第30話 ギルド大根乱 後



「注目! この場に居る方々に報告と謝罪しなければならない事があるので、少しお時間をいただけないでしょうか?」


 決して大きな声ではなかったがギルド内によく通り、ざわめく人々の耳に届いたのであろう。その視線は二人の片側、ロバートへと向けられていった。


「まず今回の騒ぎの元凶は、私の隣に居るこちらの彼、イサムくんであり、彼の持つ特殊なスキルの影響です」


 ロバートの発言により蜂の巣をつついたかのようにイサムへ罵声を投げ掛ける者、先ほど目にした物がスキルで出来るのかと思案する者。


 と、これまた人々の反応は様々だが、罵声をあげる者の中にエイミーが居るのは……見なかったことにしたい。


 それらの反応をロバートは手をあげて遮ると、まだ話は途中であると思い出したのか次第に罵声は沈静化していった。……エイミーだけ周囲が止めるまで騒いでいたが。


 ギルド内が静まり返ると、ロバートは隣のイサムに顔を向け話しかけた。


「スキルの事を話すけどいいかい?」


 あくまで対外的に勝手にスキルをバラす訳ではないと形式的に尋ねたモノであるが、それに対しイサムは同意する。と首肯で返した。


 それを確認するとロバートは語り騙り出した。


「そのスキル名は〝幻影奇術〟という、非常に厄介かつ強力でね。先ほどまで生え茂っていた草や剥がれ落ちた天井は幻、と言う事なんだ」


 人々は再びざわめきに包まれた。


 そしてあの触れた草や、瓦礫や、怪我をしたベアは。と、次々と疑問を尋ねる声があがった。


「皆さんの疑問はごもっとも、それこそが厄介かつ強力。と言った理由なんだよ。このスキルは現実に影響を与えられる幻……とでも言うモノのようでね。

 幻の石片がベアードに向かって落ちた。常識で考えれば当たりもしないし怪我をしたりもしない。

 だけど、この幻影奇術は実際に当たったと思わせる。そう思わせてしまえるんだよ。

 実体は無傷であっても、ベアードは〝幻の石〟が当たり〝幻の怪我〟を負ったと思い込まされた。という現実の身体の状態を無視し幻影奇術の効果を受けて倒れることになったんだよ。

 とはいえそれは幻、スキル所有者が解除すれば無かったことになる幻影でしかない。

 ベアードが回復したかのように見えたのは〝重傷を負った〟という幻術を解除したことで無かったことになったからだよ」


 シンと静まり返るギルドホール。


 伝えたいことが彼ら彼女らに染み渡るのを待つかのように口を閉ざしていたロバートが、そろそろいいだろうと再び口を開き始めた。


「と言うわけで先ほど彼、イサムくんに幻影を解除してもらったから草原や瓦礫も怪我も綺麗サッパリ消えて元のギルドに戻った訳だね。すごいスキルだろう?

 先ほどの光景を見ていなかった人のためにもう一度実演しようか。イサムくん、あれを生み取り出して」


 ロバートに促されようやく出番が来た。と添え物となっていたイサムパセリが頷き、両手のひらを上に向け水平に掲げるとそこには──大根が乗っていた。


 何で大根? と突如として現れた大根には驚いたが、なぜ幻影で大根を生み出したのか。と見つめる群衆は困惑した様子だが、収納に入っている物から取り出しただけなので演出上選べなかっただけである。


 そんな人々の反応など無視するかのようにイサムは大根を右手に握り直し、おもむろに顔に近付け──


──ガリッ! ゴリッボリッ…… 


 ──噛り貪り始めた。


 よほど新鮮であろう大根が、良い音を立て咀嚼されている。


 だがそれを見させられていったいどうしろと? とますます困惑を深めていく観客たち。


「……とまあ、この様に彼の生み出した幻術は〝実在するかのように〟〝見た目も変化して〟〝その時に発生する音〟も再現できる……はぁ……」


 ロバートは朗々と観客に説明を語り騙り続けるも、イサムが次の行動を中々取らないため傍らに視線を向けた。


 先ほどから思考を放棄して添え物パセリに徹し、口を閉ざしていたためだろうか、イサムは暇をもて余して今なお大根をひたすら噛り続け、残りは3分の2程度になっていた。


(イサムくん、全部を食べちゃダメだよ? ほら、次の演出を)


 なんとも頼りない相方に気がついたロバートに小声で指摘され、ハッとした顔を見せたあと、食べかけの大根を左手に持ち直し掲げて、右手で指を鳴らした。


 すると真っ白な煙に左手が──大根が包まれ、数瞬で煙が霧散すると左手には何も持っていなかった。


 当然魔法で煙を出して、収納しただけではあるのだが。


「んんっ……と、まぁこの様に消すことも出来る。というのが彼の持つ幻影奇術のスキルの効果だよ」


 あの大根はわかりやすくスキルの効果を見せるための演出だったのか。と観客は納得し、拍手を送る者も増え出していた。


 もはや見世物のようだが、事実見世物である。


「以上が報告したかったことだよ。それでここからは謝罪だね。

 ギルド入口からカウンターに生えていた草は、彼が君たち冒険者に絡まれるのではと、ビビり倒して隠れ進むために生み出した幻影だよ。

 それでギルドの天井が一部崩落したのは、2階の部屋で私とスキルの検証をしていた影響が真下の天井部分にまで及んだせいなんだ。ごめんねー」


 言い終わるとロバートとイサムは頭を下げた。


 草が生い茂った理由については皆呆れるか笑っていたエイミーは怒り狂っていたが、だが天井部分の崩落は別だ。と多くの者の顔が引き締まった。


 おまけにあれだけの騒ぎとなったというのに軽すぎる謝罪に、怒り狂う者エイミーに続けとばかりに次々批難の声が浴びせかけられていく。


 だがそんな罵詈雑言など知るかとばかりに、頭を上げたロバートの言葉が聞こえてくるや黙り込むことになったエイミーは拘束された


「あぁ、伝え忘れていたよ。彼のスキルなんだけど、実は何が出来るかも、制御しきれるかもまだわからないんだよね。

 だから彼が感情を高ぶらせる不愉快だと思う様な事をすると──勝手に幻影世界の只中に放り込まれていた・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。ということもあるかもね?

 それと例えばだけど、気がついたら火の海に飲み込まれていた。なんてことになっても生き残れるかわからないんだ。

 なにせ最後まで検証死ぬまで放置まだ・・していないからね。もし何か変わった誰か死ぬような事があったら報告宜しくね、イサムくん」


 そう、このアレスタの街の冒険者ギルドの名物鑑定士ロバート知識欲バカの多分に含みのある発言により、イサムへの批難は一気になりを潜め、腰が引けたかのように生け贄はゴメンだとその場を離れようとする者が出始めた。


「はいそれじゃあ謝罪兼、新たな冒険者仲間イサムくんの取り扱いの注意事項の説明は終わり。皆、解散してくれていいよ」


 こうしてギルドの騒動は終息した。


 ついでにイサムの懸念した冒険者に絡まれる。というのもロバートが嘘のスキルをでっち上げたことで、不用意に接触しようという者も早々現れないだろう。


 また、限度はあるが魔法を多少使っても幻影奇術だと言えば言い逃れができる土壌も用意された。


 しかし代わりに、魔法ほどではなくともその能力は注目を集める事、制御不能の凶悪スキルの所有者として扱われることになったのだがイサムアホが理解しているかは定かではない。


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