第24話 新たなる闘い、開幕



「んん……あれ……? ここ……いっつぁっ?!」


 なんか、顔が痛い……てか、ここどこ??


 目覚めと共に襲ってきた顔の痛みに表情を引きつらせながらゆっくり身を起こすと、そこには簡素なベッドがあるだけの小窓の付いた殺風景な6畳ほどの部屋だった。


 なんでこんなところに……?


 いったい何が……あっ、そうか。エミリアちゃんの身体がブレたように見えたけど、たぶん殴られたのか……


 まったく、別にエミリアちゃんに見られようとむっつりさんだろうと俺は一向に構わないのに。



 構おうよ。構わないとそこで知的生命体終了だよ?



 ん? なにかが聞こえたような……まぁ、殴られて気絶したのはいいとして、この状況は……あっ草からファンタジーなゴワゴワ服に変わってる。


 ロバートさん辺りが用意して着替えさせてくれたのかな?


 ベッドに腰掛け、立ち上がろうとすると、先ほどまでは見えなかった足元に紙の上に袋と何かの木の板が置いてあるのが目に入った。


 これもロバートさんが置いていった物かな? 袋は……おぉ、結構ズッシリだな。中身は……うん、お金だね。銀貨がえーっと、50枚だな。


 それで木の板が……仮の身分証だな。そういや書き終わった後に渡されてなかったな、ちゃんと用意されたんだな、よかった。


 あとは紙は手紙だな、なになに……


[君が気絶しちゃったから着替えさせてから、住んでもらう予定だったギルド近くの部屋に寝かせさせてもらったよ。

 身分証は忘れず持ち歩くようにしてね。

 お金は当面暮らせる程度に入っているので、欲しいものがあれば自由に使ってください。とはいっても無駄遣いしないでね?


 それと君は鉄格子を溶かして水をかけた後、興奮し冷静さを失ったエミリアくんに殴り倒されたことになりました。

 なので打ち合わせした内容から少し変更したことを覚えておいてね。


 それで、日中に目が覚めて問題がなければ登録するのと、部屋の鍵を渡すために一度冒険者ギルドに来てくれるかな? そのときには部屋に置いてあるお金は必ず忘れず持ち出すようにね。

 ギルドはそこの住居を出て右手側の通りにある、盾に剣と杖が交差した看板の架かった大きな建物だからすぐにわかるよ

         ロバート]


 ほんほんりょーかい。登録と鍵ね。


 登録は依頼受ける直前に慌ただしくするより、さっさとしておいた方がいいだろうしね。


 そんで鍵はスペアがないか大家にあたる人が持ってるとかなのかな? たぶんここはアパートみたいなところだろうし。


 それでお金とかも置いていくから部屋に鍵をかけたけど、って感じか。


 それにしても文章の端々から感じる子供扱いのようなものはいったい……まぁいいや、収納しちゃえば関係ないよね。


 さて、今は……うん。まだ日のある時間だな。それなら早速ギルドに向かうか。


 改めてベッドから立ち上がり、ドアの鍵を開けて開くとそこはもう外の通路だった。


 見事に寝て荷物を置くだけのワンルームだな。うーん、料理は外で食べればいいし、風呂は……どっかに公衆浴場があることを願おう。


 最悪どこか人目の付かない場所で湯船作ってお湯を張ればいいかな? なんか風呂のこと考えてたら入りたくなってきたなぁ……。ロバートさんに会ったらその事も確認しておこうか。


 さて、それじゃギルドに向かうかっ!


 にしても忘れたわけでもないのに鍵かけずに出掛けるって変な感じだな。


 まぁ持ってないし、しかた……あっ鍵術あんじゃん。


 あれ説明無かったし試してみるか? なにか道具が必要なのかすらわからんし、知っておいた方がいいだろう。


 さて、そうと決まればまずは鍵穴に触れてみて……


「鍵術っ!」


 とりあえず魔法みたいにロックがかかる事を想像して言ってみたけど、果たして……んお? なんか人差し指の指先からみょいーん、と数本の細い紐みたいなのが伸びてきたぞ?


 この半透明のうにょうにょした紐が鍵穴に入り込んで開け閉めしてくれるのかな? ならば行けっ!


「さぁ、鍵穴にぶち込んで施錠して見せろっ!」


 さて、どう動くのかな…………おい、うにょうにょしてないではよ閉めろよ?


 うーん、待ってもダメ臭いな。うにょってるだけで一向に鍵穴に向かわねぇわ。まさかこれマニュアル操作ですか?


 えーっと、まずは伸びて鍵穴に飛び込むところを想像……あっ動いた。


 ……マジかぁ、これ俺自身にピッキング技術を求めるタイプのスキルなのか? それともスキルレベルが上がれば勝手にやってくれるようになったりするのかな?


 まっ、自宅……というより自室だな。その鍵なんだし練習として弄くり回してみるか。


 おっしゃ挿入れ挿入れぇ! そしてぐっちょぬちょにかき回してやれぇっ!! ははっははははははっ……


「ほーれ、ここか? ここがええのんかぁ?」



 時おり漏れ聞こえてくる怪しげな声に気がつき、様子を見に来た同階の住人数名に奇異の目を向けられていたことすら気づかず鍵穴と格闘すること数分。


──カチリッ


「おっしゃあっ! 見事施錠成功だあああっ!!」



 施錠に成功した喜びの声をあげるなか、先ほど様子を伺っていた住人たちの姿はなかった。


 彼ら彼女らは頭のおかしな者が新たに住み着いたと認識し、関わらないように逃げ去ったことも、繋がりのある他の住人に注意喚起が行われていくことなど、彼は知る由もないのだ。



「いやぁ、知識もないのに初めてにしては上出来じゃないかこのタイムは? まぁ時間計ってないけども」


 それにしてもこの鍵術、というかうにょーんな紐は何かしら応用が利きそうだな。鍛えてみるのもいいかもしれないな。


 あとは解錠だけど、それは帰ってからでいいか。まぁ何もな……はっ?! そういやトイレも部屋にない……?


