第25話 もうなにも怖くない



──ジャーーッ!


 うむ、実に爽快っ! 身体が軽いっ! もうなにも怖くないっ!!


 なんだよぉ~、整腸のヤツやるじゃん。無限の草食2日半の分だってのに楽々ポンッ! とか、日本に居たときには考えられないくらいの爽快感だったぜ!!


 それにしても異世界の、それも剣と魔法のファンタジーな世界だからボットン、よくてスライム入りを想像してたのに水洗なのな。


 思った以上に文明が発達してるみたいだね、ここの世界。


 しかしそうなると、3階にもトイレ設置されている可能性が……? ならこれはいっかな。


 さってと、身軽になったことだしさっさとギルドに行くか!



 改めて冒険者ギルドへ向かうため、アパートを出て右手側の通りを眺めて手紙に書いてあった看板を探し始めた──のだが。



「居たっ! この人だよっ!」


 んお……おっ、俺か? なんやこのおばはん、睨み付けて人を指差しよってからに?


 俺がスッキリ爽快感に包まれてなかったらお前あれだぞ? 今ごろワンパンなあれになってたからな?


「君、ちょっといいかな?」


 んん~? 今度は俺よりちょっと年上っぽい兄ちゃんかよ、なんなんだよ?


「先ほどここのアパートから飛び降りた人が居ると通報を受けてここに来たんだが、君のことで間違いないかな? あぁ、その前に身分証を見せてもらってもいいかな?」


 はぁ~~? 飛び降りとかなにそれ、危ねぇなぁ……。んな危ないこと俺がするワケないでしょ。


 それに身分証? なんで……あっ、警らしてる巡回兵みたいな人なのかなこの兄ちゃん? こうしてみるとなんか兵士っぽい格好してるわ。


 まーた変なこと疑われてんのか。まっ、さっさと身分証見せて誤解を解くか。ポケットに手を入れ収納からほいっ……と。


「いえ、違いますね」 


「なに言ってんだいっ!? あんたが落ちてくるところをあたしゃ見たんだよっ! たまたま見つけた人の声が飛んでこなけりゃ真上に落ちてきて今ごろ死んでたかもしれないところだったんだからねっ!!」


 ちょっとちょっとぉ、今身分証渡してるところでしょうがっ!


 う~ん、違うって言ってるのにぃ~。このおばさんなに興奮してんの? てか言いがかりはやめてよね。


「こちらの女性以外にも黒髪の男が飛び降りてくるところを見たという証言が多数あるのだが、それでも容疑を否定するのか?」


 なんだぁ? この兵士の兄ちゃんも疑ってんのか?……もしかして、言いがかりのグルか?


 まったく、黒髪なんて俺以外に…も……居ないねぇ……


 見事に視界にカラフルな頭髪が巷には溢れてるねぇ…………。黒髪って希少だったり?


 えっ? もしかして跳躍を飛び降りと勘違いされた?


 おいおい勘弁してくれよ……


 ただの跳躍だぞ? 例えそこのおばさんがノコノコ俺の着地地点に居ようが、踏んだらポコッって音が鳴るだけに決まって……あれ? これ普通に大事故じゃね? というか踏まれたの死んでね?


 ……………………もしかして、また牢屋にお迎えですか?


 ふうぅぅぅ……よしっ!!


「俺は今しがたまでトイレで大激戦を繰り広げていたんですけど? そんな俺がなんで飛び降りをしなければいけないんです? なんなら証拠を見せましょうか? 2日半の成果物がまだ鎮座している事でしょう」


 もう牢屋の生活なんて嫌じゃっ! オラはシャバの生活を堪能するんじゃあ! 誰も怪我してないんだから見逃してケロおおおっ!!


 水に逆らい流れることを知らぬ動かぬ証拠をお見せするから見逃してっ!

 食物繊維の塊と化したアレが易々と流れるはずもなく、俺の階のトイレじゃないからいっかなーと放置したアレを提出するから許してっ!


「うっ……いや、それは見せなくていいし、ちゃんと処理した方がいいぞ?」


 違うの違うのっ! 引かれて距離を取られたいんじゃなくて見逃して欲しいのっ!!


 疑いが晴れて身分証を返して欲しいのっ! 正論返して欲しいんじゃないのおっ!!


「そうですか、見ないならそれでいいですけど。とにかく俺はやっていませんよ」


「そうか。だが君のような黒髪の者は珍しいのでな。申し訳ないが容疑を晴らすためにも、真偽判定装置で君が嘘偽りを述べていないことを調べる必要があるので同行願おうか」


 しっ、真偽判定装置……?


 それってあれですか? 嘘ついたら即バレしちゃうオイラの天敵かい?


 いっいやいやっ! さすがに異世界とはいえそんなとんでも装置ありえねぇだろっ?!


 あっ、でもなんか戦闘ログかなんか知らんけど懸賞首がわかるとんでも鑑定装置あったなぁ。いやでも、真偽がわかるのなんて……ないよな?


「真偽判定装置ってなんです?」


「んっ? あぁ、身分証も仮の物だし、君の住んでいた地域にはまだ導入されていないのか? まあ、あれは数年前から出回り始めた物で、量産できないそうだからどこにでもある物じゃないか。

 真偽判定装置は先ほど言った通り、嘘を言えば確実に反応して教えてくれる物だ。

 導入当初は半信半疑だったが実際にその反応に間違いがなくてな、まぁそのおかげで冤罪も防げているんだから君も潔白であれば問題ないだろう?」


 ふぁっ?! マジかっ!? だっ、だがその装置を乗り切れれば俺は言われ無き罪を着させられそうになった哀れな被害者っ!


 なーに、嘘かどうかなんて本人の認識次第さっ!!


 俺は飛び降りたんじゃないっ! 跳躍したんだっ!! あっ、でも既に俺の跳躍が誤解されたって認識してるってバレるかな……


 こんなことなら有無を言わさずその装置にかけてくれれば自覚すること無く終えられたのによぉ……


「たださっきも言ったが量産できず数が無いのだ、だから使用対象者が多すぎて待ち時間がかなり取られることもある。

 判定に間違いはないことも証明されたので装置を使って虚偽がバレた者は厳罰化され──「すんませんっ俺がやりましたあっ!!」……そうか…………」


 なにそれ聞いてないっ!? なにその信頼お化けなとんでも装置っ! 厳罰っ?! 伏して頼み申すので通常の罰則で裁いてっ!!



 この男、厳罰と聞くや即土下座に自供である。


 最後まで話を聞いていればそれは施行どころか検討予定の話であり、ただ装置が信用できる物であると教えてくれようとしただけとわかったのだが、当然イサムが遮ったので知る由もない。


 イサムの手のひら返しに取り調べしていた男も、証言していた女も、周囲で興味本位で見ていた見物人たちさえも、この土下座する滑稽で哀れな男に白い目を向けていた。


 その後改めて尋問され、反省を表しているつもりか正座スタイルで嘘偽り無く語り出すイサム。語られる馬鹿馬鹿しい話を呆れた顔で聞き取っていく兵士と証言女性。


 その3人や周囲の異様さに興味を持つ新たな通行人、そこに当初からの見物人によって伝え吹き込まれていく呆れた黒髪正座男の話。


 こうして黒髪の男──イサムは華々しさの欠片もない、醜聞で街の住民たちに〈黒髪の頭のおかしい土下座男〉として認識される異世界生活の第一歩を踏み出したのだった。


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