第28話 ワンっ!
有無を言わさず2階へと引きずられて行ったイサムは、机と椅子のみが置かれた小部屋へ押し込められた。
この部屋は本来冒険者のパーティーが、報酬の分配や相談など表でしにくい話をする際に使用される少人数向けの部屋なのだが、今では地獄の説教部屋へと様変わりしていた。
怒気を、殺気を抑えることを止めたロバートは、気の弱い者であれば冷や汗は止まらず、喉元に鋭利な刃を突き立てられたかのような息苦しさを、僅かでも動けば首を跳ね飛ばさんとする射殺すような視線を唯一人に浴びせかけていた。
その冷徹な視線を浴びる唯一人の男──イサムは、ガタガタと正座バイブレーションしていた。
「それで、なんであんなことをしたのかな?」
「ええええぇっと、ぁあっあんな……とは?」
威圧に耐えられず思考能力を失ったイサムは、言い訳どころか尋ねられた内容すら理解できなくなっていた。
もっとも、理解できていたところで何を間違えていたのかを自覚していたかは甚だ怪しいものだが。
このままでは会話になりそうにない、とロバートは威圧を抑えて再び話しかけた。
「まず、なんで大量の草を生やしていたのかな?」
「えっと……冒険者に、絡まれるのを避けるため。の目隠し……ですかね?」
草に包まれるあの安心感、もはや実家だね。
焼けば防壁、食べれば美味い、茂る姿はただの草!
うむ、まさに俺を守るために存在しているようじゃないか。
「はぁ……あのね、まず登録前の一般人に喧嘩を吹っ掛けるような人は既にいないし、登録後であってもギルド内でそんなことする人はいないよ。
誰でもギルドに目をつけられるリスクを負いたくないからね、しでかすにしても人目のつかない野外でやるから無意味だよ。
もっとも、新人が相手じゃ大した物は持ってないし、なんの意味もないと思うけどね」
なにやら途中怖いことがサラッと混じっていたような気がするけど、既にいないって間に〝この世に〟が入ったり……?
いや、それよりそうなの? 筋肉の住人はわからせや指導とかが大好きな、指導料をせしめていく事を宿命付けられた存在じゃないの?
「それで次はあのクマだけど、なんであそこで……あぁ、そういえば君は気絶していたから街の門の周辺を知らないのか」
ん? 確かに街に入ってからここまでアパートとギルドの間の道しか知らないけど、それがなにか関係があるの?
「これはこちらも教えてなかったのが悪かったかな。
あのね、討伐や採取で持ち込んだ物は、街の門があるところにギルドの買い取り出張所があるから、そこに預けて、代わりに札を受け取って、ここのギルドで札を提出して報告することになっているんだよ。
物によっては異臭を放ったり邪魔になる大きさだったりするからね、街の中に持ってこられても困るのさ。
普通なら外から来た人は門を通るときに知ることだし、この街の住人なら子供でも知っていることだから忘れていたよ」
えっ、じゃあここで出しても無意味だった……?
いや、無意味どころかロー○ンinファ○チキな野郎になっていた……だとっ!?
はっ恥ずかしっ! 俺もうこのコンビニ行けねぇよっ!!
あっ、でもギルドはここだけだし選り好みできねぇや。てか失態見せようが普通にコンビニ行ってたわ俺。
「ところでなんで急にクマを買い取りに出そうとしたんだい? 君に渡したお金はそれなりに入れておいたんだけど」
えっそりゃ……はうあっ!?
やややヤベェっ! 貰って早々使い切りましたっなーんて本人前にして言えるかよっ?!
俺の生活を助けてくれる存在に見捨てられるわけにはいかんのだよ!!
だっ、だが無心するわけにもいかんし、早々に金を稼ぐ気だったとアピールすれば大丈夫か……?
よし、ここは正直に言おうっ!
「い、いやぁ~、それがですね……罰金の支払いでほぼ全額持っていかれました」
「はっ……? いったい何をどうしたら、目覚めてからギルドに来るまでの時間でそうなるんだい……?」
ああっ、そんな疲れ果てた表情して呆れた目で俺を見ないでっ!
「ちっ違うんですよっ、部屋を出てトイレに行きたいとさ迷ってたら見当たらなくてっ!
それで確実にありそうな1階へと窓から跳躍したら、飛び降りと勘違いされたんです。それで兵士っぽい人に罰金取られたんですっ!
けどこれ以上ロバートさんから集るワケにはいかないので、仕事を頑張ろうと思ったんですよ!
そしたらちょうど換金できそうなクマがあったんで出したんですっ!」
届いてっ俺の精一杯の誠意っ!
「君は……やること成すこと騒ぎを起こさないと気が済まない質なのかい……?
何をどうしたらトイレ一つでそんな騒ぎが起こるのかもわからないし、その補填をするためにさらに騒ぎを撒き散らしていくとはね……」
あっ、呆れた視線が外れた。けど代わりにガッツリ頭抱えられたわ。
やめてっ! そんな頭の痛そうな態度を取らないでっ!
「イサムくん、君は……立場を理解しているのかな?」
ほへっ、立場……?
なんか面倒事引き寄せそうな魔法スキルをバレないようにしないといけないってことでしょ?
そんなのわかってますよぉ、ロバートの旦那ぁ!
「わかっていないようですから改めて言っておこうか。
君の所持しているスキルは目立ちすぎるんですよ。それも見れば誰でもわかるくらい異質で異常な能力だと知られるくらいに。
日常的に使うようなスキルでないからと伝えてませんでしたが、君のスキルは解体以外、未発見か人外にしか確認されていないものです。
混乱させないよう、手紙ではなく登録終わりにでも伝えようとしたのは失敗でした……」
ほへぇ~……そういや魔物専用とか未発見とか言ってたけど、解体以外そうなんだぁ。
「まだ、わかりませんか? 君が必要以上に注目を浴びると、その異質なスキルが露見する可能性が高まるんですよ。
おまけに自分の価値を高めるかのように、魔法以外にも有能なスキルを所持していると見せびらかしてどうするんです?
なにも魔法だけが価値のあるスキルという訳じゃないんですよ」
うっ、むぅ……確かにアパート前で注目を集めたのは失敗だったか。けどギルドでは草で隠れて動いたしトントンくらいやろ?
そんなことよりも、だ……
「魔法以外も、って? まぁ整腸はあると便利だとは思いますけど……他のも?」
跳躍や鍵術もまぁわからなくもない……ような気がするけど。
試してないけど
「例えばだけど。君がずっと食んでいる草、あれを草スキルでギルドのホールに大量に生やしていたのでしょう?
あれは街の東の草原に自生している植物だけど、それを生やせたのは君が摂取したことのある物だったからじゃないかい?」
う? う~ん、今のところ草原の草と痙攣の草しか生やしたことないけど、他の植物は生やせないのかな?
ちょっと試してみようか。
何から……そういや地球で食べたことのある物は出せるのかな?
「来いっ大根っ!!」
──バキッメキメキメキッ!
おおっいけたぞっ!! あっ、でも石床がメッキリ逝っちゃってるな。
白い部分が少し床から覗いて見えるだけとは、ど根性過ぎる大根だぜ。
「…………何をやってるのかな、イサムくん?」
ん? はひぃんっ?! こっ、このプレッシャーは……っ!
いっ、石床に生えた大根から目を逸らしちゃダメだっ! 致死の視線で射竦めてるよ絶対……ふふっ…震えが止まらんぞいぃぃっ!
いっ、いや大根見つめてる場合じゃねぇっ! 俺は土下座をするぞっロバートおおぉっ!!
「へっ…へへぇっ! 何って草スキルでなにが生やせるのかなぁ、って検証ですよぉ~……好きでしょ、ロバートの旦那……?」
「……そうだね、それは否定しないよ。けど──今はお説教中だよ?」
……はい、そうでした。
「それにしても、その草スキルはまたすごい価値のあるスキルのようだね。素材を育成でもなく生み出せるスキルなんて聞いたこともないよ。
おめでとう、君を欲しがる組織がまたたくさん増えたよ」
そうでしょそうでしょ! 僕、面白いスキルがイッパイなんだっ!!
だから見捨て……えっ、なんでおめでとう?
「君はどうにも、迂闊に突拍子もない事をしたがるようだね。今のように考え無しに動かれちゃあ、もう私では隠しおおせる気がしないんだよ。
今からでも君の存在を国の機関にでも教えて保護してもらうかい? 金の卵を産む実験動物として飼ってくれるよ」
……あかん、これ完全に本気の目だ。
じゃなくて! マズいっこのままじゃ見捨てられるっ!?
「ロバート様っ何卒っ! 何卒お見捨てにならないでくださいましいぃぃっ!!
聞きますっ! なんでも言うことを聞きますのでそれだけはご勘弁をばっ!!」
「うーん、そうしてあげたいのは山々なんだけどね、私の知識欲のためにも。
でもね、君があまりにも迂闊すぎて既に跳躍、草、時と空……いや、これは魔法としてより収納としてかな? とにかくスキルを衆目に晒しすぎたんだよ」
嘘っ?! 私の行動、迂闊すぎっ!?
……確かにクマ出すときは手ぶらでポンと出しちゃったのはマズかったな。てか……もしかして、マジックバッグみたいな素敵ファンタジー道具ってこの世にない感じ?
はぁぁ……魔術つっかえ!
「君がある程度自衛できる頃合いならともかく、今は無理があるからね。
収納だけでも争奪戦に発展しそうなのに、草スキルも感のいい人なら他の植物を生やせる可能性に気が付くかもしれない。
そうなれば非合法な組織が君を捕らえ幽閉して、死ぬまで価値ある植物を生やす生涯を強要するかもしれない。
鑑定されれば魔法や襲術がバレて暗殺者や襲撃者に、盗術や鍵術で盗賊に、なんて仕立て上げられて更に酷使される。
……という未来があるかもしれないね。
どうする? 国に飼い殺される? 奴隷として生きる?」
うそーん……どれもイヤじゃイヤじゃっ!!
「だっ第3の選択肢をっ! 自由に生きる権利をくださいっ!!」
「嫌なのかい? でも……もう難しいよ?」
ひえっ!? ももも…もう難しいっ?!?!
そっ、そこをなんとかっ! なんとか頼みますロバート先生っ!!
「イヤだあああああっ! 飼い殺しなんてイヤだあっ!! 奴隷ってなにぃっ?! ボクチン自由に楽しくエッチな毎日を送りたいのおおぉおおおっ!!!」
「うん? イサムくんの居た世界には奴隷って存在しないのかい? 奴隷はね、隷属紋を刻んで主人に逆らえないようにされた人のことだよ。逆らうと全身に激痛が走るようになっているんだ。
犯罪者でもなければ刻まれることはないモノだけど、君のスキルは捕らえた組織には諸刃とも言えるからね。非合法にでも刻印されるだろうね」
違うのっ! 奴隷のことがわから……隷属紋っ!? なんでそんなのだけファンタジーしてんだよっ!!
どうせならマジックバッグを作れっ!
ああ~っそうじゃなくてっ!!
犯罪組織に捕まって隷属紋を刻まれたら……俺の異世界人生、お先真っ暗ですか……?
「ああぁぁ……なんで、なんでこんなことに…………」
「それは、君が、バカだから。としか……ねぇ?」
うぅぅ……んっ、あれ? ロバートさんはっきり言いましたね今。
ええそうですともっ! 俺、イサムはバカですよっ!!
「どうもっ大バカ野郎のイサムですっ!! 助けてくれるととってもとっても嬉しいなってイサムはイサムは思うのっ!!」
お願いっ! こんなおバカなオイラでも助けてっ!!
「ははっ、そんな自棄にならなくてもいいよイサムくん」
なりますともっ! 奴隷も飼い殺しも嫌ですからなりますともっ!!
「でもねぇ……助けようにも、イサムくんが指示を守れないようだからねぇ……」
「守りますっ! 私イサムはロバート様の忠実な忠犬犬助になりますっ!! だから助けてくださいっ!」
土下座では足りませんかっ!? ならばこの犬っお靴をペロらせていただきますぞっ!
「うん、それじゃあ君を助けるための方法を教えようか。でもこれは君の頑張り次第だし、今後またしでかすようなら関係を見直すこともあると忘れないでね?」
「へいっ! このイサム、ロバートの旦那に一生の忠誠を誓いやすっ!!」
こうして
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