一五四話
「救世主のユートよ。どうか、この国の人々を……わしの子供たちを救ってくれ。よろしく頼む……」
「は、はい、王さま」
ゴキブリの捕獲が終了したと思ったら、俺はバラン王に抱擁されてしまった。なんとも庶民的な王だが、それだけ目線が民衆と同じだってことで正直好印象だった。
「プリンも喜ぶと思うので、ガイアスを倒して玉座を奪還したら迎えにいきます」
「しかし、それではヒナが……」
「大丈夫です。そこは俺が説得するので」
仮にバラン王の『アバター』を作ったところで、神級モンスターのヒナにはすぐバレそうなので、ガイアスを倒したら彼女に経緯を話して王を解放してもらおうと思う。
「そうか。あいわかった。期待しておるぞ」
「ははあっ――」
「――そう畏まらんでもよい。そうだ、ここだけの話がある」
「えっ……?」
俺がひざまずいた途端、王に耳打ちされた。なんだ?
「ヒナは誠に執念深い女子だ。ゆえに、ヤったことにしておいてやるから安心せよ。そうせぬとだな……これから何度でも誘ってくることだろう」
「あ、ありがたき幸せ……」
本当にそれでいいのかという思いもあるが、これから何度も誘われる羽目になるよりはいいか。これでヒナは俺を自分のものにできたと満足するだろうからな。初めてとか言ってたから、ベッドに血でも垂らすんだろうか?
「…………」
想像するとなんか生々しいし、それ以上はあまり深く考えないでおこう。
俺は逃げるように小屋を脱出したあと、試しに『フライ』を使ってみたら飛ぶことができた。もう『封印』が解けたみたいだな。
どうせならそのまま学校へ向かおうってことで、【隠蔽】を使ってグングンと上昇していくことに。
よし、あっという間に着いた。屋上に立ったとき、なんともいえない安心感に包まれる。たまにはこうして飛ぶのも気分転換になって悪くない――
「――うっ……?」
じ、地震だ。震度5強くらいか? あっという間に収まったが、転びそうになるほどの揺れだった。異世界でもこういうことがあるんだな。
さて、と。まずはプリンたちのところへ行くか。そこの分身に異変は見られないものの、王の話を聞いたら会いたくなったんだ。
【ダストボックス】に入ることも考えたが、ヒナとああいうことになって間もないし、ラビの顔を見るのは何か気まずい感じもする。
そういうわけで『ワープ』でプリンたちのところへ向かうと、カチャカチャと音が聞こえてきた。
また俺の分身がやらかしてるのかと思ったら、今回は二つ並んだ皿をスプーンで交互に突いていて、プリンとホルンが可笑しそうに見ながら口を押さえているという奇妙な絵があった。
「ウププッ……ユ、ユート、どっちのお皿が美味しいのぉ……?」
「お、美味しいのでありますか……?」
「ああ、どっちも美味しい」
「「ブハッ……!」」
「…………」
俺が面白いことをやってて、それで弄られてるみたいで複雑だが、分身がやってることだからな。楽しそうで何より。
「――プリンさま、ホルンさま、お待たせいたしました」
お、宿主のエスティアが近付いてきたかと思うとひざまずいてきた。彼女は普段から無表情でいるこことが多く、何を考えてるのか読みにくいタイプの人だ。
「つい先ほど武闘大会の日程が発表されたゆえ、ご報告をば。五日後の正午から大会が開催されるそうでして、只今より三日後の夕方六時までがエントリー期間、その翌日にトーナメントの組み合わせが決まる予定とのことです」
「へえ、意外に早かったの。ね、ユート、ホルン」
「ああ、早かった」
「確かに」
分身が普通に会話に参加してると嬉しくなるな。自分の子供を見てるような感覚だろうか。
「ところで、お二人が大会に参加するのであれば、巧妙に変装することが肝要だと思われますが、戦術を変えたとしても、持っておられる魔法や剣技の特徴などでガイアスに勘付かれる可能性があるため、細心の注意を払うべきかと……」
「それなら心配はまったくの無用だ、エスティア。何故なら、参加するのはプリンさまやそれがしではないからだ」
「え、えぇ? ではホルンさま、一体、誰が……」
「それはね、ここにいるユートなの」
「なっ……」
分身に視線をやっていかにも意外そうに目をパチクリさせるエスティア。見た目は確かに強く見えないと思うが、そんなに不思議か?
「お二人を差し置いて出場するとは、相当にお強いのですね。わたくしめはてっきり、大道芸人の方かと……」
「…………」
ははっ、なるほど、大道芸人か。この台詞から察するに、スプーンで皿を突いてるところを何度も見られてそうだな。
「エスティア、いくらなんでもユートに失礼なの。滅茶苦茶強いんだから」
「それがしも赤子扱いされてしまうほどだ。エスティアよ」
「そ、そんなに……? 正直、わたくしめには全然強そうには見えないのですが……」
「ふんっ。そこまで信用できないなら、例の訓練場へ行ってみるのっ。エスティアも戦ってみて!」
「は、はあ。では、喜んで……」
エスティアはそう言ったものの、最後まで疑惑の色を残したままだった。
おそらく、彼女はこの分身が大したことがないと見抜いている。というか偽物なんだから当たってるんだけどな。
ただ、ここまで疑われた以上、分身とはいえその力を見せつけてやる必要がありそうだ。
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