第二場 路上

 T駅からW大学へ向かうバス通りを田宮と西野が話をしながら歩いている。同じように大学へ向かう学生の姿が多い。田宮は道沿いにある古本屋の店先のワゴンを覗き込みながら歩いている。


西野「近いうちに某代議員が自分の地元で田宮に講演をしてもらいたいと言ってきた。若い人には若い人が話してもらった方がいい、ってさ。どうだい」

田宮「西野が良いと思ってその話を持ってきたんだろう。いいよ、引き受けるよ。いつだ」

西野「話が早くて助かるな。来月下旬の週末を空けておいてくれ」

田宮「わかった。しかし西野はどこでそんな人脈を作っているんだ」

西野「父上様々だ。ほら、この間実家に呼ばれた、と言っただろう。僕にはアルバイトを、田宮には講演を。そうして二人の若者が貧乏に飢えて死なないように取り計らってくれているのさ」

田宮「慈善活動の施しのつもりなら、依頼は断る」

西野「今はどこの政党も学生運動の勝利者を陣営に引き入れたがっている。暴力行為は市民の賛成を得られないと分かったからね、暴力を徹底的に排除して政治力だけで国を変えるには、学生や若者に届く言葉の力が必要だ」

田宮「言葉を扱えず暴力を手段とする連中が共倒れになっただけだ」

西野「そこで学生の連合が瓦解せずに団結を保ったのは田宮の功績だと思うけれどね」

田宮「……無秩序が嫌いなんだ」


 古本屋の店先に立ち止まり、本棚の文庫を手に取る田宮。西野は田宮の背に向けて話し続ける。


西野「両親を含めた僕の親族は、一族の慣習通りに僕が政治家になることを期待したんだが、久々に顔を合わせてどうやら無理らしいとようやく諦めてくれた。僕自身、才能がないことが分かっていたからね、ようやく期待の呪縛から逃れられたよ」

田宮「いつ気づいたんだ。自分に政治家の才能がないことに」

西野「そりゃあ、入学直後のオリエンテーションにいきなり乗り込んで帝国主義打開をわめき始めた上級生の拡声器を田宮が取り上げ、彼らの言い分にすべて反論し封殺した時からだよ」

田宮「二年浪人してようやく入った大学で、いきなり同じ年の上級生とやらに説教されるなんて、不愉快以外の何物でもない」

西野「それで権威主義反対! って叫ぶんだからね」

田宮「あの取り巻き連中は何も矛盾を感じていなかったんだろうか。そして他の同級生たちも」

西野「それまではどうだか知らないが、君の演説が終わったころには皆が君の意見に同調していた。特に数人の女子学生から熱い視線も向けられていたようだが」

田宮「それは気づいていなかった」


 西野、田宮の肩を叩く。


西野「田宮は理想的だよ。ただちょっと周りの目を気にしないところがある」

田宮「それを補ってくれているのがお前だろう」

西野「そう、持ちつ持たれつ、だ。これまで上手くやってこれたし、これからもやっていけるだろうと思っているんだが。ご本人はどうなのかな。このままでいいと思っているのだろうか」


 おどけた仕草で田宮の顔を覗き込む西野。


田宮「今の状況を、俺の活動で無秩序の中に秩序が生じていく今の有様を、俺はおもしろいと思っている。自分の演説に人を動かす力があることも、確信している。だがその演説をする場所、タイミングを俺は計ることができないが、西野は実に上手くそれを捉えることができる」

西野「人とたくさん会うことが僕の仕事だからね。田宮が持つ影響力を最も効果的に世の中に知らしめることについては任せてくれ」

田宮「以前から任せっきりだ」


 大学校門の舞台装置が下手から現れる。


田宮「そういえば西野はどうしてこんな早くに大学に来たんだ。いつもは昼を過ぎないと大学に行かない主義だろう」

西野「これからA教授の研究室に行くんだ」

田宮「権威主義の教授に尻尾を振って単位をもらうのか」

西野「何を言う。教授はリベラルだぞ。この間の闘争の時も炊事係として参加してくれた」

田宮「バリケードの内側で、教授カレーなどと呼ばれているカレーが出回ったと聞いているが」

西野「それが教授お手製のカレーだ。なんだ、田宮も食べたのか。旨かっただろう。教授は独り身が長いから炊事はお手の物だと言っておられる。田宮は知らんが、僕はかの教授を尊敬しているんだ。だから殊勝な学生らしく、締め切り前にレポートを出すためにわざわざ朝早くに教授室へと出向くわけだ」

田宮「いつなんだ、その締め切りとは」


 西野、おもむろに自分の腕時計を見る。


西野「あと十分後だ」


 田宮、肩をすくめるが何も言わない。ふと、視線を下手へ向ける。


田宮「あそこに変な奴がいないか」

西野「ん? ああ、見かけない背格好だな。私服警官か、それとも記者か。どうも学生ではなさそうだが」

田宮「あんなに目立って無様な公安はいないだろう。昨夜、どこかで派手に暴れてきた労働者じゃないのか」

西野「どうしたんだろう。飲み過ぎたのか、機動隊の警棒でひどく叩かれたのか、足元がおぼつかないな」


 下手から男がふらふらしながら登場し、西野の言葉が終わらないうちに倒れそうになる。田宮は走り寄ってその腕を支え持つ。


田宮「おい、君、大丈夫か」

男「ありがとう。どうも記憶が曖昧なんだ。気づいたらここにいて、……ああ、まだ頭がふらふらする」


 西野、田宮の袖を引いて男から数歩離れ、小声で田宮に忠告する。


西野「田宮、素性が分からない奴を必要以上に構うなよ」

田宮「俺に反論や意見したくても公開の場で発言する自信がない者が、綽名や偽名を使って議論という名のいいがかりをつけてくることがある。記憶を失ったなんて、それに比べれば随分と可愛げのあるごまかし方だ」


 田宮、西野の手を軽く叩く。西野は田宮の袖から手を放す。


田宮「僕は田宮総一郎という。こっちは西野」


 男の表情が動くが、感情によるものではなく、単純な動揺によるもの。


男「……どこかで、聞き覚えがある、名前、だな」

西野「なんだ、やっぱり君は田宮の信奉者か。田宮に一目会いたくて入り込んだ、どこかのセクト員かな」


 西野は厳しい表情を緩めて田宮の肩を叩く。田宮、悪い気はしない。


田宮「俺の名前を聞いたことがあるのか。俺はいろんなところで講演をしているから、どこかで会ったのかな」

男「いや、そうじゃなくて、もっと……、身近な……」


 男は混乱している様子で頭を抱え込む。


田宮「少し休んだ方が良さそうだな。といっても、ここの学生じゃなければ休む場所も分からないか」

男「座れる場所があれば、ありがたい」

田宮「ここからいちばん近いのは……」


 男が危険な人物ではないと判断した西野が、田宮と男の会話に割って入る。


西野「田宮、僕はこのレポートを提出してこなくては。どの辺りにいるのか教えてくれればすぐに戻ってくるよ」

田宮「分かった。図書館の前にいる」


 西野、舞台下手に去る。


田宮「そこの建物が図書館だ。ロビーに椅子がある。そこに移動しよう。歩けるか」

男「えっと、その……、ああ、なんとか」


 田宮と男、舞台上手側に去る。

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