一七七話
「ラビ、頼む」
「……りょう、かい……」
虚ろな顔でそう答えつつもラビが立ち上がると、マウンテンゴーレムを両手ではなく、彼女の体の何倍もある兎耳で押し始めた。おいおい、確かに巨大な獣耳とはいえ、こんなんで本当に力が伝わるのか……?
「もっ、もっひゃあああぁっ!」
「お、おおおっ……」
モコと俺が上げた歓声とほぼ同時に、ゴーレムの巨体が少しずつだが動き始めるのがわかった。
これならなんとかいけそうだ……と思ったが、マウンテンゴーレムはもう、予想していたよりも遥かに学校へと迫っていた。
このまま僅かずつ押し続けてちょっと進路をズラしたところで、もうどうにもならないのは目に見えている。
ここで終わりだっていうのか……。そう思うと、途端にやる気がなくなってきた。ヒナが言っていた以前の救世主が、学校がなくなった途端堕落し始めたそうだが、なんかその気持ちがよくわかる気がする。
「…………」
いや、待て。まだ終わっていないというのに弱気になっているようじゃダメだ。
そうだ、ラビに追加された能力があったはず。確か、『ムーンラビット』だったか。
「ラビ、『ムーンラビット』っていうのを使ってくれないか?」
「…………」
「ラビ?」
「……使い方……わからない……」
「え、えぇっ……?」
自分の能力なのに使い方がわからないって、そんなことがありうるのか? ただ、嘘をついてるようには見えないし、そもそも協力するつもりがないなら一緒に押してくれることだってないだろう。
推測するに、ニンジン一本で酔っ払い、二本食べると狂暴化、三本だと超ネガティブになることから、キャロット族にとってニンジンは禁断の食べ物とされ、日常的に遠ざけられていた可能性がある。
そうなると一本、二本は偶然口にする機会があっても三本目はないだろうってことで、使用方法を忘れていたとしてもなんらおかしくはない。
俺たちに残された時間は、おそらくあとほんの数十秒ほど。『アンサー』が効かない以上、なんとか自力で解決策を導き出すんだ。この場面でラビに『ムーンラビット』を使わせる方法を。
あ、そうだ……【伝道師】スキルのテクニック『命令』ならどうかと思い、試してみたもののダメだった。どうやらスキルを持つ人間にしか通じないものらしい。それもジョブ系で、自分よりスキルレベルの低い相手のみ。
クソッ、今度こそ万事休すなのか……? いや、待てよ、『ムーンラビット』って、そのまんま月の兎って意味だよな。ってことは、兎そのものになって月のように丸くなるんじゃないか?
「ラビ、空を見上げるんだ」
「どうして……?」
「いいから早く! 今はどんよりとした曇り空だから月も太陽も見えないが、何か……丸いものを見つめるような感じで」
「……りょう、かい……」
「なっ……!?」
俺の言った通りにしたラビの顔に、まもなく白い毛が生え始めるのがわかった。それも、とんでもない速度で見る見る兎の獣人のようになったかと思うと、今度は巨大化して丸くなった。こ、これが『ムーンラビット』なのか。凄い迫力だ……。
「――ウサァァッ……」
「ウ……ウゴオオオオォォッ!?」
まさに月と化した大型の兎に押されたことで、マウンテンゴーレムはたちまち悲鳴を上げながら進路を大きくずらしていく。
学校を通り過ぎた超大型モンスターは、少し経ってから立ち止まったあと微動だにしなくなった。どうやら目標を失ったせいか思考能力が著しく鈍り、ただの岩山と化したようだ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます