一七五話


「スウゥゥッ、ハアァァァッ……。一気にぶちかますぞおおおおおおおおおぉっ! ウラアアアアアアアアアァッ!」


「…………」


 これぞケダモノ――いや、ウサギの咆哮と呼ぶべきか。


 思わず耳を塞ぎたくなるほど、けたたましいスーパーラビットの怒号が周囲に響き渡る。もしかしたら学校まで届いてるんじゃないかと思えるくらいの凄まじい音量だ。


 俺は今まさに、兎耳をこれでもかと逆立てたラビと一緒にマウンテンゴーレムの巨体を押し始めたところだったが、彼女の雄叫びを耳にしてさらに力が湧いてきた感じだ。


 大丈夫だ、なんとかなる。ニンジンを二本食べたスーパーラビに加え、モコに『限界突破』を使ってもらって能力を格段に引き上げた俺の力を合わせれば、相手が超大型ゴーレムといえども進路くらいは変えられるはずなんだ……。


「もっ、もひゅうううっ……」


「「……」」


 だが、小動物の姿に戻ったモコの悲しそうな鳴き声を聞けばわかるように、マウンテンゴーレムはびくともしなかった。


 おいおい、そう簡単にはいかないってことはあらかじめ予想していたとはいえ、どんだけ重いんだこいつは。一ミリたりとも動く気配がないぞ……。


 ただ、惜しいだけでもう少し力を加えれば動く可能性もある。あと一人くらい加勢があれば……ってそうだ、アレがあったじゃないか。俺はそこで、『厳格教育』を施した『アバター』も【隠蔽】状態で追加すると、ゴーレムを押すのを手伝ってくれと『テレパシー』で『命令』した。


 さあ、これならどうだ……って、ダ、ダメだ。それでも微塵も動かなかった。


 この様子だと、何かあと一つ、目に見えて大きな違いがあるものがないとダメな気がする。


「チ、チッキショウ、なんだよこのバカでかいゴーレムはよ。おい、とっとと動け、動けってんだよ。ふざけてんじゃねえ、このデクノボウがよおおおぉぉっ!」


「……ごくりっ……」


 俺はラビの怒りに満ち溢れた横顔を見て息を呑んだ。色んな意味で怖すぎるんだ。この状態でさらに一本ニンジンを追加しちゃったら、彼女は一体どうなってしまうのかと。


「…………」


 そうだな、もうそれしかないか。


『アンサー』でさえバグってしまうくらいだから、できればそれだけは避けたかったが、仕方ない。俺たちに残された唯一の手段であり希望だ。


「なあ、ラビ。もう一本ニンジン食べてくれないか?」


「おっ、今日のユート、最高に気前いいじゃねーか。おう、遠慮なくいただくぜ! もしゃもしゃっ……」


「…………」


 さあ、果たしてどうなってしまうのか……。もしかしたらラビが壊れてしまうんじゃないかっていう怖さもあるが、どうなるか見てみたいっていう気持ちもあった。自分の花嫁だと自称してくれる存在だし、大事に思っているのに。俺って結構サディスティックなところがあるんだろうか。


「うっ……」


「ラ、ラビ? 一体どうしたんだ? そんなに苦しそうな顔して……」


 ラビがいかにも苦し気に喉を押さえ始めたので俺は動揺を隠せなかった。ま、まさか、ニンジンを喉に詰まらせてしまったのか? 彼女はがっくりとその場に座り込むとともに。両腕をだらんと下げた。


「ラ、ラビ――!?」


「――私に……触れるな……」


「え……」


 なんとも機械的な抑揚のない声が返ってくるとともに、それまで彼女の立っていた兎耳が見る見る巨大化していったかと思うと、逆にその体は幼女のように小さくなっていった。な、なんだこりゃ……。

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