 うー…むむぅ、仕方ない……収納さんよ。取って出しができるんだ、出して取りも行けるよな?


 つーか今思い出したけど俺……この世界に来てからトイレしてないな……?


 まさか俺は、この世界に適応する身体へ作り替えられるときに排泄機能を失った……? それとも整腸スキルの影響か?


 前者であれば気にするだけ無駄だが、後者ならば……俺のケツはとんでもないことになりそうだな……


 今なお無意識に食み続けているこの草原の草。この草はぶっちゃけ硬い筋だらけで、普通であれば食えたものじゃ無いだろう。


 だが草食スキルの効果か俺には問題なく、今では美味しくいただける草でしかないのだ。


 飽きのこない、モサりがいのある歯応えと、噛むほど溢れる旨味の草汁がたまらない逸品と言える。


 だがしかしだっ! そんな草であろうと草は草だっ!! 食物繊維の塊……いや、化身とも言える草原の草なんだっ!!


 そのような物を摂り続けたのだ……。上からはいい、だがっ! 果たしてこのスキルはっ! 草食はっ!? 整腸はっ!? 下からを保証してくれているのかっ?!


 確かに俺はよく噛んで飲み込んでいた……だが、身体は草食で作り替えられているのか?


 もし、そうでないのならば俺の肛門は……ステータス上柔々なことが確定している俺の純潔の汚れ無き小さな肛門は、節くれだった固形物によって──ズタズタに引き裂かれることになる……っ!


 くっ抜かったっ! 俺はわかっていたはずだというのにっ!? この世界が駄女神によって作り出されたどうしようもなく残酷で無慈悲な世界であるということをっ!!


 一寸先は闇の、どこに罠が仕掛けられているかも知れないこの世界でなぜ俺は無警戒に草を食んでいたっ?!


 草が美味しくなる。などという甘い罠に魅せられて、ここまで突き進んできた俺はさぞかし滑稽だろうよ…………


 笑いたければ笑え、邪悪なる神イーリスよ。


 だが、最後に笑うのは──俺だ……っ!!


 貴様の姦計を打ち破りっ! この草の呪縛から俺は抜け出して、これ以上の惨劇を繰り広げさせずに乗り切ってみせるっ!!


 そうとなればもはや時間をかけて熟成させる訳には……さっそく収納に頼るかっ?


 ……いや、この手の安アパートならば共同トイレがあるはずっ! 収納は最終手段だ、ならばっ!!



 辺りを見回し、ここにはないことを確認したイサムは即座に駆け出した。


 また、見回した際に通路の窓から見える建物との高さの違いからこの階が2階より上、恐らく3階であろうと当たりをつけて、1階にあるであろう共同トイレを目指して階段を探した──が。



 なにぃっ行き止まりだとっ!? クソっここは片側にしか階段のないアパートだったかっ!



 突き当たりの凹みのある空間を見て駆け出したことが裏目に出た結果、そこは階段ではなく共同キッチンらしきスペースだった。



 ならば反対側に階段が……っ!? いや、それよりも確実な道があるじゃないかっ!



 どう考えても反対側の通路に行けば階段にたどり着けることだろうに、イサムはキッチンスペースの窓を開け放ち──窓の縁に立った。



「トイレは……どこだああああっ!!」


 頼むぜ、跳躍っ!!



 たんっ、と窓枠から蹴り上がり──



──ダァァンッ!!



 ──頭上からの叫び声と共に飛び降りる人影を見つけた階下の人の怒声により、まばらに居た路地の通行人がイサムの着地地点から散っていったおかげで接触事故は避けられた。


 けたたましい落下音が鳴り響き、膝をついて踞るイサムの周囲は僅かの静寂の後に、危険行為に対する罵声が次第に飛び交ってきた。



 くっ! 跳躍を持ってしても着地の衝撃は抑えきれなかったかっ!?


 だが……怪我をしたワケじゃないっ! 動けるっ!!



 足に伝わる衝撃が治まりきらぬうちからイサムはアパートの入り口目指して、罵声を後に駆け出した。


 側面の路地から表通りへ回り込み、アパートの共同トイレを探すため改めて表から足を踏み入れた。


 入口付近にあるのだろうか? と、通路まで進み込み辺りを見回すもそれらしき場所は見当たらない。


 もしや、このアパートにはそもそもトイレすら無いのだろうか? 見切りをつけて確実にトイレがあるであろう施設、冒険者ギルドに目標を変えるべきか? と踵を返そうとしたとき、人影を視界に捉えた。


 ここの住人だろう老人がちょうど部屋から出てきたようで、さっそく話しかけてみる。



「突然すまないがじいさん、ここにトイレはあるか?」


「ん? トイレなら階段の向かいの小部屋だぞ、ドアにプレートがかかっとるわ」


「そうか、ありがとうじいさん!」



 礼を言い放ちきる前に再び駆け出し、階段のある通路端へと向かい、ついに決戦の地──共同トイレへとたどり着いた。


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