! ヘールプっ!! 腹の上に騎乗して腕振りかぶってる痛い娘を止めてええぇえぇぇっ!!」


 あと小物界の大悪童って何っ?! 俺報復されるような悪いことしてたのっ!?


 つーか非力だろうがぶっ飛ばされるくらいオイラはひ弱なんだいっ!! 弱々ステータスの雑魚モブだから助っけてえええっ!!


「気が済むまで殴られた方が後腐れもありませんので、頑張ってくださいねイサムくん」


「そんなぁああっ?! みっ見捨て…ボアッ!?」


 ちょっ?! 無言で殴り始めるのはやめてっ!


 だっ、誰かっ! そこの喧嘩腰のティムでも……ってああっ!? なに呆れた顔して離れていくのさっ!


 あっあっ顔はやめてよっボディボディっ! せめて整腸をっ! スキルを鍛えさせてっ!!


「これは草の分っ! これはクマの分っ!! これは視られた分っ!!! そしてこれが……ビビらされた分じゃあああっ!!!!」


 ……うむ、殴られ始めは動揺してしまったがわかった。確かにこの娘非力だわ。


 痛いけど兎に比べりゃ案外耐えられるもんだね、HPは既に0だけど。


 つーかビビらされたって……まさか?


 えー……さすがにそれは……俺そんな趣味無いんですけど、ばっちぃし。


「ナブッ! えっエイミーさ…ゴカッ!? 君まさガッ! 漏らしたパン…ツァゴッ! で跨がってんの?」


 あっ、動き止まったわ。


 えーマジかー? 顔真っ赤にして止まったって事はマジなのかー??


「なぁ、ロバート。イサムとやらは何時もああなのか?」


「えぇ、なので先ほども謝罪し終わるまで黙っているよう言い含めていました。彼はどうにも迂闊な言動が多いようなので」


「……そうか」


 ちょっとそこの俺を貶めてる大人2人ぃー、俺の上に乗っかってるばっちぃの退かしてくんないー?


 つーかエイミーさんも顔真っ赤にしてプルプル恥ずかしがってないで退こうよ? そんな顔見せられちゃ惚れちゃうよ俺?


 暴力女基本NGだけど一時解禁して受粉させちゃ……って危ねぇっ?! まーた草食のヤツが悪さしてきやがったか。


「……す」


 ん? なんか言った、エイミーさん?


 俯いてよく見えないけど口が動いて……おっ? 両腕挙げて、手を組んで……あっまさかっ!?


「ちょっエイミーさんっそれダメっ!! それはやっちゃダメなヤツだからねっ!?」


「ぶっ殺すっ!!」


「やめっ──」


 俺……ちゃんと耐えれたんだ……


 でも、どうしてだろう……鼻血が、止まらないんだ…………


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